帰路
つい先日のセックスを、遠の昔の出来事であるかのように、思い出す。
繰り返される悦楽を、脳裏に刻み付けておいたはずなのに、どこか記憶は遠く。
ああ、頭が痛い。脳内を掻き乱すように、曲がうるさく、だが悲しげに。足は相も変わらず言う事を聞かないで、白い太陽に滴る汗は、虫のように首を這い、ブラウスの中へ流れ行く。
男女が見える。
さながら降る雪、或いは浮く雲のように静かな呼吸を、互いに確かめ合うようにして、同じ風に笑い、同じ風に歩む、恋人達の影が。
だが。
幾度もぶつかり合うように肩を触れ合わせども、道の真ん中、佇む世界を忘れたように互いの唇を重ねども、決して一つになどなれはしない。例え溶けてしまったとしても、一つの個体が別の個体として生まれ変わることは無い。何故なら、人間だから。
目の前、踏切が鳴った。
遮断機が、恋人達の姿を遠ざける。これでいいのだ。どうせ、昇り切って間無しの太陽、白く地を染める光が、視界を遮るのだから。
汗が。此れ以上如何しようも無い程の薄着であるのに、じっとりとした水気が、首元を覆う。
電車の中、携帯電話の液晶越しに、自分と目が合う。鏡を見るだけで、どうして自身の存在を確認出来ようか。じっと眺めていると、そこに映る姿の記憶をも曖昧になるような気がするのに。
ただ、媒介が欲しいのだ。
誰かに必要とされ、誰かを幸せにし、誰かと共に生きる。存在など、そうでもしなければただただ寂れ、干からびるだけなのだから。
だから、繰り返し行われるのだろう。
無意識に募るばかりの心の隙間を埋めようと、ただひたすら、反芻するようにして、刻む。
明日を、明後日を、永遠に、孤独の悪夢から目を背ける為に。何にも、囚われぬように。
――ええ、分かっています。私は貴方とセックスをしました。ええ、言わなくても理解していますよ。私と貴方が恋人同士になれない事など。
身体に纏わり付く熱気を掻き分け、そのまま床へ身を預ける。惨憺たるその姿を嗤う何かに、意識を奪われながら。
曰く、『私は、何をしているのだろう?』
刹那、目を閉じ、耳を塞ぎ、息を殺した。