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FPSゲーマーは眠らない-7-

「とりあえず、あの野郎の顔面に一発ぶち込んでやる。

 話はそれからだ」


 M700を構える。

 膝撃ちの姿勢だ。

 片足を曲げ、膝と腕で銃を固定する。

 手振れはない。

 スコープを覗き込む。

 10倍ズーム。

 本来なら、弾道計算が必要。でもそれも不要だ。

 なにせこれは、俺の勝手知ったるゲームの延長。

 構えて、狙って、引き金を引くだけ。


 カチリ、と音が聞こえる。

 同時に弾丸が射出される。

 秒速3000フィートを超える弾丸は、俺の狙った通り、巨人の顔面に着弾する。


 この間、わずか2秒足らず。

 体に染みついた動作。

 俺がゲームの中で何千何万回と繰り返したルーチンワーク。


「グッキル……なんだけどな」


 さすがに戦艦の大砲が直撃しても無事な巨人だ。

 いかに威力を一点集中させているとはいえ、豆粒みたいな弾丸ではどうにも出来ない。


「そういえば、さっきバシュトラが言ってた。

 巨人の顔面に、目があるって」

「目?」


 再びM700を構える。

 今度は立ち姿勢のまま、巨人の顔を眺めていく。

 スコープ越しで見ると、顔面に口が大量にあるあの形相はエグ過ぎる。

 しばらく眺めていると、口と口の合間に、確かに目のような物体を見つけた。

 気色悪い顔だぜ。


「ゲームだと、あれが弱点なんだけどな」

「試してみる価値はあるんじゃない?」

「確かにな」


 膝撃ちの姿勢を取り、狙いをつける。

 巨人はゆらゆらと動いているから、多少狙いをつけにくい。

 まあ多少、だけどな。

 相手が物陰から顔を出した瞬間を狙って撃てる俺にとっては、動いていないにも等しい。

 軽く息を止める。

 静寂。

 相手の揺れと自分の鼓動を合わせる。


 引き金を引く。


 放たれた弾丸は、確実に巨人の目を捉えていた。

 だが、着弾する直前、巨人の舌が伸びてきて、目を守る。

 たかが舌の一枚や二枚で防げるような、7.62x51mm弾ではない。

 しかし、幾重にも伸びてきた舌によって威力は減衰し、弾道が逸れる。


「ちっ、舌で邪魔されて当たらないな」

「邪魔するってことは、それなりに守るべき場所って考えるべきよね」

「なるほど」


 つまり、本当に弱点かもしれないわけだ。

 しかし当てようにもあの舌がある限り、中々に難しい。

 威力はともかく、狙撃銃の欠点である連射性能の低さが仇となった。

 特にこのM700はボルトアクション式なので、装填や排莢を手動で行う必要があるため、どうしても次弾を撃つのに時間がかかる。

 弾が届きさえすれば、ワンショット・ワンキルが可能なんだがな。


「あの舌を何とかすればいいのかな」


 振り返ると、アムダがそこに立っている。

 相変わらず涼しげな笑みを浮かべていて、壮絶な戦いの最中という感じがしない。


「そうだが、出来るのか?」

「やってやれないこともない、という程度かな。

 他の神剣が使えれば楽なんだけど、今はこれしか持ち合わせていなくてね」


 そう言って手に下げた大剣を見せる。

 でけえな。片手で持てるレベルじゃねぇ。


「先ほどから色々と試した結果、やはりあの目に近づこうとすると、舌の防衛が激しくなる。

 バシュトラさんたちにも手伝ってもらっているけど、中々厳しいね」

「バシュトラは無事だったの?」

「ええ。彼女はああ見えてタフだね。地面に叩きつけられてもケロリとしていたよ。

 あの鎧が丈夫なのかな?」

「あ、そういやあいつの槍、ここにあるぜ」


 一応持ってきてた槍をアムダに渡す。


「ふむ、不思議な槍だね。重さを感じない。

 かと言って魔術的な要素もほとんどない」


 これは僕が渡しておくよ、とアムダは槍を受け取る。


「今のところ、巨人の足止めには成功している。

 でもこのままじゃジリ貧だし、それに騎馬隊の方々の安否も気にかかる」

「そういや、次々と倒れて行ってたぞ。

 無事な人に頼んで、運んでもらってはいるが」

「あの巨人の口から出た呪詛魔術よ。魔術防御を施していない人間には、耐えられないでしょうね」


 ラスボスがよく使ってくる全体攻撃ってやつか。


「でも俺、何ともないぞ」

「馬鹿だからじゃない?」


 身も蓋もない返しだった。





 巨人から約800mほどの距離に陣取る。

 アムダと奏は既に巨人の方へと足止めの手伝いに向かっている。

 今、俺は一人。

 スナイパーは孤独だと、何かの本で読んだことがある。

 本来、狙撃を行う場合は、二人一組で行う。

 狙撃に専念するスナイパーと、観測や連絡を行うスポッター。

 とは言ってもゲームだと大抵一人でやってるから、そんな事は気にならない。


「でもまあ、本当に一人っきりってのはあんまりないか」


 いつもなら、クランメンバーと一緒だ。

 そういう意味では、初めて一人での狙撃かもしれない。

 いや、一人ってわけじゃないか。

 俺は遠く向こうで戦っている仲間に思いを馳せる。


「さて、始めるとするか」


 失敗は出来ない以上、入念な準備が必要になる。

 体勢は先ほどと同じく膝撃ち。

 これくらいの長距離射撃なら出来れば伏せ撃ちが望ましい。

 しかし角度の問題や、ライフルの先台を固定する物がないので却下だ。

 膝撃ちは長時間続けると膝が痛いんだが、まあこの際は我慢だ。すぐに終わる。


 スコープを覗き込む。

 10倍ズームだと、この距離ではさすがに厳しい。

 単純に800mの距離が80mになっていると考えれば分かりやすいが、それでも豆粒程度の大きさだ。

 まあでも、何とかなるか。

 そもそも目標の巨人がバカでかいからな。

 風もほとんどない。絶好の狙撃日和。


 向こうでは戦いが繰り広げられている。

 よく分からんが、アムダの剣から炎が放たれ、巨人の舌を焼いていく。

 バシュトラも、俺が拾ってきた槍を手にして、ピュンピュン飛び回ってる。

 今更ながら、完全に物理法則を無視してるな。


「さてと……やりますか」


 構える。

 実包は先ほどと同じく、7.62x51mmのFMJ弾。

 心を静めていく。

 この距離から音速で飛来する弾丸を、果たして巨人は気付くかどうか。

 正直なところ、賭けに近い。

 気付かれたら例の舌でブロックされてしまう。

 だから、アムダたちに囮になってもらい、その隙を狙う。


「……」


 呼吸を止めて、筋肉の拍動とシンクロさせていく。

 ブレは無い。

 スコープ越しの標的は、見えないくらい小さいが、問題は無い。

 後は、引き金を引くだけ――だった。


「!?」


 視界の端に移った光景。

 巨人の舌が、離れたところにいた奏を捕まえている。

 見なければ良かったんだ。

 気付かなかったら良かった。

 そもそも他の連中だって気付いているはずだ。

 だから俺は自分の役目に集中するべきだ。

 そう――思っていたのに。


 巨人が奏を踏みつぶそうと足を上げる。

 彼女は逃げられない。

 足に舌が絡みついているからだ。

 助けは――間に合わない。


「くそがっ!」


 狙いを変える。

 奏の足元――あの糞野郎の舌を狙う。

 狙い、撃つ。

 放たれた弾丸は、音の壁を飛び越え、狙い違わず、巨人の舌を射抜く。

 彼女の顔に驚きが生まれたのが、スコープ越しでも確認出来た。

 驚いてないで早く逃げろよ。

 俺の心の叫びが聞こえたのかは知らんが、一目散に飛び退く。

 刹那、彼女がいた場所が、巨人によって潰された。

 あぶねぇ。

 余計な手間取らせんな。

 すぐさま構え直し、巨人の目を狙う。





 巨人の瞳が、俺を捉えた。





 体を殺意が包み込む。

 圧倒的な悪意。

 大丈夫だ。

 あいつとは800mの距離がある。

 あいつの槍も舌が届くはずない。

 そう思っていたけれど。




 でも、

 さすがに、

 槍を投げるとは、

 想像してなかったけどな。






 槍というよりもはや弾道弾並の威力を持った物体がまっすぐこちらに飛んでくる。

 死を覚悟する。

 一瞬のことなのに、今までの人生がありありと振り返る時間があった。

 つかこれ、走馬灯じゃねぇか。

 なんて自分に突っ込みを入れる余裕まである。


「だから見捨てとけば良かったんだ……」


 誰に言うでもなく。

 轟音と共に俺に死が訪れた。




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