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極限事象-5-

 襲い掛かるゴーレムを、俺たちはただひたすら倒し続ける。

 しかし、倒しても倒してもキリがない。


「糞ったれ!」


 俺は手にしたIMIガリルを狙いをそこそこに乱射する。

 ガリルはイスラエル製のアサルトライフルである。AK-47の設計思想をベースに作られており、非常に過酷な環境下でも取り回しが出来る銃でもある。

 また5.56x45mm NATO弾の使用が出来る為、高いファイアパワーを持っている。

 だが、全身が石で出来ているゴーレムには効果が薄い。ライフル弾を浴びせ続けてようやく倒せるレベルだ。


「ちっ、アサルトライフルじゃ無理か」


 こうなってくるともっと火力のある武器が必要だ。

 スナイパーライフルはこの乱戦だと連射が利かない分、火力に劣る。

 となると……


「なら、こいつでどうだ!」


 俺が取り出したのはM60機関銃である。

 これは軽機関銃と呼ばれる分隊支援火器で、高い威力の弾丸を毎分500発も吐き散らす兵器だ。

 俺が使用しているのはM60E3で、M60シリーズの中でも軽量化されており、取り回ししやすいバリエーションとなっている。


「これでも食らいやがれ!」


 わらわらと集まってくるゴーレムたちに、必殺の弾丸を浴びせる。

 勢いよく給弾ベルトが回転し、銃が弾薬を撃ち放す。

 銃身が焼け付くのも構わず、トリガーを引きっぱなしにする。銃口が跳ね上がるのを、無理やり押さえつけ、とにかくひたすら撃つ。

 石の人形たちが次々と粉砕する。だが、倒れた分、また新たなゴーレムが床から現れていく。

 ちっ、キリがねぇ。


「アムダ、そっちの様子はどうだ!」


 俺は背中越しにアムダに声を掛ける。

 アムダもまた、神剣を操り、襲い掛かるゴーレムたちを粉砕していた。


「敵は雑魚ですが、数だけは多いですね。いくら僕たちでもずっと戦い続けられる訳じゃありませんし……」

「そうだな」


 俺には弾薬という問題もあるし、アムダたちだって疲労や魔力といった消耗もある。

 向こうの話を信じるなら、スライム野郎の魔力は無尽蔵で、このゴーレムの数はいくらでも作れるはずだ。


「出口が分かればとっとと逃げ出すんだが……」


 この動力部の部屋はそれなりに広いが、出口らしき扉はどこにもなさそうだ。

 となると出口と呼べるのは俺たちがやってきたあの上の穴しかない。

 見上げても闇が広がるばかりで、何も見えないが。


「アムダなら、ジャンプで上まで行けるのか?」

「風の神剣の力を借りれば行けるかと」

「おっさんは?」

「あそこまで跳ぶのはさすがに無理だろうな。精々半分程度だろう」


 俺は勿論無理である。

 アムダ一人で逃げてもらい助けを呼んできてもらうか?

 しかし奏やバシュトラが来たところで根本的な解決にはならないだろう。


「ちっ、戦略的撤退しかねぇなこりゃ。これ以上はジリ貧だ。

 アムダ、この部屋の壁は破壊出来るか?」

「やってみましょう」


 アムダが神剣を振るい、目の前のゴーレムたちを吹き飛ばす。

 空いた隙間を縫うようにアムダが壁に向かって走り、そして刃を突き出した。

 しかしアムダの放った渾身の突きは、しかしカキンという金属音だけが虚しく響き渡っただけに終わる。


「駄目みたいですね。ここの壁は結界有りです」

「ちっ、壊せる壁と壊せない壁とか、ゲームじゃねぇんだからよ」

「くはは、それは言わないお約束でござるよ、シライ殿」


 遠くからスラ左衛門の憎たらしい笑い声だけが聞こえた。

 姿を隠して俺たちの様子を観察しているようだ。


「となるとやはり上から逃げるしかないって訳か」

「私がシライを上に投げる。それで行けるはずだ」


 おっさんの提案に、しかし俺は首を横に振る。


「駄目だ。それじゃおっさんが残っちまう」

「私なら大丈夫だ。この程度の奴等、相手にはならん」


 そう言いながら、おっさんの大木のような足がゴーレムを破壊する。

 確かにおっさんの能力ならこいつらでは相手にはならないだろうが、しかし体力が無限にある訳ではない。

 体力が尽きた時に数で攻められればおっさんを拘束する事も可能だろう。

 それに何より、仲間を置いて逃げるなんてのが、俺の癪に障る。


「……おっさん、俺に一つ考えがある。乗るか?」


 俺はにやりと笑いながらおっさんの方を見る。

 ゴーレムを片手で吹き飛ばしたおっさんは、俺の笑みを見て、少なくともとんでもない事をするのを理解したらしい。

 少しして、ふっと小さく笑う。


「よかろう。そなたの賭けに乗ろう」

「よし、アムダ。先に行け。ついでにこいつを持っといてくれ」


 俺は懐から先ほど使用した戦術マーカーを取り出してアムダに渡す。

 まだ緑色の光は放っており、十分な目印になるだろう。


「そいつで出口をマーキングしてくれ。方向がずれると厄介だからな」

「何をするつもりか知りませんが、分かりました」


 アムダは風の神剣を取り出すと、自分自身に飛翔の魔術を掛ける。


「風よ、我が翼となりて天空を突け!」


 呪文の発動と同時に、アムダの体が天高く飛び上がる。

 すぐに姿は闇の中に消えたが、先ほど渡した戦術マーカーだけは光り輝いていた。

 緑色のマーカーが揺らめき、そして動きが止まる。

 どうやら無事、出口に届いたらしい。

 その間にも、ゴーレムたちはこちらに押し寄せる。アムダが一人減った分、押し寄せる数が増していた。


「うざってぇ! こいつでも食らいな!」


 ゴーレムを倒して得たポイントを使い、俺はポイントストリークを発動する。


――"Goliath(ゴリアテ)" arrived――


 俺が呼び出したのは第二次世界大戦中、ドイツ軍が使用していた自走爆弾ゴリアテであった。

 要は爆弾にキャタピラを付けて走らせる、というだけのシンプルな兵器だが、単純故にそれなりに性能も高い。

 俺の呼び出した三台のゴリアテは無限軌道を唸らせ、自動的にゴーレムたちの中心部へと走り出す。本来のゴリアテはあくまで遠隔操縦するタイプなのだが、そこはFPS仕様に魔改造されており、自動的に鉄を追尾する魔の兵器と化している。

 突如現れた謎の物体にゴーレムたちは一瞬反応が遅れたが、すぐに敵だと判断し、殺到する。

 ゴーレムがゴリアテを破壊すべく石の腕を振り上げる。


「だが遅いぜ」


 その瞬間、三台のゴリアテたちが一斉に起爆した。

 爆発により、周囲に集まっていたゴーレムたちを一掃する。

 よし、これでしばらく時間は稼げるな。


「おっさん、俺を肩車してくれ!」

「……分かった」


 一瞬戸惑ったようだが、すぐにおっさんは俺を肩の上に乗せる。

 大の大人が二人して肩車をしているってのは、傍目には間抜けに見えるが仕方ねぇ。

 何しろ、今からしようとしてるのは、それ以上に馬鹿げた作戦なんだからよ。


「よっし、おっさん。俺が合図したら跳んでくれ」

「いいだろう」


 おっさんは何も理由を聞かず、だが力強く頷いた。

 俺を信用してくれてるのか、それとも大物なだけか。

 まあどちらにせよ、俺は俺のやるべき事をやるしかない。

 俺はおっさんに乗ったまま、武器を取り出す。

 SMAWロケットランチャー。肩撃ち式のロケット弾発射装置である。

 敵陣の破壊や対戦車用にと多目的に使えるこの兵器を、しかし俺は敵ではなく地面に向けていた。

 右肩にずしりとした重み。


「行くぜおっさん……」

「ああ」


 粉砕したゴーレムたちも既に復活しており、じりじりとこちらに向かって来ている。

 生唾を飲み込み、俺は精神を整える。

 そして――


「今だ!」


 叫ぶと同時に、おっさんが跳躍する。

 その刹那、俺はおっさんの足元に向かって、SMAWを発射。

 放たれたロケット弾頭は勢いよく地面に直進し、おっさんの立っていた地面に直撃、爆発。

 一瞬遅れて凄まじい爆風が俺たちを包み込んだ。


「ぐっ!」


 強烈な爆発のエネルギーを使い、おっさんが天高くジャンプする。

 肩に担がれている俺にも強い加速度が感じられた。

 爆風を背に受け跳躍したおっさんは、アムダが印した出口に向けて一直線に跳ぶ。


「もう少しだ!」


 だが、あと寸前のところで勢いが弱まっていく。

 くっ、届かないのか。

 そう思った時、アムダの声が聞こえた。


「こちらです!」


 出口の穴からアムダが手を伸ばす。

 差し出された手を掴み、俺たちはなんとか出口に届く事が出来た。


「危なかったぜ、ありがとなアムダ」

「いえ。それにしてもさっきのは一体何ですか? 爆発してましたけど」

「あれか。ロケランジャンプだな」


 そう、俺がおっさんに仕掛けたのは、ロケランジャンプというFPSテクニックの一つだ。

 原理は単純。ロケランの爆風を使ってより高くより遠くにジャンプするという、極めて原始的かつ頭のおかしい技術である。


「角度や爆風の調整が必要だから、かなり高度なテクニックなんだぜ」

「はぁ……」


 アムダの反応は冷ややかであった。

 まあアムダからすれば味方を爆破する爆弾狂にしか見えないだろうが。

 しかし今回はダメージ判定が無いおっさんより、間近にいた俺の方が危険なんだぜ。


「とりあえず全員無事に逃げ出す事が出来たか」

「そうでござるな。中々見事な退却っぷりでござったよ」


 再び声が聞こえる。

 この要塞の内部にいる以上、まだ敵の懐にいるって訳だ。


「くはは、多くの魔神を屠ってきた英雄が尻尾を巻いて逃げ出すとは、情けない話でござるなぁ」

「最初の頃に比べると、かなり傲岸不遜じゃねぇか」


 猫を被ってやがったのか、けらけらとスライムが嘲笑う。


「別に拙者の目的はそなたらを倒す事ではござらんからな。

 このような些事、どーでもいい事なのでござるよ」

「狙いはあくまで戦争を起こすって事か」

「その通り。そしてそれはもう間もなく実現する。多くの命が失われ、この大地にマナが満ちる。

 準備が整えばそれでおしまい。すべては終わりへと向かうでござるよ」


 俺たちの存在なんて、この局面に至ってはもうどうでもいいって事か。


「さて、お仲間が来たようでござるな」

「なに?」


 その言葉に呼応するように、俺の立っていた近くの壁が突然崩れる。

 そこから出てきたのは、槍を構えたバシュトラであった。

 真っ直ぐに壊せる壁を粉砕してきたらしい。


「バシュトラ! どうしてここに」

「……助けに来た」


 どうやら救援に来てくれたようだ。

 だが、戦力が整ったところで、根本的に魔神を倒せる手段はない。


「……ここは退く。だがこれで勝ったと思うなよ!」

「見事な捨て台詞でござるな」

「はっ! 逃げる訳じゃねぇ! 戦略的後退だ!」


 俺はそう叫ぶと、バシュトラが作ってくれた退路を走り出した。







「で、おめおめと逃げ帰ってきた訳ね」


 帰ってきた俺たちの顔を見るなり、奏がげんなりとした顔で告げる。

 あの後、逃げ帰る道中も要塞内部のトラップが作動して、俺たちの体は割とズタボロだった。

 バシュトラなんかは上から墨が降り注いだせいで全身真っ黒になっている。

 完全に嫌がらせ目的のトラップだった。


「いやいや、逃げた訳じゃない。これは戦略的撤退と言ってだな」

「はいはい、そんな大本営発表みたいなセリフはいいのよ。で、どうだったの?」


 俺の言葉を打ち切ると、奏はアムダの方を見る。

 アムダは少し考え込むと、口を開いた。


「そうですね。要塞内部に魔力結晶を見つけましたが、破壊は難しそうです。

 少なくとも、あれを破壊するには要塞を破壊する以上の火力が必要でしょう」

「となると、物理的破壊は無理って事ね」


 現時点で最強打撃でもある奏の攻撃を防いでいるんだ。

 俺たちがペチペチやったところでどうしようもない。


「まあ魔力結晶に結界が張られているのは予想してたけど。多分、位相次元結界よね。

 術者さえ分かれば解除の方法も分かるんだけど、次元封鎖されてたら魔力探知も無理か。

 最悪、アストラルネットワークに直接繋いで魔力を逆位相するしかないかも」


 まるで念仏のように独り言を呟く奏と訳も分からずそれを聞いている俺たち。


「つまり?」

「あ、ごめんごめん。あの要塞の結界はちょっと特殊な結界でね。結界の術者を特定しないと解けない仕組みなのよ」

「あのスライム魔神じゃないのか?」

「あれは要塞をただ乗っ取っただけで、術者本人ではないでしょうね。

 要塞自体は百年前から存在している訳だし。術者は要塞を作った亜人の一人のはずよ」

「あ、そういえば……」


 思い出したようにアムダが手をポンと叩いた。


「動力部の魔力結晶の中に女の人がいましたね」

「ああ、そういやいたな。裸のねーちゃんが」


 俺の失言に、奏がこちらをジト目で睨む。


「あれはおそらく、ドリアードですね」

「ドリアード?」


 俺の疑問に、奏が答える。


「亜人の一種で、森や木の精霊とも言われているわ。こちらの世界だと、十氏族の一つで、エルフたちと共に暮らしていると聞いた事はあるわ」

「亜人か。じゃああの中のドリアードが結界を張ってるって訳か」

「その可能性は高いわね。ドリアードは領域魔術――つまり精霊魔術に長けているはずよ。

 位相次元結界を使うには十分な資質があるわ」

「じゃああの結晶の中のドリアードに解除してもらえば……」

「それは無理じゃないですかね」


 アムダが両肩をすくめて言う。


「あのドリアードは既に死んでいました。多分、自分の命を犠牲にして結界を張ったんじゃないでしょうか」

「じゃあどうすりゃいいんだ?」

「……本人が既にいないなら、その術式を受け継いだ存在がいるはずよ」


 奏がスマホを操作しながら告げる。


「位相次元結界は簡単に言ってしまえば異なる次元に存在を移す事で、干渉を防ぐ結界なのよ。

 だからこちらからの攻撃は一切ダメージが通らない。見えてるだけで本質は隣の次元に置いてあるからね。

 ただし術者はこちらの次元に残らないといけない決まりがあるわ。そうしないとコントロール出来ないもの」

「という事は、この世界のどっかに、あの結界を解除出来るやつがいるって事か」


 どうやって見つければいいのか、気の遠くなるような話だ。

 しかし奏は微笑みを浮かべた。


「そんなに難しい話ではないわ。ドリアードの術式なら、ドリアードが継承するはずよ」

「つまり、ドリアードたちならば解除出来る、そういう事か」


 おっさんの言葉に、奏が力強く頷く。


「なら話は早い。そのドリアードに頼み込んで結界を解除してもらおう」

「話はそう単純ではないがな」


 そう言って話に入ってきたのはファラさんだった。


「ドリアードはエルフの庇護を受け、東の大森林に暮らしている。彼らに会うならばエルフの許可がいる」

「それは……厄介だな」


 一度はエルフの女王と親交を深めたが、オルティスタの精神魔術のせいで、俺たちは今、女王暗殺未遂の犯人扱いにされている。

 下手に近付こうものなら捕えられてお縄にされるだろう。


「でも、他に方法がないなら、行くしかない。ファラさん、俺たちはその大森林に行く」

「……分かった、馬車を用意させる。ここからなら平原を抜ければさほど距離は無い」

「すみません」

「我々も一旦退く事になるだろうが……。おそらく軍を再編成して亜人領に攻め込む事になるだろう」


 魔神の狙い通り、要塞が機能していないと分かれば、大軍を率いて亜人領へと攻め入るんだろう。


「私とて争いを望んでいる訳ではない。和平の道があるならばそれを模索したい。 

 だが騎士である以上、上の決定には逆らえん。

 なるべく戦争には抗ってみるが……どこまで持つかは期待しないでくれ」

「ありがとうございます」


 気にするな、とファラさんは告げ、その場を離れた。

 残された俺たちは振り返る。

 日が沈み、紅く照らされた大地に、巨大な要塞が佇んでいる。

 そんな俺の顔を覗き込みながら奏が尋ねる。


「こてんぱんにやられて悔しがってる顔?」

「いいや」


 奏の問いに、俺はとびっきりの笑顔で答える。


「あのスライム野郎をギタギタに叩きのめすのを今から楽しみにしてる顔だよ」

 

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