第3話
駅で待つ俊幸の携帯が鳴った。俊幸は慌てて、その電話に出た。
「はい、もしもし」
けれども、電話の相手からの返事はない。着信は公衆電話からになっていた。俊幸は、少し不思議に思った。けれども、すぐに、それが優理子からではないか?と思った。
「優理ちゃん? 優理ちゃんだよね? 今どこ?」
「ごめんね。ホント、ごめん・・・」
それは、とてもとても小さな声だった。そして、その声は涙声だった。
「どうしたの? 何かあったの?」
俊幸は、心配になって、今にも乗り出すかのような勢いで聞いた。けれども、優理子からの返事はない。
きっと、また泣いているのだろうと、俊幸は思った。俊幸の脳裏では、1ヶ月前に俊幸が告白した時の優理子の涙を浮かべた顔が思い出された。
――― 1ヶ月前、俊幸は、優理子に2度目の告白をした。
突然、優理子が泣きながら、電話をかけてきてから、俊幸は、もうおとなしくしておくのは止めようと思っていた。何に苦しんでいるのかはわからない。けれども、優理子が、辛くて、悲しくて、とても沈んだ世界に居るのは確かだと思った。
無理を言って、メールフレンドじゃなく本当の友達になりたいと、たまにでいいから会ってくれるようにと言ったのだった。
そして、優理子は、一応、それにO.Kし、二人はたまに会い、デートするようになった。
けれども、あの初めて会った日の車の中での無邪気な笑顔を見る事は出来なかった。どこか寂しげな、どこか怯えているような、そんな顔しか見る事が出来なかった。たまに笑ってくれても、それは、心から笑っていないという事が、俊幸には痛いほどわかった。
どこへ連れて行っても、何を話しても、それは、優理子の影法師のように思えた。本当の優理子はそこには居ないように感じられた。
どうすればいいのか? どうすれば、前のような優理子に戻ってくれるのか? 俊幸は、悩みに悩んだ。そして、迷った末、2回目の告白を決意したのだった。
「優理ちゃんが大事なんだ。とてもとても大切な人なんだ。好きとか嫌いとかそういう気持ちだけじゃなくて、本当に心から守ってあげたいって、助けてあげたいって、元気づけてあげたいって、そう思うんだ」
けれども、優理子からの返事はあいまいだった。
「私は、あなたがくれるほど、あなたに気持ちをあげられない。ごめんなさい・・・ いつか、私はあなたを裏切るかもしれない」
優理子の瞳から、大粒の涙が、ぽたぽたと落ちた。
困らせた! 言うんじゃなかった! 咄嗟に、俊幸の頭を後悔という気持ちが走った。自分が辛くさせてるような気がした。余計に苦しめてるんじゃないか?と思った。けれども、もう後には引けなかった。
「裏切られて、裏切って、それは、いけない事だけど、でも、そういうのもなければ、人と付き合ってるって事にはならないんじゃないかな? 人と人が生きていくには、そういう事もあっても仕方ないんじゃないかな? 僕は、優理ちゃんになら、裏切られてもいいよ」
優理子は黙っていた。
「それとも、僕の事は嫌い?」
優理子は、首を左右に振った。
「嫌いじゃないけど・・・ このままじゃダメかなぁ? このままがいい・・・」
優理子の瞳から、たくさんの涙が溢れていた。俊幸には、その涙は、まるで止まる事を知らないように見えた。
自分では無理なのだろうか? 自分では、どうしようもないのだろうか?―――
「ねぇ、今どこにいるの?」
俊幸の言葉に対する優理子からの返事は、やはりない。
俊幸は心を落ち着け、そして、うん!と力強く頷くと言った。
「僕、待ってるから。優理ちゃんが来るまで、ずっとずっと待ってるから」
なぜ、そう言ったのかはわからない。けれども、3度目の告白は、なんとなく、今日でなければいけない気がした。今日、会って言わなければならない気がした。他の日では、ダメな気がした。
「ずっと、待ってるからね。だから、いつでもいいから、気が向いたら来てよね」
俊幸は優しく、けれども強く、そう言うと、電話を切った。それから、そのまま携帯で時間を確認した。もう9時を過ぎていた。待ち合わせの約束の時間からは、既に3時間が経っていた。
「もう無理かもなぁ」
俊幸は、心の中でそう呟くと、小さなため息をひとつついた。
ずっと見たかったルミナリエ。
今年も、また見る事が出来なかった。
けれども、それは、今の俊幸にとっては、もう別にどうでもいい事だった。それよりも、優理子が、ちゃんと来てくれるかどうか? その方が大事だった。
もしも来なかったら・・・
ふと、そんな嫌な予感が、俊幸の頭をかすめた。そして、優理子が電話をかけてきた時の事を思い出していた。俊幸は、あの日、今日のように待ちぼうけを食らった時の事を思い出していた。
その日は、いつもにもまして、天気のいい日曜日だった。車好きの俊幸にとっては、絶好のドライブ日和だった。けれども、前日に夜更かしをしていた俊幸は、目が覚めたのが、午後1時過ぎだった。
「うわー、今からだったら、もう遠くにいけないなぁー」
ドライブ好きな俊幸は、いつも毎週末、1人で車を走らせては、海へ山へとドライブを楽しんでいた。けれども、その日、俊幸は起きたのが遅く、どうしようかと悩んでいた。そして、ちょうどそんな時だった。
いつもは鳴る事のない携帯が鳴った。
「会いたい・・・ 今すぐに会いたい・・・」
それは、優理子からだった。何か、切羽つまった感じで、その声は震えていた。
「泣いてるの?」
俊幸は、心配になって聞いた。けれども、優理子は無言だった。
「今どこ? すぐに行くから。だから、そこで、じっとしてるんだよ」
俊幸は、優理子にそう言うと、慌てて、車を飛ばした。
日曜日、お昼過ぎの高速道路は、少し込んでいて、一直線に、一斜線をまっすぐには走る事が出来なかった。俊幸は、右へ左へと車の間をぬって、時速150キロで、優理子が待つ場所へと車を飛ばした。けれども、その場所へ着いた時、優理子の姿はなかった。
俊幸は、慌てて優理子の携帯に電話したが、それも繋がらず、仕方なくその場所を後にしたのだった。
今度も、すっぽかされるかもしれない。
今度も、来ないかもしれない。
俊幸の脳裏を、そんな思いがよぎる。
けれども、もう後戻りは出来なかった。
どんな時でも、そばに居てあげたい。
どんな時でも、笑わせていてあげたい。
俊幸のそんな気持ちが、優理子を待つという行動にさせるのだった。