プロローグ (1)
乙女ゲームを愛して早数年、現実での恋愛経験値はほぼ0に等しい平凡なOLこと私、間宮 凜音
幼い頃から友達が少なく、中学生になった頃にはアニメやネットの世界にどっぷりハマッてしまっていた
学校の友達より何でも話せるのはネットの掲示板で知り合ったミカちゃんという女の子、彼女もまた現実より二次元派だった。
そんな彼女からあるとき教わったのが乙女ゲームという存在だ
簡単にいってしまえばバーチャル恋愛ゲームで女主人公が攻略キャラクターである男達を惚れさせていくといったものだ。
最初は「ふーん?」といった感じに聞き流していたのだが、一度やってみてよ!と言われ渋々プレイ開始。
案の定、数日後にはハマリにハマッてしまっていた。
現実では一度も経験した事のなかった胸キュンといった感情、正直もう現実の男とか興味ないわクソが。となる程の破壊力だった。
それから数年、新作が出る度に情報を調べては購入、バッドエンド~ハッピーエンドに至るまで全てのルートを攻略していった。
プレイした乙女ゲームの数はもう数え切れない
---しかし、そんな私でも唯一攻略出来なかった乙女ゲームがあった。
購入してバッドエンドルートを辿ってから再プレイする気の起きなかった作品
[最期まで]
という意味深なタイトルのものだった。和風テイストという事だけで作品情報も少なく人気もさほど出なかったが、その不評は凄まじいものだった。
ほぼバッドエンド、ネットの掲示板を見れば皆がそう書き込んでいた。
それもそのはず、全くそのとおりだからだ。
まず一つ、バッドエンドのバッド感が凄い。
主人公、もしくは攻略キャラクターが確実に死を迎える。最悪の場合どちらも死。
その二、ノーマルエンドがほぼバッドエンド
主人公、攻略キャラクターは生存、しかしその攻略キャラクターが一番仲の良かった友人ポジションのキャラクターが死亡する
主に問題となっているのはこのあたりだが、全クリアした人もいるらしくその人の発言が、こうだ。
「全員生存ルートないよね?これ」
こうして問題作とある意味有名になった作品[最期まで]、途中挫折した私からすれば全クリアした人は尊敬に値する
いや、正確に言えば尊敬ではない---
「おい、そんな所で腰抜かしてるなよ、邪魔すんならお前も切るぞ」
まじで全力で内容教えてほしいです。お願いします…!!
▽
乙女ゲーム転生、これは転移といった方がいいのだろうか?
視界や音が鮮明なあたりこれは夢ではなくそのどちらかという事になるだろう…
でも、乙女ゲームっていうのはこんなに鉄くさい感じだったかな?
尻餅をついている私の目の前で、跳ねた白い髪に意地悪そうな目、ちらりと見える八重歯が特徴の男性が和服の袖を揺らしながら刀を振り回している。
頬には返り血を浴びて、賊であろう悪そうな男達をそれはそれはバッサバッサと…
惨い…吐きそう…
でもこのシーン見覚えがある…[最期まで]の序盤シーンだ
そしてこの白い髪の人物、確か白虎丸って名前の攻略キャラクターだ、キャラデザインは好きだったからよく覚えてる…けど、このシーン目の前にするとこんなにグロかったんだ
「ふぅ、もう全員切ったんか?ったく、女しか襲えねぇ奴は歯ごたえなさ過ぎだな、さっ帰るか」
「ちょ、ちょっと待って!」
「あ?なにお前まだいたの?」
「いたよ!助けてくれたんじゃないの?」
「あー…そんな気もするけどどうだったかな、忘れた」
頭を掻きながら気だるそうにしている白虎丸。
確か彼は、ツンデレ担当だったはず。めんどくさがりながらも困っていると助けてくれる実はいい人ポジション。
私こと主人公は下町の団子屋の娘でひょんな事から白虎丸達攻略キャラクターと過ごす事になるんだけど、そのひょんな事がきっとこの賊から守ってもらったという状況からどうにかなったに違いない。
うる覚えってところが怖いけど、まずここで別れてしまえばストーリーが開始しないだろうし…
「あの、ありがとう」
「別に」
やっぱり会ったばかりのツンデレキャラクターは発言内容がエ○カ様並みね、まぁここまでは予想通り
いくつの乙女ゲームの何十人のツンデレを攻略してきたと思っているのよ
ツンデレ系には弱った女の子が弱点。しょうがないから面倒見てやるよ展開にいければとりあえずここは乗り越えられる
ただ一つ問題なのは…
「もう一つ助けてもらっていい…?吐きそう…トイレ連れてって…」
さっきの惨いシーンのせいで胃の中のものが込み上げて来ているという事。もうそろそろ限界…
「はぁ!?と、といれって何だよ!?ばか、こんな道端で、しかも俺の目の前で吐くんじゃねぇ!とりあえず背中擦ってやるから!」
「すみません…」
口を抑えて耐えている私の横に白虎丸は座り込むと優しく背中を撫でてくれた。
その手はとても優しくて、心地よいものだった。
けど、ものすっごく血生臭かった、そうだったこいつ思いっきり返り血浴びてるんだった。
イケメンが背中擦ってくれてるなんて普通に考えたら素晴らしい萌えシチュエーションかもしれないけど、それはこの状況には適用されないらしい。
とりあえずこの場から離れたい、出来れば白虎丸ともお別れしたい。それは無理な話なのだろうけど
「この場がダメなんだと思う…血とか…無理」
「あ、そっかお前女だもんな、立てるか?」
「うん…」
ゆっくり立ち上がると、私達はその場から離れる為反対方向へと歩む。
白虎丸が私の身体を支えてくれているからか歩きやすい、それに血の匂いが薄らいできてから吐き気も収まってきた…良かった。
少し歩くと、二人で道の木陰に腰を下ろす。
人通りの少ない場所なのかすれ違う人もいなければ、気配すらしない。自然の音だけが耳に入ってくる。
元いた世界では有り得なかっただろう、年中人が行き逢う音や車の音が響いていたし。
時代設定はいつだったっけな?歴史に疎い私じゃ思い出した所でどういう時代だったかもわからないか。
「収まったか?」
「あ、うん。お蔭様で、支えてくれてありがとう」
「別に、女の目の前で人切った俺もその…悪かったし」
揺ぎ無い設定、やっぱりこの人いい人…!まずは共に行動をする事を第一目標にお近づきにならなければ!
「助けてくれたんだしいいよ、私は凜音。貴方名前は?」
「白虎丸」
やっぱりか…私の予想に間違いはなさそうね
「白虎丸ね、よろしく」
「よろしくって…別に体調が大丈夫なら俺はもう行くぞ」
「へ!?待ってよ、その、あ!そう!私、記憶喪失なの!」
「きおくそうしつ?」
よし!食いついた!立ち上がろうとしていた白虎丸の袖を引っ張り、座りなおさせると話を続けた。
「そう、ここが何処なのか家がどこなのか何も覚えてないの、唯一覚えてるのは名前だけで、途方にくれながら歩いていたらさっきの賊に襲われて…」
さすがに出来すぎてて怪しい…かな?
「…そう…だったのか…」
思った以上に効果抜群だったぁあ!凄く深刻そうに下向いて聞いてくれてるよ、心が痛むよぉお!
シンプルにいい人じゃない?こんなキャラだったっけ!?もっとツン寄りだった記憶があるんだけど、でもこれはチャンスだわ!
「うん…だから今日だけでいいの…泊めてくれたり…」
「…だろ」
「えっ?」
「今まで不安だっただろ!こんな人も寄り付かない道端に女が歩いてるなんておかしいと思ったけどそういう理由だったなんて…遠慮なんてしなくていいからとりあえず俺んち来いよ!」
「あ、ありがとう?」
予想以上にうまくいった…のかな?
なんか騙しているような気分もするけれど、大半は嘘じゃないしたぶんセーフだよね
とりあえず第一関門、接触からの交流には成功したって事でいいかな?
メイン中のメインキャラクターの白虎丸、パッケージだと中央にいたキャラを味方につけられたっぽいし、プレイしていた時よりも転移後の方がいい流れだ。出だしは好調かな?
でもまだまだ序盤というか始まったばかりだよね
このゲームの問題は攻略キャラクターの4人と出会ってから始まる。
バッドエンドばかりの世知辛いこの世界で生き残るのは難しいかもしれない。
恋愛経験値0の私が、なんてもはや無謀な話かもしれない。
しかし、これは私の得意な乙女ゲーム世界、選択肢は自分で決めて自分で選べる。
ゲームにない選択肢を出しまくっていけば、ないとされていた全員生存ハッピーエンドも夢じゃないかもしれないでしょう?