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「おい! 見つけたぞ! そこを動くな!」
楓の姿を見つけた東堂がそう怒鳴った。そんな東堂をみて楓はゆっくりと動いた。
「あいつを捕まえろ! 殺しても構わない! 簡単には死なないだろうがな」
楓はぐるぐると回転している壁へと追い込まれた。
「――っ!」
「おいおい、お嬢さんいくらあんたが、もどきとして覚醒したとしても、痛みは感じるんだぜ? その壁に巻き込まれたら、あんただってただじゃすまないよ? 下手をすれば体は引きちぎられる。そうなったら半端なく痛いんだぜ? だからこっちにおいで、手荒な真似はしないよ」
楓はキッと東堂を睨んだ。
「何とか言ったらどうなんだ!」
楓はそのまま勢いよく回る壁へと近づいた。
「馬鹿な女だ」
そして楓は壁の回転に自分から巻き込まれた。
「――!? おい、何だそれ! 何故巻き込まれない?! 何故すり抜ける!?」
楓は東堂に馬鹿にしたような笑みを向け、その回転する壁の下へと座り込んだ。
「くそっ! やられた! あいつは偽物だ! 本物を探せ! 近くに居るはずだ」
東堂は今目の前にいる楓が幻覚であると気付いた。あの女そこまで能力を使えるのか? ますます欲しい。研究したい。東堂はそんな思惑に取りつかれた。
「榛名! 女はどこだ?」
「さぁ? こちらには来ていませんけど。僕の耳にも引っかからないです」
ヘッドフォンを耳に当てベッドへ寝ころびながらも榛名は答えた。
「どこへ行った」
東堂は苛立たしげにそうつぶやいた。
「僕ちょっと疲れました。ここは人が多くて耳も頭も痛い。少し外の空気を吸ってきてもいいですか?」
東堂は榛名の能力を理解していた。神経が過敏で聞き取り過ぎてしまう耳。その為いつもはヘッドフォンで耳を塞いでいる。人の多い場所では榛名は生きられない。街中などは榛名にとって地獄である。この男はもうここ以外では生きられないと東堂は思っていた。ある程度の餌を与えておけば、元来気弱な性格の榛名は人を襲う事も出来ない。東堂はそういう点を踏まえて榛名に利用価値があると踏み、「飼って」いるのだ。
「すぐに戻って来い」
「はい。分かりました」
榛名は部屋の外へと出て行った。
幻覚はそう遠くない場所からでしか見せることは出来ない。ならば楓は近くに居るはずだと、東堂は思った。
「おい! 隣の部屋も隅々まで探せ! 早くあの女を見つけるんだ」
東堂は榛名が先ほどまで居たベッドの上へ腰を下ろした。楓の能力は想定外だった。この塔の中では普通の吸血鬼もどき達はその力を発揮することも出来ない。その代りに、人としての理性を取り戻すようになっている。東堂はその理性を取り戻した人間としての状態の吸血鬼もどきを、いたぶり処分することに快楽を得ていた。そのやり方は内部でも多くの批判を買っていた。
東堂が腰掛けるクローゼットの中からドンドンと叩く音がした。近くにいた東堂の部下が不信に思いその扉を開けた。がたっと何かが倒れてきた。
「!! 東堂さん! 榛名です!」
「あ? あいつは今……」
東堂はいち早く事に気づき外へと出た。東堂は下を見渡した。そこには先ほどまで榛名が身に付けていたヘッドフォンや衣服が散らばっていた。
「くそっ……! あの女!!」
部屋へ戻り頭を抱える榛名へ東堂は怒鳴りつけた。
「お前は何をしていた!! いつの間にあの女はお前に接触したんだ?!」
「止めてください! 頭が割れそうだ! 僕の、僕のヘッドフォンは……?」
「くそっ! この役立たずを処分しておけ」
必死に懇願する榛名を東堂は冷たい目で見た。




