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 天高く二つの月が昇り、完全に雲が切れた空には、色取り取りの星と天の川。

 空に還る魂の淡く光り踊る姿を見送りつつも、俺は。

 俺は自ら<石柱>とし、破壊した街道。

 石畳の残骸を撤去する様子を、幌馬車が通れる程度まで回復させようと帝国兵の皆様を。

 ジャーと、ヘムに俺は。

 吹っ飛ばした石畳の残骸に座りながら治療され。その様々な光景を見ていている状態で、

「全身……いてぇなぁ」

 身体全体が熱を帯びたようで、特に足なんかは筋肉痛を通り越して、生まれたての羚羊を思わせるようなプルプル具合。

 終わった後、歩けなくてティルフィングさん。ヘムの伯父さんに、爆笑されながら肩を貸して貰ったという恥ずかしい事もあった。

 ジャーも。盾を吹っ飛ばされて地面に叩き付けたらしく、頭に包帯を巻きながら。

「同志からヘムお嬢さんの先程の勇姿を収めた秘石の写しを……」

 欲望パワーと、ギャグ補正で軽傷だった模様。

 流石に理力切れで、支給された小さな秘石から<根源>を取り込み回復術式を、今回一番酷い怪我。見た目は全く何ともない、内出血が幾つか在るだけの脚に掛けつつ、

「それはそうですぞっ!ガンド氏、幾らプセ……なんちゃらがに対してキレたとしてもです、まともな思考の人間なら三種の強化術式を同時に纏い、降ろし、駄目押しで行使する。死ぬ気ですかっ!」

 ジャーの激怒もよく分るが、あれぐらいしないと俺の実力ではプセウドテイに対してまともに手が出なかった。

 いや、途中で白い手の持ち主が手を貸してくれなければ、手も出なかった。

 ヘムは、帝国の……衛生兵で良いのか。彼らから清潔な布や度数の高い酒、非情に染みる傷薬を分けて貰い、

「ん、次。脇……切り傷、ガンド。腕少し上げて」

 と、術式を掛けるまでも無い傷の周りに酒をぶっ掛け、血汗を布で端で拭い。指先で丁寧に傷薬を塗り付ける。

「ぐあっ!ちょっと、ヘムっ!いたっ、染みる染みるって!」

「ん、ガンド。……良い子だから、我慢」

 俺は染みるのを我慢し、涙目になりながらも、彼女の白のローブの前が開いており、そこから覗くのはハーフパンツから伸びる褐色の素足……いや、ヘムの腰の弾倉帯に目に行く。

 それからは小瓶が消えていて。

 先程の戦いで<魔女の人差し指>用のインクは全て使い切り。内包していた魔力も全て使用しているけれど。

 昼間は魔力切れで、暫くしたらうとうとしていたのに、今のヘムは少しテンションがおかしい。

 曰く、極度の緊張状態。精神の高揚が抜けておらず、

「ん。突然、寝たら……、ごめん、ね?」

 らしい。

 俺が治療されていて、暇なのか黒金の甲冑籠手の中で、ノーヴァが唸っている。

「ノーヴァ?」

 声を掛けると。

 返事は俺にだけ聞こえる様に、

『おお、ガンド。少しヘムの事を考えていたのじゃが……』

 ……ヘムに何かあるのか?魔力使いすぎで身体に問題が出そうとか…。

『ああ、ガンドが考えてる様な深刻な事ではないぞ?妾が考えていたのは、いくら好相性属性としても、魔法具の補助込みとは言えど第八階梯魔法の十三重同時行使とは……』

 ノーヴァとしても、通常では考えられない数の魔法を同時展開及び行使したと言い。

 興奮した様子で、一挙に、

『ああ、勿体ないっ!勿体ないぞガンド!!あの喉の”障り”が無ければっ!刻唱陣と詠唱術式を使い分け秘石や、あのインクだったかの使用量を考えなければっ!いずれ成長すれば嘗ての妾や、同族と相対する事も適ったかもしれんのだぞっ!!』

 脚があったならば、激しく地団駄を踏んでいる様な声を出す。

「ノーヴァ、ベタ褒めだな。確かに、俺の左右を通り過ぎた<吹雪纏う螺旋槍>が、プセウドテイの両足と両太腿に刺さって動きを止め、体勢を崩さなかったら頂点まで飛べなかっただろうし」

 鴨撃ちって、ティルフィングさんにかち上げられた眷属達。

 あれも、大半が<吹雪纏う螺旋槍>に巻き込まれて氷結し、砕け、霧氷と化した。

 ……ヘムって、高度な技術を持った魔法使いで。更に<魔女の一差し指>なんかの魔法具も作れる……

「ヘムって実は凄い人?」

 思わず口に出し、ヘムは俺の首筋に傷薬を塗り込んでいたのだけれど、

「ん、ガンド。凄く……は、無いよ?出来る事……、してる、だけ、だよ?」

 そう言うと、また俺の耳たぶに出来ている小さな傷に、薬を塗り込んでいく。

 ジャーは、じぃっと。それを見ながら、

「私めも、塗り塗りして欲しいですぞっ!くぅ、あの愛らしい指が戦いで傷付いた私めの傷の上を優しく……、羨ましいっ!!ちょっと、治療に手を抜いて宜しいですかガンド氏っ!」

「本音が漏れるぞ……、まぁいいや」

 ジャーは、こう言う事を言うが、決して手を抜かない性格だ。ヘムの事になると、判らんが。

 ノーヴァは、

『謙遜が過ぎるが、ヘム……らしい』

 更に小さく、小さな声で。

『妾のとしては、ヘムは恩人。喉の障りを、取り除いてあげたいのだぞ、ガンドよ』

 と、そう聞こえ。

 背の肩甲骨辺りから、小さな弾ける音がする。

『小娘も、そうか……。ふむ、是非とも死後は黄泉で一夫多妻制……破廉恥じゃぞ!!』

 腕の中、どうなってんだ全く。

 俺は、そんな騒がしい雰囲気が懐かしく、

「はっ!向こう側も、同じだったなぁ。どうも俺の周りは騒がしいみたいだ」

 ヘムと、ジャーは顔を見合わせて苦笑。

「な、二人共笑うことは無いだろ」

 ふわりと、風が肌を撫でる。

 風が吹き、雨が過ぎた、草木と土の強い香り。

「良い夜風ですぞ、まだ臭いますがっ!」

「ジャー、後で、ガンド。違う、ノーヴァに秘石、渡して……、また、あの洗濯魔法掛け…て、貰う」

 あの腐敗臭…は、今の雰囲気で忘れたいがまぁ良いか。

 後ろ手を付き、夜空を見上げ徐々に星々に紛れ消えゆく魂の昇華を、再び神様って人の所から<根源>へ戻り、再び何らかの形で出会うかも知れない人々を見送った。



 ●

 

 俺達3人は、俺の身体の治療が終わると。ヘムは帝国の兵に頼んで小さな秘石を一つ分けて貰い、龍語魔法<浄化の儀式>を使ってみたのだけども。

 龍語の魔法を。

 三種の龍語からなる魔法をノーヴァが行使した瞬間、一部の帝国の皆さんの俺を見る目が、何か違うと言うか何というか。

「目が輝いていると言うかなんというか」

 ジャーが<戦いの誓い>を宣言した時も、龍って言葉に反応してたよなぁ。

「ノーヴァ、何か知ってるか?」

 龍であるノーヴァにまずは聞いてみるけれど、

『帝国の紋章に龍と思しき姿が在るのじゃが……、討たれる前は西方を中心に活動していた故に詳しいことは判らぬ』

 との事で。

 活動範囲から離れていたから、知らないのは仕方が無い。

 聞けそうなヘムは、もう眠いのか頻りに目を擦っていて。

「ふぁぁ……」

 欠伸を一つ。

 これは魔力の使いすぎで、一気に身体が休息を求めてるのか。もう目を閉じそうで。

 ジャーもまた、理力の奉納しすぎで、目に力が無く鉾鎚を杖代わりにして足取りは鈍重。

「ヘムもう少しだから、ジャーも肩貸してやるから倒れて寝込もうとするなっ!」

 そんなこんなで、ようやく俺達が乗っていた幌馬車が見えてきて。

 煌々と明かりが点き。木箱が整理され、休息する場所がきっちりと確保された状態の中。

 疲れている筈なのに、それを見せず執事の如く待ち構えていた、兎耳の帝国兵士。

「皆様、お疲れ様でした。さ、ヘムお嬢さんおねむのご様子で、毛布を敷いていますのでどうぞ」

 とは、アルナブの点数稼ぎが目に見えてあざとい。

 ヘムは、ウサ耳紳士から毛布を受け取ると、ローブを脱いで木箱の上にそのまま。同じく弾倉帯も外し、

床に落とす。

「アル…ナブさん、あり、がと。皆、おや、すみ」

 挨拶をして、そのまま倒れる様に寝入ってしまい。

 ジャーも、やはり<戦いの誓い>の体力、精神ともに消耗があった様で、重い装備類を外すし。アルナブから毛布を受け取ると。

「ふぅ疲れましたぞぉ……、<戦女神>様に勝利を捧げることが出来たので負荷は最低限でしたがぁ。本気で寝ますぞ……、同志後は宜しくですぞぉ」

 身体を毛布に包み込んで横になる。

 そして、最後。

 俺に柔らかな毛布を差し出すと、

「ガンドも、お疲れのようですが……寝ないのですか?」

 差し出された毛布を受け取りながら、

「ちょっとまだ、精神が高ぶっていて。暫く目を瞑るけれど、起きてると思う」

 言うと、俺も皆と同じように毛布に包まり木箱にもたれ掛かるようにして座る。

「畏まりました、何かご用が御座いましたら。御者台で、自分が居ますのでお声がけ下さい」

 そう言うと、幌馬車内の明りを消してアルナブは外へ。

 喧噪の響く、薄闇の中で。

 毛布を頭まで被り。

「はぁ。ノーヴァ。やっぱり実力不足が目立つよなぁ」

 考えていたのは、先程のプセウドテイとの戦いの事。自分の身体制御も出来ず、危険な箇所が数多くあり。

 皆に幾度も助けられた。

『実力不足を嘆くのは良いとして。G・D・Rの性能。潜在的性能を発揮出来る程の身体能力が無いのは確か……、これは昼間言っていた様に鍛えるしかあるまい』

 小さな金属音を立てて、黒金に彩られた両の拳を握る。

「それも在るんだけどさ、プセウドテイを目に前にして内心怖じ気づいてたのが、自分自身で気に喰わねぇのさ」

 気取られぬように、叫び取り繕ったものの。

「それに、ノーヴァ。俺は、命の遣り取りってのを舐めてた」

 そう、奪われれば死ぬ。奪えば殺す。

 かつて読んだ物語の主人公によっては、最初から命のやり取りを割り切っている事もあるが。

 俺は嘗ては人だった”モノ”を。本気で殺してやると思った相手を殺める事にも、一瞬の戸惑いを覚えてしまった。

 それは、元々住んでいた世界の常識と、理の明確な差。

「この世界では、甘いと思うか?」

 甘いんだろうな、俺が。

 実際、今回のプセウドテイの襲撃で何十人もの避難民や、帝国兵が大怪我を負い、死者も出ている。

 この世界では、生と死が余りにも身近で。

 しかし、ノーヴァはそれを否定するように、

『それは真っ当な考えぞガンド。無闇矢鱈に。何も感じず平気で殺す事に慣れたら、それは生き物として大切な何かを失っている証拠ぞ』

 妾でさえ、意味が。理由が無ければ、国一つを滅ぼすものかと。

 ノーヴァの言葉を聞いて。あの人なら、どうするだろうか。

「いや、考える前に行動しろって……」

 考えて、やめた。

 ぐちぐち言うのは止めて、単純明快。どうしてもと言う時以外は、殺すを極力排除しつつ倒す。ガチ殴る。反省せずまた来るなら、反省するまで殴り倒す。

 これで、良いか。

 そんな激甘な思考を読んでいたノーヴァが、

『はっはっはっ!ガンド、どうしてもと言う時以外は、反省するまで殴り倒すか、ぶはっ!それは良い、本当に面白い』

 一頻り笑った後。

『ガンドはそれで良い。それを成すためにも、自身の身体の確認ぞ?』

 ノーヴァ俺の身体の現状を話す。

 怪我の度合いを見れば、全身ズタボロだったらしく、八雷の加護でどうにか”動いて”いたらしい。

 ジャーが回復の術式を掛けてくれる前の状況はと言うと。

 両腕以外の場所全てが、筋肉痛なら可愛いもの。軽度の骨折に、罅。脚に至っては、最後に一撃。<風跳>の足場を蹴り込んだ時、過剰に負荷が掛かり毛細血管が細々と破断していたらしく、

『生身の部分への負荷が強すぎる。G・D・Rが無傷でも使い手が重傷では……、やはり修練が必要。そして今は休息が必要ぞ?小娘の加護がある分回復は早いが、それでも無茶は禁物と言っておる』

「加護かぁ、確かに……」

 昔から怪我しても傷の治りが早いのは、八雷の加護らしく。

 考えれば、思い当たる事もある。

 あれは、隣の家との境界線にあった小さな社。

 周りの建物に隠れるほどの大きさで、誰が管理しているのかも判らなかったので。引っ越してきたばかりの我が家が引き受けたのだけれども。

 俺が幼稚園に行く前に、毎日水をお供えして、簡単な掃除もしてたけれども。

 そういや祀られている神様、つまり八雷までは知らなかった。

 秋になると近くに生えている金木犀の香りがふっと香る、良い場所で……社の前が開けているお陰で中秋の名月なんかもその場に集まって、良く見ていたなぁ。

 やさぐれ時代も、自然と俺の仕事ってのが判ってて、掃除してる時は無心になれた気がして。

 それで気に入られたのか。人生よく分らないが……、それで助かったのなら感謝するべきで。

「八雷。ありがとう、助かった……、これからも宜しくで良いのか?」

 答える様に、左の背中側で小さく静電気が弾け。

『落ち着け小娘っ!抱きつくな、腰を、脇腹にしがみつくでないっ!も、揉むなと言っておるっ!!』

 ノーヴァが、八雷の喜び具合を伝えてくれる、仲が良いのは良いことだ。

 だけど、腰ってどこだよ?

 ま、まぁ……、ノーヴァ流の冗談だろう。

 それにしても、休息かぁ。

 目が覚めてから、異様に濃い2日間だったが……、いや、先程の30分くらいで、人生で使う糞野郎の1割くらいは言った気もするなぁ……。

 なんだ。

 思ったよりも、自分自身に余裕がある。

 そうなると、次は……、

「問題は、休息を取った後。ソテツに着いてからだよなぁ」

 基本的に無一文で。

 貨幣経済が根付いているとなると、何をするにも。下手をすると飲める水を買うのにもお金が掛かるかもしれない。

 これは、不味い。そして、

「先立つ物だよなぁ、資本主義万歳」

『資本主義と言う物は良く分らぬが。要はお金が大事と言う事であろう?』

 はい、その通りで。

『ならば手っ取り早く稼ぐなら冒険者と言う手もあろうが、詳しいのはゴブリぞな。明朝にでも時間があれば聞くがよかろ』

 ゴブリさんにも、風霊の足場のお礼を言ってないし。ゴブリさんが居るなら、ヘムの伯父さん。最後に手間をかけさせたあの人も居るだろうし。

「そうとなれば」

 俯き、目を瞑る。

 少し目は冴えては居るけれども、木箱に身体を完全に預け眠る態勢に入る。

 ヘムに様々教えて貰うにしても、食い扶持は稼がないと、材料費や教材費は流石になぁ。

 冒険者か。

 ゴブリさんと、ジャーは村から疎開する村人の護衛補佐の依頼だっけか、受けてたらしいし。色々とやることが在るんだろうか。

 まぁ働かないと現状、保護を受けた避難民。将来ヒモ……一直線だしなぁ。

 いざとなれば、ヘムに預けた学生鞄の中身を売り払って、駄目だ。

 そうすると、<転移者>だと不特定多数にバレるわけで……。

 考えている内に、急に眠気が来て思考が纏まらなくなり、

「ふあぁ……、まあ良いか。考えるのは、何か疲れ……た」

 木箱に預けた身体が少しずり落ちるのを感じながら、眠りに落ちた。


 ●

 

 薄明かりと、微睡みの狭間。

 薄く目を開ければ、そこには。

 ……いつの間にか、ベッドで寝てる?

 眠い。

 身体は鈍く、気が付けば。

 白い、全てが白い部屋の中で、二人の女性が左右から俺を覗き込んでいる。

 一人は、ベッドに腰掛ける。女性。

 紅く艶やかな髪、その髪の合間。側頭部から前に伸びた鋭い一双の角が生えていて。瞳ははあのノーヴァの龍眼のように黄色く。

 ヘムが来ていた天鵞絨の様な艶やかさを持ち、金の刺繍が施された豪奢なドレスを魅惑的な体型を引き立たせる様に纏っている。

 もう一人は、ベッドの脇にそっと座り、俺の手を握る女性。

 全てが白く。消え入ってしまいそうな、そんな風に感じる。儚げな、目を瞑るシンプルな白のワンピースを来た女性。

 白の彼女が、ふと目を開けると。

 赤い、血の色のように赤い瞳を俺に向け、目を孤に曲げて笑みを浮かべる。

 口が動き、小さな小さな声で、

「ふふっ、やっと会えた」

 俺の腕に、両手を添え。愛おしむかのように頬ずりをする。

 ……ぼぅとして、意味が。

 すると、赤い衣装の女性が、

「主は、色々ありすぎて疲れておる。小娘、嬉しいのは判るが程ほどにな、程ほどに……」

 呆れた声で、言う聞き慣れた声は……、ノーヴァか?

 すると、白の彼女が八雷と言う……あの社に祀られ俺に加護を授けた。

「わかってる、もう起きる時間だもの」

 白い手が、腕を伝い。

 彼女の身がベッドの上に乗り、這いずるようにして、ゆっくりと。

 ゆっくりと、彼女の顔が目前に迫り白髪。いやよく見れば色素の薄い銀髪から、金木犀の甘い香りが鼻孔をくすぐる。

「うふふっ」

 笑い声と共に、唇が首筋に落とされ舌が皮膚を舐る。その粘着質な音が皮膚を通し、とても大きく聞こえ。

「首筋への接吻は……」

 ノーヴァの声が聞こえ。

 再び顔を上げ、髪を掻き上げた白の女性。八雷は、

「そう、首筋へのキスは、執着。だって、執着アイしてるもの」

 身を離し、ベッドからするりと立ち上がると、

「じゃぁ、ね。拳蒔」

 その声が聞こえ、視界が徐々にぼやけ、また眠りに落ちた。


 ●

 

 ……朝か。

 外の喧噪と、美味しそうな匂いと、何かを刻む音。そして微睡む中で、微かに残る金木犀の、

「ふおおっ!」

 そこで目が覚め、飛び上がるように確認するのは周りと。

 あの接吻の感覚が未だ残る首筋に堅い金属の手を当てて、無機質な冷たさが冷静さを取り戻させてくれる。

 あの、白い部屋。

 二人の女性に囲まれたベッドの上などと、

「……何つう夢を、見てんだ俺は」

多分、ノーヴァと、八雷だと思うのだが、どうなってんだコレは。

「おーい、ノーヴァ?八雷?」

 と、聞いてもノーヴァに反応は無く。変わりに、八雷の返事である背中側から静電気の弾ける音が一つ。

 はぁ。と溜息一つ吐き。

 辺りを見渡せば、陽の光が柔らかに開放された幌の前後から入り。木箱が積まれた、昨日と変わらぬ幌馬車の中。

 ヘムは健やかな寝息を立て、毛布に抱きついているし。

 ジャーは、鼾をかいて顔が、床面に押しつけられており。どうやって、呼吸してんだ?と言う疑問符が付くが、まぁジャーの事なので問題は無いのだろう。

 アルナブもいつの間にか、木箱に座り仮眠を取っていて。

 じゃぁ、この料理の匂いは。

 それに、外からは複数の話し声が聞こえてきている。

 確認しようと、立ち上がろうとして。堅い金属音がなり、少し装甲の隙間からほんのりと紅い光が漏れ出す。

「ノーヴァ寝てたのか?」

『ふむ、ガンド。小娘に、胸を揉まれて起こされた……』

 だから、胸と言いかけて。

 なるほど、腕の中では人の姿な訳か……って事は、夢じゃ無かった訳で。

「っ!」

 一瞬恥ずかしさの余り、顔が沸騰しそうな程熱を持つ。

「ほっ、誰か起きたかの?」

 声がして、振り返れば。

 小さな手指が幌馬車の後ろ側にかけられるのが見えて。

 小さな声で、

「よっこいせ、ほっほ目が覚めたかの、ガンド」

 幌馬車の縁を、よじ登るように顔を出し現れたのは、

「ゴブリ……」

 ゴブリさんは、指先を鼻先に持ってきて、周りを見渡すと。

 手招きをしてから、幌馬車の縁からするりと手を離して降りる。

 そうか、皆寝てるんだもんな。

 そうっと、立ち上がり。皆を起こさぬ様に、狭い幌馬車の中。隙間を縫って後方に抜ける。

 幌馬車から降りれば、陽光が全身に行き渡る感覚があり、

「うーん、良い天気だっ!」

 腕を天に伸ばして、背筋も伸びる。

 空は、天高く馬肥ゆる秋といった感じで気持ちよく、爽快。

 街道は、東方面へ進む。つまりはソテツ方面へ疎開や避難する幌馬車や旅人が通り始め。簡易的にでも街道が通行可能になった事が見て取れる。

 幌馬車の横から、

「ほっほ、ガンド。昨日はお疲れ様じゃのぉ……、駆けられぬですまんかった」

 そう言って、深く頭を下げるゴブリさんだけども、

「いえ、ゴブリさん。俺も風霊で足場を作って頂き、有り難うございました」

 突然俺に纏わり付くように、風霊が踊る。

 それを見たゴブリさんは、

「風霊も、役に立てて何よりといっちょる」

 そう言えば、ゴブリさんに何か聞く事があった様な。

『ガンド、先立つ物の手に入れ方。冒険者になる方法ぞ、微睡みの中でき、キスなどっ!されて、呆けたかっ!八雷も、八雷で破廉恥ぞっ!!そうじゃ、妾は乙女じゃ小娘っ!!』

「俺、半分も覚えて無かったんだが。ノーヴァあれは、やっぱ夢じゃねぇのか」

 すると、また背中側で静電気が弾け。

 こ、コイツ等……は、まったく。

 そんな、端から見たら一人芝居にも見える俺達に、いやノーヴァにゴブリさんは、目を細めて、

「ほっほ、字無し様はノーヴァと言うお名前なり申されましたか」

 感慨深げに笑いつつ、

「それで冒険者になる方法じゃな、それはもう簡単じゃぞ?」

「簡単ですか?」

 頷き、俺に説明するのは唯一言。

 冒険者協会の本部か支部で、登録すれば誰でもなれると言う一点。

「大丈夫なんですか、それでっ!」

 ほっほと、笑いながらゴブリさんは、

「冒険者になるのは、誰でも。しかし、事を成せるかは本人次第での。確実に依頼を熟し、実績を積み上げ信頼を得る。これが出来ねば級を上げる事も出来ず低級止まりじゃ」

 依頼を真っ当に受ける事で、級を上げ。

 級があげれば、難易度は跳ね上がるがその分実入りも良くなると言う、ゴブリさん。

「一番下は、<滑石タルク>。一番上は、<金剛石ダイアモンド>となっとるんじゃが、帝国所属の上位三階級は今おらんでなぁ」

「居ないって?」

「ふむ、そのままの意味での。現在帝国所属の冒険者で最高位は<石英クォーツ>。儂は、その一つ下の<正長石オーソクレース>での」

 ヘムは、<方解石カルサイト>で中堅所。

 基本的に、ヘムは工房での職工中心で。自分の欲しい素材を集めるついでに依頼を受ける為、実力的には階級詐欺らしい。

 ジャーは意外にも、いやあれだけの神聖方術に長けた人物なのだから……。まぁ、<燐灰石アパタイト>の実力者だそうで。

「何事も下積みが大事。儂じゃって、最初は薬草摘みから始めたものじゃよ」

 ほっほと、また笑う。

「ゴブリさーん、また配給用の食材が狩られてきたので処理お願いしますっ!というか、一部取り巻きが団長オサっ!団長オサっ!て信仰し始めてます、止めて下さいっ!」

 遠くから、帝国の兵士だろうか。えらく軽装の少年達が涙声になってゴブリさんを呼んでいる。

「おっと、済まんの。朝食の追加食材が運び込まれた様じゃ、まぁ今はのんびりと」

 空を見上げて、

「のんびりと、朝食が出来るまで散歩するのも良いぞ?」


 ●

 

 しかし、散歩と言っても。

「なーんにも無いな、ここは」

 高台も無く、延々と続く草原地帯。遙か先に河が見えるが、散歩するには余りにも遠すぎる。

 それと、

「龍の人。おはようございます」

 と、先程から挨拶されること数度。

 気になったので、エルベ村を担当していた隊長さんを見つけ挨拶がてら。つまりジャーの同志に思い切って聞いてみると。

「ああ、言ってる人達は、帝都から北東のリクド地方出身の人達だよ」

 あまり詳しくは無いのだけどね。と、前置きし。

 リクド地方には、帝国の前身となった国家によって併合された同名のリクドと、呼ばれた国があり。

 その建国神話の中に、”龍を従える人”と言う人物が出てくると言う。

 そう言った話を聞いて育ってきた為、龍と言う存在にはとても敏感で、憧れを持っているのだそう。

「大陸の南の方にあった、アムハブラ。イゼルに滅ぼされた国なんだけど、そこにも龍を従えて悪神の眷属を討った話が伝わってるらしいよ。避難民の幾人かがそう言う話をしていたんだ」

 との事で。

 よくある物語のよくある登場人物に、近い人物が現れたぞっ!そう言う感じなのだろう。

 隊長さんからは、ヘムについても聞かれたが、そこは言葉を濁しておいた。

 礼を言った後で、ゴブリさん達がなにやら大量の食材を掻き集めて、朝食を作っている場所にのんびりと歩いて行く。

 さてさて、龍に纏わる伝承は、各地に数多くあるらしい。

 ノーヴァも、

『妾も、西方に行けば伝承くらいは残っておるハズぞ』

 との事なので、龍に関する伝承はよく知られ、寝物語の悪役になったり、正義になったりと忙しいようだ。

 しかしまぁ、

『く、小娘め、何を偉そうに……ガンドの世界では有名な神様……本当か!』

 本当なんだよなぁ、八雷は。

 俺の父方の氏神様が現世との境界を敷いている場所。黄泉比良坂の向こうに広がる黄泉。

 そこで神産みの伝承上、最後に産まれたのが八つの雷。

 その雷を纏めるのが、雨水の神。

 つまり、八雷と言う事になるんだけれど。格からしても、丁重に奉るべき神格で。

「あそこの開けた土地は、雨水が必要な水田だったから祀られてたのか」

 大きく静電気が放たれ、道行く皆様が振り返る。

「す、すいません。帯電体質なもので」

 なんて、言い訳しつつ。

 当たりだった様だけど、返事が静電気ってのも斬新だけれど……、どうにか普通に会話は出来ないか模索する必要があるなぁ。

『ふっ、無い胸を張っても。妾ほどに、程よい大きさになってから胸を張るが良いぞ?』

 あの白い部屋の中で、二人で胸の張り合いとは……、本当にどうなってんだよ。

 まぁ、二人の自主性に任せておくか。

 ゆっくりと散歩しながら時間を潰し。ゴブリさんが居るはずの場所は、何か茶色い獣が積まれて居て。

 その影では、緋色の軍服を着た人が手を振りながら、大きな何かを引き摺って歩いてきている。

 一瞬近づこうか悩んだけれど、その近くでは大きな鍋で何かを煮て汁を配布しており。

 美味しそう匂いに我慢できず。

「行くしかないよなぁ」

 お腹も空いてきたし、そして一山幾らって感じに積まれた茶色い獣の下で、

「ゴブリさんは、居たんだけど……、なんだアレ……」

『積まれて居るのは比較的よく見る有角兎ぞ』

 言うとおり、可愛くない凶暴な顔をした兎が積まれて居て、直下では半分涙目になりながら血抜きや内蔵抜き、皮を剥ぐなどなど解体している先程の少年兵達と、指導するゴブリさんや大人達が見える。

 その向こう。緋色の軍服の翠玉色の髪の人が引き摺っているのは、とても爬虫類的な尻尾の先で。

『しかし、あの男が引き摺っているのは……、小型ではあるが獣脚竜の一種ぞ』

 ノーヴァの顔が見れるなら、明らかに呆れている声色で。

 その獣脚竜の見た目は、頭が異様に大きな肉食恐竜のそれ。動きは見た目以上に機敏かつ。顎下の皮膚が極度に硬化していて、地面を擦りながら掬い上げる様にして、小型の獣に食らい付くと言う。

 主に、そこに積まれた有角兎や、動きの遅い駄馬。人の肉の味を覚えれば人を襲うそうで。

 街道から近い場所に出現した脅威を取り除くのも、重要な仕事だとは思うのだけれど。

「”斥候”っ!久々に竜肉も焼こうぜっ!!」

 と、多分だけども。ゴブリさんに声を掛けており。

 この人、ただ兎狩りの途中で、獣脚竜を見かけて脅威云々関係なく、食べたいから倒しただけかっ!

 何故か一部の帝国兵からは、団長っ!団長っ!と掛け声が上がる。

 緋色の服を着た、ヘムの伯父さんだっけか。なにしてんだ、すっごく偉い人なんだよな?

 その偉い人に対して、ゴブリさんは。

「団長ッ!まだ兎の解体が終わっちょらんのに、<地擦顎竜グレイト・ジョー>なんぞ大物をっ!」

 興奮して有角兎の積み上がった方にナイフを向けながら言っていて。

 そのヘムの伯父さんは、獣脚竜を兎の積み上げられた場所まで持ってくると、

「兎追いしで、かの河近くまで行ってたら、久々に見かけてなぁ。それに兎だけじゃ面白くないだろ?」

 意味ありげな笑みを浮かべ、ゴブリさんはやれやれと首を振り両手を挙げる。

 ……、もしかしてそこの少年兵達の為に、食材兼教材を持ってきたのか。

 しかし、ヘムの伯父さんは、その獣脚竜の尻を叩き。

 一番美味しいのは、ここ尻尾の付け根だよなぁ。って、やっぱり食い気か。

 ゴブリはひょこりと立ち上がり、無造作に腰から大型で鋭い鈍色のナイフを抜き、

「新兵諸君、特別講義じゃぞ。お題は、地擦顎竜の血抜きと解体処理じゃな。兎は熟練者に任せてこっちゃこーい」

 少年達は、顔を見合わせてゴブリさんの近くへ。

 避難民の幾人かも、興味深げに見ていたので同じように側に。

「獣脚竜は、内臓一つ、骨一本。全てが食べられたり、何かに利用。そう、竜の血は皆も知っているちょ思うが、錬金術の触媒としても利用出来……」

 と、血の一滴も無駄にしない血抜きと解体が始まる。

 それはまるで、記録映像で見たモンゴルの遊牧民が行う羊の解体法と同じような手順を踏んで行われており。

 俺としては、解体方法も気になるけれど、獣脚竜の首元に着いた鋭い傷。

「首元を一撃?」

 堅い顎と爬虫類特有の堅い皮膚の隙間、顎の可動範囲を得る為に少しだけ柔らかくなった場所を、

『見極めて、最低限の労力で、最大限効果的な場所を一撃ぞ』

「だよな」

 昨日、プセウドテイの膝を砕き、体勢を崩したのは。瞬時に見極め、完全に狙って行ったのは。

 そこに居る、ヘムの伯父。

「熟成には、数日掛かるだろ。拾得者権限で、尻尾の一番太い霜降り部分は俺とヘムの分予約しておくぞ”斥候”ッ!」

「あー、わかっちょる”団長”。ほい、そこの少年ゆっくりと腹の中で内臓を切り取るんじゃ」

 ゴブリさんは、返事をしながら。

 今まさに、竜の腹に切れ目を入れて腕を突っ込んでいる少年の腕に、自らの手を添わせて、

「よしよし。今切り離したのは肝臓じゃぞ。竜の肝と言われ高級食材かつ、薬効も強いのじゃ」

 色々と、楽しそうに指導している。

 そんな光景を見て、さてあの大鍋の列に並んで食事でもと考え、一歩を踏み出そうとした時、

「もし、貴方様は。昨日、我らを助けて頂いた……」

 肌の浅黒い老人と、孫ほどの若い青年が立っており。

 老人の方は、確か。

「最後尾で、羊に襲われていた……、あの時の」

 俺の事を<英雄>と呼んだ、老人で。

「我が祖国を襲った、あの化け物を討ち滅ぼして下さり……」

 老人は、涙を流し。俺の右手を両手で包む様に取り、

「ありがとう、本当にありがとう」

 言うと、手を離し。未だ涙の残る皺だらけの顔を上げて、

「これで我らも、ようやく前に進む事が出来ます」

 言うと、何度も頭を下げ、青年と共に去って行く。

 ……ふぅ、前に進むか。

『ガンドも、護ると吹っ切れた。成し続ければ、まぁあの様に礼を言われることも増えようぞ?』

 礼を言われるのは慣れてねぇんだけどなぁ……。

「なんにせよ、事を成すには鍛えないと」

 まずは、ヘムが誰かに報告してる間に冒険者になり、少しでも実績を積むところから始めるか。

 そんな事を考えつつ列に並べば、後ろからズボンを引かれ、

「ん、ガンド。おは、よう。良い、お肉の……匂い」

 癖毛、いや寝癖をそのまま。食事の匂いに釣られ起きて来たであろうヘムは、目を閉じて鼻を少し突きだして言う。

「ヘム、おはよう。凄い寝癖だぞ?」

 俺は、寝癖を押さえつけるようヘムの頭を右手で撫で付け。この甲冑籠手の手指が意外と細かく、元の赤銅色の義腕の様に滑らかに動き。

 ヘムの髪の質感も、細かく判る事を改めて実感する。

「ひ、人前で、は、恥ずか……しい、よ」

 俺の右手を両手で掴み、少し涙目で抵抗するけれども。

「いやぁ、昔。妹分の寝癖もこういう風に、押さえて直してたから、ついな」

 手を離し、柔らかな質感と、熱がふっと離れる。

「わた、し。ガンド、より。年上なの、に……」

 年上には見えないんだよなぁ、普段は。

 周囲では、ジャーの同志と思われる。表面的には、問題が無いのに中身に色々問題ある人達が。

「涙目&生足っすよ、おやびんっ!」

「止めろ、近衛騎士団長が見てるっ!うわあ、きたぁあ!!」

 ドタバタと声を上げながら逃げ出す一部分。

 何事かと、ヘムと一緒に振り向けば。

 逃げ損ねた大部分の中身に色々問題のある人達が、俺達までの道を空けており。

 その中心を悠々と歩く、後頭部で括った翠玉の髪を。風が吹き抜け棚引かせると共に、緋色の軍服を纏った、

「伯父さ、ん。おはよ」

 と、ヘムは気軽に声を掛けて、駈けよってその胸に飛び込む。

 体重の軽いヘムが思い切り飛びついたところで、揺らぐような鍛え方は、絶対してねぇよなぁ。

「ああ、ヘム。おはよう、まったく……、あの現場でヘムが居たのは驚いたぜ。危ない所に自分から飛び込んでいくのは俺の影響かよ?」

 ヘムの寝癖の付いた頭を数度撫でて、ヘムは、

「ん。みんな、なん、で。私、の頭撫でるの、かな?」

 恥ずかしがりながらも、抱きついたまま離さない。

 周りからは、苦笑が起こり。

「ほら、ヘムも。朝ご飯食べてないだろう、また並ばないと食べられなくなるぞ?」

「ん、それは、困る」

 軽くバックステップを踏むような感じで、伯父の胸から離れ。片足でくるりと回り、俺の方を向いて、

「ん、そう、だガンド。伯父さん、紹介…する、ね?」

 そう言うと、緋色の軍服を着たヘムの伯父。

 昨晩、あの糞野郎、プセウドテイとの戦いで。

 俺的には、完全に悪手を打ち。その仕損じた部分を補ってもらったばかりか、最後の後始末までさせてしまった人で……。

 その人が、何か俺を見て。

 いや、正確には俺の両腕を。そして一瞬だけ背後に目をくれる。

 その瞳の色。深く濃い緑が陽射しによっては、灰味が混ざり暗い青み掛かった色に変わる。

「えっと……」

 この人は何を見て。

 ノーヴァもまた、目の前のヘムの伯父を見て驚いたいた様子で。

『珍しい、始祖筋のエルフがこの様な場所に。始祖筋は、基本陰気な引き籠もりと思っていたが?』

 然も楽しそうに。

「ちょ、ノーヴァっ!初対面の相手に暴言はっ!」

 制止しようと、俺は声を控えめにして注意するも。

 すると、まぁまぁと良いながらも。ヘムの伯父は破顔して、

「くはっ、西方で未だに恐怖の代名詞と語られる存在。龍族に、珍しがられるってのは余程の事だよなっ!くははっ!まぁ引き籠もりか、その通りだけどなぁ。彼奴等、陰気くさくて仕方ねぇやな」

『はっはっは、龍も基本引き籠もりぞ。出てきたら、出てきたで迷惑しかかけぬからのっ!』

 黒金の装甲版が開き、ノーヴァの龍眼が勝手に露出し、灼火の燻りが見える。

 二人の視線が交わり。

 お互い気が合ったのか、更に笑い出し。

『妾は、主から頂いた名をノーヴァと名乗っておる。変わり者の始祖筋のエルフよ』

「俺は、ティルフィング。ティルフィング・ファスト・エルダ。言いにくいなら団長で良いぜ?是非とも酒でも酌み交わしたいところだが、龍眼ってのは飲めるか?」

『主が。ガンドが飲めば身体に直結しておる故に、味は分ろうぞ?妾が酔うかは、そこまで飲んで見ぬと……』

 ティルフィングさんと、ノーヴァの視線が此方を見て、一人は頷き。一匹は瞬く。

「ちょっと、待て!」

 矛先がこっちに来たぞ。いや俺、酒は嗜む程度。昨日麦酒飲んでたけれど、向こう側の法律上未成年だぜ?

 しかし、一人は帝国の近衛騎士。一匹は龍眼とは言え、元は龍。

 そんな、二人に。

 混沌とした、妙に複雑な状況下で誰も注意出来る人など、

「伯父、さん。それに、ノーヴァも、気が合うの、は良いけど、はしゃぎ過ぎ、だ…よ?ガンドの、事も考えて、あげない…とっ!」

 居た。

 ヘムに注意され、しゅんと小さくなる二人だったが、気を取り直すのは早く。

 ティルフィングさんは、俺に向かって、

「まぁ、なんだ。俺はこんな性格だからな、堅くならないで。そこで朝食でも皆で食べながら”色々”と話をしようか……、ガンド君。ヘムもまた後でっ!」

 そう言うと、朝食の配給列の一番後ろに律儀に並びに行く。

 色々ってのが引っ掛かるけれど、なんて言うか、

「ヘムの伯父さんって……」

 変わってるなぁ。と、言いかけて止まる。しかしヘムは、俺の顔に書いていたかの様に、

「ん、伯父…さん。ガンド、が、考え…てる通り、変わってる。と、思うよ」

 然もありなんと、いった表情で代弁してくれた。


 ●

 

 配給所近くでは、食べるのも忙しないと言う事で。

 俺達がエルベ村から乗り、先程まで眠っていた幌馬車まで、朝食が入った木製の食器とスプーンを持って各自移動。

 ジャーは、起きて幌馬車の外で身体を動かしており。アルナブも、俺やヘムがそのままにしていた毛布を畳みながら出迎えてくれけれど、隊長さんに言われて何処かに。

 朝食の内容は、大麦。日本で流通する一度蒸して押し、平たくした押し麦で無く。脱穀したそのままの丸粒を、兎の骨肉と香草を炊いて作ったスープに入れて炊いた、兎肉入りの麦粥。

 朝食から肉と言うのは重い気がするけれど、肉体労働を基本とする兵士には必要なのだろう。

 暖かなとろみのある汁を飲み干し、一息吐く。

 食器を床に置き、手を合わせ、

「ごちそうさまでした」

 ふっと、隣を見れば。

 ヘムは、大盛りを希望した為、とろみが付いて熱々の粥をスプーンで掬い、息を吹きかけて冷まし食べている最中。

 ティルフィングさんは、粥を食べた後。馬車後方の縁に腰掛けて、仰向けに寝転がり。

「肉は、炊くより焼くだよなぁ」

 それに答える声は、

「ほっほ、基本料理は食べる専門の癖に何を言うちょるか……、まぁ”団長”も焼く位は出来たがの」

 背が低く姿は見えないが、ゴブリさんが居るのだろう。

「まぁ、良く焦がしたけどなぁ……、”砂塵”と料理の腕は優劣付けがたいと思うぜ?」

「二人共焦がして”黒衣”に晩飯良く抜かれちょったのぉ」

 二人共通の昔話に花が咲いていて。

「お、食べたかなガンド」

 声と共に、ティルフィングさんの、視線が仰向けのまま俺に向き。

「こんな横着な姿で、挨拶もなんだが。改めて、ティルフィング・ファスト・エルダだ。最近政務ばっかりで、息抜き出来なくてな」

 愚痴る様に、口を開き。

 ティルフィングさんは、元々傭兵。かつて少数精鋭の傭兵団を率いて帝国の根幹を揺るがす事件をを、力業で解決したらしく。

 当時。陛下直々に懇願されて今の役職。近衛騎士団長と言う地位に即いたは良い物の、

「最近、判子押しと。ペリの小言と、ジーンの頭の痛い報告しか聞いて無くてなぁ」

 そこに、ゴブリさんが饕餮モドキ。

 つまりプセウドテイの出現報告を聞いて、心苦しくも全権を帝国武官序列1位に預けて大剣一本持ち出して駆け付けたと言う訳らしい。

 その説明に、ティルフィングさんの脚を持ち手にして幌馬車内に入ってきたゴブリさんが、

「どうせ”旦那”にちょーっち仕事を押しつけて来ちょったんじゃろ?」

 言いながら、俺とティルフィングさんの食器を回収。

 ひっでぇなと、上半身を腹筋の力だけで起こして身体を捻り、俺に顔を向けて、

「しかしなぁ、俺は既の所で間に合わなかった……」

 上半身を支える手のひらに力が入り、床板が削れる音と。あの時感じた寒気が不意に背を抜ける。

「あの怨嗟や呪詛を固めた咆吼を、ガンド君が止めなければ。この場に居た部下や、バル王国の皆も」

 まだ食事中のヘムを見やって、

「そして、大切な姪をも失って居たかもしないんだ」

 その言葉を聞いて、自分の鼓動が一つ大きく聞こえた気がして。

「護れた、か」

 両の拳を握り、自分の成した事を、成せた事を思う。

 パチン。背後で静電気が弾け鳴り。

『小娘が、胸を張れと言っておるぞ?』

 ノーヴァの声が頭の中に響く。

 俺の前の床板に誰かが座り込み、木が軋む音がして。

 顔を上げ。

 目の前には、片膝立ちになり、右手を差しだしたティルフィングさんの姿があり。

「ガンド、ありがとう」

「いえ、俺も。唯々必死で、皆の協力が無ければ。この結果は無かったと思います」

 ヘムが造り。ノーヴァが宿り、俺の意志で姿を変えた、この手で硬く握る。

「ヘムも懐いている様だし、悪い人間じゃ無さそうでよかった」

 ふと、もしもだけれど俺が、

「もしも、俺が悪人だったら?」

 にやりと、ティルフィングさんが不敵に笑い、

「斬るかな、問答無用で」

 ふっと、背中に寒気が走り。握られた手がピクリとも、身体全体が握手一つで制御されていて。

 ……これは、どうやっても勝てないなぁ。と、心の底で思う。

「ふぁんど、は。ふある、いひとひゃ…」

 食事中のヘムが何か喋ろうとするので、意識を向けると身体が軽くなり。

 原理は判らないけれど。まずは、

「ヘム、口に物を入れて喋るのはお行儀が良くないぞ?」

 と、直ぐさま注意する。

 すると、柔らかく握手を解いたティルフィングさんは、くくっと笑い、

「まぁ、俺を目の前にしてそんな質問をする奴に、本気で悪さする奴ぁいねえわな。それにヘムを妹みたいに見てるし。くはっ!ヘムの母親が見たら、何を言うか」

 口に入れていた麦粥をようやく飲み込んだへムは、

「伯父さ、ん。私、ガンド。より、年上…だもん」

 そんな彼女を見る優しい笑みを浮かべたエルフは、俺の前から立ち上がり。

 ヘムの側まで移動すると寄り添う様に座り、頭を撫でながら、

「まぁ、ヘムは人の中で暮らしてきたからなぁ。考える力だけは大人なんだけど、やっぱり子供なんだよ」

 気持ちよさそうに、ティルフィングさんに頭を撫でられる彼女を見て、

「確かヘムはドワーフとエルフの混血って事は……」

『ドワーフは人間と同じ様な寿命ぞ、しかしエルフ。特に始祖筋ともなると、のぉ団長殿?』

「ああ俺達エルフ。その始祖筋は、天寿を全うするならば齢三千を平気で越えるからか、成長が極端に遅いのも特徴で……、ヘムも確実にその影響が出てる」

「そうなると、実年齢と肉体年齢の差違が……」

 出るよな、確実に。

「まぁな、結構出ちまう」

 だから、時折幼かったり。大人びていたり、二面性が強く出てた訳か。

「そう言う事だから、ヘムと仲良くしてくれると嬉しい」 

 その表情は、昨日見た冷たい氷の様な表情とは真逆の物だった。


 ●

 

 ヘムが朝食を食べ終ると、

「ん、ごち。そう、様でした、かな、ガンド?」

 と、手を合わせ。

「で、も。不思…議、だよね?ガン、ドも、西方の人も」

 不思議というのは、やはり此処では食育や感謝という考えが薄く。西方の確か、古き生命神信仰に近い物があるそうだけど……伝えたのは、俺の世界の人だと思う。

「それをする意味は、ヘム……」

 いただきますは、”あなたの命を頂いて、私の命に変えさせて頂きます”。ごちそうさまは、”食材を集め調理してくれた皆さんに感謝します”って意味だと教える。

 ……俺が小学校の頃、先生に聞いたそのままの事を伝えただけだけど。

「ん。なら、伯父さ…んや、ゴブリさん。此処に、居る…兵隊さ、んにも、感謝、だね」

 そうヘムは感謝を込めて言うと。

 それを聞いていたゴブリさんに、ティルフィングさんが、

「団長も、食材になった獲物に感謝しちょるか?」

「ああ、”いただきます”には同意するぜ…確かに命を頂いてるからな。唯なぁ……エルフの調理法は基本味付けがなあ。感謝したくなくなるほど薄くて不味い。勿論、”斥候”には感謝してるぜ」

「ほっほ、そかそか。なら良しじゃな」

 自分の種族の料理を否定しつつ…、ゴブリさんを。この二人……いや、この二人以外にも居る仲間達の間では何時もの事なのだろう。

 そういや、エルフの料理に鰻のゼリー寄せみたいな料理があると、ヘムも言っていたし。

 俺の頭の中で、エルフの食事風景が英国の”じゃがいもの皮を剥いて茹で皿にのせただけ”と言う物に置き換わりつつあり。

『エルフは、森の民。妾の知っている限りでは、塩もほぼ使わぬ素材本来の味だったと。稀に太陽を浴びるだけで、食事は不要と言った変わり種もおったぞえ?』

「そりゃぁ、ノーヴァ殿。森の民でも、樹人トレントだぜ?」

 取り留めの無い会話がどんどんと流れて行き、時折、街道を進む駄馬の蹄の音が聞こえてきたり。馬車の中にのんびりとした空気が流れる。

 ティルフィングさんは、また寝転がり。ゴブリさんは、道具の点検を。ジャーは、昨日の戦いで怪我をした人に治療の術式を施す為。アブナブに呼ばれて、何処かへ。

 そしてヘムは、俺の右腕に手を置いてノーヴァと話ながら、

「ん。ノーヴァも、雷の。魔法…使える、の?」

『それは……妾で無く。ああもう、服の裾を後ろから引くな小娘っ!どうするガンドよ!』

「どうしようって、この腕の中で何やってんだよ、二人共……。ああそうか、まだヘムに紹介してなかったなぁ」

 左の一差し指で、右腕の装甲を小突くと硬い音がする。すると、答える様に背の肩甲骨辺りから小さく放電現象が起き音が弾け。

「ん。紹介って、誰か、いる…の?」

 その言葉に、また音が弾け。

 その音に気が付いたティルフィングさんが仰向けに寝転んだままで、

「ああ、俺の”契約精霊ねぼすけ”と同じような気配を感じたから”何か”居るなとは思ってたが。姿形が見えないからな、悪い存在でも”帝国に仇成す存在”も無さそうだし、なんとなく面倒なんで放置した」

「ほっほ、”団長”も面倒くさいから斬る、から。随分と優しくなったもんじゃが……」

 ゴブリさんが視線で話の先を促す。

「えっと、八雷の事を説明するのに…ゴブリさん。ティルフィングさんには……」

 転移者と言う事を話して良いのかと言う前に、濃い緑の瞳を俺に向けて。

「ああ、俺は帝国内に現れた希人。<転移者>情報の取り纏め役でね。”斥候”が黙ってても何時かは耳に入るし。今なら」

 顔に左手を当て、左目を隠すように。幌馬車の天幕を見上げながら、

「今なら、ヘムの”やらかした”事。龍眼を使用した新たな魔法具……なんと表現したら」

 ヘムが、装甲版に入った金の意匠を指でなぞりながら、

「<龍器ドラゴ・マキナ>だ、よ?龍眼が、新た、に纏う、器。工芸神様に…感謝、だね?」

『人が龍眼を取り込んだ話は良く聞くが、内包した武装。それも人体に直接接続とは、妾も聞いた事が無い故になぁ』

「ん、世界で…初め、て。かも」

 その姪と、一匹の会話にティルフィングさんが、盛大に溜息を漏らし。

「はぁぁぁぁ。”陛下”や”旦那”にゃ兎も角、宰相閣下が<龍器>の事を知ったらまた胃痛で治療院に担ぎ込まれるだろうし。その影に隠れて”陛下”にガンドの事報告した後に、権力万歳で帝都の住人登録に潜り込ませて偽装するってのを考えてるんだが?」

 ちょっと待て、流石に。俺の常識は非常識になってるのか判らないけれどもっ!

「犯罪じゃ…ないんですかそれは!」

「言っただろ、ばれなきゃ犯罪じゃないんだ権力万歳。一応近衛騎士団筆頭だぜ、余裕余裕。それに…」

 ティルフィングさん曰く、<転移者>の情報が出回ると。その未知の知識や技術。

 時には、持ち込まれた<工芸神の落とし物>。異世界から持ち込まれた、優れた物品を手に入れようとして。帝国内部でも、暗闘が繰り広げられる

 その<転移者>の遺体でさえも、様々な取引の材料に使われると。

 ゴブリさんから聞いた話よりも、生々しく。

 ……そういう薄暗い話は、どこの世界でも同じか。

「って事だ、俺はガンド。君を、阿呆共の権力闘争の材料にさせる気は一切合切無い。これは、帝国の騎士で無く…ヘムの伯父としての言葉さ」

 言うと、報告書だりぃなぁ…と、横向けになり。

 ゴブリさんは、道具の点検。短剣類を床に並べ。刃毀れが無いか刃先の確認をしながら、

「ちょち、先程からの。ガンドの背で、バチバチ言うちょるのは…」

 八雷が、ティルフィングさんの話を終わるのを待っていた様子で。

『うむ、ゴブリ。ガンドに取憑いた…取憑いたので無く、加護を与える為に寄り添っておる?物は言い様ぞ?まぁ、ガンドの命を助ける為に、幾分か力を使いすぎて現在姿も声も出せぬが…』

 ノーヴァが、八雷の言葉を変わりに俺達に伝えてくれる。

 俺が生まれ育った国の神話伝承に記された一柱であり、雨水の神。権能として”水”と”雷”を操るが現状では、不服ながらもノーヴァの力を借りないと。

 俺の加護と、音を鳴らす位しか出来ないと言う事。

 最後に、

『私は拳蒔以外に手を貸す気も、出す気も無いと。唯、拳蒔の命を救ってくれたヘムには必ず礼をする、じゃと』

 命を救うと、その言葉に反応したヘムは、

「ん。もしか、して。ガンドが、死に掛け、てた。違う、死んでいて…当然の傷なのに、命を縫い止めてた人…かな?」

 背から、また小さく幾度か弾ける音がしてヘムに答える。

 その答えを聞いて嬉しそうに、色々お話したいなぁ…と両の人差し指付け、少し擦りながら言うと、また弾ける音が。

『小娘も、ヘムは愛らしかろ。うひゃっ、照れ隠しに、腹を揉もうとするで無いっ!』

 龍と神。二人の戯れは、二人の自主性に任せつつ、放置。

 ヘムは、八雷の話を聞いてから直ぐに。<魔法のホールディングバック>から羊皮紙とインク壺。そして羽根ペンと、その先を削るペンナイフを取り出し。

「ん。底溜まり、の水。効率的、な神鳴の伝導、方法。そう、あはっ。G・D・ガンドレッドの改良、閃い…た」

 羽根ペンが小さな羊皮紙の上を踊るように、動き何かを描き出している。

 ……うん、楽しそうだ。

 さて、八雷の紹介も済んだしどうするか。また散歩も良いけれど。

 なんて、思っていたら。

「おうい、ガンド。少し話がある」

 ティルフィングさんに呼ばれ、寝転がった彼の隣に座る。

 少し困った顔で、ゴブリさんはナイフを点検する手を止め。

「どうしました?」

 八雷の事を聞いて、俺の住人登録をどうやってより高度に偽装するかの話し合いをしていて、

「ほっほ、ちょち不味いの。人と龍の伝承なら在るが、神まで含むとなると…。隙間から舐め取るように情報を得ちょる、阿呆共に感付かれては普通の偽装登録じゃと不味いんじゃよ」

 唯の転移者なら、偽装工作が含まれていると。帝国上層部が保護していると判断して手を引くけれど。

「より希少な物品を手に入れるなら、保護なんて関係なし。手段を選ばないで物事を動かす人達が居るって事ですか」

 その希少な物品ってのは、俺の事で。帝国上層部云々関係なく、所有欲や独占欲だけで手を出してくる人達が居るって事か。

 となると、不味いのは。

 俺が向こう側から持ち込んだ物品だけども。その荷物全てを、

「あの全部、ヘムに預けてるんですが…」

 しかしゴブリさんは、逆に、

「無難な判断じゃの、その事は、誰にも喋べっちょらんじゃろ?」

 確かに、俺はヘムにさえも中身の説明をしてないし……、色々ありすぎて確認するの忘れてたしな。

 ……機動甲冑のアームパンチが、直撃しても壊れないって触れ込みのPDAは壊れてないだろうなあ。

「ヘムと儂等以外にどこにあるかは知らんし。誰か気が付いてもヘムは、団長の姪じゃぞ?」

 ナイフを床面に置いて、肩を震わせ笑う。

 その”団長”本人が、背伸びをした後に上半身を起こし。首を鳴らしながら、

「ヘムに手を出したら、俺だけじゃ無く”陛下”に”旦那”。冒険者協会帝国支部に、帝国工房が黙っちゃいねぇのさ。手を出す奴は、帝国の武力上位とを相手にする必要があるんだぜ?」

 多分だけど、昨年の収穫祭の式典にヘムを連れ出したのはティルフィングさんだろう。完全に帝国上層との縁者って事を印象付けさせて、誰にも手を出せないようにしたのかも。

 それに、手を出そうモノなら、ジャーや、アルナブ達が絶対に黙って無さそうだ。

 少しその事に安堵して。

「でも、それでも手を出してくる様な人達には、どう対処を?」

 どれだけ対策し、偽装しても手を出そうとするならば、どうするのだろうか?

 その解決法は、唯々単純で。

「こうなったら最後の手段、阿呆共に感づかれても名実共に手が出せない奴に、親戚か、遠戚かだって事にしてもらうのさ。正式に…な」

 そうなりゃ、手をだせねぇだろ?と、ティルフィングさんは言うのだけども。

「そんな都合のいい人が?」

 居るなら、願っても無い。

 地に足を付けて、ゆっくりじっくり自力を付けていく事も出来るし。ヘムに迷惑も掛けたくないしな。

 しかしゴブリさんは、目を見開きそして。手に持っていた短剣を落としそうになり、

「ふおっと、まさかっ!彼奴かっ!”団長”ッ!」

 何が、まさか何だろうか?

「その通りだ”斥候”。だからガンドの事を知る人間が増えちまうが構わないか?」

 損はさせねぇよ、言うので了承し。

「まぁ、俺も彼奴と戦えって言われりゃ、裸足で逃げ出すな。それこそ相対して正面から戦うなら兎も角、気を抜いたら後ろに立ってた。寝てたら死んでたなんざ御免だぜ」

 どういう人だよ、それは。

 俺の気持ちを代弁するかの様に、

『ほう、団長がそこまで言うとは妾も興味が出た、名は?』

 ノーヴァが、聞けば。

「ああ、俺とゴブリを含めた戦友で。敵に姿も影も見せず、残るのは砂塵のみって言うんで字名が”砂塵”。名前は確か……」

 真剣な表情で、未だ羊皮紙に何かを書き込むヘムが、

「ん、伯父さ、ん。オウサ、お姉さん……だよ、ね?でも、確か、偽名…って」

 紙面に視線を落としながら韻を踏む。

 えーと、なんだ偽名って。

 あと、ヘムがお姉さんって言う事は、ヘムより年上か。

 ティルフィングさんが指を鳴らし、

「ありがとうヘム。その名前を正式に聞いたのが昔だからなぁ。そうオウサ。オーサ・O・カティス」

 オウサさんかぁ、どんな人なんだろうか。

 思いに馳せる中で、ティルフィングさんが、

「我が帝国最強でありながら帝国に所属しない、無所属の暗殺者ナイトブレードだな、こえぇぞ?」

「あ、暗殺者っ!」

 俺は、思わず聞き返し。聞き間違えで無いと確認すると、取り乱しはしなかったけれど。

「だ、大丈夫なんですかっ!その人はっ!」

 唖然とした表情を、皆に晒していたに違いない。


 ●


 そろそろ、体内時計は午前11時頃かと思われる。

 ヘムに頼んで、学生鞄を取り出して貰っても良いかもとは、思ったけれど。

 慌てて取り出す事も無いと思い直し、考えをしまう。

 ヘムは、羊皮紙を見ながらノーヴァと念話の様な物でG・D・Rの改良の相談中。ジャーは、馬車の隅に座り記録用の秘石を隠す様に見て鼻息が荒い。

 そんな中で、暇を持て余しつつ幌馬車の後ろ側から、街道をぼんやり見ていれば。

 他のエルベから来た馬車は少しずつではあるが出発し始めてる様子。

 馬車の直ぐ側では、アルナブと隊長さんを含んだ複数名の兵士と。その纏め役としてティルフィングさんが、今後の移動計画を立てていて。

 話の内容と会話は、

「解体した兎肉は、<魔法の収納箱ホールディング・ボックス>でソテツに運び次第。避難民の食糧配給所に運び込みます」

「そうだ、あの<地擦顎竜>の各種素材もありますが」

「肉は冒険者ゴブリ・ゴブの指示通りに。素材類は、品質鑑定後にその場で使えるは現地加工して無理な素材は帝都に送るが…欲しいモノがあるか?」

「一番美味しいとされる、尻尾の付け根肉を所望しますっ!」

「却下。あれは、俺とヘム分で予約済みだ」

「えーっ!」

「現在、我々が護送する避難民は、計7つの村より。300名を越えております、幌馬車の破損等で足が無い場合は…」

「狭いが、兵員輸送用の幌馬車に詰めて分乗して貰おう。子供や女性、老人が最優先で、徒歩の人達に合わせて行軍速度は落ちるが仕方ないか……」

 次々に各隊長から報告や意見を聞いて、ティルフィングさんが指示を出していくのは流石。

「そう言えば、この馬車は何時ソテツに出発するんです?」

 聞いてみれば、答えたのはティルフィングさん。

「この馬車は、帝国の兵員輸送用だからなぁ。エルベ村の住人達が乗る馬車が全て出発してから、多分昼前には出ると思うが?」

「なら、もう直ぐか」

 天を仰いで言えば、背から小さく相槌を打つように音が鳴る。

 八雷は、言葉は聞こえている様子なので、

「ありがとな、八雷。その今更なんだけれど、危険な事をするのを止めるってなら、頭痛だけは勘弁してくれな?」

 そう言うと、2度3度と、軽く鳴り。了承した感じがする。

 さて、そろそろこの光景も、見納めで。

「さて、奥に引っ込むか」

 踵を返しヘムの左隣に座り、ヘムが羊皮紙に描いた改良図面を覗き込むと、俺の視線に気付いた彼女が、

「ん?ガン、ド。ソテ…ツで片方ずつ、整備、するから。ね?」

 言いつつ、整備方法は。

「ん、安定…して、るから。片方ず…つ。外して、するよ?」

 丁度橈骨の根元に触れ、教えてくれる。

 整備性を考えて、元から外れるように設計しているらしい……。

 ふと、”あの人”の足もこの様な方法で……。

 俺も、少し思う所があり、図面を判らないなりに眺めていると。

「ええ、それでは自分は出立準備を」

 ある程度話が纏まったのか。アルナブが、他の兵士達にに頭を下げると、ウサ耳が片耳折れるのが見え。

 そして、足早に馬車の後ろ側から乗り込むと、

「さて、ヘムお嬢様、ガンド。話の通り、少し手狭になりますのでご容赦を。良い天気ですので何ならどちらか御者台の隣に座ってみますか?」

 と、言うのだけれども、意外に御者台は怖いので俺は遠慮しておく。

 何やかやしていると、10名の疎開、そして避難民が兵士に付き添われて乗り込んでくる。

 しかし、手荷物含みで俺達3名を含めた、12名で限度となり。

「あと一人程度乗りたいんだが、どうにか成らないか?」

 その為、御者も出来。

 体積的に嵩張るジャーが御者台に座り、一人半の余裕が出来る。

「な、何か疎外感ですぞぉ。しかし、この秘石があれば頑張れますぞっ!!」

 なんて、宣言した物だから、

「では、同志ジャーは、ソテツまで固定で。交代時にはその秘石を見せて下さい」

 無慈悲と、少しだけ欲に塗れたアルナブの、

「皆様、お忘れ物は御座いませんか?では、夜営含みで、進む速度を落として進みますので予定では明後日の午前中の到着です」

 紳士的かつ、聞き取りやすい声に皆頷く。

「それでは、出発っ!」

 言うと、手綱が引かれ。二頭の馬が嘶き、ゆっくりと歩き出すにつれ、幌馬車もゆっくりと動き出す。

 俺は、そこを離れる際に、誰にも聞こえないように、

「プセウドテイ。次があるなら、無能だとか罵られたくらいで、祖国を売る真似だけは繰り返すんじゃねぇぞ。じゃぁな、俺に覚悟の意味を、護るって事を意識させてくれた反面教師の糞野郎……」

 そう、呟き。

 聞いているはずの、ノーヴァと、八雷は何も言わなかった。

 

 ●

次回、10/20前後予定です。遅筆な物で、申し訳ないです

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