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神を殺すのに必要な弾丸の数は  作者: ハマヤ
-オーク領攻防戦-
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プロローグの終わり

 パラシュートを展開し、俺と奏は無事、広場に着地する。

 隣でへたり込む奏の顔は青かった。


「もう二度とあんたと同じ乗り物には乗らないから」

「何で?」

「大体爆発してるか墜落してるじゃない!」


 まあ乗り物ってそういうもんだから、という身も蓋もない言い訳をしておく。

 まだ怒る奏をなだめながら、俺は視線を前に向ける。

 その先にいたのは、オークの王スプーキーその人であった。


「まさか、ちょうどうまく目の前に降りれるとは不幸中の幸いと言ったところか」


 オークの兵が俺たちを威嚇するように槍を構える。

 その中央にいるスプーキーが大仰な動作で手を挙げる。


「朕の前に出るとは、泣いて詫びに来たか?」

「少なくとも、土下座しに来たんじゃない事は確かだな。ぶん殴りに来たぜ」

「ニンゲン風情が小生意気な」


 そう言ってスプーキーは一歩前に出る。

 他のオーク兵に比べると一回りほど大きな巨体は、単なる肥満体という訳でなく、大型の肉食獣を思わせる肉体だ。

 殺気立った瞳が俺を射抜く。


「陛下、ここは我々が……」

「下がっておれ。朕自らが不届き者に引導を渡してやる」


 そう言うや否や、スプーキーが両腕を激しく大地に打ち付ける。

 そして天に向かって大きく吼えた。


「『爆豚進化』!」


 スプーキーの体が大きく膨れ上がる。

 まるで巨象と見間違えるほどの巨躯。

 豚というよりは大猪のような風貌へと変化を遂げていた。


「力のある亜人が持つ先祖帰りの能力、だったか。あんたも出来たんだな」

「ぶひひ! 朕の力、とくと味わうがよい!」


 そう言うと、巨大な猪と化したスプーキーは、頭を低く下げ、こちらに向かって突進してくる。

 こんなぶちかましを受ければ無事で済むはずがない。

 俺と奏は慌てて横に飛びのく。

 回避されてもそのまま直進を続けたスプーキーの突進は、広場の端にあった樹木をへし倒してようやく止まる。


「こういう肉体作業はおっさんとかの役目なんだが……」

「やるしかないでしょ」


 奏がスマホを構える。

 しかし戦うとは言っても、相手を殺す訳にはいかない。そうなると必然的に俺の武器は……。


「これしかないな」


 そう言って取り出したのは赤く輝くバールであった。

 銃を使えない以上、バールで何とかするしかない。


「そんな鉄の棒で朕を止められると思うたか」

「これをただの鈍器と思ってもらっては困る。由緒正しいバールなんだからな」

「バールに由緒も何もないでしょ」


 身も蓋もない事を言う奏先生であった。

 スプーキーが向きを変え、こちらを狙って再び突進してくる。


「アンフィニ! 虚数式展開!」

『展開したよ』


 間延びした機械音声の後、奏の呼び出した液体が道に撒かれる。

 スプーキーがその液体の上を走った瞬間、彼の巨体が宙を舞った。


「ぐおおっ!」


 ずでんとひっくり返り、さらにそのままの勢いで滑っていく。


「なんだありゃ」

「液体洗剤を撒いたんだけど、結構滑るものね」

「ローションプレイってやつだな」

「違うわよバカ。普通の洗剤だから!」


 怒られた。その辺はきちんとしておきたい微妙な乙女心というやつらしい。

 しかし洗剤で滑って転んだという芸人も真っ青な芸当を見せたスプーキーは、ゆっくりと立ち上がり、こちらを睨みつける。

 こちらも大分怒っているようだ。


「貴様ァ! 許さんぞっ!」


 大きく口を開けると、そこに炎が集まっていくのが見えた。

 先ほど、オスプレイを撃墜した炎を吐き出そうとしているようだ。


「消し飛べ!」


 放たれた炎の弾が、真っ直ぐ俺たちに向かって飛んでくる。しかもさっきの火球よりも大きい。

 やばい、と思ったその瞬間、俺たちの前に黒い影が現れた。


「ぬぅん!」


 黒い影は手にした大槍を振るい、スプーキーの放った炎弾を弾き飛ばした。

 炎が爆ぜ、火の粉が舞う。

 俺たちを守ってくれたその人が、獰猛な笑みを浮かべた。


「なんとか間に合ったのう」

「貴様……何のつもりだシャングドラ!」


 俺たちをたすけてくれたのは、リザードマンの族長、シャングドラだった。

 白い鱗を輝かせ、スプーキーと対峙する。


「何のつもりはこっちのセリフじゃ、スプーキー。イベルを処刑など血迷ったか」

「貴様には関係のない事だ。それとも裏切ったのか」

「関係ないじゃと? ぬしゃとは古い付き合い、友人と思うておったが、よもやそのように言われるとはな」


 シャングドラは槍を構えると言葉を続ける。


「わしらは戦争を止める。この者らに殴り飛ばされ、目を覚ましたんじゃ。お前も目を覚まさんかい」

「ふん、裏切者めが。まとめて消し飛ばしてやろう」

「頑固者めが」


 そう言うと、ちらりとこちらに視線を移す。


「そういう訳じゃ。手助けさせてもらおう」

「ありがとう、恩に着る」

「なぁに、わしにとってもイベルは子も同然じゃ。それにぬしゃらにも世話になったからな」


 再び炎を撃ち出そうと、スプーキーが大きく口を開ける。

 俺はその瞬間、手榴弾を取り出し、大猪に向かって投擲する。

 ただの手榴弾ではない。炸裂した瞬間、強烈な光と音を放つ音響閃光弾フラッシュバンだ。

 投げつけた音響閃光弾はスプーキーの眼前で爆裂、凄まじい光と音が生まれる。

 少し離れた俺たちですら思わず怯むほどの音の爆弾だ。それが目の前で炸裂したスプーキーには、何が起きたのかすら分からないだろう。

 一瞬麻痺した隙に、奏が飛び出す。


「虚数式展開! 一気に行くわよ」


 奏が呼び出したもの、それは鉄の網であった。

 召喚された鉄網が怯んだスプーキーにかぶさる。しかしいくら鉄の網でも、あんなもので捕まえるのは無理だろう。

 俺の疑問に気付いたのか、奏は小さく笑う。


「ちょっとばかり、痺れるわよ」


 そう告げると、鉄の網が輝き始める。

 いや、ただの網じゃない。これは電気の網のようだ。

 強力な電撃は、中にいるスプーキーに襲い掛かる。


「がぁぁぁぁぁああ!」


 激しい叫び声を上げ悶絶するスプーキー。

 電流の流れる網をかけるとは、中々にえぐい。本人は割と嬉しそうではあるが。

 そしてすかさずシャングドラが槍を振るい、スプーキーの巨体を攻撃する。


「ぐぅう! 貴様ら……愚弄しよって!」


 怒りのままスプーキーは鉄網を噛み千切る。

 しかしかなりのダメージを与えたようで、若干脚もふらついていた。

 あと少し、か?


「朕は王だ。オークの王なのだ! 貴様らごときにぃぃぃl!」

「父上! もうお止めください!」


 興奮したスプーキーを制止するように、声が響く。

 それはイベルの声だった。

 民衆やオーク兵を従え、イベルが父親と対峙する。


「何をしておる貴様ら! イベルを捕えろ!」


 イベルに付き従う兵士に対し、スピーキーが命を飛ばすが、しかし誰一人として動こうとしない。

 一人の兵士が、一歩前に出た。


「カッツ! 裏切ったのか!」

「我々はイベル王子に賛同いたしました。同じ国の民で争う場合ではありません!」

「父上、もう止めましょう。これ以上血を流す必要など、ないのです」


 穏やかな口調でイベルは語り掛ける。

 イベルの言葉によって、広場の争いが沈静化していた。

 もはや戦う意思を見せているのは、王ただ一人。

 だが――


「朕は……うぐぐぐぐぐ! 王だ。王なのだ! ニンゲンに屈する訳にはいかぬ!」

「父上!」


 迷いを振り切るように、スプーキーが頭を振る。

 どうやらここが正念場のようだ。

 俺はイベルに視線を投げかける。


「シライさん、王を……いいえ、父を救ってください」

「任せておけ」


 ゆっくりと俺は前に出ると、手にしたバールを構える。

 目の前には怒りに燃える巨大な猪、

 突進を食らえば俺の体なんて木葉のように吹き飛ぶだろう。

 しかし恐怖はない。


「あんたはもう王でも何でもない」

「貴様に! 貴様に何が分かる! 王なのだ! 王として国を守る義務があるのだ!」


 真っ直ぐ突進してくるスプーキー。


「民も臣もイベルを選んだ。あんたはもう、休むべきだ」

「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 巨体が走る。大地が揺れる。

 俺との距離はあと数メートルほどしかない。


「アムダ!」


 俺の言葉に、民衆の中に紛れていたアムダが反応する。


「大地よ! 金剛の盾と化せ」


 アムダの魔術によって、地面から石の盾が隆起し、スプーキーの眼前に現れた。

 突然現れた石壁に、スプーキーはそのままの勢いで突進する。

 盾は割れたが、スプーキーもかなり疲弊している。


「奏!」

「任せて!」


 奏が魔術を行使し、再び鉄の網を召喚。

 スプーキーの動きを封じるように、鉄網が巨躯に食い込んでいく。

 俺はバールを構えたまま、動けなくなったスプーキーに向かって走る。

 スプーキーの瞳に、初めて怒り以外の感情が見えた。

 それは恐怖か、それとも怯えか。


「いい加減、もう寝てろ!」


 叫びながら、俺はバールを鼻先に振り下ろした。


「朕は……朕、は……」


 呟きながら、スプーキーは白目を浮かべ、そして――崩れ落ちた。

 一瞬遅れて歓声が上がる。

 それは、戦いの終わりを告げる声。


「父上……」


 歓声の中、イベルが倒れたスプーキーに駆け寄る。

 あまりにタフだったんでちょっとやりすぎたかもしれん。


「大丈夫そうか? その、思いっきり殴っちまった」

「多分大丈夫かと。父は頑丈ですので」


 その時、倒れていたスプーキーが小さくうめき声を上げた。

 周囲にいた人だかりが身構える。

 いつの間にか、大猪の姿から人型の姿に戻っている。


「ここ、は……朕は一体……」

「父上、気が付かれたのですか?」


 体を起こし、スプーキーがキョロキョロと周囲を見回す。

 その姿に、先ほどまでの憎悪に濡れた要素はなく、どこか愛嬌の感じさせる仕草だった。


「うっすらとだが記憶が残っている。どうやら迷惑をかけたようだな。民にも、そなたにも」

「いいえ、父上が無事であるならそれで良いのです」


 魔神の精神支配が解けたようだ。俺たちも顔を見合わせ、ほっと胸をなでおろす。

 スプーキー王は俺たちの姿を認めると、頭を下げる。


「そなたらにも謝罪と感謝を。ありがとう」

「いえ、こちらこそ手荒な事になってしまい、申し訳ございません」


 奏が俺たちを代表して頭を下げた。

 その言葉に、王様は呵呵と笑った。


「確かに、全身が痛いわ。心地よい痛みではあるがな」


 ぼろぼろの姿の王様を見て、少々やりすぎたかもしれないと、俺たちは顔を赤くした。







 王が正気に戻った数日後、俺たち一同は城に呼ばれた。

 入城すると、俺たちは謁見の間へと向かう。そこで待っていたのはイベル王子であった。


「父はまだ療養中ですので、代わって私がお話をさせていただきます」


 そう切り出し、まずは一連の騒動についての謝罪と謝礼を行う。


「あなた方と共に戦えた事は、私にとっても一生の宝となるでしょう」

「大袈裟な。助けてもらったんだ。助けるのが人情ってもんだろ」

「そうね。イベル王子にはお世話になってわね。今後は王子が政務を?」

「今すぐ、という訳ではないでしょうが、少しずつ仕事を覚えていくつもりです。

 それに、人間領との会談も行わねばなりません」


 いくら正気を失っていたとはいえ、宣戦を布告してしまった以上、相応の行動が必要になってくる。

 これから厳しい立場に置かれる事になるだろう。

 しかしイベルは優しく微笑んでいる。


「シャングドラ殿、コボルト族のカーヴェイ殿も力を貸していただけるようです。

 これを機に、再び十氏族同盟の協調を呼びかけていきたいと、私も考えています」


 まだ先は長いですが、とイベルは続けた。

 しかしイベルならきっと成し遂げるだろう。少しの間ではあるが、そういう男だこいつは。


「それで……皆さんに渡したい物があり今日お呼びしました。こちらへ」


 案内され、俺たちは城の廊下を進む。

 その途中、ドーンが俺たちを待っていた。いつも通りの人のよさそうな笑みを浮かべている。


「落ち着いてきたのでそろそろ国に戻ろうかと思いまして。その前にご挨拶をと」

「そうか。ドーンにも色々と世話になったしな。ありがとう」

「いえいえ」


 彼は小さく首を振ると、俺たちを見渡す。


「こちらもお世話になりました。前にも言った通り、機会があれば私の店へ。

 美味しいケーキをご馳走いたしますよ」

「楽しみにしておきます」


 奏がそう答えると満足そうにドーンは頷いた。その後、何かに気付いたかのように告げる。


「そうだ、奏さんに渡したいものがあったんです。もし良ければ少しだけお時間いただけますか?」

「あたしに? 何かな」


 問うてもドーンは秘密です、と笑うだけだった。


「先に行ってて。受け取ったら向かうから」

「分かった」


 奏とドーンと別れ、俺たちはイベルを先頭に再び歩き出す。

 まるで隠し通路のように入り組んだ廊下を歩き、階段を上っていく。その先に、古ぼけた扉があった。

 イベルが扉の錠に鍵を差し入れると、ガチャリと音を立てて扉が開いた。


「我々オーク族が代々管理をしているようで、一族の中でも限られた者にしか教えられていません。

 私も先日、父から聞いたばかりでした」


 そう言ってイベルが奥に進む。部屋の中央には台座があり、その上には小さな小箱が置かれていた。

 少し特殊な意匠の箱で、掌に乗るくらいのサイズだ。


「これをあなた方に託します。それが良いと、父も賛成してくれました」

「それは……」

「――女神の匣です」


 イベルの返答に、俺たちは顔を見合わせた。

 女神の匣は俺たちがこの世界に来たある意味で大きな要因の一つだ。

 実物を見るのは初めてであり、まさかこんな形で見つける事になるとはな。


「案外小さいんだな。人が入れるって聞いてたけど」

「これは女神の魔力を封じたものと言われています。匣は三つあり、肉体、魔力、そして心を封じているのだとか」

「なるほどねぇ」


 何にせよ、魔神に先んじて目的の物が見つかったのは大きい。

 イベルが箱を手に取り、こちらに渡そうとした、その時だった。


――パァァン。


 乾いた破裂音が、部屋の中に響いた。

 それは俺にとってもよく聞いた事のある音。

 銃声。


「あ……ぐっ……」


 目の前のイベルの胸に、赤黒い染みが広がっていく。

 銃撃による傷だと気付くのに、そう時間は掛からなかった。


「イベル!」


 イベルが膝から崩れ落ちる。掌から零れ落ちた女神の匣が、ころころと床を転がっていく。

 銃声は俺たちの背後から聞こえた。

 すぐさま振り返り、俺は……襲撃者の顔を見た。


「何で……お前が……」


 そこに立っていたのは、銀色に鈍く輝く拳銃を手にした男――――ドーンの姿だった。

 いつもの温和な笑みを浮かべながら、こちらを一瞥する。

 そして左肩には、ぐったりとした奏を担いでいた。


「奏! 何をしやがった!」

「安心していい。電気銃テーザーで眠ってもらっただけだ。傷一つ付けず連れて来いと言われているからな」


 低い声でドーンが答える。

 アムダたちが身構えるが、しかし異様な雰囲気に動けずにいた。

 ドーンが軽く左手を振ると、床に落ちていた女神の匣が急に宙に浮かび、そしてそのままドーンの手の中に納まった。

 彼は小箱を興味深そうに眺めながら告げる。


「実に……実に上手く事が運んだ。礼を言おう。

 この地での俺の目的は三つ。

 オーク族を煽動し、人間との戦争に導く事。

 女神の匣を見つけ、それを確保する事。

 そして、匣の鍵である姫宮奏を手に入れる事」

「なにを……なにを言ってやがる!」


 俺はハンドガンを呼び出すと、ドーンの額に向けて構える。

 ドーンもまた、同じように拳銃を構え、こちらを見据えていた。

 銀色に光るそれは、しかし俺が見た事もないような銃。グロッグ系のハンドガンに似てはいるがもっと別の、近未来的なデザインだ。


「奏を離せ!」

「お前たちがイベルを懐柔してくれて助かったよ。戦争は誇りで行うものではない。憎しみで行うものだ」


 俺の言葉に耳を貸さず、ドーンは淡々と述べていく。

 撃たれて倒れたイベルに、おっさんが駆け寄り、守るように寄り添っている。


「なぜ民衆が人間との戦争を止めようとしたイベルを支持したか分かるか? 彼らには、戦うべき怨みが無かったからだ。

 同じ亜人が殺されたとは言っても所詮違う氏族の話であり、彼らに利するところではない。

 だから戦争反対というイベルの綺麗な言葉に耳を貸し、こうして争いが集結した」


 だが、とドーンは続ける。


「彼らが敬愛し慕う王子が人間に殺されたのであれば、話は別だ。これで怨みが生まれたのだ。戦争を行うに足りる理由が生まれた。人が人を殺す、明確な理由がな」

「お前は一体……」


 アムダが問い掛けると、ドーンが小さく鼻で笑った。


「お前たちは本当に浅はかだ。理解していたのではなかったのか? お前たちの敵は誰なのか」


 そう言うと、ドーンは拳銃を持った右腕を、俺たちから横の壁に向ける。

 何をするつもりだ。そう思っていた時、ドーンの手の中にあった拳銃が突如形を変える。

 形を変えたそれは、小型のロケットランチャーのように見えた。

 そして、ドーンは壁に向かい、ロケット弾を撃ち放つ。

 ロケット弾が壁に炸裂し、大穴が空く。その向こうは空が広がっていた。


「ラシュフォルト!」


 ドーンの呼び声に反応し、穴の向こうで何かが空を飛んでいるのが見えた。

 それは、巨大な鷲に乗った男だ。

 鎧と兜を身に付けた騎士が、大鷲に騎乗していた。


「グリフォン……」


 アムダの呟きが聞こえた。

 鷲の頭にライオンの胴体を持つとかいうモンスターだったか。確かにそんな姿をしていた。

 グリフォンは羽ばたきながら、穴の外で待つ。ドーンはグリフォンの騎士に向かい、女神の匣を投げ、そして奏も渡す。


「奏!」

「行け。オルティスタに伝えろ。俺もすぐに戻ると」

「はっ」


 奏をグリフォンの背に乗せると、ラシュフォルトと呼ばれた騎士は、そのまま上空に飛び去っていく。


「バシュトラ!」


 俺が呼びかけるよりも早く、バシュトラは駆け出していた。

 そのままの勢いで穴から飛び出ると、共に飛び出していたララモラが飛竜に姿を変える。

 竜騎士となった二人は、グリフォンの騎士を追う。


「一人逃がしたか。まあいい。すぐに終わる。そしてドーンなどという仮初の名もここまでだ」


 そう言うと、ドーンは……いや、ドーンと名乗っていた男は俺たちに向き直る。

 優男然としたその姿が、少しずつ変容していく。

 銀色の鎧のようなものが、男の体を覆っていく。

 いや、あれは鎧なんかじゃない。

 もっと洗練された機能的なもの。近未来の甲冑と呼ぶべき存在。


「俺の名は魔神アカツキ。覚えてもらう必要はない。すぐに殺してやろう」


 魔神、アカツキ。

 そう名乗った男の全身は既に銀色の装甲で覆われていた。

 まるでSF映画に出てきそうな姿。俺にとってはどこか見覚えのある姿だった。

 頭部はフルフェイスのメットを被り、バイザーの奥の表情は見えない。 だが、顔が見えなくても、俺たちは理解した。

 そいつが今、笑っているという事を。


「だが、お前にはこう言った方が分かりやすいかもしれないな、藤間シライ」

「なにを……?」

「分かっているんだろう? 俺の力が何なのか。受け入れろよ兄弟」


 そう言って、魔神アカツキはその言葉を口にした。

 それは俺だけが分かる暗号めいた呪文。

 そして――目の前の男が紛れもなく、魔神であるという証明であった。

 俺と同じ力を持った魔神という事の証明。


「The Cake is a lie」


――ケーキは嘘だ。

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