神見習いのある一日
『異世界の放浪者と』の第一章のネタバレを含みますので、先にそちらを読むことをおススメします。
俺ことリヒト=ルーシェトスは時雨に連れられてここ、神精霊世界に来た。
そして、俺がこの世界に来た次の日からルーシェ…様の修行は開始された。
◆
まずは朝。
「おっはよーーーう!!朝だよ!」
ちょうど身支度を終えた時、俺の部屋の襖が勢いよく開かれ、ニコニコしながらアクアが入ってきた。
『……容赦なく開けるな、本当。着替えてたらどうするんだよ…』
「えー?今のところ、そんなことは起きてないからいいんじゃないの?」
『…………』
…どうやらこの妖精少女はそういう事が起きてから考えるみたいだ。なんというか…本当にマイペースだな…うん。
「朝ご飯出来てるよー!」
俺の考えはお構いなしと言わんばかりにアクアはグイグイと腕をひっぱってくる。
そういえば…神々や精霊達はそんなに食事を取る、という事をしなくてもいいらしい。だが、かつて人間達がいた頃の名残で、食事をすることもあるらしい。
この光雨神社の神主でもあるルーシェ様はあえて食事を取らせるらしい。これも修行の一環なんだろうかと色々考えてみたが…やはりわからない。
ともかく…今日の修行が始まった、という事には変わりない。
◆
「おはようございます!ルーシェ様!」
『…おはようございます。…って!?』
いつものように居間にはルーシェ様が座っているとばかり思っていた。だが、今日は見知らぬ人物までいた。
そこにいたのは淡い紫の長い髪を持ち、一部を三つ編みにして纏めたアクアマリンの様な瞳を持つ……この人の性別、どっちだ!?
そんな風に考え、更には慌てていると、その人がこちらを見、会釈をすると口を開いた。
「はじめまして……だよね。ボクはユミル。…ユミル=ネルトゥス…よろしく。」
『あ……俺はリヒト=ルーシェトスです。よろしく…』
その人……ユミルか。…男だったのか…一瞬わからなかった。
そんな風に俺も会釈すると、ユミルは微笑んだ。
「うん……ルーシェ、この人がさっき言ってた…」
「ええ、そうよ。彼がリヒト。
――――そしてアナタの後輩にあたる娘が助けたヒトよ。」
「……そっか。」
ルーシェ様の言葉にユミルは少し悲しげな表情を浮かべながら俯いた。
…何かあったのだろうか。
色々気になったが、アクアが話の流れを見事にぶった切り、そのまま朝食を取ることになった。
あと、食事中で気づいた事だが、ユミルは健啖家という事がわかった。なんせ、普通に二人分位の量を食べていたからな…
◆
朝食を終えると、さっそく修行の一つになっている境内の掃除に取り掛かる。
とはいえ、そんなに落ち葉とかはない。割と楽なのだが、手を抜くとやり直すことになる。ルーシェ様曰く気持ちが籠ってない、などと言うが…取りあえず言われた通りに気持ち(?)を込めるように丁寧に掃き清めるように箒を動かす。
かなり集中していたせいか、後ろから近づいてくる気配にも気づけなかった。
「……はぁ、まだまだね。」
『!?』
そんな声と共に頭を軽く叩かれた。見れば案の定ルーシェ様が立っていた。
彼女は一度溜め息を吐くと呆れたような表情をした。
「まったく…アナタの悪い癖よ。戦闘だとわかっているなら対応できて、それ以外だと出来ないというのは。」
『はい……』
この人はよくこうして不意打ちをやってくる。以前時雨と戦った時は俺の方が不意打ちしていたのだが……あれは完全に「戦闘」だったから、ルーシェ様の言う通り、俺の悪い癖なのかもしれない。
『気を付けます』
「まぁ、実践の時は申し分なかったし、普段の状況でも対応出来る様になればさらにいいかもね。頑張んなさい」
『はい!』
そう返事をするとルーシェ様が微笑んだ。そしてすぐに「そうそう」と何か思い出したかのようにしながらこちらを見る。
「アナタに一つお使いを頼んでもいいかしら?」
◆
――ある屋敷への道のり
『……こ、この先なのか?ユミル…さん』
「ユミルでいい……それとこの先であってる。」
『そ、そうか……』
今、見ての通り俺はユミルと一緒にある屋敷に向かっている。
その行き先はルーシェ様の頼みの為にもならない。で、その内容が…
――「昔、心が病んで狂った神がいるんだけど、今どうしているか私の代わりに見て来てくれないかしら?案内はユミルに任せるから、迷うことはない筈よ。」
ということだ。…何気に恐ろしい事を聞いた気がするんだが…詳しく聞いてみれば五百年程そうなっていたらしく、ワリと最近改心したのだとか。
これを聞いて俺は非常に不安になった。
だって五百年間だろ?しかもワリと最近改心したとか……正直信用ならないというか、実はまだ完全ではないとか言いそうで怖い。
「……怖いの?」
『……正直言うと怖い。』
「そう…でもそんなに……怯えなくても平気…だから。」
本当にそうなのだろうか?
やっぱ会ってみなきゃ駄目なのか…
そう思うと自然と足取りも重くなる。しかしその度にユミルに指摘される。そんなことを何度も繰り返しながら、俺達は目的地である屋敷に着いた。
『うわぁ……着いちまったよ…』
げんなりしながらも屋敷の全貌を見てみる。
その屋敷は貴族のそれと同じ位…いや、それ以上の大きさだと思える。だが、とてつもなく煌びやかということもなく、どこか質素な感じを思わせた。
…もう覚悟を決めて行くしかないな。そう決心しながら扉の方に向かおうとしたが、途中でユミルに腕を掴まれ、止められた。
「そっちにはいない……こっち。」
『え、お、おい!?』
彼は躊躇することなく屋敷の庭の方へ歩いて行く。…まさか外にいるのか?
そんな風に考えていると、不意に風を切る音が聞こえた。
俺が気づくと同時にユミルは手を離し、懐から杖を抜き出した。
「《マジックベイル》」
静かに素早く詠唱し、杖の周りに魔力を結晶化させたものが集まっていく。それは淡い青の光を放ちながら、魔力結晶は杖の何倍もの長さになり、剣を形作った。
これらの事は全て一瞬の内に起き、次の瞬間には甲高い音が響いた。
「貴様、何者だ!」
ユミルとは別の声がし、見れば長い銀髪を一つに纏めた青い衣の青年が刀を向けていた。ユミルはそれを剣で受け止めている。
やっぱり勝手に入ったのがマズかったんだろう。というかそうとしか考えられない。
「何故お前から時雨と類似した気配がするのだ!?」
「………」
「答えろ!さもなくば……」
銀髪の青年が一度距離を取るように離れる。そして刀を鞘に納めた。
だが、未だに殺気は薄れていない。まだ何かするつもりなんだろうか。念の為俺も短剣を構える。
「《マジックウォール》」
「《月閃刃》!」
青年が動くより一瞬早くユミルが《マジックウォール》を展開し、青年の居合の一撃を防ぎ、すぐに詠唱を始める。
「風よ、刃となり吹き荒べ《ウィンド・ブレイド》」
直後、風がユミルを取り巻くように吹き、幾つもの風の刃が生まれる。そして彼が杖を振るうと一斉に刃が青年に向かっていった。
「っ!ならば…《月影ノ刃》!」
風の刃が青年に当たる直前、見えない刃でもあるかのように全て弾く。
だが……ユミルは読んでいた。
「彼の者を閉じ込めん《元素ノ牢獄》」
「!!」
水柱に火柱、風の柱に土の柱が青年の四方から出現し、結界のような物で彼は完全に囲まれた。
これは…勝負あったな。
「………」
「くっ…何なんだ、お前は……」
結界に閉じ込められた青年がユミルを睨み付ける。彼はただ、青年を静かに見ていた。
「なんの騒ぎですか……って!?」
今度は向こうからまたヒトが来た。その男は白衣を着、夕日の様な色の髪をしていた。
そして結界に閉じ込められた青年やユミル、俺を見ると驚いていたがすぐに溜め息を吐いた。
「なんでこうなったんですか……」
心底呆れた、と言う様に男はこめかみを押さえていた。
◆
『えっと……つまり、アンタがルーシェ様が言ってた神…?』
「はい、私です。」
どう見ても優男にしか見えないんだが、彼ことユウサリはあっさりと認めた。
あの後、ユミルとさっき戦っていた青年、月詠と和解し、今は屋敷の中にいる。
そしてお詫びとして、彼がお茶と菓子を用意してくれた。因みにユミルは目を輝かせながら出された緑茶と和菓子という菓子を見て楽しんでから食べていた。
「…さっきは本当にすまなかったな。にしても何故、時雨と似た気配が……?」
月詠はそれがずっと疑問に思っているみたいだ。そこまで言われると俺も気になるんだが…
「似ているのは当然のことです。何故なら彼――ユミル=ネルトゥスは時雨から見たらかなり前の代の存在……三代目"異世界の放浪者"ですからね。」
ユウサリが言い、そうでしょう?と言うようにユミルを見ると彼は頷いた。
えっと……つまり所謂先代ってことか?
『なんでそんなに知ってるんだよ…』
「それは……」
「本来、"異世界の放浪者"達の役割は狂っていたユウサリを止める為の……謂わば特殊部隊みたいなもの。だから、その対象者であるユウサリが詳しいのは身を持って体験してきたから…。
同時に、何十人もの"異世界の放浪者"達を傷つけ、葬ってきたから……違う?」
珍しく多く語ったユミル。そしてユウサリはまた否定することなく頷いた。ただ、何処か表情に影を落としながら。
「…悔いていますよ。何故、私はあんな事を……無関係の人々の命を弄んできたのか…それらが簡単に赦される事ではないという事も。」
彼はそう言うと目を閉じ、暫く黙りこむ。
そして何かを思い出したかのようにユミルを見た。
「貴方にも酷い事をしましたよね。誤って済む事ではありませんが……言わせて下さい。
申し訳ありませんでした。」
「……確かに腹刺されて死にかけたけど…別にいい…。ボクは別に、貴方を責める事も赦す事もしない。ただ……もう過ちはしないで欲しい、それだけだから。」
特に表情を変えることなくユミルは言う。ユウサリは目を丸くしていたがそれを崩し、困ったように微笑んだ。
「…ありがとうございます。」
「……」
ユミルは頷く。その表情はどこか悲しげに微笑んでいるようにも見えた。
◆
帰り道は特に話す事もなく、そのまま神社に着いた。アクアが俺達を見るとすぐにルーシェ様を呼んだ。
彼女はすぐに現れ、「お疲れ様」と言った。
「どうだった?そんなに恐れる程のヒトではなかったでしょう?」
『え、あ…そうですね……色々気になるところは多かったけど…』
「ふふっ…いつかそれも教えるわよ。それと、ユミルもありがとうね」
「……ん。」
小さく頷き、この神社の名の由来でもある光の雨をぼんやりと見つめていた。
「おーい!リヒトー!こっち手伝って~」
『…はいはい、今行きますよっと…』
二人が何か話そうとしているのが見えたが、アクアの声がしたので俺はそちらに向かった。
…きっとまた、明日も修行なんだろうな…。次、時雨やユウサリに会えるのはいつなんだろう。ユミルは…なんか、すぐに会えそうな気がする。それに、他の神々にも会ってみたいな…。そんなことを考えながら足を進めた。
*
「…そういえば、あの能天気の所にもアナタは行っているんだっけ。」
「……まあね。」
「アイツ…殆ど姿を見せないから、本当に存在しているのか疑いたくもなるのよね……。今は何してるのかわかる?」
「確か……世界を、観てるって言ってた。」
「…そういえば、あの世界が気に入っているとかいってたわね…まだそこなのかしら」
「…かもね。あとは…ラトナも一緒にアレの監視。」
「……ふうん。今はいいのかしら?」
彼女がそう言うと、ユミルの肩に銀と銅の毛並を持つ栗鼠が現れる。栗鼠は一つ鳴き声をあげると、彼の肩から飛び降りて少女の姿に変えた。…栗鼠であるということを示すように栗鼠の耳と尾を持った少女の姿に。
「何?ボクだって来たかったから来たのに、ダメって大天使サマは言うの?」
「ラトナ」
栗鼠の少女はユミルに名を呼ばれ、溜め息を吐く。
「わかってるよ、相棒……悪かったね、ルーシェ様。」
「別にいいわよ。」
銀髪のポニーテルを揺らし、大げさに溜め息を吐いた。
「だってさ~…今日はあのヒトがいるからコッチに来たんだよ?ボクだって好きで監視してる訳じゃないんだからー!息抜きぐらい相棒と一緒にしたいって~!」
「…だったら、なんでリヒトに言わなかったの…?」
首を傾げながらユミルが聞くと、ぷいっとラトナはそっぽを向いた。
「初めて会ったんだもん、軽い観察してただけ!」
「…ユウサリからお菓子貰えなかったことは?」
「う……あ、あんな相棒のお腹に風穴開けたヤツのなんか「いつも貰ってる、違う?」……ううぅー…あのリヒトってヤツがいたから~…」
やっぱり素直に出てくればよかった~!と項垂れながら叫ぶ。それを見て二人は苦笑した。
「…っと相棒、そろそろ。」
「……そうだね。」
ユミルが頷き、ラトナが栗鼠の姿に変化し、彼の腕を駆け上り肩に留まる。
そして、ユミルは術式を展開する。時雨が異世界を渡る時に現れるそれと同じ物だ。ふと、彼はルーシェの方を振り返る。
「今日は…ありがと。ご飯もおいしかったし……楽しかった。」
「…どうせ、ワリとすぐにアナタとは会うでしょうね。…"異世界の放浪者"だからかしら?」
「………」
彼は言葉の代わりに微笑んだ。それを見てルーシェも笑い返す。
「…それじゃ、またね。」
「…ええ。あ、そうそう。たまには顔くらい見せなさいって……―――
――翡翠に伝えておいて。」
小さく頷いたのが見え、次の瞬間には彼らは"行った"。
さて、次はどうしましょうか。そんな風に考えながら彼女はリヒト達の方へ向かった。
~神見習いのある一日 END~
番外編でした。
なんか色々新キャラ出てきました。
本編にもいつかは……まぁ…約一名は近いうちにアチラで出てくるかも(遠い目
では、ここまでありがとうございました!
本編『異世界の放浪者と』や『神速に矢と刃は踊る』も宜しくお願いします!