運命の輪
パステル調の家具に包まれた部屋、二人の男女が言い争いをしていた。
「ワタル、もうやめにしてよ。事故だって全く起きないって訳じゃないのでしょう」
「何言ってんだい、時空転送中の事故なんて自動車同士の交通事故よりもはるかに起きる確率は低いんだぜ。さて俺はもう行かなくちゃ」
ワタルと呼ばれた男性は、腕時計をちらりと確認すると女性に優しい視線を向ける。
「俺達時空パトロールが仕事をしないと過去が滅茶苦茶になってしまうって事は君にもわかるだろう。俺は君との未来を大事したいから過去に戻るんだ。それにこれが俺の最後の時空転送だよ。俺が無事に帰ってきたら……結婚しよう」
その言葉で彼女はもう何も言わなくなった。
ワタルは必ずここに帰って来ることを胸に誓いながら、職場である時空パトロール隊の宿舎に向かう。
タイムマシンが世界に認知され数百年、時空法という法律を作り時間の流れを厳格に管理してきたのにもかかわらず、過去の世界には時間の揺らぎと言うものが観測されていた。
ワタル達時空パトロール隊の隊員たちは、その時間の揺らぎを修正するのが職務である。
昔でいうところの宇宙飛行士に匹敵する倍率でパトロール隊に選ばれる彼らには、健康と精神を守るという事で五回という時空転送の制限がかかっていた。
自分達の任務を五回遂行すれば、家族が一生遊んで暮らせるだけの報酬が貰える。
ワタルは今回の五回目の任務が終わり次第、彼女と平凡な生活を送るのを夢見ていた。
宿舎に入ったワタルは自分のデスクに着くと、今日のスケジュールを確認する。
「今回は随分と過去に飛ぶんだな。んん?時間のループ現象か……。原因となっているタイムマシンを排除…ね」
「ワタルの仕事は随分簡単そうだな。最後の転送って事で花を持たされたのかな」
同僚の隊員がワタルにコーヒーを差し出しながらそう声をかけてきた。
「ありがとう」
コーヒーを一口すすると、今回の任務について考えてみる。時代こそかなり昔になるが、この時代のこの国、この場所は戦争戦乱などもなく、治安の良いところだ。
任務によっては戦乱真っ只中の地に降り立たなければいけないこともある。それと比べればはるかに安全であろう。
対象物にしても人間などの生き物をどうこうしろと言ったものに対して、今回はタイムマシンの排除……、言葉が悪いが要するにタイムマシンの機能を停止させるなり、自分で持ち帰ってしまうなり、その時代でタイムマシンを使えなくすれば良いのだ。特定の人物の暗殺なんてものとは比べようもない。
「よし」
飲み終わったカップをデスクに置くと、ワタルは立ち上がった。
「おっ、もう行くのか」
「彼女が家で心配して待っているんでね。さっさと終わらせて早く帰ってやりたいんだよ」
ワタルはそう言うと、宿舎にある転送部屋に向かった。
転送部屋と言っても特殊な機械が置いてあるわけではない。転送装置自体はワタルが着けている腕時計だからだ。この部屋は事故を防止するための座標指定の為に使われている。隊員規約として、転送を行うときはこの部屋から転送し、この部屋に帰ってくるように決められていた。
腕時計のタイマーをさっき確認した時間と場所に合わせると、ためらうことなく決定ボタンを押した。
一瞬のブラックアウトで時空転送は終わるはず……だった。
いつもより長い時間、視界は開けることはなく、ワタルは次第に焦りを覚えていく。
(いったいどうなっている……。今までこんなことはなかったはずだ……)
時間にすれば大した時間ではなかったはずだ。しかし正常ではない何かが起こっているこの状況に、焦りから恐怖に感情が移り変わっていく。
そしてやっと瞳が光を映し出すと、ワタルは自分の目を疑った。
「なんだここは……」
ワタルが指定した場所は屋外のはずだった。しかしワタルが立っていたのは建物の中のようだった。かなりの大きさの部屋。雑多に機械や棚が並べられている。壁には窓がなく、しかし天井にはいくつもの照明があるおかげで暗くはなかった。
「地下室か……」
そう呟いた瞬間部屋のどこかからか声が聞こえてきた。
「とりあえず時間だ。お前も過去に戻れば俺の言っていた意味も解るだろう。時間に歪みを作るのがマズイ事はお前にも理解出来るだろう?」
ワタルは棚の裏に身を隠しながら声のした方を慎重に窺った。
壁に設置された大きな機械の前で、同じ服装をした二人の人物が立っていた。
そのうち一人は機械の中に入っていく。残された人物は機械の前に立つと、その機械から何か部品を外し部屋から出て行ってしまった。
部屋からは人の気配は完全に消えた。
一応さっきの人物が出て行った扉をチェックする。扉の向こう側にも人の気配はしなかった。
ドアノブを捻ってみるが扉は開かなかった。
「閉じ込められたか……」
しかし、ワタルにとってそれは大した問題ではない。身に着けている腕時計で時空転送すればよいだけなのだ。
問題はそれが何かしらの異常をきたしているのではないかという事だった。
「ちっ……、くそ、何も反応しない」
腕時計についているボタンを何度かいじってみるが、正常に作動はしないようだ。
転送器が壊れる。このような事態をワタル達隊員の間では遭難と呼んでいた。
隊員の中には遭難して無事に帰ってきた者も何人か存在している。
その時代にある部品を使ってなんとか転送器を修理したという事だったが、その者は特に機械工学に秀でた者たちであり、ワタルも一般人から見れば特殊な知識を持ってはいるが自分で転送器を修理する自信はなかった。
だが、未来に残してきた彼女の事を思うと、ここで簡単にあきらめる訳にはいかなかった。
部屋の中に何か使えそうなものがないか見渡してみる。
先程、人物の一人が入っていった機械に目が止まった。
「これは……、見たことあるぞ。確か……タイムマシンの博物館に展示されていたものだ」
タイムマシンが作られて数百年。色々な形式の物が世に出てきたが、それらは全て博物館に展示されていた。
時空パトロール隊であるワタルは何度も博物館に足を運び、そこに展示されていたものはほとんど記憶していた。
「しかもこれは、世界初のタイムマシンのW型じゃないか」
ワタルの目の前にあるものは、渡辺博士という日本人が設計した世界初のタイムマシンだった。
タイムマシンの歴史はこの機械から始まったと言っていいだろう。
博物館の説明文には、このタイムマシンを発表したのは、設計した博士の息子という事になっており、父親が没したあと地下室を整理したときに完成していたこのタイムマシンを見つけたという事になっていた。
つまりはここがその地下室ということだろうか……。
博物館で操作方法を覚えていたワタルは、期待を込めてタイムマシンの電源を入れた。
何かしらが表示されるであろうディスプレイは、しかし何の反応も示さなかった。
「くそっ、完成しているんじゃないのか」
無意識にタイムマシンを蹴り飛ばしてしまう。それでもタイムマシンは無反応だ。
「なんで動かないんだ、こうなればさっきの人物の所に行ってこいつを直してもらうか?いや、ダメだ。関係ない人物とは出来るだけ接触はしたくない……」
ワタルは機械の前でポスンと腰を降ろしながら、タイムマシンを見上げてみる。
フッと、パネルの横に不自然な窪みを見つけることが出来た。
「なんだこれは」
それは、明らかにそこに何かの部品がはまっていたのを思わせるように、配線がむき出しになったまま穴が開いていた。
ワタルは部屋を出て行った人物が何か部品を外していったのを思い出す。
「ここにはまっていたのは……電池?いや変換機か……」
損なっていた部品が時空転送に関係するものであればワタルにはどうにもならなかったかもしれない。
だが電気系統であれば何とかなるかもしれない。
先程の人物が何故この部品を外していったのかはワタルには解らなかったが、もしこのタイムマシンを破棄したかったのであれば、もっと決定的な部品はあったように思う。
名残や未練と言ったものがあったのだろうか……。
ワタルは何とか地下室にあるもので代用品を作り上げた。電源を入れるとタイムマシンは正常に起動し始める。
「よしっ、これで何とか未来に帰れるぞ」
ディスプレイに表示されている時間を、自分が居た時代に合わせようとするところで、ワタルはあることに気が付いた。
博物館で見たこのタイムマシンの説明文には、このマシンが稼働して存在している時間にしか転送は出来ない、とあったはずだ。
自分が訪れた博物館のこいつは稼働していたか?
いや、何十年も前に稼働を停止していたはずだ。
「くそっ」
自分の目論見が早くも崩れ去ったワタルはその場で倒れこんだ。
適当な時代に転送することは出来るだろうが、そこで未来に帰る方法を見つけられなければ、また遭難だ。
その時間が命の保証ができる安全な場所とは限らない。なんとか自分が生還出来る方法を考えなければならなかった。
床に背を付け寝ころんだまま、ワタルは目を瞑って冷静に考えをまとめていった。
こういう時こそ冷静になる。パトロール隊員達は皆そう教え込まれている。
「そうか」
ワタルにはある一つの考えが浮かんでいた。
身の安全を確保できて、目の前のタイムマシンが存在していて、なおかつ未来に帰るためのタイムマシンが存在している場所が。
ワタルは早速タイムマシンにその時間を設定すると、希望を託してタイムマシンに乗り込んだ。
移動は一瞬だった。
場所は先程の地下室のままだ。
ワタルが設定した時間はさっきまでいた時間とそれほど違わなかった。
こんな時間にタイムマシンが存在しているのか?世界初のタイムマシンがいまだ地下室に眠っている状況なのだが、ワタルにはこの時間に別のタイムマシンがあることを確信していた。
自分の任務であるタイムマシンの排除……その時間にワタルはやってきたのだった。
予想通りこの時間に飛んでくることが出来たし、任務前に確認したように、この時間は比較的安全なのだ。タイムマシンの排除が目的ではあるが、自分がそれを使って未来に帰ってしまうという事も、この時間からタイムマシンを排除するという事では間違ってはいない。
地下室のカギは空いていて、上手く抜け出すことが出来た。
目的の場所までは結構距離があるようだ。だが行けない距離ではない。
太陽は真上から煌々とワタルを照らしていたが、ワタルは精一杯走っていった。
たっぷり二時間ほどは走っただろうか。
ワタルは目的の場所である一軒家に到達した。
ここまで来て現地の人間に見つかる訳にもいかない。
ワタルは一軒家の裏庭に身を隠すと、家の中様子に神経を注いだ。
丁度、何か大きなものが置いてあった様な窪みが、茂みの裏側にありそこに腰を降ろしていた。
しばらく様子を見ていると、少年が一人家から出て行った。
扉を閉めるときに鍵をしていったので、家人はもういないのかもしれない。
ワタルは家に入るためにいくつか窓を物色してみる。運よく一つの窓が錠はされておらず開いてくれた。
中に入るとそこは台所の様だった。
走ってきたワタルは喉がカラカラだったので水を飲もうとしたのだが、転送先で生水を飲むことは禁止されていた。仕方なく冷蔵庫を失敬してアイスバーを一本頂くことにした。
アイスを咥えながら階段を登っていくと、そこには一人の女性が部屋の中に立っていた。
ワタルには気配が全く感じられなく少しびっくりしたが、その女性をよく観察する事で理由が解った。
「アンドロイドか……」
未来の世界にはそういう趣向を持つものが存在するのをワタルは理解はしていたが、今回の場合にはいろいろと厄介かもしれない。
人工知能を搭載しているモデルと言うのは、使用するのに権限を設定しているものが多い。簡単に言えば製作者なり制作された際に設定された者の命令以外は受け付けないのだ。
見るとタイムマシンにアンドロイドが付属しているようだった。となるとタイムマシン自体がワタルには使用できないという事になる。
どうするか考えているところに、このアンドロイドはワタルにも信じられないことを言ってきた。
「お待ちしておりましたマスター。未来転送の準備は整っております。今すぐ実行に移られますか?」
「ちょ……ちょっと待て。俺がマスターだって?俺は君のようなアンドロイドと認証設定した覚えはないぞ」
「現在のマスターはベルの事を知らないのは当然です。今のマスターの一年後のマスターがベルをこの時間に転送させましたから」
「一年後の俺がだって!!なんでまたそんなことを」
「マスターならば解っているはずです。マスターは転送中の事故にあって未来に帰る方法を探していた。未来に帰る手段として用意されたのがベルなのです」
「しかし俺はお前を排除するために時空転送をして事故にあったんだ。これでは本末転倒じゃないか」
「それらすべてを含めて時間の流れの定めではないでしょうか」
ワタルは時空パトロール隊員として、時間の概念と言うものをはっきりと理解しているつもりでいた。しかし今回の出来事はどうにも理解しがたい物であった。
「俺は……未来に帰ることが出来るんだな?」
「はい。そのためにベルが居ます。エネルギーをチャージしていましたので特殊転送を行います」
「特殊転送?」
「ベルはこの時間に残らなければいけません。マスターだけを未来に転送させます」
「それでは俺は仕事を果たしたことにはならない。君をここに残していくという事は、時間の歪みを放っていくという事だ」
「ベルがこの時間から離れるという事は、マスターが転送中に事故に合うという歴史自体を消失させることになります。ベルに与えられた役割はこの同時間内を繰り返すことでマスターをお待ちする事なのです」
「…………」
ワタルにはベルを説得させるだけの事は出来ない様に感じた。
第一彼女にへそを曲げられては、未来に帰ることは不可能になるのだ。
「解った……、その特殊転送って奴で俺を未来に送ってもらえるか?」
「もちろんです。そのためにベルは居るのですから」
ベルもワタルがそう決意したことで、幾分ホッとしたように見えた。
ベルの視線はワタルの口元に向いているように見える。
「なんだ?これが欲しいのか?」
ベルは頭を傾がせるだけでその意思を示した。
「……食べかけだけどな、ほらっ」
そういうとワタルはアイスバーをベルに握らせた。
「じゃあサクッと頼むぜ」
「かしこまりました」
こうして無事に未来に帰ったワタルは、その一年後にタイムマシン「ベル」を造りだしこの時代に送り出した。
時間の歪みを作り出す行為は未来の法律では犯罪になるものだったが、自分の生命を守る行為として緊急避難を訴え無罪を勝ち取った。
人知れず未来は過去に干渉しているのかもしれない。しかしそれは過去を改変するようなものではなく、決められた運命の輪を辿るだけの行為なのかもしれなかった。