序章
それは、ある男の一つの別れの話である。
男の名前はヒロト、銀髪の髪に白いスーツを着た凄腕の刑事だった。
ヒロトには奥さんと幼い娘がいる、何処にでもある幸せな家庭を持っていた。
ヒロトは今日も仕事で犯人を追い詰め、追い詰めたまでは良かった。
犯人は銃を持っていた。
犯人はヒロトに向かい撃つ。
弾はヒロトの頭を貫通し、ヒロトは倒れた。
ヒロトの頭の中で妻と娘の映像が流れる。
(これが走馬灯?)
ヒロトはゆっくり目を瞑り、ヒロトは――――死んだ。
「おい、起きろ。おい!」
誰かがヒロトを呼んでいた。
「うっ。うう」
ヒロトは目を覚ました。
目の前には黒い髪に黒いスーツ、黒いネクタイ姿の男がいた。
葬式に行くような姿をしているのに、耳には数個のピアスをキラキラと付け、葬式に行く姿では無かった。
「誰だ?」
ヒロトは当たり前の質問を投げかけた。
「俺の名前はルイ。死神だ」
黒い瞳のタレ目のルイが、ツリ目のヒロトを見る。
「死神? って、うわぁ、何だ。こりゃ!」
ヒロトは宙に浮いているのに驚いた。
「お前、リアクション大きいな。死んだんだ。宙くらい浮いても可笑しくないだろう? 魂と肉体が離れたんだし」
「ああ、俺死んだんだ。やっぱり」
「そりゃな。頭を貫通すりゃいくら防弾ジョッキ着てても意味をなさないからな」
「まあ、確かに。なあ、死神が何の用だ?」
「死んでおいて野暮な質問するなよ。死神は死んだ者の魂を回収する。俺はお前を連れてきたんだが―――」
ルイは困っていた。
「どうしたんだ?」
「お前、足があるんだよ」
ルイはヒロトの足を見た。
「それがどうしたんだ?」
「幽霊は足が無いんだ」
「だから?」
「お前、今日から死神になったんだ」
「はっ! はあ」
ヒロトは驚き、大声を上げた。
「ああ、五月蝿い。ほら、俺にも足あるだろう?」
ルイは耳を塞いだ。
「うん。あるな」
ルイの足を確認した。
「俺も元は人間で死んで死神をやっているんだ。つまりお前も俺と同じ境遇なんだよ」
「そうか」
「ああ」
ルイは暗く頷いた。
「でもよ。それって、いい事だよな?」
ヒロトはプラス思考に物を考える人柄だった。
「バカ、成仏した方が幸せな事もあるんだ。死神は死んだ人間の魂が留まってなる」
「それが、どうした?」
「生と死は表裏一体。人間は生まれて死んで、一つのサイクルを終える。だが、死神はそれを逸脱した存在だ。死神は既に一回死んでいる。二度と死ぬ事は出来ない。その役目を終え、幽霊になるまではな」
「それがどうなんだ? 幽霊になるまで待てばいいだろう?」
「どれだけ時間が掛かるか知らないから言えるんだよ。十年二十年の話じゃないんだ。百年二百年、いや、数千年かもしれない。死神になったって事は永遠の時間を手に入れた事になるんだ」
「それがどうしたんだ?」
「お前、娘がいただろう?」
ルイは手帳を取り出し、確認していた。
「ああ」
「娘の魂も運ばなきゃいけないんだよ。運ばなくとも、娘の死を見なければならないんだ。生と死を逸脱し永遠を手に入れた死神の宿命だな」
「そんな」
ヒロトは俯き、頭を抱えた。
「そんなの嫌だ!」
「なったんだ。仕方無いだろう」
「なあ、どうにかならないのか!」
ルイにしがみ付いた。
「どうにもならないな。と、言うか、知らない。そんな事を知っていたら、とっくに成仏しているよ。俺も十数年こうやって死神やっているけど、未だに消えて無いもんな」
「そんな」
ヒロトは肩を落とした。
「だが、お前は家族残して早死にしたんだ。お前は家族を見守る義務があるんだよ。ほら、見ろよ」
ルイはある民家を指差した。
「ここは、俺の家」
「今、葬式しているんだよ。お前の」
ルイはヒロトを家に連れて行った。
窓は締め切っていたが、身体が透き通り、簡単に侵入出来た。
「俺達はあくまで、死者で幽霊だ。普通の人間は見えないようになっている」
ルイが説明する。
ヒロトは泣き崩れるヒロトの妻、幸と、何も知らないでヒロトの亡骸に話かける娘、文の姿を見た。
「パパ。何で起きないの? もう、朝だよ」
幼い文にはヒロトの死を理解する事が出来なかった。
文はヒロトの身体を触った。
「ねえ、ママ。パパ冷たいよ。何で?」
「パパはね」
幸は嗚咽を混じらせながら、文を強く抱き締めた。
「どうしたの? ママ」
幸は説明出来なかった。
「俺は……」
「天命真っ当出来なかった、死者も罪人何だよ。分かったか?」
「分からない!」
ルイに真っ向から反論した。
「分かれ、バカ」
ルイは拳骨でヒロトを殴った。
「痛いじゃないか」
「あれ、パパだ」
文が不意にヒロトを指差した。
「文、パパはもういないのよ」
「でも、いるよ」
文はヒロトを何度も指差す。
「マズイ」
ルイはヒロトの手を握り、急いで家を出た。
「おい、何するんだ!」
「死神が見える理由に二種類ある。死が近い人間とそう言う体質の人間だ」
「って、文も死ぬのか?」
ヒロトはルイに顔を近付け、食らいつく。
「まあ、待て」
ルイは手帳をめくっていた。
「――安心しろ、お前の娘は死亡者リストには載っていない。お前の娘は前者の方だ」
「良かった」
ヒロトはほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、会いに行けるじゃん」
「バカか。死神は死ぬ前じゃない人間と関わりを持つなんて、タブーとされているんだ。それに、お前の娘も今は動物的本能で見えているに過ぎない。大きくなれば、見えなくなるよ。ガキには多いんだ。そう言う異質な存在が見える事が、だが、時が経てばそれも見えなくなる。霊能力者が少ないのはそんな理由からだ」
「じゃあ、今だけ」
「だから、さっきも言っただろう。それにお前はこれから、死神がいるアジトに行って、研修を受ける必要があるんだ。だから、お別れだ」
「嫌だ!」
「言う事聞け」
「聞けるか! 大体、俺はお前を信用する事が出来ないんだ。ルイで死神です。って、言われて、お前自身を全部説明して、お前は俺を知っているみたいだが、俺はお前を知らないし、そんな奴を信用するなんて出来ないし、死神にもなりたくない。娘の所に行く」
ヒロトは慣れない空中を歩いた。
「そんな事、許されると思っているのか?」
ルイは強く、ヒロトの腕を掴んだ。
「無理でも行く。離せ。タレ目」
「五月蝿い。黙れ。ツリ目」
ルイは更に強く握り、ヒロトを睨んだ。
「離せ。お前に何が分かる。目の前に文がいるんだ。俺は文の所に行く」
ルイが睨んでも、ヒロトは意思を押し通そうとした。
「はあ、気持ちなら分かる。俺だって家族を残した身だからな。だがな、お前がこのままでいるのも困るんだ。このままじゃ、お前は死神としても生きられない。幽霊になるならまだいいが、確実に悪霊になるぞ。そうなりゃ、お前の娘を見守る事も出来なくなる。それでもいいのか?」
今度は優しく諭すように話した。
「それは嫌だ!」
「だろう? だったら、死神の研修受けろ。分かったか?」
「うっ、分かった。だが、必ず文の所に戻る事を約束しろ」
「それは大丈夫だ。お前はここに戻る必ず」
「分かった。一応お前を信じて行く事にする」
「一応なんだ。まあ、いいや。んじゃ、さっそく行くか」
「おう、文。俺は戻ってくるからな」
ルイはヒロトの腕を掴み、死神の国に向かった。
こうしてヒロトは死神として歩みだす事となった。