30分
俺はタイムマシンを発明した。
このマシンの原理を説明しても、仕組みを理解出来る者は少ないだろう。
ただ一つわかってもらいたいのは、このマシンを使う事によって、時間を跳躍する事が可能になると言う事だ。
子供の頃から憧れていた、太古の地球や、未だ見ぬ遠い未来に行く事が出来ると思うかも知れないが、俺の考えた原理では、このタイムマシンはこのマシン自体が存在する時空にしか行く事は出来ない。つまり、未来にはこのマシンが存在し続ける限り行く事が出来るのだが、過去に関してはこのマシンが完成する瞬間を起源として、それ以前には遡る事は出来ないのだ。
残り一つの部品を取り付ける事により、このマシンは完成する。
その瞬間まさに世界の法則が変わると言っていいだろう。
そして俺はタイムマシンを完成させた。
時間は十二時丁度、俺は地下の研究室で一人、自分の世紀の大発明を前に感動と興奮を押さえきれずにいた。
とりあえずどの時代に行ってみようか?過去に行く事は数秒前に戻る事しか出来ないので、百年位未来にでも行ってみようか。 百年ならばこのマシンもまだまだ存在しているだろう。
もしかしたら量産化されていたりしてな。
そんな事を思っていた俺の目の前で、突然タイムマシンの扉がゴゴゴと大きな音を立てて開きだした。
俺はまだ何も操作をしていないのに勝手に動くはずはない。
驚愕している俺の瞳は、タイムマシンから降りてくる人間を写し出した。
それはなんと俺自身だった……。
「よう、五分前の俺」
タイムマシンから出て来た俺が何か話しかけてきた。
???
五分前の俺?こいつはわざわざ五分後から来たって言うのか?何を考えているんだ……。
「いやー当たり前だけど、俺の所にも五分後の俺が来てな。五分前の俺が随分面白い顔してたって言うからどんな顔かと思ったんだが……。俺ってこんな間抜けな顔していたんだな。クックックッ。なるほどなるほど」
間抜けな顔だと?今の俺がどんな顔しているって言うのだ。いやまぁ、未来に行こうとしていた所に先に未来から自分が現れたのだ、驚きが表情に出ていてもおかしくはないだろうが。
「さてと……。ゆっくりと話し込みたい所ではあるのだが、そろそろ時間だ。お前も五分前に戻って自分の間抜けな顔でも拝んできな」
五分後の俺はそう言うと、開いたままのタイムマシンに俺を押し込んで、勝手に操作をしやがった。
訳も解らないまま、俺は初の時間跳躍をしてしまった。
一瞬のブラックアウトの後、俺の瞳に光が戻る。
目の前のタイムマシンの扉が開くと、怯えた様ななんとも言えない顔の俺が立っていた。
さっきは俺も訳解らなかったが、コイツの方がもっと訳が解らん事だろう。
自分よりも混乱している人間を見ると、何だか自分は冷静になっていく気がした。とりあえず挨拶でもしておくか。
「よう、五分前の俺」
声をかけると五分前の俺は、目をカッと見開き、口はポカンと半開きの何とも間抜けな面構えになっていた。
「いやー当たり前だけど、俺の所にも五分後の俺が来てな。五分前の俺が随分面白い顔してたって言うからどんな顔かと思ったんだが……。俺ってこんな間抜けな顔していたんだな。クックックッ。なるほどなるほど」
俺がそう言うと、五分前の俺は怒った様な顔になったり、何かが解った様な顔になったりと随分表情豊かだった。
俺って意外に感情が表に出るもんなんだなぁ、なんて感心していたが、コイツをそろそろ五分前に送らないとマズイんじゃないかと気付いた。
未来から来た俺が、更に未来から来た俺に無理矢理過去に送られたのだから、俺も同じ事をしなくてはいけないはずだ。
俺がここに来てもう五分は経っただろう。もうあまり時間がないかもしれない。
「さてと……。ゆっくりと話し込みたい所ではあるのだが、そろそろ時間だ。お前も五分前に戻って自分の間抜けな顔でも拝んできな」
俺はそう言って、五分前の俺をマシンの中に押し込んだ。
早くしないとマズイかもな。
時間を五分前にセットし…………起動。
マシンは正常に動作し、五分前の俺は更に五分前に時間跳躍した事であろう。
何とか時空に歪みを発生させる事なく無事に終わったかな……と、ホッとしていると、タイムマシンのドアが開いて再び俺が出てきた。
「よう、十分前の俺」
十分前だと?コイツは十分後の俺か……。
俺は口調荒くこう言った。
「なんでまた、しかも十分後から来るんだ?何の意味があると言うのだ?」
「そう言われてもな。俺の所にも十分後の俺が来たんだ。お前なら解るだろう?時空を歪ませる訳にはいかない。だから俺は十分前に来るしかなかったんだよ」
納得がいかない……。
結局は、未来の俺がやった事ではあるのだが……。
俺が押し黙っていると、十分後から来た俺も特に何を言うでもなく黙ったままだった。
何しに来たんだコイツは?
二人の俺は沈黙を続けていたが、十分後の俺が急に語りだした。
「アイツの言っていた事はこう言う事だったんだな」
「は?」
「俺はタイムマシンを作りはしたが、そんなものでは結局、過去や未来をどうにか出来る訳じゃないんだな。現在は過去の影響を受けるし、未来は現在の影響を受ける。タイムマシンが有る無しは殆ど意味をなさないんじゃないかな?」
コイツは何を言っているのだ?
過去が現在に影響を与えるからこそ、過去に戻る事の出来るタイムマシンで出来る事もあるだろうに。
過去を変えれば現在は変わる。
当たり前の事ではないのか?
「とりあえず時間だ。お前も過去に戻れば俺の言っていた意味も解るだろう。時間に歪みを作るのがマズイ事はお前にも理解出来るだろう?」
俺を誰だと思っているのだ。まあ相手も俺自身ではあるが……。
十分後から俺が来たのだから、俺は十分前に時間跳躍しなければいけない。それは理解出来るが、過去に戻った俺がソコで何をしようが俺の勝手だろう。過去を変えれば現在が変わる。その為のタイムマシンなのだから。
そして俺は、タイムマシンに乗って十分前に戻った。
十分前に戻ってきた俺は、十分前の俺を見て、丁度五分前の俺を更に五分前に送った所だったかな、と思った。
俺がどこから来たかを解ってもらわないと話が始まらないだろう、と口にした言葉は、
「よう、十分前の俺」
であった。
一応俺なりに気を使ったつもりだったが、
「なんでまた、しかも十分後から来るんだ?何の意味があると言うのだ?」
と、怒り口調で言われたので
「そう言われてもな。俺の所にも十分後の俺が来たんだ。お前なら解るだろう?時空を歪ませる訳にはいかない。だから俺は十分前に来るしかなかったんだよ」
と返してしまった。
十分前の俺はそれで押し黙ってしまったが、俺は俺で衝撃を受けていた。
さっきまでは、過去を変えればなんて思っていたが、俺の口にした言葉はさっき十分後の俺が口にした言葉と一言一句同じだったからだ。
二人共沈黙してしまう。録画したビデオを巻き戻して再生した様に先程と同じ展開だ。
つまりそう言う事か……。
「アイツの言っていた事はこう言う事だったんだな」
俺は妙に納得してしまった。
「は?」
意味が解らないと言った感じで十分前の俺が不審げな顔をしていた。
「俺はタイムマシンを作りはしたが、そんなものでは結局、過去や未来をどうにか出来る訳じゃないんだな。現在は過去の影響を受けるし、未来は現在の影響を受ける。タイムマシンが有る無しは殆ど意味をなさないんじゃないかな?」
結局の所、過去に帰って自分が何をしようが、それは実際に起きた出来事であり、そこからは新しい未来を作る事はできないと言う事だ。過去に戻った俺は未来から来た俺と同じ事しか出来なかった。今から過去に跳ぶコイツも同じであろう。
「とりあえず時間だ。お前も過去に戻れば俺の言っていた意味も解るだろう。時間に歪みを作るのがマズイ事はお前にも理解出来るだろう?」
十分前の俺は、渋々といった感じでタイムマシンに乗り込み十分前へ戻って行った。
俺はもしかしたら未来からまた俺が来るのかな?とも思ったが、それは無いようだった。
まあ、今の俺の頭にある事から考えれば当たり前か……。
俺はタイムマシンの部品を一つ取り外した。
過去、現在、未来へは結局同じ時間軸で繋がっているのだ。タイムマシンを使った所で実際に有った出来事までは変えられない。例えば未来に行って俺が何かをする。更に先の未来へ行ったとしてもそれは既存の出来事になるのだろう。
逆の言い方をすれば、未来の歴史で起きていない過去の出来事は、現在や過去で起きる事はないと言うことだ。
ならば未来を知る事に特に意味はない。
知らない方が楽しいのではないかな。
不思議と満足感に溢れていた。それと共に若干の疲労感もある。
時計を見ると、十二時十五分過ぎであった。
たかだか十五分程の出来事であった。