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神を殺すのに必要な弾丸の数は  作者: ハマヤ
-オーク領攻防戦-
71/102

旅路にて

「それでは私たちはここで」


 コボルト族の集落を出発し、数日が経過した日の事。

 旅路の岐路にてグラシエルたちがそう切り出した。

 俺たちがオーク領に向かう事になったものの、グラシエルとカルラの二人は一旦、中央教会に戻る事になった。


「リアーネ様に今回の一件を確認しようと思います」


 そう告げて、二人は去って行った。

 正直、こちらの世界の事を知っている二人と離れるのは不安ではあるが、仕方ない。

 そういう訳で、俺たちは再び元の五人と竜二人に戻った形になる。


「ここからオークの領地って遠いのか?」


 俺は隣を歩く奏に尋ねる。

 歩く、と言っても乗馬しているのだが。

 最初は不恰好だった俺の乗馬姿も、こうしてずっと乗っていると嫌でも慣れるというもんだ。

 まあ相変わらず尻は痛いんだが。

 奏にクッションを出してくれとお願いしたところ、藁でも敷け、というありがたいアドバイスをいただいたところだ。

 自分だけちゃっかり良い鞍を付けてたりするのを、俺は見逃していなかった。


「そうね……大体あと三日くらいじゃないかしらね」

「三日か、遠いな」

「オーク領自体は明日にでも入れると思うわ。割と広いみたいだし」

「へぇ……というかオーク自体、俺はよく知らないんだが」


 俺の言葉に、アムダが返答する。

 アムダの世界にはオーク族はいたらしい。


「彼らは商業力に長けた種族とは言われますね。彼ら自身は創造力は少ないみたいですが、それらを使った商才は目を見張るものがあります」

「なるほど、商人気質なんだな」

「こっちの世界でも、流通に通じた一族みたいよ。大陸中央で、そういった商売を手掛けて大きくなったみたいだし」

「見た目によらず、中々繊細な方々ですよ」

「見た目……確か豚みたいな顔なんだっけか」


 俺の乏しいファンタジー知識では、その程度が限界だった。

 苦笑し、アムダが答える。


「ええ、まあ豚のような顔の種族です。僕の国ではオーク面、なんて揶揄する言葉もありましたしね」

「どこの世界も、変わらないな、そういうところは」


 俺の世界でそんな事言うと、終わりの会で学級委員に糾弾されてしまうところだ。

 イジメ、良くない。


「まあそういう訳で、オークの版図は広いみたいね。

 人間の次に栄えている種族って言ってたし、争いにはしたくないけど……」


 何にせよ、とりあえず行ってみないと始まらない。

 まだ先は長いんだ。しばらくは馬上の旅を満喫するとしよう。

 そう思った矢先、ララモラに乗って大空を飛んでいたバシュトラが急降下してくる。

 何かあったのか?


「どうした?」

「……この先、誰かいるよ」

「まあ誰かはいるんじゃないか、そりゃ……」

「敵なの?」

「多分違う……馬車が襲われてる」


 バシュトラの言葉に俺たちは顔を見合わせる。


「襲われてるって、野盗か?」

「ブタさん……」

「豚……」


 今一つバシュトラが何を言いたいのかよく分からない。

 

「もしかして、オークの事じゃない?」

「オークが馬車を襲ってるって事か」


 俺の言葉に、バシュトラはこくりと頷いた。正解のようだ。

 しかしそうなると厄介な状況のようだ。


「襲われてる馬車は一台ですか?」

「うん。人間、だと思う」

「オーク族が人間の馬車を襲ってるって事ね。どうする?」


 奏が俺に問いかける。

 どうするって……どうすればいいんだ?


「状況が分からん以上、何とも言えんが……とりあえず行ってみるか」

「見なかった事にするってのも一つの手ですよ」


 にやりと笑いつつアムダが告げる。

 俺の性格を知りつつ、こいつは言ってきてるんだろう。


「アムダの言葉も一理あるわ。

 あたしたちは今からオーク領に向かうんだし、余計なトラブルは抱え込まない方がいいかもよ?」

「そういう見方もあるか」


 闇雲に頭を突っ込むのは、俺たちの状況から察するに良くない事だとは自分でも理解している。

 でも、見捨てるってのはやはり気が引ける自分もいる。

 何が正解なのか、俺には判断し切れない。


「……ひとまず状況の把握の為に、馬車が見えるところまで移動するのはどうか」


 おっさんが俺に助け舟を出してくれた。

 その意見に対しては、特に誰も否定せず、すんなりと応じる。

 アムダも奏も、一つの見地として対立意見を出したに過ぎないんだ。

 俺はおっさんに軽く礼を言う。


「気にするな。一人では敵わぬ事も、五人いれば何とかなる事もある。

 もっと人に頼る事を覚えるのも、良き指導者の素質というものだ」


 なんて男前な事を言うおっさんであった。

 別に俺は指導者じゃないんだけどさ。






「……あそこ」


 少し小高い丘に俺たちはやってきた。

 バシュトラがそこから指で示す。

 数百メートル先くらいに、何やら集団が固まっている。

 相変わらず目の良い事だ。


「ちょっと遠いな。ライフルで見るか」


 俺はスナイパーライフルを取り出し、スコープを一団に向ける。

 今回取り出した銃はVKSという狙撃銃だ。

 ロシアの開発した消音狙撃銃である。

 その名の通り、特殊用途で使う為の銃であり、銃自体にも消音装置が施されている他、使う弾丸も消音性の高い銃弾を使用しているので、高い隠密性を有している。

 特殊部隊での運用を想定した、特殊な狙撃銃だ。

 やや大口径ではあるが、有効射程はその特殊性ゆえに、そこまで高くない。


「あれか、険悪な雰囲気だな」


 豆粒ほどの大きさだった集団が、顔を視認出来る程度までズームされる。

 確かに馬車と、それを取り囲んでいるオークの一団の姿が見えた。

 あれがオークか。確かに豚っぽい顔をしている。どちらかと言うと、猪っぽい感じだな。


「馬車のとこに誰かいますね」

「どれどれ……」


 視線の先をオークから馬車に移すと、一人の人間が見えた。

 年齢までははっきりと分からないが、まだ若そうな男だ。俺と同い年くらいだろうか。

 見たところ、人間側は一人しか見えない。他にはいないのか。


「あまり友好的な雰囲気には見えませんね」

「……ぶたさん、武器持ってる」


 オークたちはみな、剣や槍を持っていて、この距離でも殺気立っているのが分かる。

 対して人間の男は丸腰だ。


「荷馬車を襲ってるって図かしらね」

「ただ、今の情勢を考えると、手出しがしにくい状況ですね」


 アムダの言う通り、オークは宣戦布告した以上、戦争状態にある。

 そういう状況であれば、これが軍事行動である可能性もあるんだ。

 どうするか、そう思っていた時だった。

 オークの一人が青年に向けて剣を振り上げる。

 やばい、と思った時には体が勝手に動いていた。

 射撃体勢に移行し、照準を素早くオークの武器に合わせる。

 距離はざっと800mほどか。やや射程外ではあるが、この位置ならば外す事はない。

 ボルトをまっすぐ引き、弾丸を装填。

 ガチャリ、と金属音が俺の意識を覚醒させる。


「…………」


 次の瞬間には引き金に指を掛けていた。それは刹那の時間。

 考える暇すら無い。

 気が付いた時には、トリガーを引いていた。


――バン――


 12.7×55mm弾が銃口から放たれた。

 その名の通り、銃声は驚くほど静かだ。

 亜音速で放たれた弾丸は、俺の狙い通りに、オークが振り上げた剣に命中し、打ち砕いた。

 何が起きたのか、連中には分からないだろう。

 ゆっくりとボルトを引き、排莢と装填を行う。


「隣のオークがリーダーっぽいわね」


 隣にいた奏が告げる。

 観測手の代わりをしてくれているのだろう。ありがたい。

 照準を言われた通り、横にいたオークに向ける。

 キョロキョロと周囲を見回す姿は、ある種の愛嬌がある。

 悪いな。

 そう心で呟きながら、オークの足に銃口を向ける。

 射撃。再びくぐもった銃声。

 そして次の瞬間には、オークのリーダーが倒れていた。命中確認。

 狙ったのは足だから、命には別条は無いはずだ。

 VKSは大口径の狙撃銃だが、消音器の影響か、威力は低めに設定されているようだ。


「残りは7人ね」

「半分くらい減らせば十分だろう」


 あくまでも戦闘の回避が目的なんだ。殺す必要性は無い。

 この距離なら俺たちがやったとは分からないだろうしな。

 仲間が撃たれた事によってパニックに陥ったオークたちを無力化するのに、そう時間は掛からなかった。

 まあ、どこから攻撃されているかも、彼らは分からなかっただろう。

 音もなく次々と仲間がやられ、地に伏せていくのを見て、彼らはどんな心境だっただろうか。

 俺の予想通り、半数ほど手や足を撃ち抜いたところで、オークたちは撤退を開始した。

 後には、ポカンとした表情を浮かべている人間の青年だけが残されている。


「……状況終了、だな」


 VKSを下ろし、武器を収納する。

 そして俺は仲間に頭を下げる。


「すまん、勝手に撃っちまった」

「まあ、結果的にバレなかったし、良いんじゃない?」

「全員口を封じてしまえば、もっとバレないんじゃないですか?」


 さらりと物騒な事を言うアムダ。

 しかし奏がそれに反論する。


「なるべく人死には出すべきではないわ。これ以上、下手に敵を作るのも得策じゃないもの」


 奏は奏で、色々と考えていたらしい。


「とりあえず、彼の話でも聞いてみましょうか」


 そう言って、彼女は一人残された人間の青年の方を見つめた。





「あの……助かりました。ありがとうございます」


 襲われていた馬車へと向かうと、こちらに気付いた男が、俺たちに向けて頭を下げる。

 どうやら本当に一人のようだ。他に姿は見えない。


「一人、なんですか?」


 アムダの質問に、青年は力なく笑う。


「ええ、まあ。まさか取引に来て戦争が起きるなんて思わなかったもんですから」

「やっぱり、連中はオークの兵士だったのか」

「正規兵では無いと思いますが。災難でしたよ」


 はぁと彼は嘆息し、そして俺たちに向き直る。


「すみません、私はドーンと言います。ドーン・フリード、緑峰都市ペルテンスの商人です」


 そう名乗る青年――ドーンに、俺たちも自己紹介をする。

 と言っても追われている身なので身分を明かせない、怪しげな集団でしかないのだが。

 しかしドーンは謎の一行である俺たちを特に気にした様子はなかった。


「商人って言ってましたけど、オーク領には商売で来たんですか?」

「ええ。オークの領地には色々な商品が入りますしね。

 コボルト族の採掘した鉱石やゴブリン族の装飾品とかは、人間領には回って来ないんですよ。

 なので一度オーク領を経由して、人間領に回す形になりますね」

「なるほど、流通に優れてるってのは本当なんだな」

「後はオーク領で採れる小麦とかも、人間領では良い値が付きます。

 反面、亜人領には畜産技術が普及していないので、食糧を売ったりしてますね」

「いっぱい食いそうだもんな、あいつら」


 ドーンは小さく笑った。


「本来は敵であっても商売を優先する種族なんですが、今回は違ったようです」

「宣戦布告したって聞いたんですが、何かご存じですか?」

「私も詳しくは……。ただ、かなりの数の兵を人間領の接近域に配備しているようです。

 リザードマン族や他の亜人も参加しているという噂ですが」


 このまま行けば遠からず衝突するでしょう、とドーンは付け加えた。

 かなり危ない状況のようだ。


「皆さんはどちらへ?」

「俺たちはオーク領に行く予定だったんだが……」


 このままだと行っても無駄かもしれない。

 そう思っていると、ドーンが一つの提案を出した。


「皆さんもオーク領ですか。それはまたどうして……」


 まあドーンの疑問ももっともだろう。

 今の情勢で人間が行くのは自殺行為だろう。

 どう説明したものかと考えていると、彼の方から思いがけない事を切り出した。


「もし良ければ、私も一緒に行っても構わないですか?」

「それは……構わないけど、大丈夫なのか?」

「ええ。元々オーク領で買い付けをする予定でしたし、オークには古い友人がいるんです。

 彼を頼れば何とかなるかもしれませんし」


 どうでしょう、と言う彼の言葉に、俺たちは顔を見合わせる。

 正直なところ、渡りに船という話だ。

 こちらの情勢を分かる人間と知り合え、さらにオークの友人もいるという。

 俺の視線を受け、奏が軽く頷いた。


「じゃあ一緒に行かせてくれ。こちらからも頼む」

「ありがとうございます。その代わり、と言っては何ですが、後でお礼は弾みますよ」


 マジかよ、太っ腹だな。

 これで金の心配がなくなるなと思っていた時だった。


「私のお店の商品なら、いくらでも食べてもらって構いませんよ」

「……ん?」


 商品? 食べる?

 俺の疑問符を察知したのか、笑いながらドーンは答えた。


「私は街で食料品店を営んでいましてね。

 オーク領から買い付けた小麦を使ったパンやケーキを売ってるんですよ。

 良ければ皆さんにもご馳走しますよ」


 満面の笑みで告げるドーンに、俺たちは何も言えなかった。

 ……まあ、パンは好きだからいいけどね。

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