極限事象-4-
ヘルモンドゲート要塞の内部は入り組んでいて、進むだけでも一苦労だった。
ただ、アムダが要塞の奥から強い魔力を感じており、進む方向は少なくとも間違えようがない。
「なんか罠もいっぱいあるし、面倒だな」
トラップを解除しながら俺は呟く。
罠自体は子供騙し程度のものが多く、俺でも簡単に解除は出来るが、いかんせん数が多過ぎる。
「このままのペースだと日が暮れちまうな」
「でしたら罠を解除せずに突っ走りますか」
アムダが笑いながら言うが、それはある意味で名案かもしれない。
俺は少し考えておっさんを見る。
「……おっさんなら罠に引っかかっても大丈夫、だよな」
「おそらくはな」
どうせチマチマ解除するくらいなら派手にぶっ壊してもいいか。
「なら頼む。ブワーっと行ってくれ」
「……心得た」
おっさんは前に出ると、まだ罠を解除していない通路を一気に駆け抜ける。
ガコガコ、と罠がいくつか作動した音が聞こえ、そして壁や天井から矢やら酸やらが降り注ぐ。
しかしおっさんの鋼の肉体に効くはずもなく、作動した罠はおっさんに破壊される。
最初からこうすりゃ良かったぜ。
そんな事を思っていた時だった。
「なんか後ろの方から音が聞こえますね」
アムダが振り返り、俺たちが歩いてきた通路の闇を見据える。
確かに、ドドドドドという小さな音が断続的に響いていた。そしてその音は次第に大きくなっていき、通路に振動が伝わってくる。
俺とアムダは顔を見合わせる。おそらく、同じ事を考えていたんだろう。
「……罠、と言えば」
「水、ですかね」
その言葉と同時に、暗闇の中から鉄砲水が押し寄せてきたのであった。
慌てて俺たちは走り出す。
「アムダ! 何とか出来ねえのか!」
「ちょ、ちょっと待ってください」
慌ててアムダが神剣を召喚し、背後に迫る濁流に向ける。
「岩壁よ、盾となりて我らを守れ」
大地の神剣の力を使い、俺たちと鉄砲水の間に壁を壁を生み出して堰を作る。
鉄砲水の勢いが一瞬弱まる。だが、すぐに破砕音が聞こえ、再び濁流が向かってくる。
「ダメですね」
「マジかよ!」
再び俺たちは走り出す。水飛沫が飛んでくるくらい近い距離に迫っている。
さらに――
「前は行き止まりのようだ」
おっさんが努めて冷静な声で絶望的な事を告げるのだった。
どうする、と思ったその時、アムダが剣を構えて切っ先を壁の方へと向ける。
「……この壁は壊せそうですね」
「マジか? 外の壁みたいに無敵バリアが張ってある訳じゃないのか?」
「ええ。要塞内部は先ほどの罠みたいに壊せるみたいですね」
なら考えるまでもない。
俺は視線だけでおっさんに合図を出すと、おっさんが深く頷いた。
そして片足を引き、そのまま壁に向けて強烈な正拳突きを繰り出した。
粉砕音と共に目の前の壁が吹き飛ぶ。
「よっしゃあ!」
「あ、待ってください!」
アムダの制止の声も聴かず、俺は走り出した。
振り返ろうとした時だった。俺の足元には床が無かった。
「え?」
「多分その先は空洞ですよって言おうとしたんですけど」
アムダの声が加速度的に遠くなっていくのは、俺の体が奈落にまっさかさまに落ちていくからに他ならなかった。
言うのが遅ぇよ、と思わないでもないが、悪いのは勝手に走り出した俺だ。
すぐさまパラシュートを取り出す。
こんな狭い場所だろうが、パラシュートが開きさえすれば、落下のダメージをゼロに出来るという、俺のFPS体質に感謝せねば。
パラシュートを展開し、一瞬の衝撃の後、俺の体は暗闇の中を浮かんでいた。右も左も上も下も闇というのは、本能的な恐怖を感じる。
少しの後、足が地面に着く。それほど高さは無かったらしい。周囲には光源もなく、俺が装備している暗視ビジョンも役には立たない。
「大丈夫ですー?」
上の方からアムダの呑気な声が届く。
俺は大丈夫だと答えると、装備の中から灯りを探す。
取り出したのは戦術マーカーと呼ばれるライトだ。ゲームでは復活地点の位置の固定に使うアイテムだが、こちらだと簡易の灯りくらいにしか使えない。
緑色のライトが発光し、周囲を照らす。まあ光量が小さいからこちらの位置を知らせる為の物でしかないが。
マーカーを光らせてから少しすると、アムダとおっさんが俺の近くに着地した。
「どうやらここが目的の場所みたいですよ」
「え、何が?」
「強い魔力量を感じます。ここがこの要塞の動力部のようです」
アムダはそう言って手の中に光を生み出す。魔力によって生み出された光が輝き、俺たちのいる空間を照らし出す。
一瞬目が眩んだが、すぐに慣れ、この部屋の全容が明らかになる。
「これは……」
部屋の中央に巨大な紫水晶が鎮座している。
光に照らされた水晶は、妖しげな輝きを見せていた。
そして、紫水晶の中には一人の女性が閉じ込められていた。
「あれは……」
「おそらく生贄でしょう。高濃度の魔力結晶を制御するには、媒介となる存在が必要と聞きます」
「…………」
その女性は俺の目にはただ眠っているようにしか感じなかった。
「破壊しましょう」
「でも……」
「彼女は既に死人です。余計な感傷は、何も生みません」
ともすれば冷たいと感じるアムダの言葉に、俺はそれ以上反論する事は出来なかった。
そうだ、ここに来た目的を思い出せ。
俺は自分にそう言い聞かせると、無反動ロケット砲、RPG-7を担ぐ。
この距離なら目を閉じても当てられる。弾頭の先を魔力結晶へと向けた。
カチリ、と重いトリガーを引くと、ロケット砲弾が勢いよく魔力結晶に向かって突き進む。
狙いはそのままに、魔力結晶に直撃し爆発。
「…………」
RPG-7を肩から下ろし、俺は砲撃の成果を確認する。
だが――
「なっ!?」
白煙が消えるとそこには、無傷のままの魔力結晶があった。
RPG-7の直撃を受けてなお、一切の破損も見受けられない。
「どういう事だ?」
「……私がやろう」
おっさんが前に出て魔力結晶に向かい、深く腰を下ろす。
そして先ほどの要塞の壁を破壊した時と同じく、正拳突きを放つ。
魔神すら粉砕するその拳は、しかし魔力結晶を破壊する事は出来なかった。
甲高い澄んだ音だけが空間に鳴り響く。
「……こちらにも結界が張られているようだ」
「マジかよ」
仮に要塞の外側の結界と同じなら、奏の呼び出した戦艦の砲撃にも耐えた強度だ。
RPG-7なんてチャチな攻撃が効くはずもない。
「無駄無駄無駄、でござるよ」
声は闇の中から聞こえた。
ゆっくりと這い寄るように、静かに姿を現したのは、他でもない、スライムの魔神スラ左衛門だ。
「拙者が自分の弱点を安易に曝け出すとでも思ったでござるか? 弱点を剥き出しのまま放置するなんてのは、ゲームの中だけの話でござるよ」
「てめえ……」
「この魔力結晶は百年前、亜人たちが造り出した人造の魔力炉でござる。あそこに女が封じられているのが見えるでござろう?
己の同胞を捧げ、敵を滅ぼす為の要塞を造り出した。げに恐ろしきは人の業でござるなぁ」
スライムがにたりと嗤う。
「貴殿らにアレを破壊する事は不可能でござるよ。いいや、誰にも壊す事能わず。
たとえ神ですら、この要塞を打ち崩す事は出来ぬでござるよ。
分かるか? 拙者は最弱であるが、だからこそ最強を手に入れる事が出来る。
無尽蔵の魔力と、誰にも打ち破れぬ結界! それこそが拙者の力でござる」
そう言いながら、スラ左衛門は俺たちの周囲を転がっていく。
まるで品定めをするように、じっくりと。
「拙者は平和主義者ではあるが、しかし自分に従わぬ者を受け入れるほど度量がある訳ではない。
先ほど、拙者の誘いを受けなかった事を後悔するといい」
スラ左衛門の言葉の後に、俺たちの周囲の床が隆起し始める。
石床が意思を持つように姿を変え、やがて二メートルほどの人型を作る。
石人形の数は最初は数える程度しかいなかったが、どんどんと数を増していく。
「石で作ったゴーレムでござる。そなたら相手にはちと物足りない相手ではござるが。
さて、何体まで倒せるでござるかな?」
その言葉が響き渡ると、ゴーレムたちは一斉に俺たちへと襲い掛かってきた。




