朝礼
よろしくお願いいたします。
目が覚めると、背中に固い感触。
見上げる天井はどこか見覚えがある。
「ここは?」
体を起こすと、寝間着でないなにかを着ていた。
「学生服か……?」
ああ、見覚えがあると思ったらどこかの学校の教室だな。
俺以外にも倒れている子や机に俯せになっている子らがいる。
俺が最初に目覚めたのか。
それにしても。
「若返ってる……?」
手の甲を見回しても明らかに肌に張りがある。最近感じていた、デスクワークのし過ぎによる腰痛も消えている。
窓の外の景色は、微かにアパートやマンションが見えている。
今いる教室は3階位の高さだろうか。
立ち上がり、窓際まで歩く。
ご丁寧に上履きまで履かされていた。
窓に反射し映った自分の姿は、若い頃の自分だった。
ベタだが、頬をつねる。痛い。
夢じゃないのか。
どうやら、人智を超えた事件に巻き込まれた様だ。
取り敢えず皆を起こそう。
けど、中身まで若くなった訳でもないし、大声出すのもな~。
廊下にゾンビやクリーチャー、この状況をモニターしている組織がいて、そちら側の兵の癇癪に障るかもしれない。
なにより、居るのか分からないが、他クラスの様子を探るという意味では大声は出さないに越したことは無いだろう。
もしかしたら他クラスが騒ぎを起こしてくれれば次の展開が分かるかもしれない。我ながら、汚い大人の考えだ。
机で俯せになっている子も多分そう。床に倒れていて顔の分かる子は、男女共に俺の同級生だ。
だが……中身まで同じかは分からない。俺と同じ時間軸から飛ばされてきた同級生なのかどうかも。
また皆に会えたのは素直に嬉しいという気持ちもあるが、状況が状況なだけにどうしても疑ってしまう。
「おい、寝たふりしてる奴、他の子が起きて混乱し騒ぎにならないよう対策を相談したい。協力してくれないか」
静かな教室内でなら十分に聞こえる程度に声のトーンを下げ、呼び掛けてみた。
「平君。きみ、そんなキャラだったっけ?」
一人、床に俯せになって倒れていた子が起き上がってくれた。
クラスの人気者だった吉岡だ。
俺の時間軸では、同窓会も開かなくなって久しい。
吉岡は俺の名前を覚えていた。しゃべり方も確かに吉岡そのもの。
だが吉岡の中身が、俺より先に自分の姿を確認し、吉岡のモノマネをしている誰かの可能性もある。
SFのような事が起こっているこの状況。
吉岡は俺の名前を呼んだが、まだ寝たふりをしている奴で、中身が違う奴が様子見をしているかもしれない。
そういう奴らがやりにくい状況を作っておくか。
「オカっち。反応してくれて嬉しいよ。早速だけど、何が起きているのか分からない。同級生の中身が違う場合もあれば、きみが俺に違和感を感じたように、違う時間軸からここに飛ばされている可能性もある。極力、当時のアダ名か、アダ名が無かった子には名字の一部からアダ名を付けて呼んでいこう。それにしても、何年ぶりだろうね」
吉岡にアダ名は無かった。敢えてオカっちと呼んだ。
俺のキャラに対し、″そんなキャラだったっけ″と言った吉岡。中身が若いままなのか、または当時を思い出しての事なのか。
俺は、吉岡の発言は後者のような気がした。
「凄いね。堂々として。もう平清盛そのものじゃないか」
吉岡は俺の話に乗ってくれたようだ。あたかも当時のアダ名が平清盛っぽいから、平と呼ばれていた風にしてくれた。
「平君に会うのは僕の時間軸では、これくらいかな」
吉岡は手でジェスチャーと指の本数で答えてくれた。
回りの皆を指差し、ジョッキでビールを飲む仕草、そして両手で示した指の本数が計7本。
最後に同窓会で会ってから7年ぶりということだ。
俺も同じとジェスチャーで返した。
「すっ、すまん。俺も起きてた」
「私も起きてるわ。あなた達も見た目に反して中身が大人な様ね」
吉岡とルールを決めていると、二人が声を上げた。
今のうちに話に加わっておいた方が良いと判断したのだろう。
男子が田中で、女子が橋本だ。
今起き上がった田中の仕草は、部下に対して引け目のある上司の様だった。つまりは、動きがおっさん臭い。
橋本は俺と吉岡の中身が大人だということに対し、自分も中身が大人だとでも言うように話を被せてきた。
俺がどう接しようか考えていると、吉岡が先に口を開いた。
「やぁ、たーやんにはっしー。今の話を聞いてたんだよね。二人とも、現状について何か知ってる?」
「俺は何も……」
「私もよ」
「やっぱり?だよねぇ。平、どうする?」
「そうだな、取り敢えず二人の時間軸を確認させてくれ。ジェスチャーか何かで……おっ、机の中に教科書、ノートと筆記用具があるな。それ使って筆談で教えてくれ」
二人の時間軸を確認したが、二人とも俺と吉岡と同じ時間軸だった。
何処かの教室であることは確かだが、俺達が通っていた学校では無い。
机の中に入っていた教科書に見覚えは無かったし、表紙以外、全ページ真っ白だ。
いつ刷られたのか、歴史の教科書に載っている歴史はどうなっているのか。ヒントは得られなかった。
「あと、起きてないのは21人か。統制が取れないまま廊下に出るのも危険だろうから、俺と吉岡で教室の前後のドアの前に立ってようと思う。悪いけど田仲と橋本で皆を起こして回ってくれないか」
「うん、確かに。こんなSFじみた状況だと、何が起きるか分からないからね。時間軸の確認はしていくかい?」
「いや、俺を含め4人も同じ時間軸の人間がいることを確認できているから、まぁ、良いと思う。俺達も現状を把握してないことと、騒がないで欲しいってことを伝えてくれ」
田中と橋本が皆を起こしていくのをドアの前で眺める。
恐いのは、起きた女子同士でキャッキャと騒ぐ事だ。
普通に考えて、この状況でそんな騒ぐ奴がいたら、有事の際に切り捨てざるを得ない。
けど、俺としてはそんな選択したくない。
二人が順調にクラスメイトを起こしていっていると思ったら、起きて軽い説明を受けた子らが俺と吉岡の前へと集まってきた。
「おい!お前が指図すんなよ!」
あぁ、出たか。
「転生ハーレム……キター!!」
各々、違う種類のバカが。
ちっ、一気に空気が変わってしまった。せっかく緊張感を持たせていたのに。中身オバちゃんらがぺちゃくちゃと喋り出す……
転生て。最悪なパターンは俺達がオリジナルのクローンでデスゲームに参加させられているって事だろうに。
それとこんな不良も居たなぁ。むしろ懐かしいわ。
はぁ、しょうがないな。
「おい、状況を考えろ。田中を離し……」
俺が田中から不良を離そうと、二人に近寄ったときだった。
「やめなよ!岩島くん、田中くんは何も悪いことしてないじゃないか」
「ああ″、お前も俺に指図すんのか?!矢口!!」
いやいや、おいおい。待て待て。
岩島が不良だったのは高校までで、その後は警察官になっていたはず。
時間軸が違うのか、パニックで素が出ているのか。
いやいや、それでもだ。
教室にいる大半の人間が、堂島と田中の間に入ってきた人間に注目し、まるで幽霊でも見たかのように固まっていた。
矢口、お前は、中学の時に自殺していただろうが。
「ねぇ皆、ステータスの確認はもうした?女神様はどこ?」
頼む。妄想癖は黙っていてくれ。
ただ、それも可能性としては捨てきれないのが悔しい。
キーンコーンカーンコーン
キーーンコーーンカーーンコーーン
こうして、久しぶりに集まった俺達の朝礼は終了し、1時限目が始まるのだった。