第2話
初めて、優理子に会ったのは、まだ寒さが残る3月の半ばだった。
「僕達、そろそろ会わない?」
それは、知り合って3ヵ月後の事だった。俊幸と優理子はメールで知り合った仲だったのだが、その時の優理子の口癖は、「私、もう信じないよ。もうネットで知り合った人には、絶対に会わない」だった。何があったのかはわからない。けれども、その時の優理子はかなり傷ついているようだった。インターネットで知り合った人の事を、全く信じようとしていなかった。そして、俊幸は、そんな優理子の心を、考えを思い直させることが出来たらいいなぁと思っていた。だから、俊幸が、そんな優理子に「会わない?」というのは、かなりの勇気がいる事だった。
知り合った直後の優理子からのメールは、いつも心がこもっていなかった。いつも、10行程度の内容だった。けれども、俊幸は、そんな優理子に、日々のつまらない出来事や友達や家族との何でもない会話など、とてもたくさんの事を書いて返した。そして、そうするうちに、優理子からのメールの量も、次第に増えていった。
そして、メールの交換を始めてから3ヵ月後。
俊幸は、勇気を出して言ったのだった。
「僕と、そろそろ会ってくれない?」
思えば、その時の優理子の返事も、何処となく乗り気じゃなかった。けれども、鈍くも、O.Kだった。そして、会う事が決まってから、2人は電話番号を交換して、電話で連絡を取るようになったのだった。
それは、俊幸が、優理子の気持ちを考えての事だった。
初めて会った時の優理子はかわいかった。それは、容姿がどうとか仕草がどうというよりも、中身的なものだった。考えている事とか思っている事が、俊幸にはとても可愛らしく思えた。そして、何よりも、優理子の笑顔が、俊幸の心を捕らえて離さなかった。
ドライブ好きの俊幸は、優理子を海へとドライブに誘った。
3月の海はとても寒かった。けれども、それについて、優理子はちっとも文句を言わなかった。それどころか、車の中の優理子は、とても無邪気で、楽しんでいるようにも見えた。そして、それが、また俊幸の気持ちを引き込ませた。
会ってからのメールの交換は、以前にもまして、俊幸の心をあたたかくした。優理子の書いた一言一言が、まるで生きているかのように感じられ、俊幸の脳裏に優理子の無邪気な笑顔を思い浮かばせた。そして、俊幸は、優理子と自分の考え方がとても似ていると思うようになった。あまりにも似ている為、自分達が出逢ったのは運命じゃないか?と思ったりもした。ずっとこのまま仲良くしたい。ずっと一緒にいたい。手放したくない。そう思った。そして、2回目のドライブの帰りの車の中で、俊幸は、優理子に1回目の告白をしたのだった。
けれども、告白の返事は、ノーだった。
「好きな人がいるの。もう、とっくの昔に別れてしまったんだけど、でも、まだ忘れられないの。まだ、とても好きなの。だから、こんな気持ちのまま、あなたの気持ちに答えらる事は出来ない・・・」
俊幸の心に、静かに波が立った。
「僕じゃ、ダメかな?」
俊幸は、優理子をじっと見つめて言った。
優理子は、ゆっくりと首を左右に振った。
「ごめんなさい・・・」
優理子の目は、涙目になっている気がした。
「あなたに会った事は、本当に良かったと思ってる。あなたは、私に、もう一度、ネットの出逢いを信じてみようって思わせてくれたから。だから、会ってみたいって思った。会いたいって思った。だから、ありがとう。でもね、好きにはなれない」
優理子はそう言うと、気まずそうに、車の窓の外へと目を反らした。
そして、俊幸は、そんな優理子をちらりと見ると、自分の気持ちを伝え始めた。
「僕はね、最初、優理ちゃんとメールの交換をし始めた時、優理ちゃんの考え方を変えてあげたいって思ったんだ。優理ちゃんの心を癒してあげたかったんだ。元気づけてあげたかった。だからね、今は、そう出来た事が本当に嬉しい。それだけで満足だよ。心が満たされてるんだ。本当にね」
窓の外を見ていた優理子が、俊幸の方を向く。そして、俊幸を見つめる。
「それにね、優理ちゃんとは、本当に自然体で居られるんだ。今まで、そういう風に思った女の子は居ないっていうぐらいにね。だから、僕としては、これからもずっとメールフレンドとして、仲良くして欲しいんだけど・・・」
俊幸がそう言うと、優理子は、静かに頷いた。
そして、2人は、その後、特に会うこともなく、平穏なメールの交換だけが続けられていた。
けれども、そんなある日、突然、優理子から俊幸の携帯に電話がかかってきた。
「会いたい・・・ 今すぐに会いたい・・」と。