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鬱蒼とした、空の見えぬ湿り気のある森の中で、一つ動く影がある。
それは、小柄な黄金色の癖のある、言うなれば余り手入れのされていな短めの髪の少女が一人。
背中に白樺の樹皮を編んだ籠を背負い、無垢の布地で作られた服や靴が、黒く土にまみれになるのも構わず、丸く削った木製のスコップで一心不乱に木の根元を掘り起こし、ふと動きを止める。
スコップを穴の端に立て掛けて、丁寧に傷つけぬ様に手で掘り出し、
「ん、虫茸…今年は豊作…」
目当てのモノ…彼女が言う”虫茸”。
先端の傘は毒々しい赤紫色細長く、柄はこれもまた赤茶けた色をしている。全体的に細長く貧弱に見える。が、その柄が生えているのは巨大な芋虫の干からびた死骸であり。
「味は、美味しくない…」
そう言って、虫茸に付着した土を払い背の籠に入れる。
「…ん」
ふと、それほど遠くも無く近くも無い場所で、何かが落ちて倒れた音がした。
音のした方向に振り向き、青い瞳で凝視ながら、
「…魔物…かな」
スコップを籠に放り込んで、左の袖口から細身の仕込み短剣を引き抜く。
一昨年くらいから、急に増えた。
特に、王国側から醜く歪んだ目の無い羊とも牛とも取れる奇怪な魔物が流れ込んできている。
最近は、帝国の兵士さんが見回りに来てくれるけれども物騒なので帰ろうか。
そう、思った時、
「…あれ?」
野暮ったい髪の毛を両の手でかき上げて、目を閉じて短いが尖った耳で音を聞く。
『い…ってぇ…』
誰か、いる。
ここは比較的滞在している村にも近い、運悪く村の住人が襲われており、もし魔物が居るなら。
―私は冒険者…人命救助第一…。
そう考えるが早いか、声の聞こえた方向に走り出す。
尊敬する、始まりの冒険者…オーウェル・カティスならどんな状況でも、必ず命を救いに走るはずだから。
●
音のした場所には、自らの血で塗れた青年が仰向けに倒れていた。
一番大きい外傷は、両腕が千切れ飛んでいる。何か大きな魔物に、殴り飛ばされたり、引きずられれば、この様な外傷も負う事になる。
「周りに大型の魔物の移動痕なし…誘われた?」
即座に周囲を警戒。
最近現れる、奇怪な魔物は頭が良い。
他の魔物が襲った様に見せかける事もするらしく、油断は出来ない。
けれど、警戒し続けてもこの…黒い見たことの無い材質の服や帽子。ずたずたに傷付いた鞄の金具は制度の高い加工が施されて事伺わせる…ダメ、私の悪い癖が出た。
まず、観察するんじゃ無く助けないと。
短剣を握っていない左手で、胸ポケットの釦を外し、中にある触媒用の術式を刻んだ小石を指でつまんで取り出し、そのまま足下に落として靴の裏で踏みつける。
地面に確りと埋まったそれを確認し、
「…生成:土人形」
小石を核に地面が持ち上がり、土塊が徐々に人の形を取り、私に一礼。
作り上げられた土人形は、生成者の簡単な命令を聞き、実行に移す事が出来る。
私が、命じるのは、
「…命令:周囲警戒」
そうすると、土人形は命令通り周囲を警戒し始める。
状況は一刻を争う。
短剣を納めながら、近づく。
しかし、この青年は何者だろうか?
両腕が千切れ飛び、体の中にある臓腑は破損しているだろう。
ーこの状態で…なぜ、生きてられる?
即死であろう状況下で、なぜ?
「う、ぁ」
青年が、苦しげな呻き声を上げる。
私は、背負い籠を降ろし。片膝立ちで青年の丁度顔の見える位置に座り、顔を覗き込む。
青年の目。少し灰色に見える、瞳にふと光が宿る。
少し、体を震わせながら、
「こ…こ…、あ。だ…レ…」
意識は浅いがある。
「…冒険者…憲章に則って…君を必ず助け…ます…大丈夫、楽にして…」
青年は、少し目を見開きそして、僅かに首を縦に振る。
そして安心したのか、
「う…ふぅ…」
一呼吸ついてゆっくりと瞼が下がる。
青年の眼が閉じられた事を確認し、急いで腰に吊している小物入れから符の張られた拳大の藍色の結晶を取り出す。
時間停止の術式が封じられた秘石。
普通の時間停止の秘石は一秒間程度時間を止める物で、共通大金貨10枚。4人家族なら悠々自適な生活を数年ほど送れる価値のある品物。
ー皇帝直下の工房で製作された秘石。…その中でも、気まぐれな工房長が全力を注ぎ込んだ一品物。
非常に高価な物だけど、仕方が無い。
「命は…お金…換えられない…から」
自己弁護すると、結晶を青年の胸の上に置いて、符を一気に引き剥がしてから、立ち上がり即座に下がる。
「…巻き込まれたら…大変」
この秘石は、符を剥がせば誰も彼も使える便利な道具だが、効果範囲は指定できず効果は製作者の技量と込めた魔力量に比例する。
もし、この秘石の効果に巻き込まれれば私も…抵抗しても時間を止められ、効果が切れるまで身動きが取れなくなる。
そんな強力な藍色の秘石が砕け散り、青年の青白い光が周囲を覆い、青年の周囲の時間が停止した事を確認して、
「…これで良し」
一息付けて、周りを見渡すも魔物の気配は無く。
土人形も、警報を発してはいない。
素早く、千切れた青年の両腕を確保し…、膝立ちになり、籠から取り出した新品の麻布で丁寧に巻く。
麻布や、服に血が滲むが、気にしない。
そんな事より、青年は生きているだけの状態…生命を司る力が全身から流れ出して枯渇している状態。
神々の奇跡でもなければ、青年の腕は繋がらず、命も長く保たない…と思う。
「術士としては、駄目。けれど、工芸神ダグザの信奉者の技術…なら、大丈夫…造る」
自分の専門分野なら、生命を補完し腕も繋ぐ事が出来る。
さて、何を材料に構成しよう…ダメ。まずは村に運ばないと。
立ち上がりながら、両腕を巻いた麻布を持ち上げ、
「…あ」
手が滲んだ血で滑り、落とす。
「…大丈夫、きっと」
少し冷や汗をかきながら、呟く。
意外にも重い。青年の両腕を持ち上げ…、一瞬戸惑ったが、足下の背負い籠にゆっくりと入れ、背負う。
そして、左袖の短剣を再び引き抜きながら振り返り、
「命令:地に伏した男性をゆっくり持ち上げ…付いてきて」
土人形に命令し、青年を持ち上げさせる。
土人形は、自らの形状を変化させ包み込むように青年の体を持ち上げ、私の後ろを付いてくる。
「時間…勝負」
そう呟き、早足になりながら、警戒は怠らず視線は森の出口の方向。
名前も知らない青年に約束した…、助けると。
そして、安心して身を委ねた…だから、必ず。
工芸神の信奉者にして、錬金術士、冒険者。
そして、
「私…ヘム・ネザーランドの名前に賭けて必ず…助ける」
●
見知らぬ天井。
そういった表現が正しいのだろうか…なにかいつもと違う。
まぁ、良いかと気にせず起き上がろうとした瞬間、
「いってぇええ!!」
全身に激痛が走り抜ける。更に言えば、首から下が動かない。
いやこの感覚は、疲れ果てて動く事を体が拒否している感じというのが正しいか。
どーなってんだ、これは。
既に、俺の脳の処理能力限界を超えた状況が発生している事を、理解し始めるが。
「意味がわからん、本当にどう…なってんの、これは」
ふと、冷静さを失っている俺の頭を冷ますかの如く爽やかに触れる、濃い草の匂いを含んだ風が有り。
穏やかな陽光も、高ぶった気持ちを落ち着かせてくれる。
少しずつ首を動かし、その方向を見れば大きく開け放たれた曇硝子の窓が見え。その向こうには、のどかな西洋風の田園風景が広がっている。
俺の家は、コンクリートジャングル的なウサギ小屋もびっくりな場所で、こんな牧歌的な風景とはほど遠い。
しかし、少しずつ頭ははっきりし始めている。
思い出すことを拒否したい気持ちもある。
俺は。
そうだな、そういえば。
大学の合格発表を見に行った帰りに…友人の一人が読んでるような小説のテンプレートの如く。暴走したトラック事故に巻き込まれて、はね飛ばされたあげく引き摺られて…そうだ、そのまま壁に激突して。
そうそう、挽きつぶされた…はずだ。
擬音で表すなら、そう「ぐちゃぁ…」そんな感じで。
「普通に考えたら、死んでるな俺。ここが、死後の世界ならなんとまぁ、所帯じみた世界だ。田舎暮らし万歳だな」
はは、と乾いた笑いが出る。
しかし、生きている感覚が有る。これは現実だと、思考が警鐘をならしている。
一つ思うことは、
「現実ならなんで、死んでないんだ…あの事故で」
眼を瞑り、考え。
そして、
「そういや…記憶の最後に森の中で…金髪のお嬢さんに…、いやいや、その前に何か…変なのが」
事故の瞬間から、記憶がぐにゃりと火かき棒でかき混ぜられた感覚があり。
窓の外を見ながら、
「わからん」
今、考えても仕方が無い。
さて、どうしようか。
その時、ドアを押し開ける様な木の軋みが聞こえ、
「意識…戻ったん…ですね?」
女性の声、いやもう少し若いか。
ゆっくりと、首を窓とは逆方向に向ければ。
年の頃は見た所、12歳前後。身長は140㎝位の少女が濡れた布の垂れ下がった水桶を持って立っており。
最後の記憶の…金髪の少女がそこに居て、
「君が、助けて。ぐあぁ、痛ぇ」
礼を言おうと、起き上がろうとするが、全身が軋んで悲鳴を上げる。
「あの、その…大丈夫で…すか?」
慌てて、水桶を床に置き、姿勢を低くして顔を覗き込む。
心配して声を掛けてくれる彼女の優しさが身に染みる、幼馴染みの外道共ならギリギリを見極めて煽ってくるはずだからだ。
「ああ、大丈夫。まともに体が起上がらないだけで、ぐあっ。助けてくれて、ありがとう」
「いえ、冒険者としては人命救助は最優先…なので…あのその…私、ヘム。ヘム・ネザーランドと…言います…」
「ヘムさん、本当にありがとう。俺は、巌戸・拳蒔。って、喋るだけで痛えぞ」
ああ、痛いが…生きているだけでも儲けものだ。
「ガンド…ガンドさん、ですね。私…ヘムで…呼び捨てで良いですよ?」
「じゃぁ、俺もガンドで良い」
ヘムは、微笑しながら立ち上がると、
「詳しい説明は、…体調が戻ってから…だから、もう少し眠って下さい…」
頭をヘムに幾度か撫でられて、強張っていた体が弛緩し一気に眠気が来る。
「ヘム…ありがとう、もう少し眠らせて貰う…な、ふわぁ…」
自然に欠伸が出て、徐々に意識が眠りの世界に沈んでいく。
眼を完全に閉じる前に、ヘムの声が聞こえる、
「ガンド…おやすみなさい…」
それを聞いた時、俺の意識は完全に眠りに落ちた。
●
私は、ガンドを寝かしつけた後、自室となっている部屋の寝台で膝を抱えながら、考えている。
…ガンド・ケンジ。
変わった名前。
烏色の短髪で、光の当たり方で灰色にも黒にも見える不思議な瞳。大柄で身長も私より遙かに大きくて、術後に体を拭き清めるのに大変だった。
それ以上に大変だったのは、完全停止した錬金術式台から移動させる時だ。
寝かせるときは、土人形に命令して乗せた…のだけど。
…触媒の数が少し…心許ないので…自力で移動させようとしたけど動かず。
心配して様子を見に来た、ゴブリさんやピグさん達にも手伝ってもらって、ようやく寝台に寝かせることが出来た。
ガンドは全身が痛い、動かないと言っていたけど、全身に生命を司る流れが行き渡っている証拠。
あと、早くても…2日。遅くても4日後には”アレ”が馴染み始め体が賦活し始める…はず。
そうすれば、体調も良くなる。
なんたって、工芸神のお告げを聞き設計図を引いて、現在では手に入らない希少な素材をふんだんにこれでもかと…半分くらい在庫処理だったけど。”アレ”は今まで私の造った中でも最高の一品だと…思う。
ともかく、意識が戻って良かった。本当に良かった。
だけど、勝手に”アレ”を取り付けて良かったのかな…でも、そうしないと確実に死んでいた。
「ガンド…怒らないでくれると…良いな…」
そう…呟くと、急に眠気が来た。
「そういえば…3日ほど、徹夜だった…ふあぁ…少し寝よう…」
体をそのまま倒し、寝台の上に転がって、一息つく。
「うん、楽しかっ…た」
私は眼を閉じて、そのまま意識を眠りに委ねた。
●
朝。
曇硝子の窓から差し込む柔らかい光と、外から室内に入ってくる炊事の匂いに釣られて、空腹の虫が無く。
「くぁあ、寝たなぁ」
痛みやだるさが消え。体がある程度動く様になっていたので、寝台から上半身を起き上がらせる。
周りを見回せば、調度品の類いは無く、普段使わない生活感の無い部屋の様だ。
少し視界がぼんやりするので、左手の指で目頭を押さえ。
目頭にはひんやりとした感覚があり、逆に指先には暖かな感覚。
相反する違和感を覚え、両の手を見て意識が一気に覚醒。
「なっ!」
じっくりと両目を開けて見る両の手指は、赤銅色の金属質な物で覆われているが、
「おいおい、冗談抜きに金属っぽいだろ、これ。なのに…」
恐る恐る寝台の敷布を人差し指で触ると、柔らかな布地。確かに指先の感覚はある。
つまり、この金属っぽい物は指先の皮膚感覚を…伝達する?
そういえば、何か古い神話で、切り落とされた腕の代わりに義手を得て復権する話が…、
「えーと、あれだ。ケルト神話の銀の腕…アガートラムの両腕版じゃねぇか…」
事故の記憶を思い返せば、最後…腕が取れていた気もする。
「銀の、違うなこれは赤銅の両腕だな…ああ、くそっ!判らん!!」
両の手で、頭を抱えて思考停止。
ー本格的に、定番ファンタジー小説みたいな展開になってきたなぁ…。戻れるのかねぇ…元の場所に。
いや、ここは実は日本の研究施設で事故で混濁している俺の夢…だったら…くそっ!
ひんやりと冷たいこの両手が、ほてった頭と思考を再起動させる。
この冷たさは、明晰夢なんてものじゃ無いな。
現実。
その自分の中ある一言が、重く感じる。
ヘム…、あの少女が説明すると言っていたのだから、下手に状況を考えるのは止め。
まずは、自分の体がどうなっているのか把握する為、行動に移す。
「この腕…どこまで人の物に模してるんだろうか」
右腕を肩より上に振り上げてみれば、鎖骨や肩甲骨が連動して動き、下ろして前腕を捻り内側を見える様にすれば連動して手首が返る。
手指を握ったり、逆に開いたりしても滑らかに動く。
普段通り使えそうな、重さも感じない程馴染んだ感覚がある。
ー義手か、これ?
あまりにも、突っかかりや、違和感がなさ過ぎる。
一通り動かした後、
「どこからどこまでが、金属で繋がってるんだ」
この金属質な腕がどこまで続いているかを確認する為、左手指を右腕に沿わせゆっくりと背中の方まで触れていく。
首筋の僧帽筋からは鎖骨までは、暖かな皮膚の感覚があり。
「丁度、背中に回り込む様に肩甲骨辺りまで…金属質か。そうだもんなぁ…腕取れてたはずだもんなぁ…」
自分の感覚では、一昨日の…事故。
俺は、考えていた以上に深刻な状態だったと、潰れたはずの腹回りを確認すべく、足下の荒い繊維の掛け布団をめくり。
「ぐあ、全裸。いや、腹には包帯か…なんだ、脚は生身か安心した」
寝台の上で胡座を組み脚を摩りながら、視線を胸部から腹部まで視線を落とす。
「綺麗なもんだな…」
どう考えても肋骨や内蔵が可愛く表現しても「めちゃぁ」となっていたはずなのに、だ。
腹に触れれば、包帯が巻かれ、他の部分にも一部擦過痕による瘡蓋があるが、骨や内臓が痛む様なことが一切無い。
「さて、腹減ったなぁ…服は…無いか」
周りを見回して、寝台から起き上がり、ふと脳裏に事故の…ヘムに助けられる前の何かを、白い…、
「っ!」
思い出すことを拒否するかの如く、全身に鳥肌が立ち寒気を感じる。
―今のは、何だ!
倒れ込みそうになり、倒れぬよう足裏に力が入る。そして床板が軋み、耳障りな音を鳴らす。
額から汗が、一筋垂れる。
呼吸も荒く、幾度か深呼吸して落ち着かせ。
「わからんなぁ、何がどう…なってる」
その時、
「ガンド…目…覚めた?」
扉の向こうからヘムの声がして、ドアノブが回りゆっくりと木が軋みながら押し開けられ…。
「ちょ、待ってくれヘム、俺、裸!裸だから!少し待って!!」
慌てて、ヘムを制止。
顔が覗かせられる程の隙間が開けられ、少しヘムの顔が見える。
「ん、判った」
ヘムが、そう言うとしゃがみ込み。
「ガンド…これ」
きっちりと折り畳まれた、これぞ無垢の布の服と言った物が差し入れられる。
同時に、肉か何かが焼けた匂いも入ってきて、また腹の虫が鳴き、
「服、持ってきた…から。着替えたら、来て。ゴブリさんが朝ご飯…おいしい…うん」
そう言うと立ち上がり、扉を閉めて、足音が向こう側へ消えていく。
その代わり、ヘムと誰かの話声が聞こえる。
俺が起きたことを、報告しているようだ。
「さて、確かに腹が減ったし…色々聞かないとな」
扉の前の置かれた服を拾い上げ、広げると。間に挟まっていたズボンと、薄い布の下着が転げ落ちそうになり慌てて掴む。
きちんと寝台において一つずつ広げてみれば、
「スモックの大きい版に、下着は布地の薄い腰紐付きブリーフ?ズボンも、少し大きいが…これも腰紐で縛って調整するのか」
中世の衣服に近い物が有ったはずだが、まぁ良い。
素早く下着とズボンを履き、被るようにスモックを着込み腕を通せば、着心地は悪くは無い。
そして、俺は、扉を開けて話し声のする方へ向かった。
●
「おう、ガンドと言ったの?聞いとるよ…っと」
台所らしき所、というのは最低限の道具しか無いと言う意味で。
その場所に、入った俺に振り向きながら声を掛けたのは、フライパンを使い豚の塩付け肉の燻製。つまりベーコンと、鶏の卵の内容物らしき物を焜炉で焼く、ヘムより小柄な皺くちゃでギョロりとした目が特徴の小人だった。
焜炉に背が届かないのか、脚立の様な物で底上げしているのが見える。
その姿を、驚きを持って立ち止まり見ていると、
「儂は、ゴブリ。そろそろベーコンと卵が焼けるからの、座ってちょいまっちょれよ。スプーンやフォークは目の前に有るから適当にとっちょくれ?」
その言葉に促され、空いているヘムの真正面に座り。木製スプーンや、先端に金属が薄く巻かれたフォークを一つずつ取り、手元に置きながら彼女を見れば。
ヘムは、既にテーブルにの上に乗せられた、黒パンやベーコンに目玉焼きを一心不乱に頬張り。時折、色味の薄い野菜スープを木製のスプーンで掬い飲んでいる。
時折、正面の俺を見て喋ろうとするが、
「こりゃ、ヘム嬢ちゃん。行儀が悪いぞ、行儀が。口の中の物を飲み込んでから喋るんじゃよ、ほんに昔から変わらんなぁ」
ゴブリと言う小人は、孫にでも言うような口ぶりだ。
そのゴブリが、鍋から野菜スープをお玉のような物で掬い木の皿に入れ、ひょこひょこと歩いて、俺の横まで来て。
「背が届かんでな、ちょち受け取ってくれんかの」
ゴブリが、頭の上まで木の皿を持ち上げ、俺が受け取り、
「ほれ、ガンド。まず、野菜スープをゆっくり飲むんじゃよ?流石に都合7日間も寝ていれば、胃もよわっちょるからの?」
「な、七日っ!」
驚いてスープを零しそうになるが、なんとか零さずにテーブルに置く。
目に前の、黒パンを咀嚼し嚥下し終えたヘムが、
「ん、ガンドを…助けて、今日で七日目…自己紹介とか、腕とか後で説明…まだ、お腹空いてる…」
再び黒パンを手に取り、口に運び始めるヘム。
ゴブリが、焜炉の方に戻り脚立に脚を乗せながら、
「ヘム嬢ちゃんも、さっき起きた所じゃでな。この嬢ちゃん、燃費が悪すぎるんじゃよなぁ…。ガンドも少し食べて気分を落ち着かせた方がいいじゃろ」
言葉に甘えて、手を合わし、
「そうだな、ゴブリさん。頂きます」
受け取った野菜スープをスプーンで掬い、一口。
「美味い」
野菜の優しい甘みと、丹念に灰汁を取った鶏ガラのスープが空っぽの胃に熱を与える。
二口、三口と止まらず、遂には飲み干し。
「ふぅ、ゴブリさん。この野菜スープ本当に美味いです!」
「ほう、そかそか。コカトリスが村の街道に出たんでな。んで、旅人とか帝国兵とか、襲って調子乗って暴れてたでなぁ。ちょいと掻っ捌いて、骨は一昼夜炊いてスープにしてみたんじゃ。肉は昨日焼いて食ったんじゃが…それも美味いんじゃよ?」
ゴブリさんが、焼けた卵とベーコンを皿にのせてやって来た。
皿を受け取りながら、
「ええと、コカ?」
ーこ…コカ?コケコッコーか?聞いたこと有るような、無いような。
「コカトリス…鶏の胴体に蛇の尾…暴れ回ると大変。石に…されて…砕かれた後、食べられる」
ヘムが説明してくれるが、西洋の怪物にそんなのが居た気がする。
「まぁ、滅多に出ないからのぉ…一定以上の腕のある冒険者なら、臨時ボーナスの食材扱いじゃな」
「昨日、お肉食べた…美味しかった…また、お願い」
コカトリスって、VRMMOやゲームブックとかでも、結構強敵じゃ無かったかなどと、食事の手を止めてゴブリさんを見る、何者だこの人?
俺の視線に気がついたのか、ほっほと笑いながら、ゴブリがよじ登るように席に着き、
「卵は、この村の鶏生んだ朝取りでな、滋養に良い。ベーコンも、最近潰した豚から儂が作ったもんでな、ちょち良い出来じゃろ?」
つまりは、食べてからと言うことだろう。
それでは、甘えて食事を再開。
まずは目玉焼きを一口。確かに卵の黄身を食べると濃厚な味。続いてベーコンも、端が少し焦げてはいるが、香ばしく脂身の部分が甘く感じる。
皿に残った黄身を、テーブルの上にあったスライスした黒パンで拭い食べる。堅く少し苦手な酸味だが、咀嚼していると甘みが出て不思議な味がする。
スープをヘムと一緒に、何度かおかわりして、鍋を完全に空に。その間、ゴブリは俺の顔を目を細めて笑っているような表情を作っている。
暫く食べ続け、ようやく腹の虫も収まり頭も確りと動き始る。
テーブル上の黒パンも全て腹に収めて、人心地付き。
「ふぅ、ごちそうさま。」
手を合わせ一言。
「ほっほ、お粗末様じゃな。それにしても…珍しいの、古き生命神の信奉者の食前食後に似た儀式とは」
ゴブリさんは、枯れ木のような腕を組みながら言うには。
ここから遙か西方。その先にある果ての大地に住む人々が行う儀式に似ていると言う、実際は祈りの言葉を捧げる為、俺の儀式に比べればかなり長いとの事だが。
なにか既視感を覚える儀式だが、どこかで聞いたか?
ー天にまします我らの父よ…だっけか。
ああ、そうか。高校で十字教系の同級生が行っていた、主への感謝の儀式だ。
確か其れに近いイメージもあるのだが。
だけど俺は、
「うーん、日常的にやってただけで、手を合わすのは仏教由来か?実家の経歴的に…ウチは神道のはずだしなぁ」
「シン…トー?不思議…響き…」
「ああ、それはだな…」
ヘムに、神道には八百万の神が居ると説明し驚かれたり、ゴブリさんを手伝って流しに食器を持っていたりと、食後の、のんびりとした時間が過ぎていく。
●
テーブルの上からは食器類全てが片付けられ、ヘムが正面に座ってはいるが、すこし緊張気味で。
ゴブリさんは、俺達に背を向けながら焜炉前の脚立に立ち、小鍋に細長い茸に様な物を直接投入して煮出している。
「儂は、茸茶を入れるでな。ちょっち、ヘム。先に自己紹介しちょると良い」
横目で見れば、ゴブリさんは顔を顰めて「まっずいのぉ」と、味見をしながら呟くのが聞こえる。
まずいのか…、ならなぜ淹れるんだ、ゴブリさん。
そんな事を思っていると。
正面に座るヘムが、顔を赤らめながら、
「ん…まず、私から…」
そう言うと、胸元から紐を通した<天秤に太陽と月>が細やかに彫りこまれた手の平より少し小さい記章を取り出し、
「…ラーダ・ク・ウェル帝国冒険者協会所属…ヘム・ネザーランド…です…改めて、よろしく…です」
ヘムは、一旦逡巡したよう見えたが、立ち上がりテーブルを挟んで、身を乗り出すようにして右手を差し出す。
俺は、応えるように立ち上がり、
「俺は、巌戸・拳蒔。ヘム・ネザーランドさん、命の危うい所を助けて貰って有り難うございました」
俺の赤銅色の手より、一回り小さな手の平を確りと握る。
手には、ちゃんとヘムの体温を感じる。
ああ、生きてるなぁと感じるのは、人と人の交わりがはっきりと感じられるからだろうか?
ヘムの顔をしっかりと見つめながら、
「ヘム、有り難う。ヘムがあの時助けてくれなかったら、死んでた。だから、助けてくれて、救ってくれてありがとう」
「ガンド…約束…したから。助けられて…良かった…けど…」
お互い手を離し、俺が座ろうとした時。
立ったままのヘムが急に泣き出しそうな顔になり、俯いて、
「両腕…勝手に、造って付けて。私…私…でも、そう…しないと…ガンド…死ぬかも…だから」
ヘムは、俺の両腕を勝手に、赤銅色の謎の義腕に換えてしまった事を言ってるのだろう。
この義腕凄い出来だよなぁ…、大学でこの関連の技術を学ぶつもりだったんだがなぁ…。
あの事故で、死んでたらこんな事を考えることも無く。
そして、事故の記憶、思い出したくも無いが…。あの状況から、事故から七日目(?)で今まで通り違和感無く使える両腕を造って…え。
「ヘムが、この腕…造ったのか!?」
俺は、驚き。
次に来る感情は、尊敬と感嘆。
俺の学ぼうとした、自動人形構造学の一つ。自動人形の四肢部品を使用した、病気や事故による欠損を補うための義肢作り!
その義肢が、完成形になり得るかもしれない物の一つが、目の前に。俺の両腕に、今ここにある!
そんな感情が籠もった俺の言葉に、
「あ…その」
ヘムが、少し肩を震わせ、ますます俯き…涙声になる。
それでも、意を決したのか俺を見ながら、
「ん…そう。ガンド…怒って…る、え?」
今度は俺が身を乗り出し、差し出した右手で握手を求めているのを見て、ヘムは驚き。
「何…で?」
「ヘム、君は俺を救うために勝手に両腕を取り付けた事を、俺に対して悪いと思ってる」
真剣な目で見つめ、
「だけど、俺は。この腕を取り付けなければ、確実に死んでいたんだろ?」
ヘムは、辿々しく涙声で詰まりながらも、
「腕に…、体を賦活させて、命を補強する材料…枯渇した生命の流れ取り戻す…しないと、時間なかった」
「なら、感謝こそすれ。怒るなんてもってのほかだろ?」
だからこその、
「ありがとう」
ヘムは、少し震えながらも両手で俺の右手を包み込むようにして握る。
「うん、…どう…いたしまして」
ヘムの表情から泣き顔から、少しずつ笑顔に変わる。
暫くしてヘムが手を離し、
「でも、ガンド…その腕…良いの?」
「そうだな、俺も欠損した四肢を補助する技術を学ぼうとしてたからなぁ。完成形に近い物を、この身で実践できる機会が来るとは…これは、運が良いのか悪いのか…良い方に取るさ」
身を乗り出しながら、左手はテーブルに。身を支えつつ、右手でヘムの頭を撫でる。
ワシワシを撫でていると、髪の隙間から短いが尖った耳が見えるが、
「ガンドも、錬金じゅ…」
と、ヘムが言いかけて。俺の頭を撫でている右手を押さえて制止。
顔を真っ赤にしながら、
「あのその…私、頭撫でられるの…恥ずかしい…よ。もう、27歳…だから」
そうだよなぁ、27歳ともなると頭を撫でられるのは恥ずかしいよなぁ。
ん、何か聞き違えたか?
27さ…い?
「えっと、ヘム…27歳?」
「ん、そう…だよ?」
俺が合格発表が三月初旬。現役合格の大学一年生(見込み)で、四月二日生まれで…まぁ、事故に合ってから7日立ってるとしてだ。
どう頑張っても、19歳。
「と、年上っ!8歳ほど年上っ!!」
驚きである。
目の前の、ネムの身長は目算で約140㎝前後。日本人の身長の標準偏差に当てはめると…、
「てっきり10歳から、12歳くらいかと…」
ネムは上目使いで、
「私…、ドワーフとエルフの…混血児…成長遅いけど…」
俺の右手を押さえる手の力が強くなる。
この腕良く出来てるな、圧力感知まで完備か…しかし、何か命の危険を感じるんだが。
ヘムは、とてもイイ笑顔になり、
「ガンド…話し合い、しよっ…か?」
●
「ほっほ、話し合いは終わったかの?」
ゴブリさんが、お茶を煮出し、それを漉してテーブルに置いたのは話し合いが始まって数分。
その間、また涙目になったヘムに注意と言うか何というか、身長がなぜ伸びないのか、成長が遅いのかを愚痴混じりに聞かされ続けたのだが。
要約すれば、大地の民ドワーフの身長平均は大体150㎝程度。しかし、森の民かつ長命なエルフの血が混ざっている為に、エルフとしては早いが、ドワーフとして成長が非常に遅いとの事で、
「愚痴…言って、すっき…りした」
らしい。
ゴブリさんが、椅子によじ登り、
「まぁ、二人が仲良くなって良かったの。茸茶は、まずくて苦いが魔力や疲労回復に良いと言われちょる」
笑いながら、茶啜り「やっぱり、まずいのぉ」と言う。
とりあえず、俺も一口飲むが。
「うわぁ…、口の中に広がる苦みと金属片噛んだ様な味が同時に…」
本当にまずい。
「やっぱり…美味しくない」
ヘムも、一口飲んだ後。まさに苦虫を噛み潰した如くの表情で、ゴブリさんの料理は一心不乱に食べていたが、この茸茶は苦手らしい。
ゴブリさんも、腰に吊したヘムと同じ記章を机上に取り出し、
「さて儂は、ゴブリ・ゴブル。ラーダ・ク・ウェル帝国冒険者協会所属のロートル冒険者でな。種族は、ホブ・ゴブリン…と言って判るかの?」
ゴブリンと言えば、ファンタジー小説で雑魚から主役級まで幅広く活躍する名物種族。
確か、気分転換に遊んでいたVRMMOでも<集団戦闘が得意な雑魚モンスター>として採用されていたはずだ。
対応を間違えれば、数の暴力で圧倒されデスペナを貰う…狡猾で卑小卑猥な小鬼。
「正しい認識では、無いかもしれませんが…」
と、俺は知っている知識を失礼の無いように口にする。
ゴブリさんは、俺の知っているゴブリンと言う小鬼よりも遙かに洗練された技術や、知性を持っていると行動の端々から感じるのだが。
ふむ、と一言ゴブリさんが考え込み、
「ガンドよ、ゴブリンとしての部分は当たりじゃよ…が、抜けている部分が多々あるの?」
ヘムが補足するように、
「ガンドが言ったのは…、<卑小な小鬼>と呼ばれる…ゴブリン族。ガンドの…言う通りに、結構凶暴…」
「儂の様な、ホブ・ゴブリン種は数は少なく。ペティ種と元は同じではあるもののなぁ…」
ゴブリさんは、腕を組みながら、
「ある一柱の以外の信仰する事で、様々な多様性を持ったゴブリンを総じて<柔和な小鬼>と呼ぶんじゃよ?」
儂なら、<風霊神>を信仰しちょるしと、指先にに小さな緑の旋風を作る。
その指先を俺は、驚きの表情を持って凝視。
魔法…?
俺の中で、何かが崩れる音がする。
最初に、これがファンタジー小説で、よくあるシュチュエーション(死に掛けたが)だったら自慢になるなぁ…くらい、思っていたが。
本当に、違う世界に来てしまった気が…いや、しかし。この腕の作成技術は魔法か超科学で無いと実現出来ない代物だしなぁ…。
俺が、現実と常識の格差に悩んでいる間に、ゴブリン種の説明は進んでおり。
―よし、悩んだって仕方が無い…既存の常識は一旦投げ捨てよう。
まずは、現状の把握に努めるべきだ。
今はゴブリさんや、ヘムの話を聞こう。
正面を見ればヘムが、鼻を撮みながら、
「ペティ種…見た目…蛮族…真っ青…お風呂、はいら…ない」
「ほっほ、確かにのぉ…<薄暗がりの悪神>を信仰しちょうと、ああもなるわなぁ…っと、ガンドが話について来れんようなっちょる」
おっしゃる通りで、ゴブリさん。
「ほっほ、まぁ…ガンド。ちょち、おんしさんの口から直接聞きたいんじゃが…」
ゴブリさんは、平静そのものだが。
ヘムが、少し挙動不審で、真剣な目で表情で俺を見つめながら、
「ガンド…、記憶とか…あるから、聞くね」
意を決したように、一度口を噤んでから、
「ガンド…、何処から来たの?違う…世界?」
いきなりか。
まぁ、遠回しに聞かれるより遙かにマシ。
これで、記憶喪失だったりした方が、楽だったのかもしれないが…。
茸茶を飲み、苦みで気分を強制的に落ち着ける。
天を仰いで、一息。
「ヘム、ゴブリさん。俺も、もしかしたらとは思っては…いたんだ」
窓の外、明るい陽の日差しに、雲一つ無い青い空。
俺の居た場所は、汚染が進み…仮想現実の世界にしか存在しなかったモノ。
「けど、頭のどこかで。そんな事はあり得ないって思ってた」
腕を摩りながら、考えることは。
俺の居た場所で、この腕の技術が開発されていれば即座にニュースになり、世界各地を駆け巡る。
「全ては、俺が巻き込まれた事故だなぁ…」
事故。
白いモノは、様子を伺い。
白い何かが、脳裏にちらついては消えていく。
白いソレはちらつき、何かを掴み。
―今は、邪魔だっ!
何か消すために、一気に茸茶を呷る。
ヘムは、茸茶を一気に呷る俺を見て、
「ガンド…ダメ…倒れ…ちゃう」
口の中から鼻腔と喉を、苦みと金属臭さが通り抜け、食道に入り胃に抜けても苦み走った茶の味がしつこく残る。
「やっぱ、まずいなぁ…」
ゴブリさんは頷き、
「じゃろうな、茸茶は。お替わりはあるぞ?」
それは、丁重に断り。
ほっほ、と笑いながらゴブリさんは話を続ける、
「儂が気がついたのは、かつて聞いた話と同じでな、既視感を覚えたからじゃよ?」
どういう意味だろう。
「私は、ガンドの着ていた…見たこと無い素材の服や帽子…<工芸神の落とし物>…もしかしたら…と」
ヘムは、俺の持ち物である程度、気が付いていた様子。
俺がある程度落ち着くまで、ヘムはそういう話を切り出すのを待っていてくれたのだろう。
「なるほどなぁ…」
第三者に、客観的視点から「貴方、異世界に来てますよ?」って言われるのは。
結構効くなぁ…。
さて、どうするか。
「ん?」
そこで、ゴブリさんの言葉、ヘムの言葉尻に気が付く。
既視感、もしかしたら…、どういう意味を持つ?
「ゴブリさん、既視感と言いましたよねっ!」
「ほっほ、ゆうたぞ?」
―一つは、確定。ゴブリさんも存外優しい…。
「ヘム…もしかしたら、と言ったね」
「ん、言った…よ」
―何かが、いや可能性はある。俺が最初と言うならば、そんな言葉は使わない。
そう言うことかっ!
「違う世界から、人間が来た事例がいくつかあるって事…なんですね!」
ヘムは無言で頷き。
ゴブリさんは、笑顔で、
「ほっほ、ガンドは強いの…異郷の地に瀕死の身一つで放り出された不安定な精神状態で、答えを導き出すとは、その通り。外の世界から来た<稀人>を総じて<転移者>と呼んじょる」
「てん…いしゃ…?」
<転移者>、それが俺の置かれた現状か。
●
少し休憩と言うことで、革の履物を借りて外へ出てみる。
外は、眠たくなるような暖かさで…。
家の前を流れる小川のせせらぎと、この白い壁の平家のある丘を渡る風と、揺れる草木が長閑な気分にさせてくれる、気分だけな。
ヘムとゴブリさんが居た家の前に設置されている、巨大な丸太を縦に切っただけのベンチにだらりと横たわり、目を瞑る。
「あー、疲れる。理解力が追い付かねぇ…」
<転移者>。
二人とも、この世界に現れるのか。それとも、喚ばれるのか判らないそうで。
絶対に、瀕死状態で現れる…ねぇ。
何らかの意図が見え隠れする事態なんだろうが、
「なんで俺…なんだろうなぁ…」
幼馴染みの外道共なら、どうしたものか。事態打開に向けて、動き出しそうな気もするし…せっかくの幻想世界だ、ハッスルしようぜ!ってめいれいしそうな気もするが。
「俺が出来る事って言えば、せいぜい人助けくらいなもんだぜ、まったく」
漫画の主人公じゃあるまいし。
色々考えていると、ふいに影が出来る。
「ガンド…今、大丈夫?」
目を開けると、そこに白いローブを着たヘムが居て。
「大丈夫だけど…」
「じゃ…座る…ね」
俺のだらけている横に、ちょこんと座る。
そして、
「気持ち、良いね…風」
「だなぁ…、おれの居た場所では、こんなに空は高くなかったし」
空に手を伸ばし、陽光が赤銅色の義手に当たる。
隣の国が起こした汚染問題で、空も灰色だった。
「青いなぁ…」
太陽なんて、ここ数年雲に覆われて…まともに見たことなかったなぁ…と、呟くと。
隣に座っているヘムが、
「そう…、なんだ…。何か、寂しいね…ガンドの世界」
「そうかもなぁ…」
と、相づちを打ってくれる。
ふと、ヘムを見れば、風に揺れるヘムの癖のある金の髪の隙間から、ヘムの顔がはっきりと見える。
蒼い瞳に、褐色の肌。理知的な容姿は、可愛いと言うより美人だよなぁ…。
これで、きちんと化粧や髪を整えたら相当美人で人気がでるんだろうなぁ…って、いやいや何を考えてるんだ俺は。
違うことを考えろ、そういえば一つ二つ気になることがあるから聞いてみるか、
「ヘム、そういえば…家の中にあまり生活感がなかったけど…」
ヘムが俺を見て、一言。
不穏な言葉を口にする。
それは、
「戦争…始まるかも…ラーダ・ク・ウェルの本来の国境都市<ソテツ>まで、村の人…疎開するから、出た人の空き屋借りたの」
それは、疎開するなぁ…巻き込まれたらって、
「せん…そう…、戦争だって!」
「そう、ここは元々バル王国の領土だった場所…今は、暫定的…に、帝国領土だけ…ど」
ヘムは立ち上がり、目の前の草原地帯に向かって、大きく両手を広げる。
「ここから…東にある、巨大な三角州に…バル王国の王都<バルザル>があった。けれど、南から…イゼル王国が小国を併合しながら…侵攻を開始…」
東の方角…だと思われる方向を指さしヘムは続ける、
「丁度一ヶ月前、<バルザル>が陥落…して、救援に向かって…いた北部のラーダ・ク・ウェル帝国軍は間に合わず…三角州を挟んで北側と…南側で膠着状態が続いてる…」
腕を降ろし、
「イゼル王国は、三角州以北の…豊かな穀倉地帯を手に入れる為…ラーダ・ク・ウェル帝国軍と…激突する公算が大きい」
「止められないのか…戦争」
「ラーダ側は、幾度も…停戦の為の特使を送って…最後、特使は首だけになって…帰ってきた」
「宣戦、布告って奴か…」
ヘムは、俺を見ながら悲しそうな顔をする。
そして、
「そう、もう止まらない…止める手段を模索する段階は…過ぎた…冒険者は出来るだけ…人命を助けるのが使命」
ヘムは、正面を向き。村人の残る場所。まだ炊事の煙の出る家々を見つめる。
決意。
そういった表情で見つめている、ヘムは、綺麗だと…いかん吊り橋はいかんぞ俺っ!
ああ、くそっ!
ここまで聞いたら、手伝うしかねぇな、でないと男が廃る。
飛び上がるようにして、起きあがる。
「おおっと!」
勢いを付けすぎて、前に転げ掛けるが、すんでの所でつま先に力を入れて立ち止まる。
見れば地面が、サンダルのつま先の形に凹んでいるが…、今はそれよりも。
「ヘム、何か手伝うことあるか?力仕事くらいなら、手伝えるはずだ」
「力仕事…一杯ある、手伝ってくれる?」
村の中心部を指さし、
「家財の積み込みの、お手伝い…一杯あるよ?」
●
脳内妄想異世界巡りはじめました(冷やし中華風味
プロット無しの行き当たりばったり、脳内でデータは作りながら適当に文章に押し込む状態です。
書き溜め分終了したら3~4日に一回の投稿になりますご容赦を。