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 ● 


 赤黒い怨嗟の咆吼が、遙か北の空を穿ち。次第にその咆吼の尾は、色を薄め大気に消えていく。

 その光景を唖然として、見送る俺達は、気付けば足が止まっている。

「な、何。今の、声…、聞いた…事、ない、よ」

 怯えの色を含むヘムの声と、

「足が、竦みますな。ははっ、あの咆吼だけで冷や汗がとまりませんぞ」

 震え乾いた声で、ジャーも普段の軽口も出ない。

 俺も、物語の主人公みたいに先陣切って進めれば、そう思うのだが、

「同じく、咆吼だけで足が動かないわ」

 口の中に、薄く渋い味が広がるのが分かる。

 心拍数も、呼吸も、震えも、如何に強がってもまだ見ぬ存在に対しての恐怖と言う感情が先に立つ。

 それでも、そんな中でも、俺達3人以外で奮い立つ存在が居た。

「龍腕が、光っ…て、唸って…る?」

 ヘムは、そう言うと。

「ですなぁ、ふむ」

 ジャーが、少し考え込む。

 そう、俺の両の腕に仕込まれている龍の目が、先程の咆吼に対して反応を示し、その感情が伝わってくる。

 その感情を言葉にするなら、怒り。

 今の咆吼の主に対して、怒り狂った感情の発露だろうか、煌々と紅い光が揺らめき、焔と変わり吹き出す。

 その焔の色を見ていると、不思議と先程の恐怖感や、そういった感情が消えて。

 強張りも無い。

 足が動く。

 よし、気持ちも動いた。

「まず、ゴブリさんと合流しようと思うんだが、二人ともいけるか?」

 二人は、不思議そうに自分達の震えが収まっている事に戸惑いを憶えながらも、頷き。

 有無を聞かずに、両腕に焔を燻らせ、紅い光の欠片を散らしながら走り出す。

 続いてヘム、そしてジャーも走りながら、

「ガンド氏、一つ。先程の両腕の焔ですが。恐怖を打ち払う<勇敢ドレッドノート>の術式の効果があるようですな。先程の、竦みが一挙に吹き飛びましたぞっ!」

 俺は前を見据えながら、

「礼は、この腕にヘムが組み込んだ龍眼の意志に言ってやってくれっ!」

「それでは、後ほど。ヘムお嬢さんと、その龍眼の意志殿に礼を言いませんとなっ!」

 ジャーの声は、力に溢れ先程の、怯えも完全に払拭されていて。

 全く、こいつは多芸な相棒だ。

「まだ色々隠してるんだろうが、まぁ良いさっ!」

 俺の隣にヘムが並び。

 この龍眼が意志を持っている事を知っている筈のヘムは、更に足に刻唱陣で加速の補助を入れつつ、

「龍眼、よっぽど…ガンドの事、気に入った…みたい。あと、相性…抜群かも?」

 後で、本格的に提出する論文を書かなきゃと、ジャーと同じく先程の怯えは払拭されている。

 二人とも、それに俺も相棒のおかげで落ち着いた。

「ありがとよ、相棒。事が落ち着いたら格好いい名前でも付けてやるかっ!」

 更に全身を押し込み、地を蹴り加速。

 その加速に呼応するかの様に、継ぎ目を広げ、より大きく焔を吹き上げる。

 未だ絶叫を上げる何者かに、もう恐怖を感じない。

 それよりも、向こうから小さな影が一つ。

 俺達を一度飛び越えて、空中で反転。落下の衝撃をものともせず、追い付くように再加速する。

 それは、老獪な喋りの、

「ヘムに、ジャー。それにガンドも、よぉ来た。いや来てくれたのっ!」

 煤に塗れ、傷だらけでは合ったが元気そうな、

「ゴブリさんっ!」

 三人とも立ち止まりそうになり、

「いや、そのまま走りながら聞いちょくれな?あの咆吼を上げた化け物、饕餮の眷属の集合体、仮称”大羊”の視認出来る所まで案内するぞい?」

 羊と聞いて、ヘムとジャーは思い至る事があるのか、頷き。

 俺は、集合体と聞いて。

 ゼラチン状の水滴型の魔物が八匹ほど積み重なり、何故か王冠をかぶって合体するイメージが頭の中で組み上がる。

 っと、ゴブリさんの足が速い。変な事考えてたら、遅れてしまう。

 一つ加速が飛び抜けた、ゴブリさんを皆追随する形でついて行き。

 その老ホブ・ゴブリンは、加速を続けているにも関わらず、身を振りバックステップでも速度が落ちなず、手を合わせ、

「すまんの、ちょち大きくミスをしての、三人とも手をかしちょくれ?」

 俺達に、申し訳無さそうに頭を下げる。

 思わず俺は、”あの人”のお願いと似た雰囲気を感じ取り、

「手を貸すって?」

 ゴブリさんは、ほっほ笑いながら、

「最低でも、第一級脅威討伐対象。あの咆吼の主。仮称”大羊”の討伐に、じゃよ」

 俺は、隣を走る二人の愕然とする表情を見て、置かれた状況を把握し、

「これって、相当な無茶ぶりじゃねぇか!?」

 と、素の喋りで、だれ憚る事無く口にし。隣の二人も、同意するように頷いた。

 

 ●

 第一級脅威討伐対象。

 冒険者協会が定めた、緊急討伐対象の中で最も程度の低い物らしいが、最低でも腕利きが片手以上。完全に封殺するならば、両手以上の人数を揃えた上で、対象の得意とする土俵には乗らず大火力で圧殺するのが最も上策と言われる。

「初めての実戦が初心者向けじゃなく、いきなり大ボス戦とか。それでいて、イベント戦じゃ無くて死んだら終わり。ゲームだったらコントローラー投げてるぞ、俺は」

 諦め半分。

 しかし、やると啖呵先程言った手前、大羊に対して有利な状況を見つけるべく、

「腐敗した肉片が、歪に混じり合って無理矢理に組み合わさって”人身羊頭”の魔獣…、で良いのか。の、出来損ない見たいになってるな」

 俺は、尖塔の影に隠れながら、のたうち身体を地面に散らばる腐肉片を巻き込んで再生しようとする仮称”大羊”を観察、その化け物の印象を口にする。

 胴体は半ばまで。腕も左腕一本が構成されているが、右腕は腐肉が蠢き毒々しい肉の色が、腐汁を撒き散らしながら、再生は遅々として進んではいない。

「一体何をしてるのでしょうかね、先程から身体の再生が、あまり進んでいないように見えますが」 

 ジャーは、俺の後ろからこっそり覗くようにして、尖塔の影から少しだけ顔を出す。

 更にヘムも顔を出し、

「ジャーに、それは同…意。けど、どう…して、進んでない…の?」

「ヘムお嬢さんと意見が合うとはこれほど嬉しいことはないです…ぐはぁ!」

 ジャーの臑に、ヘムの無言の”大声を上げるなと言う抗議”である蹴りが入り。

「これ、ジャーよ。大きな声を上げる出ないぞ?」

 ゴブリさんの言葉の追撃が入る。

 俺達4人は、距離はおよそ100メートル程。風下を選び、気付かれない様に、尖塔の影に隠れながら様子を見て、機を窺っていたのけども。

 俺のあの魔獣の印象として、一つ違和感を憶える。

 ヘムやジャーの言うとおり、先程から地面に身体を叩き付けるばかりで、あれ以上は身体を作れないのではないか。

 中途半端にしか身体を再構成出来ないのは、単純に部品が足りない。

 では、材料が足りないのに。使える肉片を使って効率よく群体として再構成するのでは無く、単体として再構成しようとしているのは、何故だろうか。

 先程の爆発で、ゴブリさんは”周辺”のあの大羊の元となった魔獣。饕餮、とは違う印象を受ける仮称だからまぁ良いか。は、全て吹き飛ばしたと走りながら言っていて。

 群れで勝てないと判断して、強大な一個体に再構成する。

 ああ、なるほど。

 それしか出来ないのかも知れないな。機械で言うと、共食い整備にもなりゃしない。

 なんたって、材料が無いんだからな。

 一定以上の損害を受けると、とりあえずその攻撃に耐えうる身体を作る事しか命令を受けていない。

 今ある材料で、どれだけのものが作れるか、考えちゃいないんだな、この大羊。

 ジャーやゴブリさんの話を統合して聞いていれば。

 監視する事と、隠れる事。偽装する事に関しては、異様なほど頭が回る様だけど。

 頭が良いのか、悪いのか。それとも、そんな状況に追い込まれると命令した存在が、思っていなかったのか。

 そこまで考えを纏めて、

「あの大羊、あれ以上は身体は構成出来ない、と思う」

 始めにそう言うと俺は、纏めた考えを伝えて、三人から意見を聞く。

 短剣を鞘から抜きつつ、ゴブリさんは、

「なるほどの、あの”のたうち回り”は、身体を構成するための小さな肉片を急ぎ集める行動じゃということじゃな、そしてあれ以上には成らん」

 そう言うと、にんまりと笑う。

 次の瞬間には目を細めて、

「あの大羊の動きは儂が責任を持って牽制する、つまり囮は儂がやるぞい?」

 皆、顔を見合わせて、ジャーと、ヘムが口々に、

「ゴブリ殿、疲労困憊で何を仰います?」

「ん、ゴブリさ…ん。風霊、ほとんど、維持出来てない…よね?」

 そして俺は、二人が言い終えるのと同時に、

「ゴブリさん、囮は、いや。あれをぶん殴る役は俺がやります、そうでもしないと」

 この腕から、徐々に感情や微かな意志が伝わってくる。

 意志的には、何か言葉を発しているようにも聞こえるが。複数の言語が重なり合った様で、要領を得ない。

 右腕を持ち上げ、既に内部が灼熱化しているかの如く、濃い色の紅光が三人に見せながら、

「多分、あの大羊に対してブチ切れてます。そんな感じが、いや声みたいな物が先程から伝わってくるんです」

 言い終えると、痺れを切らしたように右腕の金属板の継ぎ目が勝手に浮き始め、刻唱陣が展開して、形を変える。

 腕の甲側の金属板が左右にに展開し、黄色い皿の様な眼が覗き、辺りを見回す動き。

 その龍眼を、俺は一度。ヘムは俺の腕を組み上げ、接合し、俺に紹介した時を合わせて何度も見ているが。

 その眼を見て、ゴブリさんも、ジャーも眼を見開き。

「へ、ヘムっ!!なんじゃ、これはっ!!黄色の真眼なんぞ、”竜”じゃなくて、どうやっても”龍”じゃぞっ!!」

「ヘムお嬢さん、”竜眼”使ったって言ってましたな!?どう見ても、”龍眼”ですぞっ!!」

 口々に驚きの言葉を上げる。

 それに対して、ヘムはさも当然のように、

「ん、ちゃんと言った…よ?”りゅうがん”使ったっ…て」

 二人が、ヘムの言葉に顔を見合わせ、押し黙る。

 確かに発音は、同じだよなぁと、突っ込みを入れたくもなるが、それをカタチにする前に。

『じゃかしいわっ!妾が、何者で、竜だろうが、龍だろうがどちらでも良い。今はあの悪意の塊、生き物にも成りきれていない、搾取するだけの”半端物”を吹っ飛ばすのが先じゃ、そこな小童二人っ!!』

 澄んだそれでいて、ドスの利いた女性の声が、頭に中に直接響く。

 その声にゴブリさんが、儂六十越えてるんじゃがのぉ。と消極的に反論すると、

『六十じゃと、はっ!妾からすれば、小童じゃ』

 ここに居る皆が、この声を聞いている様で、慌てて辺りを見回す中。

『やれやれ、満足行く闘争の末、討ち滅ぼされ龍眼となって四百と五十年余り。奇しくもガンドと言う主を得て。この身体にようやく馴染み、微睡みから目覚める事が出来たと思えば、最初に見たものが、慌てふためく小童二人と、よりによって邪法で継ぎ接ぎされた”なれの果て”とはっ!』

 特に、あの大羊がお気に召さないらしく、龍眼は煌々とした紅光を放ち続ける。

 俺もこの声の主に、心辺りが有り。

 ヘムは、小さく手を上げて、

「ん、もしか…して」

 次の動作は、俺の右腕から辺りを見回す龍眼一つ。

『うむ、その通り。ヘム・ネザーランドよ、妾を競売会で落札し。そのまま袋の中に放り込んで放置された時は、どうしたかものかとおもったがな』

「つ、使い…所、が難しく…て、その、ごめん…なさい」

 小さく笑い声が響き。

『名を名乗ろうにも。今は一度滅んだ身故に、ガンド。主が新しき名を付けるまでは”字無し”とでも呼ぶがよかろ』

 全員が、全員顔を見合わし、俺の右腕を、その中の黄色に光る龍眼を見た。


 ●

 

 皆、突然の出来事で。状況が把握出来ていない中、

『では、ガンド。取り敢えず殴りにいくか?』

 気軽に、まるで裏路地に屯するチンピラでも殴りに行くかの様に字無しが言う。

「まて、相棒。俺は、実戦初心者で、こういうのはそこらに居る水滴型軟体生物から始めるもんじゃないのか?」

『その軟体生物が何かは知らんが、男は度胸。最初に数段格上と戦えば、肝も覚悟も据わるというもの』

 妙に納得するような台詞を言うが。

「武器は、無いぞ?さっき、嫌がっただろ?」

『龍は武器など使わぬよ。あるのは己の拳と、強き魂と意志のみよ。その龍が力を行使する術を、実戦を交えながらガンドに教えてやろうというのだ』

 龍ってのは、すでごろ上等かよ。せめて、鉄パイプか木刀持てよ。

 昔のやさぐれ気質に戻りつつも、

「はぁ、これって。この状況って確か」

 左手で顔を覆い、首を軽く振る。そんな中、思い出される言葉は、

 ”異世界チート”。

 幼馴染みで、外道共の中でも比較的マシだった、マシか?最近、二次元から嫁が出てきたと報告があった人物が、大好きだった小説のテーマの一つで。

 異世界に行ったら、努力無しでやりたい放題出来る力を与えられる主人公。

 まんまじゃねぇか、俺は主人公って柄じゃねぇんだけどなぁ。

 その時”字無し”が、俺の考えを読んだのか、

『異世界チート。ガンドの考える事は面白いが、少し違う。既にガンドは代償を支払い済みであろ、言うて判らぬか?記憶を少し読んだが、死に瀕し、両腕を無くし、異邦の地に一人何の保証も無く落とされる代償としては、これでは安い』

 それにと、笑いを含めて、

『この世界は、ガンドの考える以上の事を、軽々としでかす英雄や梟雄。それを、いとも容易く打ち倒す魔物も数多く居る。ガンドは、取り敢えず。この世界で”生き抜けるかも知れぬ力”を得ただけと心得よ』

 出来る事は、多い方がいいだろう?と、付け加え。

『さ、惚けている暇は無いぞ』

 言葉で俺の肩を押す。

 この”字無し”。女性の様で、妙に男らしいと言うか、今なら、姉さんっ!中学時代なら姉御っ!と呼んでしまうかも知れない。

 

 ●

 ジャーと、ゴブリさんお二人が、”字無し”に呆気を取られていたのも束の間。

 南の空に向かって、先程と同じ規模の咆吼が再び炸裂する。

 その叫びを聞いて、二人は我を取り戻し。

 特にゴブリさんは、極めて冷静を装いながらも、

「今は、字無し様で宜しいですかな、我が種族としては名乗りを上げさせて頂きたい物ですが、時間がありませぬご容赦を」

 何故か声が上擦っており、

『構わぬ、嘗て我らと共に歩み。悪神の誘惑を撥ね除けた強き子らの末裔よ』

 字無しは、悠々とした声色で返している。

 この龍と、ホブ・ゴブリンの関係も気にはなるのだが。

 まずは”字無し”と、ゴブリさんが、あの大羊を確実に討つ為の作戦を組むのに三分欲しいと言ってきたので、未だ暴れ回る大羊を残る三人で監視しつつ、

「ヘム。顔にやけてるぞ?」

 口元に笑みを浮かべたヘムの横顔を見れば、

「ん、<工芸神>の信奉者と…して、今、本当にね。納得いく物が、出来た、そう…思うと、嬉しくて」

 俺の頭の上から、ジャーは、

「ガンド氏。後ほど”字無し”様と会話したいのですが宜しいですかな?<戦女神>と並ぶ力の象徴である龍と会話したとなれば、兄上達にも自慢出来るのですぞっ!」

「多分、大丈夫だとは思うぞ、だけどなぁ」

 続く言葉を”字無し”が、

『此処を切り抜ければ、いくらでも話してやろうぞ?』

 そう言うとヘムを話したいと、字無し大人気だが。

 ゴブリさんも、苦笑しながら。

「三人とも、作戦と言うには、烏滸がましいがの。基本的には…」

 作戦と言うよりも、力押し。

 あの大羊は、本来生物が持つ。最小限度の構成精神体である<魂>を持たず。他者からその<魂>を直接摂取して自分を動かす為の<魔力>に変換している為。

 ”饕餮の眷属”単体で撃滅すれば、<魂>が霧散して消失するのだが。他に行動が可能な”饕餮の眷属”が存在する場合は、魂ごと腐肉を喰らって取り込むと言う事。

「では、このまま放置すれば、何も捕食出来ず<魔力>を使い切り消失するのではございませんか?」

 ジャーの質問に、字無しが簡潔に答え、

『その前に本体が餌を喰らいに来るであろうよ』

 ゴブリさんは、その補足をする様に、

「あ奴の動きを考えれば、遅くとも明日にはこの辺りまで北上する筈。さすれば、大羊に残された魂を喰らって。最悪、情報が漏れての。食事の邪魔をされたと怒り狂って、大多数の眷属を掻き集めて追ってくるかも知れん」

 それまでに、応援が駆けつけるか、討ってくれれば良いのじゃがと付け加え。

『”饕餮”本体に喰われれば、魂はより長く苦しむ事になり、決して元には戻らぬ。魂は永劫に回帰出来ぬ。<戦女神>の信奉者にして<高潔なる豚人>として許せる物ではあるまい?』

 ジャーは一度拳を握り、次に現れるのは怒りの表情。

「あれは、魂を神の元へ還らぬようにする檻。その中で、永劫に嬲り尽くす邪悪でございますかっ!」

『そう、飴でも舐るかのように魂を溶かし、悲鳴を聞き楽しみながら、時が来れば囓って砕き腹の底、そうなって仕舞えば。判るであろう、妾がアレを邪法の獣を嫌う意味を、だからこそ今、この場の魂は解き放たねばならぬ』

 無言で、先程の竦みとは違う、怒りに震えるジャーに。

「ん、気持ちは…同じ」

 その震える手を握り、ジャーの震えは止まるものの。その顔を見たジャーは、再び震え出す。

「私も…、本気出す…、援護よろしく」

 そう言うと手を離し、完全に目が据わっていて、

「作戦頂戴…、力押し…第八までなら…、撃てるよ」

 ヘムの、言葉の圧力凄まじい物があり、場が冷える。

 この場で一番恐ろしいのは彼女だという事を全員一致で確認し、説明は続けられ。

 そして、俺の初めての異世界での実戦。

 力押しの討伐戦が始まった。

 

 ●

 

 この作戦は力押し、しかし初手が決まれば一気にいける。

 俺は、腕の無い右方向から突撃を開始する。代わりに危険な左方向からは、振り回される左腕を軽快に避けつつ、ゴブリさんが短剣を右手で構え尖塔を蹴り、

「残りの小瓶も大盤振る舞いじゃ」

 小さな瓶を、指の左手の指の間に挟み、腐汁撒き散らす歪な手指目掛けて、投げつける。

 大羊は投げつけられた小瓶を手で受け止めて、さらに地面に叩き付け。

 合計4つ分の爆弾が同時に炸裂し、腕中程までの腐肉が断裂し燃え上がる。

 遠目から、ヘムの口が動き、何か言った様子だけど、爆発音が酷く聞こえない。

 その喉元まで裂け始めた、口からは絶叫が上がり、泡とも汁とも付かぬ液体が漏れ出し、腐敗臭を撒き散らす。

「ガンド、手はず通り任せたぞっ!儂は、肉片の処理に入るっ!」

 ゴブリさんが、飛び退き。

 入れ替わるように、俺が。

 その絶叫と、腕を爆破され、跳ね上げられ無防備な右胸部に、

『まず、制御は妾がする、ガンドが満足するまで拳を振るうが良いぞ?』

 言われるまま、紅光が揺らめく両の拳を交互に叩き付け、羊の体毛と肉が混ざりあった欠片が地に落ちて霧散し。

『龍の拳は、こんな物でないぞ。構えいっ!』

「押忍っ!」

 あの人が、拳を振るう姿をなぞるよう、自然に右拳が突き出され、抉る様に皮膚を突き抜け抉る。

 大羊の身体の中は、金属質の拳を通してもなお昏く冷たく。

 こんな所に、喰われ留め置かれるのならば、

『そう、この様な小汚い檻は、中と外から同時に焼き潰せばよいっ!』

 大きく息を吸い、燃えさかる炎、そして脳裏に浮かぶ力ある言葉を、

「<火龍勁イグニス・ドラコ>っ!」

 叫ぶ。

 掌の先に、火が集まり渦となり、内部を焼き抉り、斜め四十五度の角度で固定し、内蔵を握り掴む。

 大羊の身体が少しだけ浮き、それ以上は持ち上がらず。

「自己強化魔法ってのは!?」

『今の魔力量では、自己強化を使えば、最後の詰めが出来ぬ!』

 自分の魔力量が足りないことに、腹が立ちつつ。

 もう少し、もう少しでっ!

「ガンド氏っ!任せるのですぞっう!!戦人を支える力を貸し与えたまえっ!<筋力増強ストレングス>っ!」

 ジャーの支援魔法によって、仄かに身体が軽くなり。

 そして、身体の奥底から、力が沸き上がる。

「ファイトっ!いっぱーあああああああああああっつ!」

 いける、いける、やれば出来るっ!

 ジリジリと、大羊が持ち上がるものの、その大羊は身体を捻り暴れ始める。

 ゴブリさんは、散らばった、ビクビクと未だ動く肉片に止めを刺しつつ、

「ほっほ、最後の一発じゃ、頼むぞ<風刃>っ!」

 言葉の後、不意に大羊の背後に現れた風霊が大きく身を振り、風の刃を作り射出。

 精霊魔法の刃は、大羊の脊柱部分に沿って割断し不意に動きがとまる。

 その動きを止めた隙は、

「逃すかっ!ぶっとべえええええええっ!!<火龍勁・裂衝旋イグニス・ドラコ・ウェルテクス>っ!!」

 右の手が、腕が重量で肘まで突き刺さる。

 火柱を吹き上げ唸り内部で暴れ回り、内蔵のある部分。腐りきった魂の消化器官を焼き潰す。そして、その勢いが最大に達した時、旋回する焔が大羊の身体全体を打上げる。

 腐汁と腐肉それにこびり付いた脂肪分に着火し燃え上がり、打上げられた巨体は宙を舞う。

 それでも、喉元まで裂けた昏い、昏い体内の奥深くから怨嗟の咆吼が、膨れ上がり。迫り上がってくるのが見える。

 丁度、この大羊が狙うのは、真下の俺。

 俺の遙か背後から聞こえるのは、

「ん、通常詠唱破棄…対象単一収束加速の為、専用刻唱陣に切り替え展開…、完了。続いて、威力最大化、抵抗魔術、打消魔術、耐性排除描き込み完了…、今回は…手加減も無しだ…よっ!」

 ヘムが、一拍おいて紡ぐ力ある言葉は。

 宣言したとおりの、

「第八階梯魔法<吹雪を纏う螺旋槍ベンスティカ>っ!」

 放たれた氷の、いや荒れ狂う吹雪を纏った鋭く螺旋を描いた槍が、大羊の頭蓋を貫通し、内部まで浸透。

 氷の槍が爆発四散し、氷片を撒き散らし、頭蓋を潰され凍らされて出口を失った咆吼は行き場を失い、その威は内部を逆行する。

 未だ再生の終わっていない、下半身から咆吼が突き抜け、その咆吼は天に抜ける。

 それを見ながら、落下してくる俺は大羊本体。ゴブリさんは、落下してくる大羊の左前足の根元から千切れた。いややはりどう見ても人の腕にしか見えない物を避けきれず。

 まずったっ!

 そう考え、咄嗟に腕を交差させて防御の構えを取る。

「戦人に戦いの女神の加護をっ!私めも、本日は奉納理力も大盤振る舞いですぞぉ<庇護の障壁プロテクト・シェード>っ!」

 ジャーの、戦女神の庇護を与える防御膜が、一度だけ、ほんの刹那の間だけ受け止め、弾いて硝子が粉微塵に割れる音を立てて消失する。

 後ろに下がらず、前転して切り抜け、膝立ちのまま、直ぐに大羊の方向を向く。

 まだ、大羊の胴体は宙に浮いたまま。

 ゆっくりと、落下していく。

 時間の流れが、極限状態なのか本当にゆっくりと。

「っ!」

 たった、数分の戦いなのに、緊張感からか口が渇く。

『気を緩めるでないぞ、ガンド』

「言われるまでもねぇよ」

『素のガンドは、口が悪い』

 何処に喉があるのか判らないが、喉を鳴らすように笑い、

『それも童の様で可愛らしいが、ふふ。懐かしい、気分が良い。だからこそ』

 古代語魔法。そのイメージが流れ込んでくる。大きく膨れあがる大地を割り、その割れ目から溢れ出す大火。

『ガンドが使える最高位。これ以上は、魔力量の関係上。流石に現状では厳し。マルグリットの万色水晶にかなり吸い取られてしもうたし』

 そう言ってまた笑う。

 ”字無し”は、今。俺の使える力を、どこまで使えて、どこから使えないのかを教えてくれている。

 ちょっと、甘すぎる過ぎる気もするが。

 だが、ありがたく。

「使わせて貰うさっ!」

 遅く感じた時間は、元通りに流れ。

 地面に両腕を付き、既に”字無し”のお陰でイメージは固まっていて、詠唱の必要も無く。

『<地>の属性を土台に、<火>の属性を掛け合わせ、さすれば』

 イメージ通り、いま其処にある<力ある言葉>。

「第四階梯魔法<地を割りて出でよ大火クラック・オブ・フレイム>っ!」

 地表が、轟音を立てて、大羊を飲み込むように地獄の釜が開く、その割れ目から吹き上がるのは灼熱の大火。

 それに静かに吸い込まれ落ちていく、頭部を潰されもう、絶叫を上げる事の出来ない大羊の胴体は、静かに静かに、大火に飲まれ、そして閉じた。



 戦いが、終わったのかまだなのか、じっと閉じた場所を、気を抜けず見続ける。

『終わったぞ、ガンド。おおい、ガンドっ!聞こえておらぬのかっ!』

 字無しの声が頭に強く響き。

 はっ!

 呼気が漏れる、緊張していたからか、その緊張が抜けて膝から力が抜けて尻餅を付き。

『ようやった。妾も、鼻が高いぞ?』

「鼻って何処だよ?」

 龍眼だけの字無しに鼻なんて無いのだが。

『何処と言われても、はっはっは。この状況で冗談が言えるなど、本当に肝が据わっておるな』

「はは、空元気だ」

 ぶっちゃけると、ゴブリさん。ヘムや、ジャーの魔法の援護に。相棒が居なきゃ。

「あぶねぇ、何度か死んでるな俺」

『しかし、死んではおらぬな』

 字無しの笑い声を聞きながら、そのまま地面に倒れ込む。

「あー、疲れた」

 空が見え、腐れた空気を吹き飛ばすかの様に、強い風が吹く。

 暫く黙って空を見上げていれば、眼の端に踊るように、空高く舞上る光りが見えて。

 足音が、3つ。

 その内の一つ。軽い足音が寝そべった俺の丁度真上で止まり、しゃがみ込んみ俺の顔を覗く、ヘムの笑顔が見えて。

「ヘム?」

 ヘムもそのまま座り込み、

「ん、ガンド。頭…、上げて?」

 言われるまま、頭を少し上げ、

「よい…しょっと、頭…下げて?」

 頭の後ろの柔らかな布地。その裏には少し暖かみを持つ。

「お疲れ…様。字…無しも、ありがと」

『なに妾は、少し後押ししただけ、実は<龍語魔法ドラゴ・ロクイー>と、<古代語魔法>のイメージを練り込む補助のみぞ?』

「へ、動きは、字無しが補助してくれてたんじゃ?」

 支えてくれてるから、動けたんじゃないのか?

『ほっとんど基本動作だけで、あれだけ動けたのだぞ、ガンド。今は誇れよ?』

「確かに、正拳突きの時は自然に身体が動いたけどなぁ…、見取り稽古なんて漫画みたいな才能ねぇぞ?」

 あの人が事故に遭う前日まで、練習に付き合ってたけどな。

 しかしまぁ、それで身体が動いて戦えた。

 今は、そう思う事。それで良いか。

 しっかし、ヘムの膝。いやこの部分だから太腿に当るのか、痩せすぎず程よく、ん。

 ふと、字無しと重要そうな、そうでなさそうな話していて。

 あっれー、この美味しいシチュエーションは、いやその前に、

「あの、ヘムさん。これって…」

「ん、膝枕。知ら…ない?」

 ヘムの右手が頭に乗せられて、優しく撫で。左手は肩に。

 これは流石に、

「恥ずかしいって、ヘムっ!」

 起き上がろうとするが、身体に力が入らず、

『根本的に、魔力切れじゃなガンド。暫く横になれば、ここは地の力が強いから相性は良い。少しはマシになろうぞ』

 それを聞き。

 はぁ、と息を吐き。ヘムに深く身を任せる。

 それを凝視し、無言で一時的に石化していた、

「膝枕&頭ナデナデですとおおおおおおおおおおっ!」

 俺と、特に元から疲労蓄積の激しかったゴブリさんに支援魔法を掛け続けていた割りには元気な、ヘムが絡むと途端に駄目になる<高潔な豚人>は、その場で膝を折り。

 地面を幾度もを叩きながら、

「う、羨ましいですぞおおおおおおおっ!」

 咽び泣き始める。

「ジャーは、ちょっちヘム断ちじゃの。ガンド、よう、ようやってくれた」

「ゴブリ殿、それは勘弁して下されっ!」

 ゴブリさんは、ジャーを更に絶望の底に叩き込み。

 俺の両腕を感慨深く眺めて、

「字無し様、力添え有り難く」

 深く、深く頭を下げ。

『妾は、ほとんど何もしとらんよ。寧ろ、そちらが互いに援護し合ったからこその…』

 ゴブリさんと、字無し。いや龍との関係も。

 …色々知りたいことが増えすぎて、まったく世界は広いな…、異世界だが。

『礼を言われるのは寧ろ…、ガンドもヘムも戯れもそこそこに。そこな…、駄目じゃ凹みきって聞こえとらぬな、ゴブリも周りを大きく見渡して見よ』

 字無しに促され、周囲を、空を見渡せば。同時にヘムも空を見上げて、

「天高き場所に昇る魂じゃな」

『そう、解放された命が、魂が礼を言いながら、次に還る場所に向こうておるぞ?』

 俺や、ヘムの身体に。淡い光の球が、軽く触れ、光りを零してから、踊るようにして天へ。

 凹んでいるジャーや、見上げるゴブリさんにも、同様で。

「よかっ…た」

 ヘムが俺の頭を撫でていた手を離し。そっと手を伸ばせば、幾つかの光りが絡みつく様に、手首から指先までをするりと抜ける。

「この魂は、何処に行くんだ?」

 ふとした疑問。

『難しい質問だの、妾も死んではおらぬから何処に行くかは知らぬ』

「そっか」

 字無しの答えにならない答えを聞き、だんだんと空高く上がっていく光りの球が重なり、輪となるのを見上げ。

 小さな光球と、大きな光球が。親子…だろうか。俺の顔の上を旋回し、礼を言っているようにも見え、

「ちゃんと、逝くんだぞ、二人とも」

 二つの光球は、空へ向かい。

 ゴブリさんも、身体を反る様にして空を見上げながら、

「ほっほ、行く先は神のみぞ知るじゃからのぉ。生まれ変わるならば、風の精霊のご加護があるようにじゃの」

 そう言うと、座り込み。

「見送ったら、街道に出るぞ?出来たばかりの轍があるなら、それを追い。なければエルベ村へじゃ」

 言えば、再び空を見上げ。

 俺とヘムは、その言葉に従い、同じく空を見上げて空高く広がり始めた輪を見届ける。


 ●

 

 俺達が、街道に出る前にある二つの事に気がつき、脚を止める。

 一つは、問題だが、大して。いや、精神衛生面では重要だけども。

「まずは、街道に出る前に気付いて、ちょち良かったと言うかのぉ」

 右手で鼻を摘まみながら、左手を左右に振りながら言うゴブリさんが、俺達に指摘したのは。

 一つは、全員の衣服の臭い。

「戦ってる時は緊張とかで気にならなかったけど、なんか刺激臭というか、酸っぱ臭いな」

 魚の腐った臭いと言うか、例の缶詰を密室で爆破した臭いと言うか。

 冷静にローブの袖口に鼻を近づけて、臭いを嗅ぎ取り、

「ん、火山地帯から…採取される黄色い石と、錬金術で使う…木酢液を混ぜた、帝都の安酒場の朝と似た臭い?」

 他にも、何か混ざってるかもと、俺の服の臭いも嗅ぐヘム。

「じゃのぉ、二日酔いで前後不覚に陥って店の前で撒き散らしてる臭いじゃが」

 …確かに吐瀉物に似た臭いもするが。

 そうだ、旧地区のジャンクヤード街もこんな臭い、あっちはもっとケミカルだったな。

 大羊の、肉片も腐汁も<魔力>だったらしく、捕らわれていた様々な生物の<魂>で形成されていた為に、維持が出来なくなり綺麗さっぱり消え去った…はずだったのだけども。

 周囲に漂っていた臭いも、風に洗い流された事で。

 衣服に臭いが染み、いやそんな生半可なもので無く”こびり付く”が正しいような、表現するならそれに近い。

 その臭いに、俺もだが。

「これは、ちょち。村の衆と合流しても、儂等隔離…、じゃなぁ」

 げんなりしながら、服の臭いを嗅ぐゴブリさんと、

「確かにですぞ、流石に蛮族吃驚の<薄暗がりの悪神>の信奉者ばりの臭いは。ヘムお嬢さんだけでも、どうにかしてあげませんと…しかし」

 元々龍の牙と言われた尖塔の残骸辺りを見る。

 ジャーが、気にするのは、いや全員が気にしているのは、

「周りは、あの一点以外は、綺麗なもんだ」

 龍の牙付近を見れば黒い歪な染みがある。

 もう一つが、ゴブリさんが黒く枯れ変色した草地を見つけた事だ。

 特に、あの龍の牙付近が酷く、何らかの力で汚染されており、下手をすれば大地の腐食が進み徐々に広がる危険性があると言う事。

 風に揺れる一本の青々とした草が、何かの植物の病か、虫に喰われた様に枯れていく。

「大地に染みこみ、腐り蝕む毒。お隣さんの環境汚染みたいな…、いやそれより」

 変色した枯れ草に指で触れようとして、

「触らないほうが、宜しいですぞ?」

 土を摘まみ、指で擦り臭いを嗅いで、顔を背けるジャーは言うには、

「ふーむ、困りましたですぞ。いまいち毒の種類が解らないとなりますと、<戦女神>の加護で、汚染は留め置く事は可能ですが、長くは保ちませぬ」

 放置すれば、次第に広がり。どこまでも、この辺り一帯を枯れさせると言うのが、ジャーの見立て。

 俺の相棒は、その見立てに間違いがある事を指摘し、

『毒と言うより、呪いの残滓じゃぞ?忌々しい』

 呪い。

 字無しが、幾度となく口にする”邪法の獣”の核となる物が”それ”なのだと言う。

「そういや、あの大羊を、”邪法の獣”って言ってるが、アレは一体何なんだ?」

『あれは、外の理。幾多数多の罪無き者。その命を絶え間なく苦しめ、死を泥のように重ね上げて造り上げる。そうやって造り上げられた呪詛を、その身に取り込む事で悪神の同等の力を得た、龍の言葉で<邪悪マレフィクス>が生み出す、眷属。もしくは、落とし子ぞ』

 聞けば聞くほどに、気分が悪い。

 しっかりと生きて、そして満足して死ぬ。それを、途中で奪われ、先程空に還った魂も、同じ事をされて苦しめられて、

「その<邪悪>は、何が…したいんだってんだ?」

『妾が思うに、命を喰らう。それ以外は一切合切考えてはおらぬ。それに邪悪になり果てる者の考える事など、大概にして下らぬよ』

 更に吐き捨てる様に、字無しは、

『この呪詛を消し去るには、本元。つまりゴブリが見た、”饕餮”を討たねば治まるまいよ』

 俺を含めた全員が頷き。

「これは、このまま放置しかないか」

「では、この場を留め置くと言う事で。まかり間違って人が妄りに触れれば悪影響が出かねません」

 ならばと、ジャーは最後の最後。

 残った理力を練り上げ奉納し<戦女神>の力の一つの形を借り受ける。

「<守護法陣プロテクト・サークル>ですぞっ!!」

 呪詛に犯された土地を、ジャーの持つウルクの銀剣と同じ意匠の光を放つ円陣が覆う。

「これで、暫くは持つでしょう…、根本的解決にはなりませんが」

 円陣が生み出す境界線は、枯れた色と、鮮やかな緑を別け隔てていて。

 その境界を見ていたヘムは、

「ん、根本的…解決には。とう…てつ?の、討伐…が必須だね、どうするの?」

「ほっほ、それはもう”団長”頼んじょるでな。儂等は…、まず臭いじゃな、流石にきっちぃわい」

 団長って誰だろうか、倒してくれるなら万々歳。

 しっかし、そうなると問題が一周して戻ってきた感じもあるけれど、なぁ。

「村に戻って、水浴びと洗濯をしてる暇も無さそうだし」

 多分、饕餮がこの方面に迫ってるだろうから、のんびりしてられないだろうしな。

 諦めて、避難する村人達や帝国兵と合流し、ソテツまでの間我慢と言う事もありうる事態となって、字無しが思い付いたように、

『ふむ、そういえば古代語…、それも生活魔法を使えるならば臭いも汚れも消し去る事が出来るではないかえ?』

 それもそうかと、思ったのだが。

 申し訳無さそうに、手を上げるのは、ヘム。

「ん、生活魔法。第八を、全力で…、魔力ほとんど空…です…」

 ヘムは、全力ぶっぱで空。

「儂、精霊魔法使いじゃし。使えたとしてもじゃ、ヘムと同じですっからかん、秘石も無いしのぉ」

 ゴブリさんは、お手上げ状態で。

「私めに至っては、今完全に空ですぞっ!あと、不寝の番で寝てないのと、戦闘の緊張が抜けたせいで、ヘムお嬢さん、私めにも膝枕…、膝っ!膝蹴りは、ちょっとダメですぞぉ!!」

 ジャーは絞れば大丈夫そうだが、今まさに<守護法陣>の術式で空になってるからなぁ。

「俺に至っては、使い方が判らん」

 全員が全員使えない状態だと判り、身体があれば頭を抱えていそうな声で、

『仕方ない、全員。手を繋いでみよ』

 顔を見合わせて、俺が隣に居るヘムの手をなにげなく取り。ヘムはゴブリさんの手を取り、ゴブリさんは、ジャーの手指を掴み、ジャーは恨めしそうに俺を見てから、渋々俺の手を取った。

「手をつないだぞ?」

『よしよし、六百年ぶりに使う魔法だから失敗しても、ガンドの魔力がガリッと削れるだけじゃ…、まぁ、暫くすれば戻るからよかろ?』

「……へ?待て。ちょっと字無し、削れるってっ!!」

『ふはっ!待たぬは、龍語魔法は本来二つから、四つの力ある言葉を組み合わせて使う物っ!ガンドは初心者ゆえ簡略式として古代語魔法ベースで教えたが、本式はこれぞっ!<清潔プルース>!<洗濯ラワーティオー>!<乾燥シッカ>!三つの龍の力ある言葉よ、その力を示すが良いっ!<浄化の儀式フェブルア>っ!!』

 清く澄んだ水、そう表現するしかない物が、足下から頭の先まで包む様に湧き立ち。

 口から気泡が漏れ、冷たい水が肺の奥まで入り込む。

 溺れると、感じたのも束の間、

「苦し…く無い、ね?」

 ヘムの言葉で、息を吸ってみれば呼吸が出来る。

『すまぬすまぬ、龍は喉奥に固有の器官があるのでな。その感覚で使ってしもたぞ』

 次は、その水が渦を巻き。

 これってドラム式洗濯機っぽいな、向きが違うけれど。水流に身を任せ、全身が洗い清められる感じがするが。

「し、新感覚ですぞーっ!」

 喜んでるのが、

「おも、しろい…ね、ぐる…ぐる?」

 二人居たな、確かにこれは、ぐるぐると渦を巻く水中から外を見るのは新感覚。

 その渦が上空高く吹き飛ばされ、代わりに乾いた風が巻き起こり、風の弾ける音と共に、衣服の水分が飛び散り、霧散する。

「ほっと、乾いとるのぉ。風の精霊魔法とは違った挙動じゃの」

 最後の衣服を一瞬で乾かした風は、風の精霊魔法を扱うゴブリさんの琴線に触れた様子。

 それにしても、肌がさらっさらだな、コレ。

 風呂上がりに汗疹対策で、薄くパフで付ける天花粉に似ている様な、違うような。

 なんにせよ、全身さっぱりとしたところで、自慢げに字無しは、

『龍語魔法は元を辿れば数千年単位の歴史、古代語魔法の一つに含まれる。生活魔法の元となった魔法が数多く存在する。今使った<浄化の儀式フェブルア>は、鱗の裏の洗浄に、体毛の汚れと、狩りで得た食事を喰らった時の血の消臭まで行うものぞ?』

 身体があったら、腰に手を当ててふんぞり返ってる様な調子で話す。

 しかしだなぁ、

「便利なんだが、便利すぎて”ものぐさ”にならねぇか、それ?」

 思わず口にしてみたらだ。

『……』

 押し黙ると言う事は、”そう”だったんだろう。

『ま、まぁ、それは良い。これで臭いも気にせず合流出来ようぞ、ハッ…ハッハ!』

 龍とは言っても、心持った生き物である事は間違いなく。

「早く合流して、休憩したいですぞ…と、眠気が限界ですぞぉ!!」

「じゃの、儂も一晩走り込んで、ちょち眠いでな、先にいっちょうぞ?」

 二人揃って、道無き丘を下り始める。

「はぁ、成り行き任せで、運任せ、更に言えば、ご都合主義も甚だしいが」

 生きてるだけでも、儲けものか。

「ん、ガンド。二人共行った…よ。行こ?」

「了解、ヘム」

 湿った風が、南方向から吹いてくる。

 ヘムは気にせずに前を行くけれど。

「雨でも降るのか?」

 南の空は、暗く雨雲が湧き立ち。俺の脳裏には、事故の記憶を思い出した訳でも無いのに、白い影がちらつく。

「どうも、嫌な感じがするな」

 俺の悪い予感が、当らないと良いんだが。

 いいや、こういうのは当るも八卦当らぬもって奴で…、気にせずに行くか。

「ガンド氏、丘の下、街道に幌馬車と帝国兵の同志が見えまするぞっ!」

 ジャーの大きな声を聞き丘の上から見える、見ればエルベ村から伸びる街道を進むのは幌馬車の列。

 ヘムは立ち止まり、俺が来るのを待ってくれている事だし、

「んじゃ、行きますかっ!」 

 

 ●

 しとしとと雨が降る。

 羊の群れが、拗くれた角を持つ、乱れた牙を持つ羊の群れが、一際大きい巨大羊の周りで、叫びを上げ続け。

 小さなくぐもった声が、雨音に混じり聞こえる。

 …消エタ?ナゼ消エタ?

 ……餌籠消エタ。誰ガ、喰ッタ。眼ガ見エナイ。誰モ居ナイ。勝手ニ食ベタ?

 …マタ食ベナイト。一杯食ベテ、食ベテ、食ベテ。

 ……食ベテ、ソウダ勝手ニ食ベタ、ソイツヲ食ベヨウ。死ニタクナイカラ、一杯タベヨウ。

 …一杯タベテ、殺シテ食ベテ、家族ニ会エル、食ベタラ、仲間ニ、違ウ、王、アレ違ウ、イイヤ、食ベヨウ。

 ……消エタ、キタ。北。北ハ食ベ物、アル。行コウ、食ベヨウ、食ベタラ喜ブ!誰ガ喜ブ?

 …そう、喜ぶのさ我が、偉大なる我が。命を啜りてさぁ行けよ、哀れな眷属共よ。

 ……会わしてやるぞ、家族だろうと、仲間だろうと、王だろうと、我の腹の中でなぁ。

 …くくくくくはあははははああああああああはははははははっ!!

 雨が一際強く降り始め、一際大きな傲慢な笑いが、身もよだつ叫びを引き連れて進んでいく。

 

 ●

 

書き溜め終了っ!次からは、毎週土曜日21時くらいにアップ出来る様に頑張ります。

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