極限事象-2-
それはとても異様な光景だった。
巨大な要塞に足が生えて動いている。
言葉にすればそれだけなんだが、実際に目のあたりにすると、やはりと言うべきか、不思議な感じだ。
「あれがヘルモンドゲート要塞か」
平原の北方からでも見えるほど巨大な姿。
それが今、ゆっくりと少しずつ移動していた。
要塞と呼ぶよりは岩で出来た虫のようでもある。
壁やら門やらが要塞と融合して形を変えてしまっているらしい。
「展開していた部隊が攻撃を受け壊滅した。今はこうして見ているだけしか出来ん」
隣にいたファラさんが苦々しそうな顔で告げる。
「なんか嫌そうな顔をしてますね」
「まあ、仕方あるまい。我々にとっては、あのヘルモンドゲート要塞は宿敵とも言える存在だからな。
それが移動も出来るとなれば、生きた心地はせんよ」
こちらの世界の人間にとっては、あれは戦争の象徴みたいなもんなのか。
「報告によれば、平原の南に展開していたオーク軍も同様の被害を受けているそうだ。
少なくとも、現在あの要塞は人も亜人も関係なく攻撃している」
「つまり、第三者の介入って訳か」
やはりこういう異常事態は、あの連中の仕業だろう。
魔神の目的が戦域を拡大し、戦争を起こす事ならば今の状況はまさに願ったり叶ったりか。
この平原ならともかく、あんな馬鹿でかいもんが街へと向かったらどれだけ被害が出るか分からない。
「ここであれを止めるしかないな」
「まあそれがよさそうね」
奏は抱えていたノートパソコンを開くと何かを打ち込んでいく。
「一気にカタをつけるわ。最初からフルパワーよ」
その言葉と同時に、奏の虚数魔術が展開していく。
虚空に描かれた虚数式は煌めいた後、鋼の砲台を召喚する。
俺たちの前方に、巨大砲が突如として現れた。
「これは……」
「46cm三連装砲塔……まあいわゆる戦艦大和の主砲よ」
三門の砲口がゆっくりと角度を合わせ、遠くに位置するヘルモンドゲート要塞へと狙いを定める。
「この距離なら演算するまでもないわね。
史上最大とも謳われた46cm砲弾の威力……味わいなさい!」
号令により、三連装砲弾が轟音をかき鳴らして炎を吐き出した。
そのあまりの衝撃は、少し離れた俺たちの場所にも届くほどだ。
大気を撃ち貫き、放たれた砲弾は、目標を違わず向かっていく。
史実では護衛母艦ですら貫いたほどの威力を持った砲弾だ。
たとえ難攻不落の要塞でもたやすく破壊する。
「……弾着!」
いつの間にか双眼鏡を構えていた奏が、着弾確認を行う。
ズウンと空気を震わせ、要塞に砲弾が命中。
少し遅れて砲弾内部の信管が炸裂し、巨大な爆炎が上がる。
土煙と炎が、ヘルモンドゲート要塞を包み込んだ。
「よし」
「しかしいきなり飛び道具ってのもアレじゃないか」
「こういうのはね、先手必勝なのよ。電撃戦なのよ」
久々に大きな魔術を使えたからか、奏はご機嫌である。
反面、その隣にいるバシュトラは渋い顔をしていた。
「……耳が痛い」
砲声を間近で聞いたせいだろう。せめて撃つ前に撃つと言ってほしかったもんだ。
ともあれ、奏の魔術で要塞は吹き飛んだはず……だった。
「なっ!?」
風によって煙が晴れると、そこにあったのは崩れ落ちた要塞の姿ではなく、先ほどと何ら変わりのない堅牢な要塞の姿があった。
ここから見る限り、一切ダメージを負っている様子は見受けられない。
「マジかよ」
「ただの要塞では考えられないわね。魔術障壁……にしては硬すぎるし」
「当然だろう。あれは百年間、ただの一度も侵攻を許した事のない砦だ。
記録によれば魔術士百人による大規模殲滅魔術ですら、弾き返したという。
力押しでどうにかなるならば、人と亜人の戦争などとっくの昔に終わってるさ」
達観した調子でファラさんが言う。
俺たちが振り返ると、少しだけ説明を付け加えた。
「以前、第三の魔神の時に使用したタイニィゲート要塞を覚えているか?」
「確か……魔導砲がついてた要塞だよな」
「ええ。魔神ティストゴーンに破壊されたみたいだけれど」
その言葉に、ファラさんが軽く頷く。
「あれは百年前の戦争の折、人間側についたドワーフ族に作らせた要塞だ。
見た目はあのヘルモンドゲートによく似ているが、絶対的に違う点がある。
それは、エルフたちの魔導結界の有無だ」
「魔導……結界?」
「私も詳しくは知らない。何しろ亜人たちの秘法とされているからな。
ただエルフやドリアード、ドラゴニュートたちが総力を結集して作り上げた砦だ。
形だけを模したタイニィゲートとは比べものにならんよ」
「つまりそのよく分からないバリアがあるから、遠距離攻撃は無意味って事か」
奏の渾身の一撃が効かない以上、それ以上の打撃力のある攻撃は難しい。
要塞を外から破壊するのは不可能という事だろう。
「その魔導結界を解く方法はないのか?」
おっさんの問いにファラさんは少し考えてから答える。
「聞いた話では要塞の中枢に魔力結晶というのがあるそうだ。
それ要塞に張り巡らされた大規模な結界を生み出しているとも。
ただ真実かどうかは定かではないが……」
「ですが今はそれを信用するしか道はなさそうですね」
アムダの言葉に俺たちは頷く。
「やれやれ、また要塞に忍び込むのか。最近こういうシチュエーション多いな」
「今回はお姫様を助け出す必要がない分、楽だと思いますよ」
「だといいがな」
要塞へ侵入するのは俺とアムダ、そしておっさんの男組になった。
全員で突入する案もあったが、何があるのか分からないという点と、敵の狙いの一つが奏であるという点を考え、奏とバシュトラには待機してもらっている。
もしもの時は奏に出してもらった通信機で助けを呼ぶ事になっている。
「近くで見るとますます大きいですね」
俺たちは今、召喚したバギーに乗ってヘルモンドゲート要塞へと向かっていた。
まだ要塞までは距離はあるが、それでもかなりの大きさだ。
そんな馬鹿でかい要塞に、蜘蛛のような足が八本、外周部から生えており、地面を捉えている。
今のところ動く気配はない。先ほどの大和の46cm砲弾での被害も確認出来ない。
「どっかに入り込めそうなところはあるか?」
「……あそこはどうだ」
一人で後部座席を占領していたおっさんが指を指す。
遠くてよく分からないが、何やら入口のようなものがあるらしい。
「とりあえず近付いてみるか」
バギーを走らせ、おっさんの示した方向へと向かわせる。
「いきなり攻撃とかしてこねぇよな」
「僕はこの乗り物がいきなり爆発しないか不安ですけどね」
「しねぇよ」
多分な。
そんな事を言いながら近付けると、確かに入り口らしきものが見えた。
足が生えて自立している為、要塞自体は地面から浮いた形になっている。要塞の姿も多少変わっているものの、構造自体はそれほど大きく変わっていないようだ。
俺たちの見つけた入り口も、おそらく裏門か何かだろう。
「よし、乗り込みますか」
「どうやってあそこまで上がるんだ?」
見たところ、十メートルほどの高さはある。
アムダやおっさんはひとっ飛びだろうが、こちとら一応は普通の人間なんだ。
「いつもの気持ち悪いエフピーエスなんたらで飛んだり出来ないんですか?」
「気持ち悪いって……」
そんな目で見てたんだな、お前。
しかしまあリアル系FPSプレイヤーとしては上下移動は苦手である。
「ロープでもあれば縄梯子でも作れるんだが……」
「問題ない。あそこで停めてくれ」
おっさんがそう言うので、俺はバギーを停車させる。
後部座席から降りたおっさんは要塞までの距離や角度を確かめると、おもむろにバギーを持ち上げた。
「え、嘘。マジかよ」
俺の言葉も聞かず、おっさんは担ぎ上げたバギーをそのまま要塞の方へと放り投げたのであった。無論、俺とアムダが乗ったまま。
「ええええ!?」
「ですよねぇ……」
強烈な浮遊感に襲われ叫ぶ俺と、もはや諦めの境地にあるアムダの声だけが響き渡った。
そして一瞬遅れ、ズウンという衝撃の後、バギーは無事、要塞の入り口前に着地した。
サスペンションがある程度着地の衝撃を和らげてくれた為か、思ったよりも反動は少ない。
「シートベルトが無ければ即死だった……」
フラフラの体でバギーから降りると、一足遅れておっさんが跳躍してきた。
「奏といいおっさんといい、何かやる前は一言欲しいもんだぜ」
「ふっ、次からは気を付けよう」
「それ、シライさんが言えるセリフじゃありませんけどね」
アムダの文句を聞き流しつつ、俺たちは何とか姿を変えたヘルモンドゲート要塞の入り口へと辿り着いた。
ここに来るだけでごっそりと体力を消耗した気もするが、本番はここからだ。
「とりあえず入るか」
「ここから先は何があるか分かりません。気を付けましょう」
「大抵こういう場合、床が抜けたり、天井が迫ってきたりするんだよ」
「ベタですね」
「もし壁が迫ってきたら、アムダは石化して壁を防ぐ係になるんだぞ」
「僕でも石化は難しいですねぇ」
本当は二人必要なんだけどな。
そんな馬鹿な事を話しながら、俺たちは要塞内へと踏み込んでいく。
通路は薄暗く、わずかな灯りしかないようだ。
「見える?」
「ええ。以前、精霊に夜闇を見通せるまじないを教えてもらいましたから」
「私も問題ない」
アムダたちはそのままでも暗闇は見えるらしい。
俺は暗視装置を取り出すと、装着する。
「可視光を増幅させるナイトビジョンゴーグルだ。とりあえずこれで俺も暗闇は問題ない」
「へぇ、便利な物があるんですね」
「魔法が使えるお前らの方がよっぽど便利だよ」
これ重いし。視野も狭くなるから、ゲームでも夜間戦闘は嫌いなんだが、そうも言ってられない。
何かあった時の為におっさんを先頭にし、俺たちは通路を進んでいく。
少し進んだ後、おっさんが足を止めた。
「……血の匂いがするな」
「マジで?」
俺には特に感じられないが、おっさんには分かるらしい。アムダも少し表情を変えたところを見ると、同じく感じ取ったんだろう。
「やはり何かあるな。気を引き締めて行こう」
言葉と共に通路を突き進む。
しばらく進むと通路の奥から光が見え、警戒しつつその光の方へと向かう。
そして、俺たちが通路を抜けた先には、少し開けた空間があった。
広間と呼べるくらいの部屋の中央にそいつはいた。
最初から、俺たちを待っていたかのように。
「やあやあ、これはお待ちかねの客人でござるな」
部屋の主――どう見てもスライムにしか見えないそいつが、不気味に笑っていた。




