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優しい世界の壊し方

 大平原を抜けて数日、俺たちの眼前には緑の海が広がっていた。

 エルフの大森林。

 そう呼ばれる森は、確かに大森林の名前通りの広がりを見せている。


「ってか広すぎるだろ」


 まだ俺たちは森には入っていないが、離れている距離でも巨大な森と分かるほどの大きさだ。

 簡単に入って出てこられるような森でない事は、見て取れる。


「都市国家の一つや二つくらいなら入るくらいの大きさらしいわよ」


 簡易な地図を片手に、奏が答えた。


「かつては大陸の東部のほとんどは森だったらしいから、これでもかなり減少しているんでしょうね」

「どこの世界も森林伐採は深刻なんだな」

「それだけの問題じゃないでしょうけど……」


 ともあれ、目的の場所が見えてきた訳で、ここから先は気を引き締める必要がある。


「このまま森に入るのか?」

「しかし目印もなくあんな森に入ったら迷いますよ」


 アムダのもっともな意見に、おっさんも軽く頷く。


「やたらに歩き回るのは控えた方がいいだろう」

「亜人の領地ってあんまり良い思い出がないんだよな」


 思い出すのはコボルト領やオーク領に入った時の事。

 どちらも最初は警戒され、捕まった時もあった。

 さらに言えば、今はエルフとも敵対している俺たちだ。

 勝手に領地に入り込んで無事で済む保証もない。


「ひとまずはエルフの女王に会う必要があるわね。まずは魔神の精神操作を解かないと」

「そんな簡単に解けるもんなのか?」

「少なくとも、オーク王の時は上手くいったじゃない」


 あの時はバールで頭をぶっ叩いた訳だが、まさかエルフの女王にも同じ事をするつもりだろうか。

 奏ならやりかねない、と思ったが口には出さなかった。


「その為にも、まずはエルフと接触するところからよね」

「森を歩いていれば勝手に向こうから仕掛けてくるんじゃないですかね」

「確かにそれも一つの手だな。バシュトラ、ララモラと一緒に先行して森の様子を見てきてくれ」


 俺の言葉にこくりと頷いたバシュトラは、颯爽と竜に跨り大空へと飛び出した。

 空からだと補足しにくいだろうが、これで見つかれば儲けもんだ。


「分かってると思うが今回は話し合いに来た訳だから、エルフを見つけても戦いを仕掛けるんじゃないぞ」

「…………分かってる」

「割と間があった気もするが、頼んだぞ」


 いささか不安が残るが俺たちはバシュトラを見送る。


「とりあえずバシュトラさんが戻ってくるまでは待機ですかね」

「そうだな。もうすぐ日も落ちるだろうし、飯の準備でもするか」

「はぁ……今日も野宿なのね」


 さすがの奏先生も連日の野宿生活は堪えているらしい。

 まあ元々はお嬢様っぽいし仕方ないのかもしれない。


「せめてお風呂には入りたいんだけどね。こっちの世界って浴室文化があんまり発展してないのよね」

「だったらドラム缶でも出して風呂でも焚きゃいいじゃねえか」


 その辺の水浴びで済ませている俺たちからすれば、どうでもいい話だったが、奏にしてみれば死活問題だったのだろう。

 俺の提案とも言えぬ物言いに、奏が食いついた。


「それ、ナイスアイディアじゃない?」

「え、マジか」

「そうよ、別にわざわざこっちの世界の文明に合わせる必要ないのよね。

 郷に入りては郷に従えなんてのは、誇れる文化を持たない人間のセリフよね」

「いろんな人を敵に回した気もする発言だな」

「そういう訳だから、シライさん、アムダ、お願いね」


 満面の笑みで奏が俺たちの肩を叩く。


「は?」

「ドラム缶はあたしの魔術で出すから、あんたたちはそれを設置して温度調節をするのよ」

「んなもん、風呂そのものを魔術で出せばいいじゃねぇか」

「お風呂だけ出してもライフラインが繋がってないとお湯出ないじゃない。

 それに複雑な構造の物は計算が面倒だし、何より疲れるのよ」


 俺たちの労力その他は考慮されていないらしい。

 奏はさっさと魔術でドラム缶を出すと、俺たちに指示を出す。


「ほら、早く設営しないと日が暮れちゃうわよ」

「……諦めましょう」

「しかしだな……おい、おっさんからも言ってやってくれ」


 振り返り、俺はおっさんに助けを求めた。

 無言で腕を組んでいたおっさんはしばらくの後、小さく頷くとぽつりと呟いた。


「……たまには風呂に入りながら酒を飲むのも悪くない」


 おっさんも入りたいらしい。






「これで完成でいいだろ」


 結局小一時間ほどかけて簡易のドラム缶風呂をこしらえる。

 と言っても適当に置いて、水を貯めて、火をおこすだけだ。

 火も水もアムダの魔術で何とかなったので、実質的に作業は外から見えないように目隠しを作る事くらいだった。


「ってか別に要らねえだろ目隠し」

「じゃあ絶対に覗かないって誓える?」

「それは……」


 ちょっとくらいなら見てもいいかな、と思ってたり。

 そんな俺の考えが顔に出ていたのか、奏が蔑んだような目で俺を見ていた。


「最低ね」

「うるせぇ。それくらいの役得があってもいいだろうが」

「別にいいじゃない。あたしとバシュトラが入った後、使ってもいいからさ」

「当たり前だ。これで風呂も使わせてもらえないなら、俺たちは何のために働いたのか……」

「僕の魔術は風呂焚きの為のものじゃないんですけど……」


 そんな事を言い合っている時だった。

 羽ばたきの音がかすかに聞こえ、見上げると翼竜の姿がある。

 バシュトラが戻ってきたらしい。

 ゆっくりと竜が地上に降りてくる。


「バシュトラ、どうだった?」


 問いかけると、顔を出したバシュトラが、いつもの無表情とはまた違った顔をしていた。

 どこか困っているというか、途方に暮れているというか、そんな表情を浮かべている。


「……エルフに会った」

「マジか。戦ってないだろうな。何人くらいいたんだ?」

「二人いた……。一人は辛そうで、もう一人は運んでた」

「どういう事ですかね」


 アムダがこちらに聞いてくるが、俺に聞かれても分からない。

 バシュトラはたどたどしい説明を続けていく。


「話し掛けてみたら……怒られた」

「エルフにか?」


 バシュトラがこくりと頷いた。

 あのコミュ症の代表みたいなバシュトラが、見ず知らずの人に話しかけるようになるとは成長したもんだな、などとどうでもいい事に感動してしまった。


「それでどうしたんだ?」

「連れてきた」

「何を?」

「エルフを」

「どこに?」

「ここ」


 そう言ってバシュトラは竜から降りると、竜の後部座席――と呼ぶのが正しいかは不明だが、そこから荷物を取り出した。

 荷物と思っていたそれは、金色の髪の少女、エルフであった。

 眠っているのか目を閉じてはいるが、頬は紅潮しており、息も荒い。

 思わず俺たちは顔を見合わせた。


「……すまん、事態が呑み込めないんだが」

「奇遇ね、あたしもだわ」

「僕もですね」

「…………」


 俺たちの間に謎の沈黙が広がる。

 意を決してバシュトラに問い掛ける。


「えーっと、バシュトラさんや」

「なに?」

「森の上を飛んでたらエルフを見つけて話し掛けた。ここまでは合ってるな?」

「うん」


 こくりと頷く。そこまでは俺たちにも理解出来た。


「で、話し掛けたら怒られたと」

「……ニンゲンが近寄るなって言われた」

「なるほど」


 やるせないがここまではいい。問題はその後だ。


「だから連れてきた」

「おっとバシュトラさん、そこだ。俺たちが知りたいのはそこなんだよ。

 なんでいきなり連れてくるんだよ。友達を呼ぶにしても前もって連絡するだろフツー。

 いきなり連れてこられたらお構いも出来ないんだからさぁ」

「あんたも大分混乱してるわよ」


 どうやら突然の事に俺も錯乱していたらしい。


「バシュトラ、どうして連れてきたの? これじゃその、誘拐と一緒だわ」

「……辛そうだったから」


 バシュトラはそう言ってエルフの少女を見つめる。

 エルフの年齢は正直よく分からないが、少なくともまだ子供と呼べる年齢だろう。

 傍目にも具合は悪そうで、額には玉のような汗が浮かんでいる。


「つまり彼女が心配だったから連れてきた訳ね。

 エルフは二人って言ってたわよね。もう一人は?」

「……矢を射ってきた」

「なるほど、分かりやすい回答だ」


 つまり奏の言う通り、誘拐という訳だ。

 しかしバシュトラは自身の行いを悪いと思ってはいないらしく、心配そうに少女を見ている。

 まあ、彼女を助けたい一心だったんだろう。

 行為の是非はともかくとして、その感情を咎める事は俺たちには出来ない。


「ひとまずその子をこっちに運んで。アムダ、さっき沸かしたお湯持ってきてくれる?」


 奏の指示に従い、エルフの少女を運ぶ。

 抱きかかえると、羽のように軽い。本当にまだ子供のようだ。

 奏が少女の頬に触れ、何かを調べていく。


「……バシュトラ、連れて来て正解だったわよ。結構重症よ」

「マジか。分かるのか?」

「専門的な医療の訓練を受けた訳じゃないから最低限度の知識しかないけど。

 でもこの症状は知ってるわ。

 あたしの世界じゃマナ風邪って言ってね。ウイルスによって体内のマナバランスが狂って体調を崩すの。

 マナバランスがまだ整ってない子供に多い症状なの」

「風邪なのか」

「風邪と言っても厄介よ。何しろ魔力に反応して重症化するから、治癒魔術では快復せず、余計に悪化するのよ。

 化学療法が確立していない時はこの病気の蔓延で、何十万人の死者が出たという記録も残っているわ」


 そう言うと奏はスマホを取り出して操作していく。


「現在は抗生物質による対処法があるから初期症状の段階で快復するんだけど――」


 奏が薬を魔術で取り出したその瞬間だった。

 突如立ち上がったおっさんが奏の前に立ち、奏に向かって飛来した何かを打ち下ろす。

 それは矢羽根であった。奏を狙い、放たれた矢のようだ。

 おっさんはそのまま奏を守るように立つ。


「妹から離れろ!」


 怒声と共に現れたのは弓を構えたエルフの女戦士であった。


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