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幌馬車の速度を見ながら、ゴブリさんの先導の元に、急がずに丘を下りきれば。
幌馬車の列の先頭を追い越し、待つ事が出来る場所に辿り着く。
その頃には、白いちらつきも消えて、微妙な疲労感が残る程度まで体力が回復しており。
逆に、途中で、
「ごめん…ね。ちょっと…魔力…一気に使って…疲れが」
魔力の使いすぎ、いや一発に全力を込めたヘムが限界で、一番近くに居た俺が背中におぶって下ってきたのに、逆に疲れが取れていく感じが不思議で仕方が無い。
にしても、ヘムは体温が高いなぁ。
首筋に、吐息が掛かり、内心ドキリともするが。
子供も体温が高いと言うけれど、いやいや不埒なことは考えてはいけない。
俺の回復力をヘムに分けてあげたい物だが、
「相棒、そろそろ名前決めなきゃだが。そうだな、この回復力ってやっぱり?」
『妾から発生する<龍気>の影響も勿論。…しかし元々、身体の賦活が強いようだの?』
相棒は語尾に何かを含む様に。しかし、それが何を意味するのか解ら無いけれど、
「ん。ああ、切り傷くらいなら次の日には塞がってたからなぁ。あ、良い名前思い付いた、スエゾゥ…」
『そ、それは、偉大なる根源龍の長たる存在の幼名とされる名、なぜ知っておるっ!わ、妾には荷が重すぎる名前ぞ!』
思いつきで、更に荷が重いと言われると。
相棒は火の属性と龍だった様な感覚が、戦っている時。
<火龍勁>を撃った時、何となくだが焔と踊る龍のイメージも流れ込んできていて。
…火に関係する名前でも、ないかねぇ。
『拘らぬでも良いぞ、ガンド』
「いや、名は体を表すと言う言葉があってだな、こういう所ほど拘らないと」
言ってる間に、背中からは吐息から、寝息へ。
『魔法の行使は、精神的疲労に直結する。使いすぎると、身体が回復しようとして眠気が来る。ほれ、ジャーを見て見よ』
ジャーは、街道沿いの大岩にもたれ掛かり舟を漕いでいる。
ヘムの背負っている俺に反応しなかった、いやヘムの寝顔に反応出来ないのは。
「不寝の番も含めて、限界だったのか」
「そうじゃの、儂は慣れちょるからまだ…、なんちょかのぉ」
ひょこひょこと身を揺らしエルベ方向の街道を見ながら、動かしているのは眠気を少しでも和らげる為だろう。
『よいよい、ガンドは体力。いや回復力が有り余っておるでな。ゴブリも、座っておれ』
「ほっほ、構わんかの?」
「はい、ゴブリさん、どうぞ」
促せば、その場によっこらせっと、尻を付く。
表情を見れば、眠そうだ。俺なら確実に寝てる程の睡魔が襲ってきているのに、それでも眠らない精神力…、これが熟練の冒険者か。
まったく…とんでもねぇなぁ。
「ん。お…とう…さん」
ヘムが額を背中に押しつけて、寝言を言う。
うちの両親は、今頃どうしてるだろうか。
『恋しいか?』
「うんにゃ、死んだって思ってないだろうなぁ。それに記憶読めるなら、”あの人”もそうだが、あの外道連中のブレーキの俺が居なくなって、ロケットエンジンにニトロぶっ込んではしゃいでいる様な年上の幼馴染みが見えるだろ?あっちが、心配」
偶々見つけたテロ集団の武器庫に、わざわざ<現地調達(その場で見つけた)>のクレイモア地雷と高性能爆薬を、爆風の向きを”絶対に入り口安全”と言う計算を込みで仕掛けて。
テロの犯人が帰ってきたら、ドッカーン。
それを一番よく見える場所に陣取って。クリスマス前の汚ぇ花火だっ!って、ありゃ。
あれ、俺もなぜか高校の期末試験の準備期間中だったのに、オカシイな。あんときゃ、俺真面目だったのに。
まあ良いさ、犯人は無傷だったが、国防と警邏の方々には怒られたなぁ。
その記憶を読んだのか、声を落として笑い出し始める字無し。
『ほんに、無茶ぞ。あはははは、無茶を越して、面白い!特に、この黒髪細面の美丈夫は会ってみたいものぞ』
ほぅ、と溜息と吐くような声色がして。
「ああ、五十鈴かぁ。字無しも面食いだな」
俺の幼馴染みでも、一番の美青年が、特にお気に召して頂けたようで。
『記憶を読む分に、変わった世界ぞ?』
「そうか?俺には、この世界の方が変わってる気がするが」
『世界が変われば感覚も変わると言うものよ、ほれ幌馬車ぞ?』
馬の嘶きと共に、二頭立ての幌馬車と、帝国の隊長さん。そうジャーの同志が乗った軍馬も止まる。
「おう、ガンドの兄ちゃんに。ありゃ、皆疲れているみたいだな?」
出迎えてくれたのは、一番前の幌馬車から顔を出す村長代理と。
馬から飛び降り下りて、ジャーの元へ向かう何をするかと思えば、
「ジャー同志。ヘムお嬢さんの寝顔激写チャンスです!くっ、それが出来ぬほど、それ程の激戦だったのですな、しからばっ!」
腰の袋から、何かを取り出そうとして、
「ガンド君が、邪魔でベストショットがっ!!」
固まる隊長氏。
『なんだ、あれは』
俺だけに聞こえる様に、呆れた声色が頭に響く。
「…ヘムの追っかけらしい」
『ヘムは愛らしいから、人気があるのは分るが、アレはダメぞ?犯罪ぞ?』
だよなぁ。
「おーい、隊長さん。皆疲れてんだ、そこらで止めないと、また起きたヘムさんに凍らされるぜ?」
助け船を出したのは村長代理。
凍らされては業務に支障があると、渋々馬に乗り。
「ごほん、ゴブリ殿は先頭の馬車に。ジャーどう…ジャー殿を始めとした冒険者の方と、ガンド君は一番後ろの馬車に狭いですが休める場所を空けております」
最後尾は、まだまだ後ろで、時間が掛かる。さて、どうしたものか。
ゴブリさんと、隊長さんはなにやら話しており。
隊長さんの顔が青ざめていくのが見て取れるが、慌てふためく様子も無い。
ゴブリさんは話が終わった後で、先頭の馬車の御者台に、御者の帝国兵の手を借りつつよじ登り。
「三人とも、また後での」
と、手を振って幌馬車の中に入っていく。
すると、馬が嘶き先頭の馬車が進み始め、次々に村人が乗った大小様々な馬車が、舗装されていない土は剥き出しの道を行く。
時折、村人達が顔を出して手を振ってくれるのを、ぼーっと眺めながら。
「あの戦いの後なのが、嘘みたいに長閑だな」
時折、ヘムの身体がずれるため身体を揺らして整えつつ、ここ数日の乱高下する常識に。
『巻き込まれたら、巻き込まれ続ける。ガンドは、そう言った命運の持ち主かもの、はっはっは』
個人的には勘弁して欲しい命運だが、嫌では無い。
英雄願望が無い訳じゃないけれど、大多数の一般人は平凡でドングリの背比べと同じく、飛び抜けるものはごく一部。
それを、叩き込まれるのが教育って奴なんだが、それを踏まえて、
「平凡一番だよ。大学行って、研究者になって、あの人の両足を義肢作って、特許取って片手団扇で、人生過ごすのが一番だよ」
『ガンドは、堅実ぞな。多分これからは無理ぞ…あきらめい?』
諦めたらそこで平凡な人生は終了ですよ?とも、言われている気もするが。
「なら、突き抜けるしかないよなぁ」
『はっはっは、ガンドは極端よな』
笑い声が、頭の中に響き渡り、それは明るい色のものだった。
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暫くして、最後を進む馬車が来る。
木製の確りとした作り、厚い布地で馬蹄型に覆われ左右に龍に石弓の記章。大きな四輪の二頭立て。帝国の兵士が一人御者として乗っており。
特徴ある頭頂部に二本の長い突起と、細かな穴の開いている鉄兜を外し、茶色の髪の間から覗く長い耳。
「うさ耳…、男の」
ある意味、どう表現して良いものか。
バニーガールは、聞き及ぶが。いや、マッチョなバニーガールコスの、男性も。あれは特殊性癖か。
なんにせよ、目の前には。
「はっはっは、やはりこの辺りでは珍しいですか、兎人族は」
長い耳を動かし言う男性。
いや、絵的に濃い顔のウサ耳男性というのに、衝撃を受けただけです、はい。
「…挨拶が遅れました、俺は巌戸・拳蒔。ガンドと呼んで下さい」
「宜しくガンド君。自分は、ラーダ・ク・ウェル帝国軍帝都守備隊に所属するアルナブと申します。昨日は同志であるジャーが、空中三回転したと聞き及んでいますよ」
いやぁ、見たかったと。爽やかな笑顔だが、ジャーを同志と呼んだと言う事は、そう言う事なんだろう。
「同志アルナブに、ガンド氏。私め、そろそろ限界ですぞー…」
のっそりと、動き出したジャーは、馬車の後ろに回り込む様にして歩き始める。
「さ、中に毛布も用意しております」
促されるようにして、俺もヘムの寝息を聞きながら、後ろに回り込み。
設置された梯子に、背負っている分バランスを崩しそうになりながらも脚を掛けて登る。
中は木箱や、布袋が積まれてはいるものの、乗員はアルナブと俺達だけの様子。
「ゆっくり、休めますぞ…、お先に」
先に馬車に乗り込んだジャーは、即座に木箱に。肩からもたれ掛るように座り込み。
重い<鉾鎚>と盾を、背より外して、鈍く金属音が鳴る。
「……」
何も言わず、眼を瞑り。
そのまま、舟を漕ぎ始める。
「寝ましたね、同志も相当疲れていたようで」
御者台から中に入り、中央に毛布を数枚持ったアルナブは、一枚をジャーに被せると。
背中のヘムが俺の肩から手を離し、
「ん、音。ガンド?少し…寝た、かも。あり…がと」
ジャーの装備を外した音で眼が覚めたヘムは、俺に降ろすよう言うと。
間髪入れずウサ耳のアルナブは、数枚重ねた毛布を敷きながら、
「ヘムお嬢様も、まだまだお疲れのご様子、どうぞ」
兵士と言うよりも、執事といった風が強い立ち振る舞いで。
ヘムは、その毛布の上に座り、そのまま身体を倒すと身を縮めて、
「ありがと…、です。ガン…ド、もう少し…、寝る…ね」
そう言うと、途端に小さな寝息が聞こえてくる。
ヘムの頭を一撫でしてから。
幼馴染みの妹を寝かしつけた時もあったかと、いやヘムは年上だ、妹系じゃねぇ。
しっかし、妙に幼く感じるな。
年齢と、動向が会ってないというか、何というか。
「ガンド君、毛布は如何ですか?」
ヘムの寝顔を見ながら、誰かに勝ち誇った表情を見せる、ああ、もうこれは固定名称ウーサーで良いか。
そのアルナズが、毛布を差し出して来たので、一枚貰い。
俺は、進行方向。御者台に近い木箱の前に胡座をかいて座り込む。
俺の前を通り、御者台に向かうアルナズは、
「ソテツまでは、順調に行って大凡一日半から2日ほど」
御者台に座り手綱を持ち。耳を動かし南の空を見れば、眼を細めて、
「雨が降りそうですね」
「ですね。先程丘の上から、南を見れば黒い雲が沸立っていたので」
降ると舗装されてない道は泥濘んで困るんです。そう言うと、
「では、発車しますよ」
言うか早いか。手綱を引いて、二頭の馬を同時に乱れる事無く歩ませる。
代わりに馬車特有の振動が有り、軽い音を立てて車輪が回る。
大きく開いた、幌馬車の後ろからは見える光景は。草原と石灰岩の丘に囲まれた、エルベ村が少しずつ、少しずつ小さくなって行く。
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馬車に揺られながら外を見ていても、代わり映えの無い延々と草原と石灰石の地形が続くのみ。
ヘムや、ジャーは寝ているし。
ウサ耳のアルナブは、鼻歌を歌いながら陽気に手綱を引いている。
「物語で馬車内の描写が省かれる訳だ」
幼馴染みから借りた年齢層低めの漫画や小説では、そして~日後、王都に。なんて、すっ飛ばしてたものだけど。
暇。
この一言に尽きる。
周囲の警戒は、数は少ないが帝国の兵士が行っているし。
「手伝おうにも、断られちまったしなぁ」
先程、最後尾まで様子を見に来た隊長さんに、協力を申し出たんだが。
俺は、まだ冒険者でも無いから民間人の協力者扱い。帝国兵からすれば、本来守るべき、いや守られるべきの一般人なのだ。
「の、割りには最初から中ボス戦だぜ、相棒?」
『入り口開けたら即、<大竜>。ある召喚士が幾多の強者を屠った手口よ。それに比べれば多少は余裕があったであろ?』
「余裕とか以前に、それは思いっきり罠じゃねえかっ!」
まぁ、確かに、あれより怖い魔物で無ければ早々に腰を抜かす事も無い…ハズ。
「おっと」
馬車が、石を踏み。少し浮き上がり落ちる。
「ガンド君、揺らして済まないね」
御者台に据わり、後ろ姿しか見えぬ特徴的なウサ耳が、片方垂れる。
「そうそう、隊長は悪気があった訳じゃ無いんだ。立場上、そうとしか言えなくてね。時折後方を確認して何かあれば伝えてくれるかな?」
出来た人だよな、本当に。
「了解です、アルナブ…」
さん。と、言おうとして。
「アルナブで良いよ。年齢も似た様な物だとおもうので」
そう言うと、軽く手綱を引く様子が窺える。
「判った、アルナズ。俺も、ガンドで良いさ」
はい、お願いします。と、何処までも紳士的。
確かに、殿である俺達の馬車は。
後方警戒って意味で、冒険者を二人。疲労困憊で寝ているが、乗せていて。
「馬車って何処が一番狙われやすかったっけ?」
『はっはっは、妾なら後方から即ドカンぞ?つまり、空からならこの馬車が一番襲いやすい』
笑えねぇよ、相棒。
さて、後ろを皆が相棒の。”字無し”と言う自称から、何らかの名前を付けないと。
「道具としての名前と、相棒の名前は分けないとなぁ」
俺の世界には、自動人形と言う存在が居て。
身体はある程度の共通規格を持ち、例を挙げれば俺が入学する筈だった大学教授が造り上げたフォルトゥーナ型自動人形。
フォルトゥーナと言うのが、ボディの固有規格を表す名称で、通例的に女性的な自動人形には女神の。男性的な自動人形には、男神の名称を付ける。
それとは別の、0と1の電子境界線から生まれ出た存在としての固有の名前が存在する。
有名所では、最初の思考し自発的行動を起こした。生命として考えるなら紛れもなく原初の存在にして、全ての自発的思考を行う電子的存在の母”バベル”。
その事から、各国の言語や、小説媒体の主人公の名前のアナグラム。文字に関係する名前を多く名乗っている。
「と、言う事で。まず相棒の名前を暇な内に決めようか」
『今の言い方だと、まず両腕の。妾の納まる器の名前からでは無いか!?』
「それは、もう決めてるんだけどな」
赤銅色をした俺の両腕は、俺自身でもあり。
最初に掛けてくれた術式<勇猛>。それに相棒が龍であると言う事。そして、その心の奥底に潜む色を合わせた自信作であるんだが。
『自身作なのであろう。言ってみ、ほうれ言ってみ?聞いてるのは妾だけじゃぞ?』
「まあ、良いか」
小さく口にしたのは、
【GAN”D”RED】。
意味合い的には、俺の氏名。
ローマ字分解した、GAN・D。
勇猛たる意味の<Dreadnought>のD。
相棒が龍であった事に由来する<Dragon>のD。
猛る炎の色である赤。つまり、<RED>。
これを西洋甲冑の籠手を意味するガントレットに掛けて作った造語。
『これはこれは、ガンドの記憶から言葉を選べば。厨二病と言う物ぞ?』
低く笑う声は、俺にしか聞こえていない。
うっせぇ。
丁度その頃、色々あって荒れてたんだよ。今、取り戻すように厨二に浸っても良いじゃねぇか。
だけども、相棒としては、この名前どうなのだろうか?
その答えは直ぐに、返ってきた。
『良い名前ぞ?勇猛たる赤き龍の意を内包し、力がある。そして、ガンドの。巌という意味は、護るに通ずるし、攻防一体の意味を持つ良い名ぞよ?』
「合格?」
『合格かどうかは、ガンドが決める事。唯の妾は気に入った。それだけぞ?』
ならば良し。
さてさて、次々行こうか。
「次は、相棒の名前だけど、何が良いかなぁ」
『き、奇抜なのは、勘弁して欲しいぞ…よ?』
先程の、スエゾゥは駄目押しを貰ったので。
そうだな、火に関係するならば。
”神産み”で最後に産れたカグズチは火の神だけど、男性神格だし。女性神格となると、ギリシア神話のヴェスタなんかも有名で。
火山なら、富士山を御神体とする浅間大社の主祭神<木花之佐久夜毘売命 >や。
母方の家系に氏神様で、白山信仰の主祭神。
「ふと思い出したんだけど、<菊理媛尊>って、ガチで試練神なんだよ」
謎の多い神様らしいけど、これも試練ですとか言ってねぇだろうな。
『ふむ、龍も試練を与える事もあるから、なかなかに親近感があるぞえ?』
く、似た者同士かっ!
「駄目だ、日本神話や信仰は危険。こうなれば国外に活路を見いだすしか無い、星とか!」
ん。
星か。
そうだ、俺の資質を調べた<マルグッリットの万色水晶>の中を動き回る紅光。
あの光りは、目映く。
琥珀の宇宙の中で、はっきりと見えるこの色は。
授業の合間に、天文学が好きな教師が、
「数式だらけじゃ面白くも無いだろう、ほれほれ目の保養だ」
そう言って、態々古い記録を取りだしてきて見せてくれた。
美しく輝く<高輝度赤色新星(いっかくじゅう座V838星)>の宝石のような赤に似ていて。
決めた。
<新星>。
その言葉を、そのままに送ろう。
「相棒決まったぞ、って判ってんだろ?」
『はっはっは、こういう物は直接言葉で聞きたいものぞ?』
乙女か、相棒は。ったく、仕方ねぇな。
「まぁ良いか、ノーヴァ。改めて宜しくな?」
『ノーヴァ、ノーヴァか。ははっ!誰の物でも無く、妾だけの名前ぞ!』
名前、か。
「なら、名前も新しくしたついでに。生まれ変わった…、変わっちまってるか」
『……』
ノーヴァが、直後に黙る。
詰まんないこと言ったかなぁ、ヘムの地雷踏みまくる男だしな、俺。
だけも、それは杞憂。
『そうか、生まれ変わるか。それは良いぞ、気分が晴れたぞ、主よっ!』
喜の感情が爆発するまでの、一種の溜め。
はしゃぎまわる子供のような。聞いていても、俺まで嬉しくなるような感情の発露。
その中で、小さく本当に小さく。
『妾のかつての名。象徴としての呼び名を。主である巌戸・拳蒔に伝えておこう』
静かに、その声は背筋が凍るような。先程までとは逆の感情。
それは、まだ見ぬノーヴァの左目が納まる左腕から伝わり。
『一部の者には救い主であり、多数の者には死を振りまいた<星明かり(ルークス・スティラッエ)>』
「星明かり…?」
『奇しくも、新しき名も古き名も。同じ”星”の意を持つ。これは妾も運命と感じざる得ないの?』
ノーヴァは、意味ありげに笑い。
「俺、また地雷踏んだか?」
なぜかキンキンに冷えた左手で額を覆い、幌馬車の天幕を仰ぎ見た。
●
エルベ村から馬車に揺られて、東に延々と六時間程度経った…と思う頃には。周りの風景が、丘から森が点在する平地へ。
そして、先程まで未舗装だった街道は、少し広めの街道に出た途端に石畳となり。他の村から避難して来た馬車も同じ方向へ向かい、大きな列となる。
丁度同じ頃に、しとしと雨が降り始め。
「はぁ、雨が降る前に未舗装のエルベ街道から抜けられて助かりました」
アルナブは、現在幌馬車内で休憩中。
代わりに御者を務めるのは、見事な手綱捌きのジャー。
「ですな、同志アルナブ。雨の中、泥濘んだ重量級幌馬車を押すのは大変ですぞ!」
「泥濘んで、バランスが崩れ車軸が折れたら大変ですね、はっはっは」
なんて、着々とフラグを立てに。いや、逆に折ってるのかも知れないが。
俺の隣で、ノーヴァと会話しているのは、寝起きのヘム。
両腕の名前と、龍眼の名前を決めたと言ったらジャーに言ったら飛ぶ様に起きたんだが。
寝てスッキリしたのか、研究者として。
ノーヴァの器である両腕<G.D.R>。
その中にいる側の話が聞けるとならば、
「ん、ノーヴァさん?どこか…動き、悪いとか、無い…かな?」
『材料的には不満はないぞえ?逆に高性能すぎてガンドの技量がまだまだ足りんのが問題ぞ?』
くわっ!こっちに話振るか、しかも俺の実力不足って立つ瀬が無いっ!
「ガンド、色々。する事…あるね?がん…ばろ?」
『確かにする事は数多くあるが、戦いも数を熟さねば身に付かぬ。帝国工房とやらに辿り着くにも、時間は十二分にあろ?』
「ん、その通り。ソテツ…で、幾つか報告しないと…だから。時間は…ある…よ?」
ああ、俺の修行計画が勝手に。いや、自分で訓練する計画を立てずに済むと前向きに考えよう。
「それにしても、アルナブ。ノーヴァの事はあまり、驚かなかったな」
ヘムと、姿の見えないノーヴァの会話は、不思議に思うはずだが。
逆に大絶賛した後に、
「ええ、なぜ驚かないかですか?はい、帝都内に持ち込まれる武具類には<思考武具>が稀に見受けられますので、ノーヴァ様もその範疇かと」
アルナブが所属する帝都守備隊では。帝都に入る前の検問所で、帝都に危険の及ぶ物品の確認や回収を行っており、
「人語を解する毒々しい色の食人花に、飲めば超人と触れ込みの猛毒など色々と、日々検疫で鈍っていたので一部招集が出て住人疎開の任を」
確かに、凄く出来そうな人が。
「ふむう、なんでそんな出来たアルナズがヘムの追っかけなんか?」
ジャーも、アルナズも勢いよく振り向き、眼を見開いて。
御者をしているジャーは兎も角。
あの凄く出来そうなアルナブが、眼前にまで迫り。
「ガンド氏にはやはり教育が必要ですなっ!ヘムお嬢さんは、いえ帝国国民。いや、帝都住人でないと判りませんなっ!」
「ですね、同志ジャーっ!よし、自分秘蔵記録の秘石の内容をガンドに、ええ見せるべきですっ!」
ヘムは、なんの秘石なのー!と慌てるが。
アルナブは、秘石を取り出し刻まれた<可視化>の術式を起動すれば。
秘石から射出された映像は、白い天鵞絨の様な光沢ある女性用の礼服に身を包んだヘムが、何かの式典に出席する為に赤い絨毯の上を歩いて行く様子が映し出されていて。
金の長い髪を編み込みを斜めに纏め、首筋を出し。白の衣装と浅い褐色の肌の対比が美しい。
小さな尖った耳が動き、誰かにはにかむ笑顔を向けながら手を振る様は、心を打ち抜かれる程に美しく。
こりゃぁ、ファンクラブも出来る。
「確かに、これは一目惚れするかもだけど…」
ヘムを見れば、真っ赤になり何時撮影されたのか判らない様子。
それを見て、気になる事がある。
「これ、何時なんだ」
「丁度、去年の今頃ですなぁ。ヘムお嬢さんが、陛下が主催する収穫祭にお呼ばれしましてなっ!冒険者協会と帝国工房が全力で最高のドレスを用意したのですぞっ!!」
ジャーは、この時。突如冒険者協会の依頼が入って式典を見に行けなかったと涙ながらに語る。
「何でヘムは、この式典に?」
「ヘムお嬢様のお披露目も兼ねていたらしいですね。ある問題で社交界に全く出ること無く。冒険者協会と、帝国工房を往復する日々を見かねた方々が一計を案じて連れ出したのです」
なるほど、ヘムは程よく冒険者協会と。工房に引き籠もり。それを心配した人達が連れ出した。
これは、記録映像の笑顔を見れば無理矢理じゃないと言う事も判る。
それと、ある問題って。
ヘムの喉を一瞬見て、目を逸らす。
喉の発音の詰まり、確か”障り”って言う症状で魔法学院に入れ無かった事に関わりがあるのだろうか。
『ガンド、妾が感じるに。ヘムの喉は言葉を放つと”何か”で閉じらる気配ぞ?これは、喋りにくかろう…けれど、それ以上は判らぬ』
命の恩人で、共同研究者だからな、どうにかするのは決定事項。
ノーヴァの話も頭の隅に入れておき、
「次、誰が撮影を?」
「はい、拝謁ながら自分が軍関係者に頼まれて。式典警備に託けて複数の記録用術式を刻んだ秘石を持ち込みまして。自分の隣に、近衛騎士団長が立っていたおかげでヒヤッヒヤッしましたが、最高の映像が記録できました。個人用は特に良い出来で、褒めていいですよっ!」
なるほど、ヘムの笑顔はこの近衛騎士団長って人に向けられていたのか。
あとアルナブも、やっぱりジャーと同じタイプだ。ヘムの事だと色々ぶっ壊れてる。
最後の項目の答えを聞けば、軍の一部を巻き込んだ盗撮活動とも取れる発言だが。
ヘムは、隣でふるふると震え。何か小さく呟くと、
『ふむ、記録に残さない約束だった。ほう、それは妾が代わりに言おうぞ。面白そうじゃ』
ノーヴァが、呆れた声で、
『最後、ヘムからの質問ぞ?ソテツに着いた時、<穿ちし氷柱>で先にぶち抜かれたいのはどっちぞ、と聞いておる』
二人は互いに指を差し合い、ジャーは前を見ろ前を。
「まず、同志アルナブからですぞっ!」
「まずは、同志ジャーからですねっ!」
お互いに譲らない。
まぁ、俺からの提案は。
「いっそ二人同時にぶち抜いたら早くないか?」
そう言うと、二人からは色々な言葉が上がり、そしてヘムはその意見に乗り気で。
「雨が強くなってきたな」
幌馬車の後方から、舞い込む風雨は馬車の内側を水滴で軽く濡らす。
「こりゃ、少し長めの叢時雨になるかな」
依然として、南から来る雲の流れは速く暗く、嫌な予感も。
何事も無けりゃ良いんだが。
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分厚い雨雲のせいで、太陽の光は陰り。時刻的にはそろそろ日没。
古来より日本では逢魔が時と言われ、妖が動き始める時間帯。
エルベ村から、ソテツまでの行程は四割まで少し満たない場所まで来ているというが。
「周りに何もないな、見渡す限りの草原地帯。灯りも見えないってのは不安だな」
俺は、支給された乾パンを噛み砕きつつぼやく。
「帝国…の軍が使ってる、幌馬車…は、<灯火>の魔法具、が完備されて…るんだ、よ?」
そう言って、ヘムは幌馬車の御者台の横に設置されている秘石に魔力を通す。
「帝国ってお金あるんだなぁ」
「それは、大陸東側の秘石鉱脈はラムダラ山脈に集中しておりまからですぞっ!」
「なるほどなー」
ジャーの蘊蓄を聞きつつ、ぼーっと、外を見ていれば。
ヘムに魔力が魔法具に行き渡り。
御者台と幌馬車の中に、ぼんやりとした優しい柔らかな光が溢れ。同じくして列を成している軍用の幌馬車にも、次々と光りが灯り始める。
しかし、どんどん雨音が強くなり、同時に幌の天面を叩く音も激しくなってくる。
「湿度の高い嫌な雨だな」
エルベ村では、乾燥していて過ごしやすい気候だったが、この雨の湿気は妙に肌に張り付く。
「季節外れの雨ですしね、普段はこんなには降りません。それに若干気温も高いようで」
ジャーと交代で、またアルナブが御者を務めており、
「この季節は、本当は爽やかな風が抜けて帝国南部周辺は、大変過ごしやすいのです」
話を聞きながらも、雨の音に混じってチリチリと白い影が脳裏にちらつく。
気にしても仕方が無いので、気分を紛らわせる為に、
「しかし、今まで魔物や。あの羊も姿を現さなかったがどうなってるんだ?」
魔物が跳梁跋扈する世界らしいのに、此処まで姿を見せないは何故だろうか。
ジャーは、夜眼が利く為、後ろ側を見張りながら。
「この街道、魔物避けなど御座いませぬしなぁ。食欲の秋と言いまして、魔物もそれに習ってか濁眼狼や有角兎に、毒粉蝗など沸くので冒険者としては仕事に事欠かないのですが。これだけ人が居て見かけぬのは少しオカシイですな?」
「ん、一匹…も、ね。居ない…のは、大規模…討伐しても、打ち漏らし、出る…のに」
冒険者二人の意見は、どうも周辺の環境。
特に、魔物の居る様子が無いのが、不気味だと言う事。
「警戒…、しておくべきでしょうなぁ」
ジャーは、盾を背負い。鉾鎚を手元に引き寄せ。
ヘムは、無言で。
帝国兵、多分アルナブが積み込んでくれた<魔法の背負い袋>から、真っ直ぐな鷹の爪を取り出す。
違う。鷹の爪の様に見えたのは赤い色の液体が入った硝子瓶。ベルトに吊り下げていた弾丸ホルダーを取り外し、それを一つ一つ装填していく。
俺達の話を聞いていたアルナブは、騎馬に乗った帝国兵に声を掛けて警戒促しており。
馬が駆け、蹄が石畳を叩く音を聞きながら。
「やる事が、無い」
『ガンドは、妾一つあれば事足りるから楽ぞ?』
コロコロと笑っているノーヴァ。
ヘムが、弾丸ホルダーに小瓶を装填し終え、ベルトに取り付け終えると。
床面には三本ほど赤い小瓶が寝かせられており。
「ヘム、その赤いのは…」
「ガンド。これ、ね」
見た目は、小指の程の赤い液体の入った小瓶。
小瓶だし、赤い。ゲーム的に言うなら、見た目は赤ポーション。
つまりは、回復薬だろうか。
「刻唱陣の、構築補助、用の媒体…だよ。羊…、饕餮。許せ…無いから、本気の、本気」
正解は、刻唱陣の展開加速と複数配置用インク。
「普段は、指と、ね。魔力だけ…ど」
ヘムは指で転がっている小瓶の先を摘まみ、ピンッと指で弾く。
空中で何度も回転を繰り返し、左手首に仕込まれた仕込み短剣…じゃない。
その横にもう一本を素早く取り出し、機械的な音がして折れる。
中折れ式の拳銃…いや、それよりも小さく細い万年筆。単発弾倉の中に、小瓶の内容量が見える様にするりと小瓶が収まる。
「もう、油断…しない、から。あの、光、見たから…ね」
声色が低い。
あの大羊に捕らわれて居た魂達に、ヘムも思う所があったのか。
指の運びで真っ直ぐに、それに伴って堅い金属音と、中で小さく硝子が割れる音がする。
ちょっと、一連の動作が格好良かったんだが。
何なのだろうかと、その答えはジャーが怯えた声で、
「ヘムお嬢さんの自作の準<魔導器>。<魔女の人差し指>です…ぞぉ…」
本気ですか…と、ジャーが言う直前。
より雨音が強くなり。
『来たぞえ、構えられい皆の者』
なにが、と言う前に。
後方から甲高い汽笛のような音が、長く長く不気味に暗い曇天に鳴り響く。
汽笛の合間に聞こえるのは。
石畳に響くのは蹄の駆ける音と、悲鳴と怒号。そして、
「羊の鳴き声っ!」
あの大羊の様な恐怖は感じないが、それでも石畳を叩く音は徐々に大きく迫ってくる。
その中で、一際聞こえるのは。
『はっはっは、行くぞ主よ。名を得た妾に敵は無く、疾く参られよ』
ノーヴァの、水を得た魚。いいや、敵を得た龍と言ったひどく楽しげな声が響き渡る。
言われるまでも無い。
ヘムも、ジャーも、頷き。
馬車の後ろから次々に飛び出し、耳障りな声のする方向へ走り出す。
俺は振り向き大声で、馬車に残るウサ耳の、
「アルナブ、馬車と荷物を頼みますっ!」
そう言えば。
大きな声で、馬の嘶きと共に、
「任されたっ!」
力強い声が返って来たのを確認してから、
「全力で行くぞ、ノーヴァ」
走る、走り出す。
『さてはて、龍は全力で暴れるのがお仕事。ガンド、いいや主よ。存分に妾を振るわれよ?』
ならば、全開。
覚悟は完了。当方に殲滅の用意有りって奴だ。
腕全体からは、紅い光が煌々と、次に激しく燃え上がるようにして。
肩甲骨付近からは、見えないけれど同じく紅い光が翼の様に。走れば焔の帯が辺りを照らす。
すると、一挙にヘムとジャーを追い抜いて。
「わりぃ。先に行っとくっ!」
何か言った様だけど、聞いてる暇は無い。
なぜなら走り向かうのは、車列の最後尾。羊の群れが集まる一角。
帝国の兵が数人、槍を振るい背後に守る、多くの避難民の盾となっているのが”良く”見えた。
しかし、燃える幌馬車が邪魔でっ!
『龍は、本能のままに』
そう聞こえ。
本能に従って、己の心の征くままにっ!
「伏せて下さいっ!」
喉の奥から、聞こえる様に叫ぶ。
燃える幌馬車を一挙に飛び越え、降り立つのは帝国兵達と羊共の僅かな隙間。
そして両腕から光りが薄れ、逆に右の掌に集まるのは焔の塊。
その煌々と闇を照らす塊を、そのまま羊共鼻先に力任せに叩き付け、
「厨二病上等っ!ぶっとべええええええっ!<焦熱撃甲>っ!!」
思い付きの技名を叫び放つ。
生み出されるのは、叩き付けた場所から半円状に石畳が捲れ上がり<龍気>を纏った焔が広がる爆砕現象を引き起こす。
『はっはっは、龍は魔法を使わずともこの通り、龍の気を纏って攻防一体ぞっ!』
テンションの上がりきったノーヴァは、満足げだが。
「全然疲れねぇな、これはっ!」
本能的に判り始めることがある。
龍とは、本来魔法など使わずともこの程度は朝飯前にやってのけると言う事に。
爆砕現象は轟音を伴い、その場に居た羊共を悲鳴を上げる暇無く飲み込み焼き尽くす。
「皆さん、大丈夫ですか?」
伏せて、瓦礫に塗れながら無事な帝国兵と避難民の無事を確認し、
「早く行って下さい、ここは俺が。俺達が引き受けます」
その時、兵士の後ろで隠れていた肌の黒い老人が震える声で、
「人の姿をした龍…、古き伝承の<英雄>だ」
そう言ったのが聞こえ。
「柄じゃねぇなぁ…<英雄>とかそんなのは」
頬を掻きつつ、苦笑い。
『妾としては、<英雄>よりも<探求者>。こちらの響きのが似合う』
探求者として金銀財宝にパールに、青い金剛石もプレゼントしてくれると嬉しいぞと、ノーヴァは付け加えるのも忘れない。
「はっ」
苦笑と共に呼気を漏らし、思うのは。
龍っ伝承でも財宝好きだよなって事と、まだ見ぬ知識の<探求者>って所は当たりかもって所か?
●
後ろからは足音と共に、力強い金属が肉を打ち砕く戦闘音を時折響かせながら、
「やっと追い付きましたぞ、ガンド氏っ!」
ジャーは、次から次現れ体当たりしてくる羊を盾の面で叩き付け。怯んだ隙に、上段から光り輝く鉾鎚を頭蓋に叩き込み。
「ぷぎゅっ!」
無様な声と共に羊の頭蓋が割れ、液体が飛び散るも盾で受け、横に振り散らす姿。
更にもう一撃、容赦無く叩き込み仕留めている。
「ジャーは、堅実派だなっ!」
盾を構え、あらゆる角度からの攻撃に対応し、堅実に一撃一撃を叩き込む姿は、実に堅実。
「ガンド氏も派手に吹っ飛ばしてましたが、ヘムお嬢さんのが、もっと派手ですぞっ!」
そう、ヘムは。
居た。
羊の突撃を左手でいなし、時には後ろに下がり。時には、羊を蹴って間をずらす。
そうして次々と、手早く羊共の身体に直接書き込まれる刻唱陣。
しかし、起動はせず。
ヘムは、刻唱陣を描いた羊からは、十分に身体を引き。
他の羊が近づいた所で動作無く起動し、鋭い幾本もの氷柱が周りの羊を巻き込み穿つ。さながら氷の森が突如現れたかの様な錯覚を覚える。
『第三階梯級の無詠唱速度の連打、しかも強化込みの任意発動式ぞ?』
余程高度なのだろう、ノーヴァが感心したように。
俺は、焔の色に照らされ氷の森の中で踊るように、空間に蒼の刻唱陣を描き込み続けるヘムの姿は、
「ヘムは、綺麗だな」
俺の言葉を聞いたジャーが、そうでしょう、と、自慢げに頷き。
「私めも、地味では御座いますがっ!」
大きく息を吸い、一挙に、
「皆様方っ!帝国最高峰の刻唱陣の使い手、ヘム・ネザーランドが。龍焔の宿りし拳を持つガンド・ケンジが此処に居る限りっ!私め<戦女神>の信奉者であるジャー・ピグが宣言致しましょう、決して負けぬとっ!!」
鉾鎚を掲げ、誇らしく言葉を放つジャーの身体を中心とし伝わるのは、力。
「へっ!?」
俺は、二つの意味で戸惑いを憶える。
一つは、その場に居合わせた一斉に帝国の兵士達がが俺を見た。いや、龍と言う言葉に反応したと言う事に戸惑い。
もう一つは、龍気とは別の力が身体をより強化したのに戸惑いを憶えながら。
身を縮め、大地を膝の屈伸運動から、蹴り込み、身が砲弾の様に大気を割る。
その状態から、羊を。正面にいる2頭の間に割り込むように。
鼻っ面をかっ攫うかのように、五指で引きちぎり勢いではね飛ばす。
「縮地っぽい…けど、力業だな」
あの人程のスマートさは、全くなく。しかし、どんどん真似てみよう。
手を振るい、肉片と血を散らし。
ヘムの横手に突っ込んでくる羊を発見し、また身を縮め地を蹴る。
「ヘムっ!突っ込んでくるのは俺がするからっ!」
勢いよくヘムと交差する形で着地するも、雨に濡れた石畳で滑り、突っ込んでくる羊に逆に突っ込む形に。
足先の動きで硬い石畳を踏み割り、身体の制動を掛ける事で。なんとか身を半歩動かし避けながら、突っ込んでくる胴の分厚い身を掴む。
「捕まえたぞ、うおらっ!」
暴れ、悲鳴を上げる羊を制動で生じた勢いを乗せて、他の羊に叩き付ければ、無様な声を上げて跳ね戻されてくる。
その位置を大まかに予測し、右拳を振り抜くタイミングを会わせれば、カウンター気味のストレート。
衝撃で、円弧に羊の肉が凹み、
「フギュッ!」
体内に”必要も無いのに存在する”空気が漏れ、勢いそのままに他の羊を巻き込んで四散する。
至近の羊の相手をする事の無くなったヘムは、
「ん、ガンド。ありがと…ね」
俺に礼を一言。
任意発動式刻唱陣だけで無く、通常の刻唱陣も右手で描いた側から、回る様に踊る様にステップを踏み、左手で触れれば次々と発動し、射線上の羊共を氷の槍が串刺しに。
俺は、ヘムに近づく不埒な羊共を蹴散らしつつ。
構えながら、ずっと沸き上がるこの力、
「龍気と、この力が合わさって…」
効果が相乗効果を生み出している…のか?
『先程のは<戦女神>殿の、<戦いの誓い(ウォークライ)>よの。これは決して退けぬなぁ。誰も、退く気もなかろうがの?』
ノーヴァは、これが<戦女神>の加護を広く分け与える神聖方術。対価として奉納されるのは理力と、この戦いにおける勝利だと言い。
『ジャーは、決して負ける気も、退く気も無いと言う事ぞ?』
周りの帝国兵も誰もが、槍を手に持ち、再び抜刀し。盾を構える、矢を放つ。
「帝国と、<戦女神>。勇敢な三人の若者に、勝利をっ!」
「避難民を早く後方に、あと応援要請をっ!ついでに誰か弓と矢弾持ってこいっ!」
ジャーの<戦いの誓い>が奇襲を受けて乱れた流れ引き戻し。
「雑魚とは言えど、冒険者からの報告通りならば親が居るはずだ、決して手を抜くなっ!倒して倒して、親を引き摺り出せっ!反撃を開始せよっ!!」
「羊の遺骸は焼いて潰せっ!放置するな、必ず焼いて潰せっ!良いなっ!!」
別の村に向かっていた隊長格だろうか、情報共有が成されているようで、指示が次々に飛び始める。
次々と街道の南側からやってくる奇怪な羊の群れに3人一組で対応が開始。
「ヘム・ネザーランドと言えば、去年社交界に初めて姿を現したロリ美少女だ。良いところ見せるぞ、てめぇらっ!」
「「おうっ!」」
若い兵士達が口々に気勢上げ、ヘムに気がついた兵士達は小さく手を振ったりしながら、羊共に対応していく。
その言葉に、反応したヘムは、
「少女…って年齢…じゃ、ちょっ…と、恥ずか…しい。けど」
万年筆の弾倉瓶を、右手の指運でブレイクオープン。自然に空になった小瓶が排出され、腰に吊した弾丸ホルダーから一本引き抜き再装填。
「そう、反撃、開始…だね」
その言葉と、<魔女の人差し指>に再び力が宿る事が引き金となり。
任意発動式の刻唱陣を書き込まれた羊共。
その刻唱陣から発生した<氷の柱>が零距離から発動。次々に打ち込まれる。
氷柱は、分厚い毛や脂肪の壁を物ともせず、やすやすと羊を貫き内部で、また昏い冷たい肉の中で爆ぜる。
「~~~~~っ!」
邪法の獣。饕餮の眷属共は声にならぬ個々に、透き通った氷が連なる光景の中、絶叫を上げた。
●
久方ぶりの血肉沸き踊る戦い。
実質的な初戦としては、力任せ。龍らしくてまぁよかろ。
戦いの様子を見ながら、精神世界では人の姿を取る。
艶やかな紅い髪を束ね、紅玉色の貴石を嵌め込んだ金の髪飾りを通して止め。
赤を基調とし、金の刺繍を施したドレスで身を包む。
「ヘムの弾幕。抜けてくれば、ガンドが叩き潰す。良い連携が取れておるぞな」
今のガンドの援護だけならば右眼のみで十二分。
それこそ、邪法の獣が現れたとしても、まぁ…なんとかなろ?
それよりも、妾より”先”にガンドの身体に巣くっておった”コレ”ぞ、これ。
目の前には、何もかも真っ白な、爪先からそう毛先一本に至るまで真っ白なおなごが一人、ワンピースを着て膝を立て俯いて座っており。
見事な三角座り。
時折微かに顔を上げて、外を窺い見る瞳は、冷めたようで血の色のように赤い。
しかし、ガンドが危ない目に会いそうになったりすれば。
目を見開いて、手指の先をピクリと動かし手を伸ばそうとして、止まり。唯々妾をさも恨めしそうに見やる。
『文句が有るなら、言うてみるが良い』
妾の器が、ガンドの身体に繋がれた時から存在は感じていた。
ガンドが頭痛を感じていた時、必ず此奴が手を差し伸べていた。
事故の記憶や。身の危険に赴きそうな時。そして、ガンドが他の誰かと楽しそうに話していると、取られまいとして手を差し伸べる。
…ヤンデレと言うものか。
ガンドの記憶の引き出しに、その言葉がある。
最後は、誰も居なくなって水面に浮かんだ舟に乗り去ると言う話が付随して流れ込んでくるが…報われない話ぞ。
水の音が響く。
此奴は、特に水が動いているときは力が強く。
水浴びをしている時は、力の権化である龍。妾が力負けしそうな勢いであった。
今の悪天候。
ガンドが妾の右眼で火を動かさねば、今でも分が悪い。いや、妾と同位の”何か”。
白ずくめのおなごを見下ろしながら、
『ガンドの父方の氏神の千曳の岩の化身でも、母方の氏神<菊理媛尊>の眷属でも無い。其方は、誰ぞ?』
声色は、あくまで自然に。
反応は、無いか。
ガンドと、ヘムが背中合わせに戦う様子を、じっと見つめるコレは。
『ずるい』
一言放つと、顔を上げて、整った顔で、いや能面のような形有るだけの顔で、妾を冷めた目でねめつける様に、
『私が、”先”だったのに。名前を貰って、ずるい』
はぁ、漸く答えたかと思えば、子供か。
まぁ宜し。
此処は、気になってはいた事を、
『ガンドが死ぬような事故を起こして、殺そうとしたのは其方か?』
能面のような表情が歪み、俯いて顔を隠す。
『そんな事はしないよ、でも』
『でも?』
『殺してでも欲しい子よ、拳蒔は』
うわぁ、これはヤンでおる。
『でも、母様に怒られるから』
声が震えて、肩が震える様にも見えて。
泣いておるのか?
『毎日子供の頃から、欠かさずお堂に水をあげてくれて。お礼として護って来たのに。誰かの身代わりで死ぬなんて、死にそうになって手を差し伸べたら、一緒になってこんな変な場所に引き摺り込まれるなんておもわないじゃない!』
泣き腫らした顔を上げ、
『死にそうな拳蒔に取憑いて、死を引き延ばしていた時にあの娘が来て、助かったけれど!』
ヘムには多少の恩義を感じている様子ではあるが……。
妾を睨み、
『貴女みたいな、年増に拳蒔を取られるのは嫌っ!』
よーし、見上げた根性だ小娘。その喧嘩買ってやろうぞ…。
『名を名乗れ、小娘。力の権化たる龍、このガンドから名を貰ったノーヴァが教育してくれよう』
思った以上に、怒りが湧いてくる。
誰が、年増だ、誰がっ!!妾は、討たれる前もピッチピチの二千八百歳ちょっと越えた乙女よっ!
目の前の白い小娘が、ゆらりと立ち上がり。
『母神たる伊弉冉より産まれし黄泉の八雷にして、雨水の神。大雷、火雷、黒雷、咲雷、若雷、土雷、鳴雷、伏雷。全てが私の名前よオバサンっ!』
妾の中で、何かが切れた音がした。
…もうゆるさん。
●
ソテツから旧バル王国北東部までの街道を辿り、途中会った帝国軍斥候からの情報を得て、馬を引き渡し更に南下。
良い馬だから、使い潰すのは無し。
それに、俺は短時間なら走った方が早いしなっ!
遙か向こうで、鬨の声が響くのが聞こえ。
街道が大きく曲がった、その向こうで火の手と、誰かが爆砕系の術式を使用したのか。
「たーまやーって言ってる場合じゃねえなあ、おい!」
草原を突っ切った方が早いと思いきや。
茂みに隠れるのは、奇怪な羊の群れ。群れ。群れ。
一斉に振り向き、襲いかかられるほどに俺は大人気な模様。
「こんなのに好かれても嬉しくねぇやな」
片手には、帝国軍が制式に採用した鋼の両手剣を左手に掴み、剣先と言っても長方形の鉄板だから先じゃぁ無いか、は土と草を削る。
「雑魚の羊は数多くいても、ゴブリの報告にあった”饕餮”ってのは何処にいやがるっ!」
奇怪な羊を見れば、周辺に被害が及ばぬようにとお達しを出した立場なのでっ!
「どうりゃっ!」
刀身一閃。己の身を回し周囲丸ごと切り払い。後を追う様に衝撃波が乱れ飛ぶ。
纏めて、潰した筈だったんだが。
目の前には、仲間の死体で即死を運良く逃れた個体が。
一匹潰し損ねたが。
勢いを殺さず、上段へ極厚の鉄板である剣。
……一応剣だな、叩き潰すんじゃ無くて、叩き切ってる訳だからなっ!
振り下ろし、一刀両断。
びしゃりと、血が頬に飛ぶ。
普段、骨等に当てて刃毀れせぬように、骨の位置を見切って叩き切ってる訳だが。
……この羊。見た目は羊だが、中身は人の骨と肉を模しているか。
嗅ぎ慣れた死臭が鼻につく。
「前線に出なきゃ判らない情報だらけだ、判子押しマッシーンなんざ糞食らえってな」
この類いの邪法はン百年前のジェダイ残党が、悪神共と連んで研究してたらしいが。
叩き潰したって話だったが、叩いても次々出てきやがる。
ああ、まったく嫌になる。
両手剣を肩に掛け、開いた右手で頬に付いた血糊を拭う。
古代遺跡を開けて対処出来ずに、”成り果てた”魔獣が出てきただけなら一匹ぶっ殺すだけで事は済むが。
どこぞの誰かさんが画策した事なら、これで終わるはずもねぇか。
特に、イゼル側で見た事の無い服装の、糞偉そうな態度のオカマ口調の、軍師面した……あのいけ好かねぇ。
あの野郎とかだったら……禁術使用の容疑で即、叩き切ってやんのに。
個人的にも、公人的にも、
「あー、腹立ってきた。さっさと”饕餮”潰して、黄金の獅子亭当たりでウに奢らせるか」
爆砕音の重低音が足裏に伝わり。
遠目には、美しい氷の柱が乱立しており、火に煽られ幻想的な風景になっている。
「どこの誰か知らないが、良い詠唱速度でボカスカやってるな」
十騎士じゃ無くても、近衛は人不足だしなぁ。
よーし、決めた。
「顔でも見て、腕が良いなら帝国軍にでもスカウトしてみるかっ!」
あの場所に着くまでに、この奇っ怪な羊を叩き切りつつ、気の利いた勧誘文句でも考えるかな…。
そんな、楽しい未来計画を邪魔するように。
不意に、背後に気配が動く。
「ああっ?」
グズグズと挽き潰した羊共の肉片が、動き。
ペタリと。
他の肉片と重なり、臭気を放ち少し大きな肉片に。それが急速に繰り返されて行く。
「……本格的に、形作ってる魔力の消失まで持って行かないと”還れない”訳か」
血肉を構成しているのは。一掴みの呪詛が糊、肉や骨は、魂が持つ死の記憶だろうな。
反吐が出る。
この肉片一つ一つが、分割された何処の誰かも知らない被害者達の魂が混ざり合ったなれの果て。
両手剣を加速度的に大きくなり、より撓む様蠢く肉片に突き刺し、捻る。
肉片の動きは止まらないが、これで良い。
「何処の誰かは知らねえが、開放してやるよ。死んでも苦しいのは俺も嫌だからな」
これは、不死者にも成りきれない…、唯の餌だ。
終わらせてやるよ。
息を吸い。
紡ぐのは、詠唱であり呼びかけ。俺の契約した精霊の断片を呼び覚ます詩。
『契約者たる我の詩を聞け。彼方にて眠る王、凍て付き無窮の時を過ごす異邦の精霊よ、その持ちたる力の一欠片を地に零し氷獄と成せ』
天から氷片の粒が両手剣を目掛けて、詩の通り零れ。
氷片の粒が剣先の肉片に触れ、
「じゃぁな、知らぬ誰か。呪詛はそのまま滅び、その滅びを主人に伝えな<無窮の氷獄>」
力ある言葉を、この現象を判りやすく伝える言葉を終えた瞬間。
俺の周囲。
街一つが飲み込める程の円。その全てが凍結し。
指を鳴らし、場を動かせば。
その振動に起因して、俺と俺の所有物以外の。羊も、肉片も、草木もあらゆる物質が砂となって崩れ去る……。
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次回は、10/10 21時予定です