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神を殺すのに必要な弾丸の数は  作者: ハマヤ
-虚無の弾丸-
84/102

戦場のリアリスト-3-

 姫宮奏が目を覚ました時、自分が泣いているのが分かった。

 幼い記憶、古い物語。


「……これ、は」

「思い出したようですね」


 現実に戻り、目の前には魔神オルティスタがいた。

 相も変わらず虚ろな視線を奏に注いでいた。

 だが、今の奏にはもっと重要な事があった。

 先ほどの夢の中で見た、ジョン・スミオンとの会話。


「……十二の種族が暮らす世界……」

「貴女の義父が貴女に与えた物語。多種多様な種族が住まう異世界の話。何かに似てはいませんか?」

「それは……」


 エルフやオークたちの住まう世界の物語。

 それは――まるでこの世界に似ていると奏は思った。

 そんなはずはない。しかし言い得ぬ疑念が胸の中に広がる。


「この世界には人間を含めれば十一の種族しかいないはず」

「では思い出してはいかがでしょう? 貴女の読んだ物語と、この世界。足りぬ種族は?」


 オルティスタの問い掛けに、奏はかつての記憶を思い起こす。

 少女の頃に何度も読んだ小説。

 そうだ、最後の種族は――


「……猫の種族、ケットシー……? そんな、でも……」

「それが事実。それが真実なのです」


 ケットシー。思い当たる人物は一人しかいない。

 でもそれはありえぬ存在だ。


「そもそも……貴女方は一つ、重大な思い違いをしています」

「え?」

「貴女はこの世界をなんだと思っているのでしょう?」

「それは……」


 深くは考えた事はなかったが、彼女らを呼び出した猫顔の人間の言葉を借りるならば、すべての世界の基になった世界。

 この世界が滅びれば、多元連立世界のすべてが滅びると聞かされていた。


「でも、そんなのはありえないわ。多元連立世界はゲートで繋がっているとはいえ、ゲートは本来、閉じられている。それはジョンが身を以て証明したんだから」

「そうです。互いに異なる世界は独立しており、他の世界に影響を及ぼす事などありえないのです」


 それが大前提であったはず。

 なのにこの世界はその前提条件が崩れてしまっている。


「つまりこの世界は他の世界と密接に繋がった世界と言えるでしょう。そして、貴女は知っているはずです。その世界が何であるかを……」

「それは……スミオンゲート……」


 そんなはずはない、と奏は頭の中で否定する。

 だが、オルティスタは薄く笑う。


「そう、この世界こそ、スミオンゲートに他ならないのです」

「どうして……」

「貴女の記憶にある通り、ジョン・スミオンはその命を使い、ゲートを開いた。

 その結果として生まれたのがこの世界なのです。

 この世界は、彼が貴女の為に作った世界、スミオンゲート。だからこそ、貴女のよく知る世界なのですよ」

「じゃあ、あの猫人間……ケットシーがいたあの空間は?」


 奏たちが最初に呼び出されたあの白い空間を、彼女はスミオンゲートだと思い込んでいた。

 しかしあれがそうだという証拠は何もない。あそこにいた管理人……いや、管理人を名乗った人物がそう告げただけだ。


「ジョン・スミオンが意識的にこの世界を作ったのかどうかは分かりません。

 しかし結果的に生まれたこの世界はゲートの役割を持ちました。

 世界と世界を繋ぐ門の役割。そして世界同士が交線してしまったのです」

「世界が、繋がった?」

「ええ。本来、異なる世界を行き来する事は出来ません。人は世界の壁を超えられないのです。

 ですが……世界と世界の間にスミオンゲートという世界が生まれてしまった。

 ここはどこにも属さない代わりに、異世界とも繋がりを持った世界です」


 だから奏たちはこの世界に来る事が出来た。

 そして、目の前の魔神たちも同じようにこの世界にやってきたのだろう。


「じゃあケットシーとは何者なの?」

「それを語る言葉は、私は持ち合わせていません」

「まあ、正義の味方じゃないって事は確かだな」


 後ろで黙って聞いていたアカツキが、横から口を出す。


「へへへ、おかしいと思わなかったか? あいつはな、そもそもスミオンゲートの管理人でもなんでもない。ゲートの管理人は別にいるのさ」

「それは誰?」

「管理人はもう存在しません」


 オルティスタの言葉が響く。


「存在しないって……」

「言葉通りです。彼女はもう、この世界にはいない。我々が殺したのですから」

「……まさか!」


 奏の驚愕に、アカツキがひゃははと笑う。


「そうだ! かつてこの世界を統治していた女神アルスフィオナこそ! スミオンゲートの管理人であり! 俺たちはその力を簒奪したんだよ!」

「そんな……」

「力を奪い、我々は強大な力を身に付けました。その結果が今、貴女も知る通りでしょう」


 そう言うと、オルティスタは視線を奏から窓の外へと移した。

 少しだけ表情が曇る。


「……来たようですね」

「え?」

「失礼します!」


 声と同時に、部屋の扉が開け放たれる。

 入ってきたのは騎士姿の男だった。


「ラシュフォルト、いかがしましたか」

「は、報告します。先ほど砦に数名の人間が侵入したようです。おそらく、予言の勇者を騙る者たちかと」

「そうですか……」


 その言葉を聞き、アカツキがにやりと笑みを浮かべる。


「良かったじゃねぇか、お姫様。お仲間が助けに来たらしいぜ? へへへ、麗しいねぇ」

「彼奴らは大罪人です。私にお任せを」


 ラシュフォルトと呼ばれた騎士が自信を持って外へと飛び出した。

 その姿を、アカツキはへらへらと見詰めている。


「あいつは教会の用意した勇者の一人ってやつさ。元々、盲信的な教会の騎士だったみたいだがな」

「あなたたちが彼を操っているんでしょ」

「そう言われると返す言葉もないがな。まったく便利なもんだよなぁ、精神魔術ってやつはさ。

 俺たち現代人からすりゃ、洗脳なんて薬と拷問を使わないと出来ないって言うのによ。

 オール・マスト・ダーイってやつだな」

「あなたたちの目的は何なの? どうして教会と手を組むの?」


 しかし奏の詰問には二人とも答えない。

 オルティスタは視線だけをアカツキに向けた。


「これ以上、ここに留まる事もないでしょう。彼女を連れていきます」

「了解了解っと。さてとお姫様、暴れずに付いて来てもらうぜ。

 前みたいに電気銃(テーザー)で眠らせてもいいが、あんただって痛いのは嫌だろう?」


 アカツキは右手に拳銃を構えて、奏を促す。

 一瞬反抗してやろうかとも考えたが、しかしシライたちが助けに来ているのであれば、今意識を失うのは拙い。

 今は従っている方が得策と考え、奏は大人しく頷いた。








「あれが砦か」


 木々の合間から、俺たちは奏が捕えられている砦を眺めていた。

 まだ砦までの距離はあるが、周囲の警戒が厳しく、これ以上近付けば見つかりそうだ。

 俺は近くの林からスコープを使って偵察していた。


「……結構敵は多かった」


 俺の隣にいたバシュトラがぽつりと呟く。

 彼女も勢いに任せて特攻しようとしたが、防備は堅いようだ。


「さて、どうするかな」

「……爆破?」

「したら多分、中にいる奏が怒るんじゃねぇかな」


 とりあえずスコープを仕舞い込み、俺たちはアムダたちと合流する事にした。

 アムダとおっさんにも同じく周辺を見てもらっており、しかし成果はあまりなさそうだ。


「ダメですね、向こうの警備も厳重です。兵はともかく、備え付けの弩が厄介です」

「数が多い。一つずつ破壊していれば手が回らないだろう」

「数で攻められると厄介だな」


 一騎当千なアムダたちに弱点があるとすれば、それはやはり純粋に数だろう。

 特に奏という範囲攻撃使いがいない今、囲まれると厄介だ。

 無敵を誇るおっさんも、弱点がない訳ではないし、女性兵士でもいようもんならお手上げだ。


「夜を待って、潜入するというのはどうでしょうか?」

「それも一つの手だが……なるべく早く奏を助けたい。連中がどうしてあいつを浚ったのかは知らないが、少なくともろくな話じゃないはずだ」


 俺の言葉におっさんも頷く。


「確かにな。ならば早い方がよかろう」

「かといって無差別に攻撃するのもアレですよねぇ。奏さんがどこにいるか分かればいいんですが……」

「……そういや、あいつ、ケータイは持ってるよな」


 道中で拉致された為、着の身着のままのはずだが、携帯端末(サイタブレット)はいつも身に付けていたはずだ。

 奪われてなければ持っているだろう。

 奏の荷物は一応持ってきている。その中には、ノートパソコンもあった。奏の世界で言えばサイコンピューターと言うらしいが。


「これでケータイの位置情報を調べられないか? いや無理か。さすがに異世界で位置情報なんてのは」

「……多分調べられる」


 そう言ったのはバシュトラだった。


「マジか?」

「うん。前に奏の通信機器のデータを鎧に登録したから、電源が入っていれば位置は割り出せる」


 そういやこいつの鎧、ハイテクアーマーだったんだな。アカツキのバトルスーツに負けず劣らずの。

 彼女は慣れた手つきで何かを操作すると、少しだけ目を閉じる。


「……ここから西に1300mくらいのところにいる。高さは20mくらい上」

「えらいアバウトだが、少なくともここにいるのは間違いないって事か」


 どこぞの建物の上の階にいるようだ。とりあえず大体の場所でも掴めたのは大きい。

 俺が口を開こうとしたその時だった。


『――――いやー、久しぶり、だねぇ……』


 バシュトラの方から声が聞こえた。正確にはバシュトラの鎧から、だが。

 それは久しぶりでも忘れるはずがない、あの猫野郎、スミオンゲートの管理人とやらの声だ。

 ノイズがかっているが、はっきりと響く。


『奏ちゃんが捕まっちゃったんだね、大変だ……』

「今更何の用だよ。こっちは忙しいんだ、てめえの相手をしてるほど暇じゃないんだよ」

『あはは、つれないね。折角力を貸してあげようと言うのにね』


 いつも通りの気楽さの言葉に、俺たちは顔を見合わせた。


「……どういう事だ?」

『色々あって最近通信できてなかったけどさ。君たちのご褒美タイム、最近出来てなかったじゃない?

 最後に君たちの能力を解放しておこうと思ってね』

「最後?」

『これが君たちとの最後の通信になると思うよ。だから今回で全能力の解放になるね』


 そう言って、声は俺の名を呼んだ。


『まずは藤間さん、えーと、君は全武装の解放だね。これですべての制限がなくなった状態になったよ』


 いつもの事ながら特に変わった感じはしない。

 例の携帯ゲーム機で確認すれば、ロックされていた武器がアンロックされていた。

 今更、という気がしないでもないが。


『次にアムダ君にはこれだね、六本目の神剣』

「ん? アムダって七本の神剣を使うんじゃなかったのか?」

「いえ、最後の神剣は少し特殊で、封印自体はされていなかったみたいです。ですのでこれで武器はすべて揃った形になります」


 となるとアムダも全能力が発揮出来る状態になったのか。


『続いてブリガンテさんはもうすでに能力であった呪いは解放してあるから、これあげるよ』

「…………」


 おっさんの目の前に現れたのは……髪飾りであった。若い女性が使うような細工のもの。

 それを拾い上げ、厳しい視線を虚空に向ける。


「……どういうつもりだ」

『あはは、気楽に考えればいいよ。僕からの激励みたいなもんでさ』

「その髪飾りがどうしたんだ?」


 俺の質問に、おっさんは少しだけためらいがちに答える。


「これは……妻のものだ」

「ふーん…………って、なに? おっさん結婚してたのか?」


 そっちの方が驚きだったが、しかしそれ以上は答えようとはしなかった。

 おっさんは髪飾りを見詰めたまま、瞑目した。


『最後にバシュトラちゃんにはいつも通り、ドラゴンだね。後でここに転送させてもらうよ。じゃあねー』

「ちょっと待て、最後の通信ってのはどういう事だ?」


 通信を終えようとしていた相手に、俺は質問をぶつける。

 バシュトラの鎧に付けられたスピーカーの向こうで少しだけ考え込む素振りが見て取れた。


『言葉通りだよ。君たちの相手をしているほど暇じゃなくなってきたって事だね。僕にも他にやる事があるんだよ』

「お前の言う通りに、こっちは世界とやらを救う為に戦ってるんだ。もっと言うべき事はあるんじゃないのか?」

『いいや、ないよ。駒にかける言葉なんてあるはずがないだろう?』

「なっ!?」


 思わず絶句する。


『君たちは従うしかないんだ、僕の言葉にね。この世界を救う為に、自分たちの故郷を守る為に、大事な人を助ける為に、ね』

「まさか……おっさんの奥さんを人質にしたのか!」

『ははは、それこそまさかだよ。でもまぁ、君たちの態度次第じゃないかな。

 僕は別にどうだっていいんだよ、そんな枝葉末節はね。

 君たちが魔神を倒し、この世界を救ってくれれば、それでいいのさ、あはは』

「…………」


 悪意を隠そうともせず、哄笑する。

 間違いない。こいつは俺たちにとって味方でも何でもない。


「魔神はかつて人間だったんだろ? あいつらも俺たちと同じようにお前が呼んだのか?」

『ん? あはは、彼らに関して僕はノータッチさ。まあ、向こうは僕を恨んでいるだろうけどね。

 でもそれもどうでもいいじゃないか。君たちの仕事はさ、魔神を殺す事なんだよ。

 そうすれば君たちは元の世界に帰れるし、みんなハッピーエンドさ。

 だから――――君たちは殺し合う以外に道はないんだよ』


 笑い声だけを残し、やつの気配は消える。

 残された俺たちの間に不愉快な沈黙が続く。

 何か言おうとしたその時だった。

 どすん、と何かが俺の上に落ちてきたのだった。


「ぐはっ!」


 潰れたヒキガエルのような声を上げ、俺は倒れ込む。

 なんだ、敵の襲撃か?


「ここは……」


 俺の上に落ちてきたのは人だった。それも妙齢の美女だ。

 紫色の髪のポニーテールで束ねており、特徴的なのは右目に眼帯を付けているという事だった。

 どこか独特の雰囲気の彼女は、なんとなくだが誰なのかは検討がついた。


「お姉さま!」


 後ろに控えていたララモラが叫ぶと、眼帯の女性がそちらを向く。


「ララモラ……それに、ソフィーリス。お前たち、一体何を……」

「……ウルスラ」

「これは、バシュトラ様。あなたまでなぜ? ここは?」


 やはり、と言うべきか、この女性はバシュトラの関係者のようだ。

 というか先ほどの猫野郎が言ってた、バシュトラの追加のドラゴンに違いなかった。

 つうか早くどいてくれ。


「おっと失敬。手前とした事がはしたない真似を……」


 ウルスラと呼ばれた彼女は俺の上から飛び退くと、改めて周囲を見回す。

 ソフィーリスよりは小柄だが、すらりとした姿勢の良い女性だ。眼帯も含めて、どこか刃物を思わせるような鋭さを放っていた。

 バシュトラが言葉少なげに状況を説明する。

 あんな説明で理解出来るのか、と隣で聞いていて思ったが、一通り聞いた後、ウルスラは頷いた。


「つまり、現在は戦闘任務に従事している、という事でよろしいか?」

「……うん」

「では自分の力、御身に預けましょう」


 あんな説明で納得したらしいウルスラは、胸をドンと叩いた。


「さっすがウルスラお姉さま、器が大きい!」

「何も考えてないだけかもしれないわねぇ」


 ララモラとソフィーリスが色々言っているが、ウルスラは笑い飛ばす。

 先ほどまで色々とあって少々気が滅入っていたが、ある意味で気持ちが切り換えれたかもしれない。


「俺はシライだ、よろしくな」

「ああ、バシュトラ様の仲間なら自分にとっても戦友である。よろしく頼む」

「新しい仲間が入って心強いですね」


 アムダも喜びを見せるが、しかしウルスラはふむと小さく呟いた。


「残念ながら、自分を戦力として数えるのは戦術的にお勧めしない」

「え、どうして?」


 俺たちの疑問に、ウルスラは胸を張って答えた。


「自分は水竜である。陸では俎上の鯉のようなものだ、はっはっは」

「役立たずでも気にしないお姉さま、さすがです!」

「ウルスラはそういうところ、あるわよね」


 結局、ドラゴン娘たちは相変わらずだった。

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