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神を殺すのに必要な弾丸の数は  作者: ハマヤ
-オーク領攻防戦-
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旅路にて-2-

 新たなる同行者ドーンと共に、オーク領の首都ハークランドへと向かう。

 この世界の商人というだけあり、ドーンの知識は俺たちにとっても、非常に有用であった。

 既にオーク領には入っているものの、現在の情勢を鑑みると、町に立ち寄る事は出来ない。

 仕方なく、野宿を続けている旅路であった。

 ともあれ、行程も明日には首都に着くというところまで来ている。


「野宿はこれで最後にしてほしいもんだぜ」


 たき火を囲みながら、俺はぼやく。

 他の連中ならいざ知らず、俺のようなインドア派には連日の野宿は辛いものがある。

 言葉には出していないが奏も同じ気持ちらしく、軽く頷いた。


「と言ってもハークランドに着いたところで、宿に泊まれる保証はありませんが……」

「最悪、牢獄よね」

「また牢屋か」


 かつての悪夢が蘇る。まあ、悪夢というほど悪い仕打ちではなかったが。

 ちなみに既にドーンは眠っており、たき火を囲んでいるのは俺たちだけだ。

 バシュトラとララモラはいつも通り、どこかに行ってしまっている。

 単独行動は控えろと忠告はしておいたが、あまり意味が無かったらしい。

 まあ、あいつらをどうこう出来る奴がそういるとは思えないが。


「とりあえず、今までのおさらいでもしときましょうか」

「そうだな。色々あったし、新しい発見もあるだろう」

「そうですね」

「うむ」


 一同が全員頷く。ついでにソフィーリスもこの場にはいるのだが、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべているだけだった。


「まず、この間の最期のセリフだけど……」

「ケットシー、とか言ってましたね」


 さすがに全員覚えているらしい。

 前回の魔神――ガガスグルーは今までの連中に比べると、確かに人間めいた感じだった。

 その性格こそ残忍極まりないものだったが、少なくとも、何かしらの意思を持って行動していたように思える。


「ケットシーと言えば、二本足で歩く猫の妖精よね。童話なんかによく出てくるけど……。

 ただ、あたしたちにとって、猫と言えば一つしか思い当たりが無いわ」

「……例の管理者か」


 そう、スミオンゲートの管理者とやらだ。

 自分の名前を名乗る事もなかったが、あいつがケットシーなのだろうか。


「そうなってくると、魔神と管理者は何かしらの面識があるって事になりますね」

「少なくとも、無関係って事はないでしょうね」

「そういや、最近あの猫野郎から連絡ってないな」

「トリアンテを出てから、一度もないですね」


 こちらから連絡を取る手段が無いので、基本的に連絡待ちになる。

 魔神を倒したらちょこちょこ連絡があったのだが、最近はそれもめっきりだ。


「色々と言いたい事はあるんだがな」

「ま、これ以上は憶測になるわね。いくつか推論は立てられるけど、ね」

「魔神と言えば、残りは六体ですか。ちょうど半分ですね」


 そう言えば、半分は倒したのか。

 もう半分か、という気持ちと、まだ半分もいるのか、という気持ち。


「トリアンテで見たオルティスタ……だっけか。分かってるのはあいつくらいだな」

「そうね。気になるのは、以前よりも人間的な姿が多いのよね」


 奏の言葉に、おっさんが深く頷いた。


「恐らく、かつて召喚されたと言う英雄の姿なのだろう」

「そう考えると、彼らが元々人間であったと考える方が良いかしらね」

「元人間、か。にしても、何であんな化け物みたいな姿になってるんだ?」

「女神の匣を集めている点から、やはり大昔の女神の一件が絡んでいるんでしょうかね」


 英雄が女神を殺して魔神となった。

 ガガスグルーは俺の言葉に対し、及第点であると答えた。

 まだ何かしらの理由があるのだろうか。


「最初に比べると、まだ会話が出来ている分、人間的よね」

「厄介な事には変わりないが」

「ひとまずはこんなところかしらね」


 奏がまとめに入る中、俺は一つの事を思い返していた。

 恐らく、俺だけでなく他の面々も気付いているが、あえて言葉には出していない事。

 先の魔神ガガスグルーが残した最期の言葉。

 匣の鍵、魔導人形――。

 言葉の意味は分からないが、あれは間違いなく奏に向けられていた言葉だ。

 にも関わらず、彼女はそれについて、何も触れていない。


「…………」


 だったら、今は触れるべきではないのかもしれない。

 我ながら甘いと思う。

 でも、あの奏が隠しているのであれば、俺はそれに従おう。

 多分それは俺以外の連中も同じ思いなのだろう。

 出会ってもう数か月になるこの不思議な共闘関係を、今はただ信じたいと思った。






 話し合いが終わり、三々五々に別れる中、ソフィーリスだけはその場に留まった。

 俺と彼女の二人だけが残される。

 何ていうか……少し気まずい。

 実のところ、俺は彼女が少しだけ苦手だったりする。

 どこか抜けたところのある不思議な感じが、今一つ話しかけにくい印象の一つだ。

 あるいは単に、彼女が竜だからなのかもしれないが。


「……えーと、ソフィーリスはもう寝るのか?」

「ええ。トラ様たちが帰ってきたら、私も寝ようと思います」


 そういやあいつらまだどこかを飛んでるのか。

 まさしく非行娘だな、などと前世紀のギャグを頭の中で呟いていると、ソフィーリスが話しかけてきた。


「こちらに来て、トラ様は変わりました」

「え?」

「笑ったり怒ったり、感情を表に出すようになりました。以前では、考えられない事です。

 きっとあなた方に会えたのが良かったんだと思います」


 ソフィーリスは、穏やかな口調で語る。

 その時の彼女の表情を見て、俺の中にあった彼女に対する苦手意識はどこかへ吹き飛んだ。

 彼女の顔は、竜とかどうのこうのではなく、バシュトラを大切に思う家族のような、そんな表情だったからだ。

 ふと気になったので、俺は彼女に尋ねる事にした。


「その、バシュトラの事、聞いてもいいですか?」

「ええ、私で分かる事でしたら」

「あいつは……どうしてドラゴンと一緒に暮らしてたんですか?」

「…………」


 俺の質問に、彼女は少しだけ考える素振りを見せた。

 聞いちゃいけない事だったかな。

 そう思った時、ソフィーリスが口を開く。


「私たちの生まれ育った惑星には、元々人間たちは存在していませんでした」


 ゆっくりと、彼女は語る。

 惑星、という言葉がここではとても新鮮に聞こえた。


「私たちの暦で5600周期目……人間の暦で西暦2420年、空から数多くの宇宙船がやってきました。

 彼らの代表は、地球から来たと名乗りました。

 第七次移民船団。それが彼らの名前でした」


 西暦2420年の地球……。

 俺が元いた時代よりもはるかに未来の話。

 以前、奏がバシュトラの装備は現代科学よりも高い技術力が使われていると言ってたが、真実だったらしい。


「私たちは彼らを歓迎しました。

 彼らの肉体も技術も、拙いものでしたが、私たちは良き友人になれると……。

 少なくとも、竜王グヘナゲヘナはそう考えたのです」


 その名前は前に聞いた事があった気がする。

 確か、三番目の魔神と戦った時に、猫野郎がバシュトラに言っていた。


「ですが、それは甘い幻想でした。

 人間たちは私たちの技術や資源を奪うべく、攻撃を仕掛けてきました。

 吹けば飛ぶような脆い彼らでしたが、しかし数という圧倒的な力で対抗してきました。

 戦争は長く、とても長く続きました」


 思い返すように、一言一言はっきりと彼女は言う。


「ある日の事でした。一人の竜が私たちの下へと飛んできました。

 全身が傷付き、今にも死に絶えそうな彼女は、何かを大切そうに抱きかかえていました。

 彼女はそれを竜王に渡した後、息を引き取りました。

 それは――人間の赤ん坊でした」


 人間の、子供。

 それが――


「亡くなった竜は、人間に捕まり、かなり手酷い扱いを受けていたようです。

 彼女がなぜ、人間の赤子と共に逃げてきたのか、それは分かりません。

 ただ、竜たちの間で、彼女を殺すべきだという意見もありました」

「まだ赤子でも?」

「……私たち竜は、生まれた時から既に、ある程度の力を有しています。

 だから、たとえ生まれたばかりの命でも、それが時として大きな禍をもたらすと知っています。

 しかし、誰かに守ってもらわなければ生きていけない存在を殺す事に、躊躇いがあったのも事実です。

 結果的に、竜王は赤子を育てる事を選びました」


 懐かしむように、彼女は紡いでいく。


「悠久の時を生きる我々からしてみれば、人間の子の成長など、一瞬です。

 ですが、その一瞬の中、絶えず彼女は成長していきました。

 時に私たちが戸惑うほどに、毎日毎日大きくなりました。

 最初は彼女を忌み嫌う竜も少なくはありませんでした。

 ――私も、その一人でした」

「ソフィーリスも?」

「ええ。トラ様が嫌いでした」


 はっきりと、微笑みながら彼女は告げた。


「トラ様を連れて死んだ竜……彼女は私にとって姉にあたる存在でした。

 姉と言っても、私たちには雌雄の区別がないので、便宜的なものでしかありませんが。

 ですので、大事な姉を奪ったトラ様を、恨んでいた事もあります。

 でも――」


 彼女は少しだけ小さく首を振る。


「まだ赤ん坊だった彼女を見て、そんな気持ちは消えました。

 なぜ、姉が彼女を助ける為に命を懸けたのか、今なら少し分かります。

 そして、竜たちが彼女を仲間と迎え入れるのに、そう時間は要しませんでした。

 人間の子なんて誰も育てた事はありませんので、試行錯誤の連続でした。

 みんな、興味のない振りをしながらトラ様を見守っていて、段差から落ちそうになった時、その場にいた竜たちが一斉に叫んだ事もありますよ」


 なんとなく、想像出来る光景だ。

 きっと彼女は竜たちに愛されて育ったんだろう。

 語り終えた後、またふっと表情を変えた。


「トラ様は幼い頃、よく自分にはなぜ羽も牙も無いのか、疑問に思っておられました。

 だから竜王は彼女に、鎧と槍を授けたのです」

「道理で大切そうに使ってる訳だ」


 あの鎧と槍にはそういう逸話があったのか。

 ふと気になった事も質問してみる。


「そういえば、何でトラ様なんだ?

 今の話を聞く限り、バシュトラは妹みたいな扱いっぽいんだが……」

「あらあら、まだそこもお話してなかったんですね」


 そう言って悪戯っぽく彼女は笑った後、こう告げた。


「ですがそれはまた次回のお楽しみにしておきましょう。

 何でも喋ってしまうと、トラ様に怒られてしまいますので」




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