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 「わぁ、懐かしい。と言っても私はそんなに長い間居なかったけど、真田君は三年間過ごしたんでしょ?」


 楓が目覚めたのは昼を回った頃だった。楓は自分でも驚くほどリラックスした気持ちで、眠りに就いていたのだ。

 楓はウキウキとした口調で真田に話しかけた。


 「ああ、俺はずっとこの中学だった。あそこ、新しくプールが出来ているな」

 

 「そう言えばプールなんてなかったもんね」


 中学に隣接する丘の上から楓と真田は学校を見下ろした。その丘からは中学の全体が良く見える。


 「残念だったね。今日、日曜だから入れないし、忍び込むわけにも行かないしね」


 楓は少し残念そうに眉を垂らした。


 「屋上で食べたお昼ご飯は美味しかったな。真田君も一緒に食べたの覚えてる?」


 「覚えてる。君はコロッケパンを食べていた。女子がコロッケパンに貪り付いているのが、なかなか見ない光景で忘れられない」


 「そんな事覚えてなくていいよ。真田君はいつもお弁当だったね。ちょっと羨ましかった」


 その頃の楓の家庭は崩壊していた。お弁当なんて夢のまた夢だったのだ。楓は言葉を続けた。


 「私本当は部活がしたかった。柔道部に入りたかったの」


 「その体格で?」


 「笑っちゃうよね。両親からも美術部とか、調理部とか勧められた。でも柔道ってかっこいいじゃない。私も強くなりたかったの。結局、転勤、転勤で部活なんて入った事ないんだけどね。高校に上がる頃には両親は離婚してたし、すぐに二人とも死んでしまったし、それどころじゃなかったしね」


 「大変だったんだな」


 「そうだね。でも何とかなった。看護師の資格も取れたし。この仕事は本当にやりがいがあって充実してたよ」


 ふふっと笑う楓の横顔を真田は見ていた。その横顔は中学の時からあまり変わっていない。真田の良く見慣れた表情だった。


 「真田君、私が働いていた奥見村の篠原医院を訪ねて。それでこの手紙を篠原夫妻に渡して。……もうすぐ陽が沈み始めるね」


 楓はそう言い真田に手紙を渡した。気づけば時間はあっという間に過ぎていた。楓は時間が止まればいいのにと密かに思った。だが楓の望みは叶う事はない。夜になれば楓の渇きは増す一方だ。もうその渇きに楓は自分を制御できる自信がなかった。

 そして楓は今まで居た木の下から飛び出し、遮るものが何もない陽の下に出た。


 「待って! 陽に当たると君は……」


 「そう、ほら見て、少しずつ灼けていく。私の親友はもっと早かった。こんな風に、今私がしているように、陽の下に飛び出したの。そしたら呼び止める間もなく、彼女は灰になって消えた。私は違う。そうなることすら出来ない。ねえ痛いよ、喉も渇いたよ。真田君。助けて」


 灼けた手を楓は真田に差し出した。まだ人間として自我を保てるうちに人間として死ぬ。それが楓の願いだ。


 「やっぱり俺には、出来ない」


 「お願いだよ。貴方にしか頼めない。私は人を襲いたくない。今だって渇きが私を支配しようとしてる。目の前に居る貴方のことだって美味しそうな食事に見えてしまう。……私を殺すと思わないで? 私を人間として生かすために、人間として最期を迎えさせるの。私は吸血鬼もどきとしてなんて死にたくないわ」


 「人として死ぬ……」


 「そうだよ。そうさせてくれないと貴方を恨んじゃうから」


 楓は真田にニコッと笑い掛けた。真田にだけは見られたくなかった。自分が自分でなくなる姿を。


 「最期に貴方に会えてよかったよ。真田君お願い。このままでも私は死ぬわ。苦しみながらね。だから早く。お願い」


 真田は楓を見た。その顔は夕陽に照らされてはっきりとは見えなかった。だが楓は泣いているように真田には見えた。


 「小此木。俺は君があの時話しかけてくれて本当に嬉しかった。君は俺の初恋の人だ。君が居なくなってずっと虚無感を抱えていた。ずっと君の事を考えていた。……そんな君がまた俺の前に現れた。こんな形じゃなければよかったのに。また君は俺の前からいなくなるんだな」


 「真田君……。ありがとう。こんな私の事を好いててくれて。私もあの時貴方と別れるのが辛かった。だから何も言わなかった。……私達両想いだったんだね。それが聞けてすごく嬉しいよ」


 はっきりと見えた楓の顔には涙が流れていた。だが、笑顔も浮かべていた。真田は楓に微笑むと持っていた銃を楓に向けた。


 「ちょっ!! 先輩何してるんですか!? 今すぐソレを放して下さい」


 車で待機していた西山が真田に叫び車から降りた。


 「さよなら小此木」


 「うん、ありがとう、さよなら真田君……」


 静かな丘に似つかわしくない音が鳴り響いた。


 真田は最後に倒れ行く楓の声を聴いた気がした。今でも好きだよ。真田には楓はそう言った様な気がした。真田は心の中で、俺もだ、と答えた。


 ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

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