儚き恋のノクターン
平手打ちのごとく相手の剣の腹で顔面を殴られる。
少女のHPゲージが半分を表す注意喚起域まで減らされた。
吹き飛ばされた衝撃を殺さないまま近くの石壁の裏側に隠れる。
「まったく強いっちゃありゃしない」
少女は愚痴を吐きながら、残っているスキルの再使用時間をチラリと確認する。
一個を除いて強化スキルは全部あと残り1分弱以上、遠距離攻撃スキルはデュエル形式では再使用不可。
このゲーム内、正確に言えばVRMMOパッケージ『神に逆らいし反逆者』、略称GR。
《世界の人間は神の怒りに触れて、『魔法』が全て消え去ってしまった世界》という設定だ。
魔法が全く存在せず、スキルと剣技のみがはこびるという異質なファンタジー。
魔法が失われてしまってからは、近代化が進んで銃などが武器として装備可能となっている。
そんなゲームの中の最強を決める大会、SoB(Sword of Blade)が開催された。
サービス開始から半年たって最高Lv保持者が全体の4割を超えたおかげの記念祭みたいなものだ。
誰よりもトップに立ちたいPlayerが参加していて、大学生のヨツハもその一人。
とは言えども、
「まさか最後まで勝ち残れるとは……」
最高Lvの装備より少し弱かったため、正直無理だと思っていたのがほとんどだ。
……唯一、ほかの奴よりも強いのはたった一振りの刀身が真っ白な片手剣だ。
「魔剣ルシフェル……」
隠れながら、手で持っていた愛剣の刀身を撫でる。
HPが減れば減るほど攻撃力が増大し、刀身を黒へと色を変える、特殊な片手剣である。
この片手剣を手に入れるのにヨツハは何十時間も迷宮に潜ってきた。
気が遠くなるほどの戦いの末に勝利し、敵ボスからドロップした時は歓喜したものだ。
とは言えども、そんな余韻を楽しんでる暇など全くないのだが。
勢いよく砂を踏みしめる音が聞こえた瞬間に、ヨツハは隠れていた壁から飛び出す。
なぜなら隠れていた場所が一撃で粉砕されたからだ。
「もーほんっとに何だよコイツ~~~」
「……」
ポニーテールの細身の少年キャラは振り切った片手刀を無言で肩に置く。
STRがかなり強いキャラだと一目でわかる攻撃力にヨツハは嫌になる。
対戦相手のキャラ名はSizuku。
たぶんだが漢字を当てるならば、《雫》だろうか。
名前のようなお淑やかさはほとんどない。
理由は、予選から今まで狙いすました一撃で一発KOをするという偉業を成し遂げている。
無論彼が全スキルを使って倒しているのは明確である。
じりじりとヨツハが距離を取ろうとすると、シズクは片手刀を両手で持った。
ヨツハは見た瞬間に急に悪寒を感じる。
(また来るか!!)
ヨツハはすぐにスキルを選択する。
必中スキルを使う可能性を考慮して選ぶのは片手剣スキルだ。
相手は先ほどと同じ単発の片手刀スキル【震】を放つ。
一直線にしか飛ばない剣技であるが、縦の攻撃範囲が広く威力がかなり高い。
ヨツハが選んだのは【震】と同じく単発スキルである【ストレイト】。
攻撃範囲が一番狭い替わりに、片手武器の中で攻撃力が最も高い一撃。
【震】の下段からの斬り上げと【ストレイト】の大上段からの攻撃が交差する。
「ハァッ!」
「どっせーい!」
お互いの剣がミシミシと嫌な音をたてながら拮抗する。
掛け声はヨツハの方は何か気が抜けるが気にしたら負けだ。
STR‐AGI型(1に力、2に素早さ優先)であるヨツハがかなり押されていた。
上段からの振り下ろしにも拘わらず、だ。
ヨツハは剣技中に出る光を眺めながら考える。
(シズクも私の二発は掠っていたのにHPの減りが少ない……もしやSTR(力)-VIT(耐久)型?)
ヨツハの装備的な問題もあるが、シズクの異常な力には何か理由があるはずだ。
まず1つ目は何かしらのチートで自身を最大まで強化している。
しかし、公式の大会ではズルができないようにされているはずだからナシ。
2つ目は相手のスキルが見たこともないレアスキルという可能性。
魔法と言う要素をバッサリ捨てたこのゲームはスキルだけは数百と作ってある。
だが、現在で解明されている対人用のスキルでは一つもなかった。
3つめはヨツハ自身と同じ『魔剣』なるものの所持。
もし、あるとするならば――――
ヨツハはスキルが終わりかけ消えかかっている光に照らされながらシズクに言葉をかける。
「ねぇ、シズク君」
「?」
「君の武器って――――魔剣なんじゃない?」
「ッ!?」
シズクの試合始まってからの無表情が初めて崩れる。
よほどの焦りなのか刀がほんの少しだけズレた。
その瞬間に【ストレイト】の最後っ屁が炸裂する。
甲高い金属音をたてて空中へとシズクの刀が放り出された。
「しまっ!?」
「うりゃああああ!!」
勢いあまって地面にめり込んだ魔剣をヨツハは掴みなおすとスキルを放つ。
三連撃片手剣スキル【ラウンドブレイク】を無理やり起動させた。
(絶対に当たる!!)
いかにVIT(耐久力)に振っていても三連撃中二回も喰らえれば半分は確実に削れる。
そう確信してヨツハの体は動きを始める。
地面に刺さっていた魔剣が跳ね上がる。
シズクは咄嗟に顔を逸らして被ダメージを減らす。
しかし、ここでは終わらない。
この剣技は一度バク転してから突進して二度水平回転切りするという妙技である。
……ヨツハも今まで一度も使ったことのないゴミスキルだと思っていた。
だが、今だけは。
「いっけぇえええ!」
「……!」
突進がシズクに命中し、体勢を崩す。
そのままヨツハは一回目の回転切りを繰り出した。
シズクのわき腹に直撃し、HPを2割ほどを一気に削る。
剣技はここでは終わらない。
「もういっちょ!!」
「……舐めるな!」
威勢のいい声をだしながらヨツハはもう一回転するのを、シズクは目を細めて攻撃に備えた。
一秒もない間に回転切りがシズクに命中した。
しかし、
「ふっ!!」
「うそでしょ!? ぐふっ!!」
当たった場所はシズクの左腕で完全に切断される。
この世界では攻撃された部分は、ジーンと痺れる感覚に落ちて基本的に動きが鈍くなってしまう。
だがシズクはそんなこと知ったことじゃねぇとばかりに左腕を捨てて右手でヨツハを殴ったのだ。
シズクは蹴りを続けざまに入れて一旦後退して、落ちていた刀を拾い上げる。
それに対し、ヨツハは追撃はせずにルシフェルをしっかりと握りなおす。
二人は決勝戦のフィールドの村の広場にお互い向き合う。
精神を高めながら剣を目元まで持っていき、ヨツハは刺突の構えを見せる。
それを見ながら、シズクは静かにヨツハに聞く。
「お前は何故優勝にこだわる?」
「……そりゃ強いってこと証明したいのあるけど、やっぱお金と装備が欲しいからかな」
その回答にふぅむと少し考えるとシズクは、
「そうか。なら優勝だけ譲ってはくれないか?
僕の優勝賞品、お金、持っている魔剣も譲ろう」
「!? どいういうことよ!」
シズクの突然の提案にヨツハは思わず大声で答えてしまった。
ヨツハの反応は当然だろう。
いきなり賄賂で勝とうとするのだから。
「突然、言って済まない。だが僕は勝ちたい、絶対に勝たなきゃダメなんだ」
「そんなの私だって同じよ。 絶対に勝ちを持って帰らなきゃ駄目なんだから」
「……話は平行線、か」
ヨツハにも負けられない理由があった。
憧れの人がいて、その人には勉強に関してかなりすごい。
そんな人に少しでも同じステージに立ちたい、そう考えてこの大会に出たのだ。
馬鹿馬鹿しいかもしれないが、ゲームであったとしても一位になれば彼と同じって思える。
そうすれば告白する勇気が完全につくと思っているから。
この大会の優勝賞品にはリアルでのトロフィーも貰える。
それが証拠となり自信へとつながるのだ。
シズクはほんの少しだけ笑って言う。
「もし、僕に好きな人がいなければ君に惚れていたかもね」
「なななな、なにを急に!?」
「冗談だよ」
「ちょ! もー……」
「あははっ、ごめんごめん」
悪戯っぽく笑うシズクに思わずヨツハはドモってしまった。
お互いこのやりとりで緊張の糸が緩んだのか二人で笑ってしまう。
ひとしきり笑った後、シズクは口の形を三日月にする。
「ま、お互い譲れない物があるってことで――――」
「―――――じゃ決着付けますか」
ヨツハもそれに合わせて不敵に笑う。
見た感じシズクはスキルは使い切っている感じである。
残りHPは注意領域ぎりぎりのオレンジ色で3割弱。
それに対し、ヨツハも全てのスキルがクールタイム+先ほどの打撃の防御DOWNの追加効果がつけられていた。
残りHPは危険域を表す赤色の1割。
持っている物は全て使い切り、残ったのは己の剣と肉体のみ。
二人は獲物を同時に構える。
夕焼けの空から降ってきた紅葉が地面についた瞬間に両者は動いた。
「これで決める!」
「てやぁああああ!!」
シズクは八連撃片手刀スキル【虚】を繰り出す。
ヨツハはそれに対し、同じく八連撃片手剣スキル【スターダスト・ゼロ】を解き放った。
漆黒の輝きと彗星の光が交錯し、爆発した。
勝負の行方は―――――――――――
◇◇◇
城詰黒葉という少女は全ての授業が終わると、ため息とともに帰り道へと歩き始めた。
彼女は鞄の中に入っている金色のトロフィーを眺めながら再びためいきをつく。
「これじゃあ、まだまだ自慢できないなぁ……」
彼女の持っているトロフィーには名前が書いてあった。
しかも2つ。
大会の結果はなんと二人の同時優勝になってしまったのだ。
VRMMO名:ヨツハこと黒葉はあの大会で己が持てる最大限の一撃を放った。
だが、
「お互いのHPが同時に0になるってどんな奇跡よ」
何を隠そう、二人は寸分の狂いなく同時に相手のHPを削り切ったのだ。
その際バトルフィールドに出たのは、
『Congraturation!! Sizuku&Yotsuha!!』
という英語だけであった。
正直、どっちかが勝つと信じ込んでいたため余りにも予想外だった。
黒葉は自棄飲みしてたコーラの缶をゴミ箱に投げる。
しかし、カランカランと音をたててゴミ箱の外側に当たっただけであった。
「ちっくしょー、シズク君めぇえええ!!」
無駄にライバルの名を叫んで悔しがっていると、一人の男の子が黒葉の捨てた空き缶を拾い上げる。
少年は一瞬訝し気に空き缶を見ていたが、黒葉に気づくと手を振る。
「あ、クローバー! 何ゴミ捨ててるの?」
「……ごめん。ちょいとムシャクシャしてて」
彼の名は河中雨。
綺麗な黒髪を肩まで垂らし、女の子っぽいけどもやるとこはしっかりする男の子。
黒葉のクラスメイトであり――――――
(―――――私の意中の男の子)
いま、こうして向き合っているだけで心臓がバクバクして胸が締め付けられる。
目の前で立ったまま状態でいたら抱きしめてしまいそうだった。
……本当なら今日告白するはずだったのにシズクに出鼻を挫かれてしまった。
ほんの少し悔しく、ちょっとだけ安堵した。
フラれてしまうという可能性が少し遠のいたということに。
黒葉は軽く雨の頭を撫でながら、軽く言う。
「む? なぜ頭を撫でる?」
「いや気分的に」
「相変わらず謎思考だね、クロハさんって。 だから赤点毎回とるじゃないの?」
結構辛辣な言葉に黒葉はへこみながら校門へと走り出す。
「むむむむ! なら次の期末テストまた勉強教えてね! じゃ、また明日!!」
「あ、ちょま! 今日は話があるんだけど!?」
雨が呼び止めたのにも関わらず、黒葉は走りながら家へと帰って行ってしまった。
校門を出るや否や自転車に乗り込んだ。
(うぅ、私の青春よ。しばらくさらば!!)
心の中で超泣きながら。
告白するのはまだまだ先になりそうだ。
◇◇◇
黒葉が帰った後の駐輪場。
雨はひどく憂鬱そうな顔で鞄から一つのトロフィーを取り出す。
その正面には『Sizuku&Yotsuha』と書かれていた。
このトロフィーを貰った瞬間に雨いやシズクは舞い上がった。
これで彼女と同じゲーマーになれた、と。
外見は完全なこげ茶のセミロングの髪で可愛い紅い髪留めをしている美少女。
また彼女はかなりコアなハードゲーマーとも知られている。
もし黒葉と同じぐらいゲームが強いとわかれば、さらに深い親交を結べるとシズクは考えていた。
……いつもなら黒葉とは結構ウザ絡みとかノリ良く喋ったりしている。
でも、今日は何故かササッと逃げられてしまった。
「うう、黒葉さんはやっぱり高嶺の花だなぁ……」
シズクは今日こそ告白しようと(玉砕する)覚悟を決めてきたのに拍子抜けだ。
とは言っても、もう遅く後の祭りである。
「僕の青春はまだまだ程遠い、とほほ」
げんなりとしながら荷物をまとめるとシズクは家へと帰った。
◇◇◇
その後、二人は家に帰るや否やVRゲーム機をつける。
そして雨は、黒葉は修羅のように顔を変えると一言。
「「シズク(ヨツハ)の奴絶対ぶっ殺す!!」」
理不尽なことをお互い大声で言いながらゲーム機のスイッチをONにした。
不器用ですれ違いな二人の恋路はまだまだ長そうだ。