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神を殺すのに必要な弾丸の数は  作者: ハマヤ
-虚無の弾丸-
86/102

戦場のリアリスト-5-

 バシュトラが突如現れたグリフォンの騎士と戦いを始めたのを、離れたところから見ている俺たちにはどうしようも出来なかった。


「ここから狙い撃つか? いや、動きが速すぎるな」


 距離も遠く、高速で飛ぶ物体を撃つのは難しい。

 ましてやバシュトラたちが交錯しながら戦っているのだ。もし誤射でもしようもんならどうなるか。


「ちっ、どうするんだ?」


 ウルスラは少し考えた後、顔を上げる。


「作戦は流動的に、だ。バシュトラ様が足止めを食らった以上、他が動く必要がある。

 アムダ殿、ブリガンテ殿であれば動いているだろうが……」

「こっちからそれを知る術はない、か」


 この位置からでは砦の正面門の様子は分からない。

 作戦終了時は近くの森で落ち合う事になっているが、この状況で先に離脱するのもまずいな。

 俺は少し悩んだ後決意する。


「このまま俺も砦に向かう。ウルスラは先に合流地点に向かってくれ」

「分かった」


 俺はL96A1を収納すると、今度はサブマシンガンを取り出す。

 取り出したのはP90。ベルギーの武器メーカーが開発した人間工学に基づいた銃火器である。

 その形状はどこか近未来を想起させ、様々な創作物でも引っ張りだこな武器でもある。

 個人用の携行火器でありながら50発も装填出来るという点から、特殊部隊での運用も多い。


「しかし要塞内部は広いぞ。マップもなしに入るのは無謀だ」

「大丈夫だ。俺にはこいつらがいる」


 俺はそう言って携帯ゲーム機を取り出して操作する。

 現在の溜まってるポイントを500ポイント消費してポイントアクションを使用。


―― Zombie Dogs Standby ――


 脳内に音声が流れ、それと同時に周囲から次々と犬が現れる。

 以前の魔神戦でも活躍した軍用犬ならぬゾンビ犬たちだ。

 召喚されたゾンビ犬たちは獰猛な顔つきではあったが、大人しく俺の周囲に座っていた。

 ウルスラは一瞬警戒したものの、こいつらが敵じゃないと分かると警戒を解く。


「こいつらなら奏の場所も分かるはずだ」

「なるほど、であれば自分がこれ以上口出しするのも野暮か」

「じゃあ行ってくる」

「一つだけ、忠告しておこう」


 ゾンビ犬たちと共に走ろうとした時、背中からウルスラが声をかけてくる。


「奪われる事に慣れてはいけない。だが、奪う事に慣れてもいけない」

「……それは?」

「我々竜に伝わる古い言葉だ。それだけ覚えておきたまえ」

「よく分からんが、分かったよ」


 俺は彼女に背を向けて走り出した。










 要塞内部に侵入したアムダは長い通路を駆け抜けていた。

 通路の先に兵士の一団を見かける。

 彼らは突然現れたアムダの姿に混乱しているようだったが、アムダは神剣を抜き放つと、突如として斬り付ける。


「がはっ」


 刃を一閃し、数人の男を斬り倒すと、残る兵士は一人になる。

 その兵士にはおそらく、アムダの斬撃を捉える事は出来なかったであろう。

 切っ先を怯えた兵士へと向ける。


「すみません、道をお尋ねしたいのですが」

「え、あ……」

「この砦に女性が一人、連れられてきたはずです。どちらにいますか?」


 兵士はただ首を横に振るだけだった。


「し、知らない! 本当だ!」

「…………」


 アムダは無言で刃を男の首筋に当てると、兵士の顔色が変わる。


「ほ、本当なんだ、信じてくれ……」


 その様子にアムダは兵士が本当に知らないのだと判断し、剣を下ろす。

 その時であった。

 強烈な殺気を感じ、アムダはその場から飛び退く。

 一瞬遅れ、放たれた斬撃がアムダのいた場所を切り裂き、そのまま兵士を惨殺する。

 血潮をまき散らしながら兵士がその場に倒れる。


「ほぅ、これをかわすか」


 コツリ、コツリと足音を鳴らしながら、男が通路の奥から現れる。

 黒い外套を纏い、髭の生えた男であった。

 アムダには、その男の顔に見覚えがあった。


「あなたは……カリオンさん、でしたか」

「色男に覚えてもらえて光栄だよ」


 男は役者めいた動作でアムダに対して挨拶をする。

 カリオン・フラッドマン。

 かつてアムダたちが自由都市ファーンで出会った闘技大会のチャンピオンである。

 視線だけをちらりと倒れた兵士に向けるが、一目で事切れているのが分かった。


「なぜ、殺したんですか?」

「逆に聞くが……なぜ殺さない?」


 カリオンは笑みを浮かべたまま、アムダに相対する。

 自然体でありながら、肉食獣を思わせる殺気を纏っている。


「改めて挨拶をさせてもらおうか。《黒獅子》カリオン・フラッドマン。

 今は教会に雇われて英雄とやらの仕事をしているがな」

「……そうでしたか」

「あまり驚いていないようだな」

「最初会った時から、あまり良い印象は持っていなかったのでね」


 アムダの言葉に、カリオンは鼻で笑う。


「俺とお前は似ている。まるで鏡写しのようにな」

「生憎、あなたほどワイルドな風貌はしていないつもりでしたが」

「姿じゃないさ。精神的な部分だよ」


 そう言って、カリオンは手にした長剣を振るう。

 放たれた斬撃は衝撃波となり、アムダの近くに倒れていた兵士の死体を吹き飛ばした。


「俺もお前も、戦う事でしか自己を表現出来ないのさ。口ではどれだけ綺麗事を並べたところで、その本性までは着飾れない。

 必要とあれば殺し、必要なくても殺す。それがお前の本性だよ」


 カリオンの言葉に、アムダは顔色一つ変えず返答する。


「人を猟奇的な風に呼ぶのは止めてくれませんか。あなたと一緒にされるのは心外だ」

「気付いていないのか、あるいは気付いているのに目を背けているのか。

 どちらにせよ、お前は歪だ。俺と同じように、戦いの中でしか生を実感出来ない。

 退屈な日常よりも死を望む。ただの戦闘狂さ」

「…………」

「否定は出来まい。あれからもお前たち五人を色々と見させてもらったよ。

 お前と他の連中は決定的に違うのさ。

 さっきだってそうだろう? 兵士を躊躇なく殺した。何の罪悪感も達成感もないだろう。

 お前にとって人を殺す事は日常なのさ。

 綺麗な顔をしながら、その実、お前が一番醜い獣を内に秘めている」


 男は切っ先をアムダへと向ける。


「お前は俺と同じだ。殺し合う事で自分を表現する、哀れな男だよ」

「――言いたい事はそれだけか?」


 アムダの殺気が高まるのを、カリオンは肌で感じていた。

 そこには先ほどまでの人の良い笑みはない。

 あるのは純然たる殺意のみ。


「いい顔になったじゃないか色男。それでこそ殺しがいがある」


 カリオンもまた、殺意を胸に秘め、剣を構える。

 両者の視線が交錯する。


「それじゃあ始めようか。観客も立会人もいない、俺たちだけの殺し合いをな!」









 ひたすら走っていた。

 アグラ砦は混乱の最中にあり、俺一人が潜り込む事は容易だ。

 途中、兵士の一団に遭遇したが、手にしたP90を乱射したり、あるいはゾンビ犬たちが連携を取って引き倒していく。

 さすがにこの時代の鎧ではP90の弾丸を防ぐ事は出来ないようで、適当にバラ撒くだけでもかなり効果的だ。


「まあ、雑魚を相手にしてる訳にはいかないんだけどな」


 銃弾も無限にある訳じゃないし、戦いを避けるに越した事はない。

 俺は足を止めると呼吸を整える。

 いつの間にか、走ってもあまり息が乱れなくなってきている。これも俺の体がFPSに適応している影響か。

 奏の言葉ではないが、我ながら化け物じみてきてはいる。

 まあこれくらい出来ないと、神様とやらとは戦えないんだろうけどな。


「この先か」


 ゾンビ犬の一匹が喉を鳴らして警戒を強めている。

 奏だけならば警戒する必要はない。ならば、奏以外にも、何者かがいるという事だろう。

 間違いなく、あの男……アカツキがいるはずだ。

 同じ能力でありながら、違う方向へと進んだ力。

 俺一人で敵う相手だろうか。


「……そんな事はどうでもいいな」


 大事なのはただ一つだけ。奏を助ける。

 覚悟は決め、俺は通路を走り抜ける。

 曲がり角を越え――――そして見つけた。


「奏!」


 俺の声に、通路の先にいた一団がこちらを向く。

 その中に、奏の姿を認めると、P90の銃口を奏の横にいた男に向け、乱射する。

 軽快な銃声と共に放たれた弾丸は、しかし男の眼前で掻き消えた。


「中々なご挨拶じゃないか」

「奏を離せ、アカツキ」


 男――アカツキは下卑た笑みを浮かべたまま、ゆっくりと前に出る。

 以前、ドーンと名乗っていた時と同じ人間の姿。要塞の通路の端と端、俺とヤツの距離はざっと30mほど。


「まさか、一人でここまで来たのか? ん? お仲間はどうした?」

「……他の英雄たちは教会の騎士たちが足止めをしているようです」


 アカツキの問いに答えたのは、純白を纏った女――魔神オルティスタだった。

 因縁のある相手だが、まさかこんな場所で会うとはな。


「なるほどなるほど。リーダーが一人でお姫様を助けにきたって訳か。泣かせる話だな」

「もう一度言う。奏を離しやがれ」


 俺はP90を収納すると、再びL96A1狙撃銃を取り出し、立ち姿勢のまま構える。

 しかし銃口に睨まれてなお、アカツキの笑みは消えない。


「そんなに仲間が大事かね。俺たちにもお前らくらいの仲間意識があれば、こんな結末は迎えていないのかもしれんな。なぁ、オルティスタよ」

「……戯言はそこまでにしましょう。私たちの間に存在するのは運命を共にした忌まわしい呪いだけです」

「違いない。だから反吐が出る。仲間だの友情だの……そんなちっぽけなものに固執するお前らにな」


 アカツキの顔から笑みが消え、新たに浮かんだのは憎悪。

 そして、彼の肉体が少しずつ変貌していく。

 人の皮膚の部分が硬化していき、銀色の鎧へと作り変わっていく。


「まさかお前、俺に勝てると……本気で思っているんじゃないだろうな?

 この間逃がしてやったのは単なる慈悲であると、少しも理解していないように見える」


 アカツキの全身が銀色へと変わり、一匹の魔神へと変容した。


「お前ら如き小さき存在で、俺たちの計画にはさざ波すら起こらん。

 分かるか? この意味が。

 お前たちなど、眼中にないんだよ、俺たちにとってはな」

「その割に、随分仲間がやられたんじゃないのか?」


 俺の言葉に、アカツキが鼻で笑う。


「はっ、だからどうした? 何人犠牲になろうが、俺たちの計画にはなんの影響もないさ。

 もはや歯車は止められない。

 憎悪と糧とし、すべてを巻き込んで膨れ上がるのみ」


 アカツキはそう言うと、どこからかアンプルを取り出し、それを自らの首に射ち込んだ。

 先日の戦いの時にも使っていた薬だろうか。


「おしゃべりはここまでだ。お前らをここで消して、それで終わりだ」


 アカツキの右手に銃が出現する。

 先日の戦いの時にも使っていた、どこか近未来的なデザインの銃だ。


「俺とお前は同じ能力を基にしているが、決定的に違う点がある。それが何か分かるか?」

「…………」

「それはな、お前が人間で、俺は神だって事だよ」


 ひけらかすように、アカツキは両手を広げる。


「人の器でしかないお前では到達出来ない高みだ。

 その狙撃銃はL96A1か。そんな骨董品みたいな銃で、どうやってこの俺を殺すつもりなんだ? ええ?

 所詮人間のお前に、この俺は殺せない。

 貴様の銃弾ではな、神様は殺せないんだよ」


 ヤツの言葉に、俺は小さく息を吐き、そして再び目の前の魔人を見据える。

 言われなくても分かっているさ。俺の相手は神である事なんて、今更な話だ。

 だがな――


「全長1100cm、6500g。

 使用弾薬は7.62x51mmのNATO弾。

 初速は秒速800mオーバー、有効射程は半マイル。

 射程内の運動エネルギーは3000ジュール超」

「……一体何の話だ?」

「それがこいつ――L96A1のスペックだがな。神様とやらを殺せない理由がどこにある?」


 俺は挑発するように笑う。

 人の造り出した兵器で神を殺せない道理があるはずがない。

 いつだって神を殺すのは人間だ。

 

「神様だろうが何だろうが知った事か。まとめてぶち抜くだけだ」

「……上等だ」


 それが始まりの合図であった。

 俺とアカツキの、そして人と魔神の、殺し合いを告げる合図が、銃声と共に鳴り響いた。

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