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神を殺すのに必要な弾丸の数は  作者: ハマヤ
-虚無の弾丸-
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戦場のリアリスト-4-

 アグラ要塞の見張り台に一人の男が立っているのを、俺はスコープ越しに見詰めていた。

 周囲には先ほどから霧が立ち込めており、視界は悪い。

 本来ならこれだけ離れた距離の相手を視認する事は難しいが、今俺の覗いているスコープは熱源を感知するもの、いわゆるサーマルスコープというやつだ。

 周囲は暗くぼやけており、熱源、つまり人間だけが白く輝いている。

 だからその見張り台の兵士がどういう表情をしているのか、あるいは年齢はいくつかのか、俺には分からない。

 分かるのはただ一つだけ。彼がもうすぐ死ぬという事だけだ。


「…………」


 引き金をゆっくりと引く。

 そこに怨みも殺意もない。ただ淡々と作業のように。

 放たれた弾丸は霧を裂き、まっすぐと兵士の頭部を撃ち抜いた。

 どさりと白い影が倒れるのだけが、スコープを通じて確認出来た。


「お見事」


 隣にいたウルスラがそう呟く。

 俺は狙撃銃を下ろして、彼女に向き合う。


「この霧の中で見えるのか?」

「これでも竜だぞ自分は。それくらいは見えるさ」

「便利なもんだな」


 そう言って俺は狙撃銃――L96A1を構え直す。

 L96A1はイギリス軍で制式採用されている軍用のスナイパーライフルだ。

 ボルトアクション式で精密な狙撃に向き、寒冷地などでの作業にも向く優れものである。

 今回はスコープを熱探知スコープに換えている。


「残りの兵も排除する」


 そう告げ、狙撃へと移る。

 今回の砦攻略の作戦の立案者こそ、隣にいる新たな仲間、ウルスラであった。

 陸上では役に立たないと自虐していた彼女だが、俺たちの現在の状況を聞くとすぐさま作戦を立てた。

 まず最初にアムダの魔術で霧を作り視界をふさぐというものだ。


「少数で大勢に挑む場合、基本的には奇襲が有効となる。奇襲を成功させる要因は、相手を混乱させる事だ」


 そして霧で視界を失ったところを、俺の狙撃によって弩兵を倒していくというのが今回の作戦であった。


「戦争における最高の戦力とは航空戦力だ。制空権の確保は何物にも代えがたい。

 その為、敵の対空兵器の排除は重要だ」

「航空戦力って言うと、バシュトラか?」

「その通り。この時代の科学水準がどの程度かは分からないが、バシュトラ様に敵う戦闘兵器も存在しないだろう。制空権を取れば一方的な攻撃を行う事が可能となる」


 だからこそ、弩の排除が大事なんだ、とウルスラが告げた。

 俺は狙撃を繰り返し、一人ずつ敵兵士を撃ち抜いていく。

 相手の表情が見えないからか、それとも俺自身が戦争という行為に麻痺してきたのか、十人を数える頃には罪悪感は消えていた。


「そろそろ気付かれる頃か?」


 アムダの作った霧もそう長くは持たないという話だし、敵も異変に気付く頃だろう。

 その時、要塞の正面門の方から爆発音が聞こえてきた。

 向こうでも始まったようだ。


「さて、後は彼らに任せるとしようか」


 彼らとはおっさんたちの事だ。俺たちとは別に行動しており、頃合いを見計らって正面から襲撃する事になっている。

 もっともそちらは陽動で、本命はバシュトラが空から奇襲を仕掛け、奏を助けに行く手筈になっている。

 とりあえず、俺たちの任務は終了だ。俺はライフルを下ろして息をつく。


「見事な腕前だ。あなたも別世界から召喚されたんだったな」

「まあ、俺の場合は他の連中と違って、元の世界では普通の学生だったけどな」

「それはそれで興味深い話だな。このような異世界に飛ばされるなど、想定外ではあるか」


 ウルスラはどこか遠くを見つめて呟く。


「そう言えば、ウルスラもバシュトラの事、『バシュトラ様』って呼ぶんだな」

「うん? それはそうだが……どうかしたか?」

「いや、前にソフィーリスに聞いた時にはぐらかされたからな」


 そう言うと、ウルスラはくすりと笑う。どこか幼い笑い方だった。


「なるほど、ソフィーらしいと言うべきか。我々の関係性は確かに分かりにくい部分ではあるな」


 ウルスラは姿勢を正すと、こちらに向き直る。


「我々がバシュトラ様に付き従う理由はただ一つ、あの方が我らの主――竜王だからだ」

「……は? 将棋の名人か何かか?」


 いきなり突飛な単語が出てきて脳がショートしてしまった。


「ショーギとやらは知らないが、あの方は間違いなく我々の王だよ。

 だからこそ、私も、そしてソフィーリスやララモラも敬い従っている」

「でも、バシュトラは人間だろ? 竜の王様ってのは少し変な感じがするんだが」

「確かにそうかもしれないな。あの方はまだ若く、そして人間だ。

 でも我々はバシュトラ様を王と認めた。それが全てである」


 マジかよ、あの食いしん坊娘が実は王様だったなんて。


「……結構フランクに接していたが、もしかしてダメだったのか?」

「さてな。何分、あの方が人間と親しげにいるところは、我々もほとんど見た事がないのでな。

 以前に比べて大分穏やかになられたようだ。あなた方の影響かもしれない」

「親しげと言われても、懐いてない猫みたいな感じだぞあいつ。気付いたら一人でどっか行ってるし」

「これでも私はバシュトラ様がそれこそ赤子の頃から見てきたのだ。あなた方に気を許している事は分かるよ」


 そう言われるとそうなのかもしれない。

 しかしウルスラはかなりバシュトラを尊敬しているようだ。

 俺の知る限り、食う寝る飛ぶばかり繰り返しているバシュトラだが、実は良い王様なのかもしれない。


「バシュトラは元の世界では威厳のある王様だったのか?」

「そうだな、よく食べて、よく寝て、そして気が付けばどこかに飛んで行ってしまうような人だったよ」

「変わってねぇじゃねぇか」


 思わず突っ込んでしまった。


「我々といる時と同じ姿を見せているのなら、きっと信頼を寄せている証拠だよ」

「単にそれが素なだけだと思うが」

「あの方が誰かに素を見せるのが、我々以外にいるのであれば、それは私にとっても、そしてあの方にとっても良い事だろうさ」


 そんなもんかね。俺にはよく分からないが、ずっと一緒にいた彼女ならではの言葉なんだろう。

 その時、ふと気になった事があったので、彼女に尋ねる。


「しかしバシュトラが王様だったら、いきなり王様が消えて大変だったんじゃないのか?

 聞くところによると戦争中だったんだろ?」


 俺の質問に、ウルスラはふむと思案する。


「……正直なところ、そのあたりの記憶が曖昧なのだ。確かにバシュトラ様が消えたのであれば、本来であれば由々しき事態であるはずなのだが」

「そう言えば、ララモラたちもこっちに来る以前の事をあんまり覚えていないって言ってたな」

「ああ、気が付いた時にはあなたたちの前にいた、それくらいしか思い出せない」


 こっちの世界に来る時に記憶障害にでもなるのか。それはそれで怖いが。

 そんな事を考えていると、要塞の上空を何かが飛ぶのが見えた。

 バシュトラだ。

 対空兵器を無力化し、地上戦力が正面門に引きつけてある今、バシュトラが速度を上げて要塞へと向かっていく。

 俺たちはただ、その様子を見守るしかなかった。







 飛竜ララモラを駆るバシュトラは真っ直ぐと空を切り裂きながら飛んでいた。

 彼女のアーマーは奏の携帯端末とリンクしており、大まかな位置が分かる。

 懸念であった弩もシライの手によって無力化され、空を飛ぶ彼女を咎める者などいない。

 いない、はずであった。


――トラ様、何か来ます!


 アーマーを通して、竜形態となったララモラの思念を聞き、すぐさま臨戦態勢へと移る。

 一瞬の後、地上から白い閃光のような物体がバシュトラたちへと襲い掛かる。

 彼女はそれをすんでのところで回避し、槍を構えて相対する。


「素晴らしい。我が槍をかわすとは」


 羽ばたきの音と共に声が聞こえる。若い男の声だ。

 それはグリフォンに騎乗する白い騎士であった。

 手には馬上槍を携え、フルフェイスヘルムを被っていた騎士。

 バシュトラにはその姿に見覚えがあった。

 奏をさらい、この要塞へと連れ帰ったグリフォンの騎士である。


「馬上から失礼する。我が名はラシュフォルト。教会の勅撰騎士であり、五人の英雄の一人。

 君のような可憐な少女が偽りの英雄とは、皮肉なものだ」

「…………」


 ラシュフォルトは芝居がかった仕草で嘆いてみせるが、バシュトラはただ彼を見据えて動かない。


「ここが空の上でなければ、舞踏を申し込みたいところではあるが……残念ながらそうもいかぬ。

 そして我々は悲運の歌劇のごとく、敵対する運命なのだからな」


 ラシュフォルトは手にした槍をバシュトラへと向ける。

 その表情はヘルムによって窺い知る事は出来ないが、バシュトラには彼が笑っているのが分かる。


「では参ろうか、悪逆の使徒よ。大空の輪舞だ、せいぜい足掻いて見せよ」


 空を裂いて二つの騎士が激突する。








 同じ頃、要塞の正面門でも戦いが始まろうとしていた。

 陽動の為、アムダとブリガンテの二人が正面門を突破しようとしていた。

 最初はたった二人で馬鹿なやつだと嘲っていた兵士たちも、現に突破されつつある現状に、もはや形振り構っていない。


「ええい、なんだあの連中は! たかが二人ではないか!」

「し、しかし……こちらの攻撃が一切効きません! 化け物です!」


 兵士たちは絶え間なく矢や投擲槍、そして魔術を放つが、しかしブリガンテの肉体には傷一つ届かない。

 近寄る兵士たちも片手を振るわれただけで吹き飛ばされていた。

 門の守護に既に百人近くの兵士が集まっているが、その誰一人として、ブリガンテを止める事など出来なかった。


「ありえぬ、このような事、ありえるはずがない」

「いかがいたしますか」

「これ以上損害を出す訳にはいかない。門は閉じているな? 門さえ開けられねば何とでもなる」


 この巨大な要塞門は人間の手で開けるならば実に百人以上の力が必要となる。

 また魔術障壁によってあらゆる攻撃を防ぐ。たとえ大規模魔術であったとしても、一発や二発程度は防ぐ代物だ。

 開けられるはずがない。それが彼らの最後の砦でもあった。

 ブリガンテはゆっくりと閉ざされた大門の前に位置する。

 もはや兵の誰一人、彼の行動を止める者はいない。いや、止められるはずもなかった。


「ま、まさか、門を開けるつもりじゃ……」

「馬鹿な。物理的にも魔術的にも突破する事は不可能だ」


 周囲の喧騒など聞く耳持たず、ブリガンテは静かに腰を下ろす。

 丸太の如き右腕に、力が込められる。

 その脇にいるアムダは剣すら構えず、微笑んでいるだけであったが、兵士たちにはその笑みすら恐ろしかった。

 そして――


「ふんっ!」


 ブリガンテの気合と共に繰り出された拳は、あらゆる障害を寄せ付けぬと謳われた要塞門を、いとも簡単に粉砕したのであった。


「我々は無用な戦いはするつもりはない。しかしそなたらが戦う意思があるのであれば別だ。

 命が惜しくない者がいるならば、かかってくるといい」


 ブリガンテの低い声は、静まり返ったその場に響いた。

 そして、少しの間の後、ブリガンテたちを包囲していた兵士たちは、まるで蜘蛛の子を散らすように、勢いよく逃げ出したのだった。


「さすがですね。これで僕たちの仕事は終わりですかね」

「ふっ、私にばかり働かせていたのによく言う」

「まあまあ、僕はブリガンテさんと違って加減が出来ないタイプなんで。人死にが出なくて良かったと思うべきです」


 そんな軽口を交わしながら、二人は空を見上げた。

 ちょうど大空を裂いてバシュトラが砦の内部に侵入しようとするところであった。

 だが、そんなバシュトラに、地上から現れた騎士が対峙する。


「あれは……」

「いつぞやのグリフォンナイトですか。厄介ですね」


 バシュトラが負けるとは思わないが、しかし戦いが長引けば奏が再び別の場所へと移される可能性もある。

 この作戦はあくまで速度が重要な電撃作戦だ。こうして足を止められては台無しになる。


「あの高さなら僕の魔術も届きます。加勢に――」

「待たれよ」


 アムダが走り出そうとした時、彼らが踏み込んだ中庭に声が響いた。

 声の方へと向くと、一人の男が立っていた。

 白い髭を蓄えた初老の男性。しかしただの男ではないのが、その顔の皺と共に刻まれた傷跡からも分かる。

 そして右手には巨大な剣を携え、ブリガンテたちに厳しい視線を向けていた。


「……何用か、ご老人」

「貴様らには何の怨みもないが……これも仕事ゆえ」


 男はそう言うと、大剣を構える。

 同じく剣を抜いて構えようとしたアムダを、ブリガンテは片手で制する。


「……先に行け。バシュトラの足が止められた以上、作戦は変更だ」

「分かりました。奏さんを助けに行きます」


 アムダはそう言うと、要塞の内部へと走り出した。

 初老の男は走り抜けるアムダを一瞥しただけで特に止めようとはしなかった。


「止めなくても良いのか?」

「あれは見逃せと言われておる。あの小僧の相手は別におる」

「なるほど」


 自分たちがここに来る事も読まれていたらしい。

 ブリガンテは再び拳を構え、男に向き直る。


「ギルバルト・ボルガ・ハイムベルスの子、ブリガンテ・ファボック・ハイムベルスだ」

「……ガイウス・ワイマール。ただの傭兵よ。今は教会に雇われ、英雄とやらに祭られておるがな」

「教会の用意した英雄か」

「わしには英雄などどうでもよい。ただ己が宿願を果たせればな」

「宿願?」


 ブリガンテの問いに、ガイウスは獣を思わせる笑みを浮かべた。


「亜人どもをこの世から一匹残らず消す。それが我が大願である!」


 そう言って、ガイウスは刃を繰り出した。

 

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