プライベート・クレイモア
「せんだ」
「みつお」
「ナハナハ」
「せんだ」
「みつお」
「ナハナハ」
「せんだ……って三人でせんだみつおゲームやってもつまんねぇな」
俺はごろりと横になる。
床には一応、小汚いマットが敷いてあった。
俺たちがいるのは、何を隠そう、牢獄だ。
魔神を倒してから、今日で三日目。
あの日、魔神の一味と誤解されたまま、ここに幽閉されて三日という事になる。
一応、食事は出してもらえてはいるが、それ以外に外部との接触は無い。
男女別という事で、俺とアムダとブリガンテのおっさんの三人、そして奏とバシュトラは別の牢にいるらしい。
漫画でも差し入れてくれればいいのに、何もない。
仕方ないので俺たちは元の世界の話をしたり、こうしてそれぞれの世界の遊びをやったりしている。
トランプでもあればまだ暇は潰せるのだが、無い以上はせんだみつおゲームくらいしかやる遊びは無かった。
「それじゃ、もう一度、ゾマと羊ゲームやりますか?」
「それ、アムダが強すぎて面白くねーじゃん」
既に昨日やっている。
何でもアムダはこのゲームの国内チャンピオンらしく、俺たちは手も足も出なかった。
大体、ゾマという動物を知らない以上、感情移入すら出来ない。
そもそも反射神経や運動神経が必要なゲームだと、俺に勝ち目はない。
天然化け物とむっつり化け物のペアなのだから。
「おっさんの故郷の遊びとか無い?」
「遊びか……子供の頃にやったものならあるが」
「お、いいですね。得てしてそういう遊びの方が、面白いものです」
「何て遊びなんだ?」
「鬼の首獲ったの誰だ、という遊びだが」
なんていうか、血生臭い。
しかしまあ他にやることはないんだ。
「じゃあ、それやってみっか」
この三日間で分かった事はいくつかある。
例えば、まずこの二人の事だ。
アムダ・コードウェル。
いつも柔和な笑みを浮かべてるイケメンだが、年は18。
剣士という触れ込みだったが、実際は勇者と呼ぶ方が正しいかもしれない。
元の世界ではパーティを組んで魔王やら邪神やらと戦ったとか。
何が凄いかと言えば、そのパーティメンバーも魔王も邪神も全員、女性だという事。
そして魔王も邪神も倒したら仲間になっちゃったという事だ。
やはりイケメンに限るな。
武器は神剣らしい。
この間使っていた、あの大剣も、神剣の一つなのだとか。
しかし、神剣は全部で七本あり、今はなぜか一本しか使えないそうだ。
理由は分からないが、本人があんまり深刻そうに見えないから、俺も気にしないことにした。
もう一人がおっさんこと、ブリガンテ・ファボック・ハイムベルス。長い名前だから正直なところ、覚えていない。
まあ歴戦の勇士はそんな事気にしない。
おっさんと呼んでも寛大な心で許してくれる、まさに男の中の男だ。
年齢的にはまだ35歳らしいから、おっさんと呼べる年齢でもない、のか?
武器は斧を使ってるらしいが、こちらもこの世界には無い。
こちらも完全武装には程遠いらしく、本来のおっさんはあんなもんじゃないらしい。
そうなると完全に生物のカテゴリを飛び越えると思うんだが、そこはどうなんだ。
「おい、出ろ」
俺たちが鬼の首獲ったの誰だゲームに熱中している時、牢の外から呼ばれる。
おい、今いいとこだったのに。
もう少しで青鬼の首を獲ってチェーンが繋がったんだがな。
「意外にこれ、面白いですね」
「……だな」
俺とアムダはひそかにハマっていた。
牢から出され、廊下を歩く。
今俺たちがいる場所は、この間、巨人が目指していた街の中にある。
街の周囲は城壁で囲まれており、入る時に眺めた程度だけど、かなりの規模はあるようだ。
いわゆる城下町という感じか。
「あら、無事だったのね」
廊下の途中、奏たちと合流する。
向こうも特に変わりはない。
しいて言えば、鎧ちびっ子の鎧がなく、薄手の服に着替えていたことくらい。
ついでに奏もどうやらこちらの世界の服に着替えているようだ。
おい、男部屋の方には着替えなんかなかったぞ。
「不公平だ」
「ちょっとあんた、臭いわよ。ちゃんと着替えなさいよ」
「……不公平だ」
合流した俺たち五人は、王様に会う必要があるらしい。
王様に呼び出されるとか、ドラクエじゃねぇんだから。
「会わないと駄目なんかな」
「そりゃあね。僕らは今のところ、罪人らしいからね」
「……お前らの力なら、こんなところ、一発で抜けられるんだろ?」
小声でアムダに話しかけると、苦笑しながら答えた。
「そうだね。ブリガンテさんなんかは、素手でも簡単に壁に穴を空けそうだけどね」
「指先ひとつでダウンくらいは出来そうだな」
「指一本はどうかな」
通じない辺りが異文化コミュニケーション。
ともあれ、少なくとも情報は集めた方がいいという奏の意見もあり、王様と会うことになった。
まあこちらとしても、他にやりようがない、というのが本音のところだ。
「アウリウス七世陛下のお出ましでございます」
声と共に、奥の間から男性が現れる。
明らかに位の高そうな身なりから、その人物こそが王様なんだろうか。
アウリウス七世、という名前らしい。
「その者らが例の、か?」
「左様でございます」
「ふむ……随分と若いな」
王様は玉座に腰かけると、俺たちをじろじろと見ている。
厳密に言えば、奏をじろじろと見てる、と言うのが正しい。とんだスケベ親父である。
「そなたらが魔神の一味であるという疑いがあるが、真か?」
んなもん、違うに決まっている。
俺たちは顔を見合わせる。
お前が言えよ、という風に奏にけしかけると、何であたしが、とぶつくさ。
だってお前、委員長っぽいじゃん。
「あたしたちは魔神の一味ではありません」
「だが、それに匹敵する力を持っていると聞く」
「魔神を倒せるのと、魔神の一味であることは、同じではないはずです」
落ち着いた声で奏が告げる。
やっぱりこいつに任せて良かったぜ。
「我々は、こちらの世界に呼び出されただけです」
「……では、そなたらは自分たちを予言の来訪者だと申すか」
「予言?」
ノストラダムス的な?
再び顔を見合わせる俺たち。
もちろん、予言の話なんて聞いた事はない。
「いえ、予言については存じておりません。
よろしければ……教えていただけないでしょうか」
「ふむ……ガリア卿よ」
「はっ」
王様に言われて、横にいたおっさんが前に出てくる。
大臣かなんかだろう。
「空に凶星が現れし時、十二の星より魔神が現れる。
魔神はやがて天の門へと至り、世界は滅びに満たされる。
しかし、極星より五人の来訪者が来たり。
来訪者は魔なる神を滅し、天地に安らぎをもたらすだろう」
何つーか、ありがちな予言だな。
要は12の魔神を、5人の勇者が倒すってことだろ。
まんま俺らの状況じゃん。
「その予言は初めて聞きましたが、我々の状況に合致するかと思います」
「なるほど。では、次なる魔神もそなたらが倒すと、そう言うのだな?」
王様の言葉に、一瞬だけ沈黙。
別にやりたい訳じゃないが、やらなきゃいけない雰囲気だ。
「はい。次の魔神は、今日より四日後に襲来するはずです」
城内がざわつく。
そりゃあいきなり具体的な日数を出されたら、焦るだろうな。
さざ波めいた不安を、王様は片手で制する。この辺、王様っぽい。
「なるほど、そなたらが真に予言の来訪者やも知れぬな」
「お待ち下さい!」
上手くまとまりかけた話に突如、割って入る人物がいた。
小太りの小男。ついでに禿げている。
身なりは悪くない。むしろ良い方だろうけど、いかんせん趣味の悪い感じだ。
男は前に出ると、俺たちを指さす。
「このような怪しげな者らを信用するなど、以ての他ですぞ」
「ゾラン卿よ。何か意見があるのか?」
「昨今の不安に乗じ、巷では勇者詐欺が横行していると聞きます。
何でも、おかしな五人組が自分たちは勇者だと名乗り、民の善意につけこむのだとか。
この者らを信用してはなりませんぞ」
なんだその怪しげな詐欺は。
オレオレ、勇者なんだけど、魔神倒すんでお金振り込んでくんない?
みたいなノリなのか?
いつの時代も、悪い事を考えるヤツってのはいるらしい。
「しかし現に魔神をこの者らは倒しているのだ」
「それも怪しいもんですな。この中に、実際にこの者らが魔神を倒すところを見た者はおりますか?
…………誰もおりませんぞ?」
そりゃ、ここにいる連中はみんな、城の中で避難してたから見てねぇだろ。
しかしゾランと呼ばれたおっさんの詭弁に、城内もそうかもしれない、という雰囲気になりつつある。
やべぇな。
別に魔神退治云々は置いといて、また牢屋戻りとかは勘弁してもらいたい。
「それに四日後と申したが、具体的には、どこに魔神は来るのですかな、勇者殿?」
「それは……場所までは分かりません」
「ほう、それではこの広大なバラージ大陸の全てを、いかに守るとおっしゃるのか。
いやはや、全く分かりませんなぁ」
ねちねちねちねち、さっきからこの禿親父は……
苛立ちのまま、奏の前に出る。
「さっきから聞いてりゃ好き勝手言いやがってよ。
じゃあもし四日後に魔神が出たらどうするんだよ」
「ふん、その時は我が金鱗騎士団の総力でだな――」
「そういう事じゃねぇよ」
「なに?」
「もし出たら、おっさんは何をしてくれるんだって聞いてるんだよ、俺は」
「おっさ……貴様! 無礼な!」
「知るか! 無礼講だろうが!
もし魔神が俺たちの言う通り出たら、おっさんには目でピーナッツを噛んでもらうからな!」
俺の言葉に、一同騒然となる。
「目で……ピーナッツ?」
「それが出来なきゃ、鼻でスパゲッティーだ。
出来ねえとは言わせねえぞ。
俺の世界の伝統的な謝罪方法なんだからな」
かなり局地的な伝統ではあるが。
俺の勢いに圧倒されたのか、ゾランのおっさんはたじろぐ。
「ではもし貴様らの言う事が外れたなら、貴様は何をするつもりだ?」
「その時は、土下座でも倍返しでも、何でもしてやるよ!」
「どげ……ざ?」
これまた伝統的な謝罪方法である。
さすがに鉄板の上では出来ないがな。
「さっきから訳の分からぬ事を言いおって――」
「もうよい」
王様の一喝で、再び城内が静まり返る。
ついヒートアップしちまったぜ。
こんなのは、連キルもらった後に死体撃ちを食らった時以来だ。
まあその時は本気装備で、それこそ十倍返しさせてもらったがな。
「では、まず四日後に魔神が来るかどうか、それが第一である。
そこで、その方らは、来たる日まで、我々の監視下に置かせてもらう。
もし四日後に本当に魔神が来るのであれば、そなたらを真の英雄として、我らも頭を下げねばならぬ。
だが仮に――何も来ないのであれば、そなたらはゾラン卿の言う通り、詐欺師に他ならない」
マジかよ。
そもそも一週間後に魔神が来るって言ってたのはあの猫野郎なんだよな。
今更ながら、あいつを信用出来るのか。
「ゾラン卿もそれで構わぬな」
「陛下がおっしゃるならば……」
まだ不服そうだが、おっさんが引き下がる。
「そなたらも、よろしいかな」
「はい、分かりました」
奏は静かに頭を下げ、俺たちもついでに頭を下げる。
頭を下げた時、奏は小さく呟いた。
「ありがとね……」
そういうのは反則だ。