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神を殺すのに必要な弾丸の数は  作者: ハマヤ
-腐れの猛毒-
64/102

ハート・ノッカー-8-

「カーヴェイさんの具合はどうだ?」


 俺は族長の家から出てきた奏に尋ねた。

 彼女は軽く首を横に振った。


「傷はそこまでだけど、毒が酷いわね。

 族長さんの体力で何とか持ってるけど、このままじゃ危ないわ」

「そうか……」


 魔神に敗北した後、俺たちは怪我人の治療を行っていた。

 傷の大小はあれど、コボルト族の大半は何らかの被害を負っている。

 特に魔神と接近して戦っていた戦士たちの負傷は大きい。


「今はグラシエルが診てくれてる。彼女の治癒魔術で毒の侵攻を遅らせてはいるけど……」


 グラシエルは回復の魔術が使えるらしく、今は怪我人の治療を行っている。

 しかし数が多い為、重傷の者を中心に診ているようだ。


「奏の魔術で毒の特効薬みたいなんは出せないのか?」


 まあ彼女の事だから、出せるなら最初から出しているはずだ。

 しかし藁にもすがる思いで俺は尋ねる。


「出せない事もない。ただ問題は、あれが何の毒なのか、という事ね」

「毒の種類が分からないと駄目なのか?」

「ええ、毒の組成さえ分かれば、血清を作りだす事自体は難しくないわ。

 というより、虚数魔術の得意な領域だもの。

 ただ、闇雲に作り出しても、逆効果な場合もあるわ」

「どうすればいい?」

「……簡単なのは、魔神を倒し、その毒を解析する事ね。

 この毒は魔神の魔術を介して生成されている呪毒なの。

 だから、魔神を倒すのが一番手っ取り早いわ」

「なるほど。そりゃ簡単そうだ……」


 あんな化け物を倒さないといけない、か。

 分かっていた事だが、正直なところ、勝てるビジョンが浮かばない。


「……バシュトラたちは?」

「意識ははっきりしてるけど、ふらついている感じ。戦うのは難しそうね。

 ただ彼女の場合は、毒自体があまり効いてないみたいだからしばらく安静にしてれば大丈夫だと思う。

 今はララモラとソフィーリスが彼女を押さえてるわ」

「押さえてる? 暴れてるのか?」

「と言うより、今にも槍を持って復讐に行きそうなのよね。あんな体で負けず嫌いなんだから……」

「それは……あいつらしい」


 クールに見えて、かなり熱いやつだからな。負けっぱなしは癪に障るらしい。

 俺は最後に、一番気になっていた事を奏に確認する。


「それで……おっさんはどうなんだ?」

「……一番間近で毒を食らったもの、常人なら死んでいてもおかしくないわ」


 少し言いにくそうに奏は次の言葉を紡ぐ。


「ただ……本人は戦うつもりみたい」

「戦えるのか? かなり酷いんだろ?」

「分かんないわ。本来なら立ってるだけでやっとだと思うんだけど……

 でも呪いの件もあるし、ブリガンテさん自身は戦うと言ってる」


 何がおっさんをそこまで駆り立てるのか、俺には分からないが。

 ただ一つ言えるのは、まだ負けを認めていないって事だ。

 ふと顔を上げると、向こうからアムダが歩いてくる。

 アムダには周囲の散策に行ってもらっていた。


「この周辺には魔神の気配はありませんね。もう少し、森の奥に行ったのかもしれません」

「そうか」

「それで……決まりましたか?」


 いつものように、薄い笑みを浮かべたまま、アムダが俺たちに聞いてきた。

 何を聞いているのか、言われなくても分かる。

 逃げる準備か? いいや違う。

 俺は腰を上げて二人に告げる。


「すがすがしいくらいボロ負けしたな」

「したわね」

「みっともねぇな俺たち」

「ですね」

「……じゃあ、借りは返さないといけないな」


 にやりと笑うと、二人も同じく不敵な笑みを浮かべた。

 拳を突きだすと、アムダ、奏も拳を出し、軽く突き合う。

 戦う覚悟は決まった。


「さぁ――反撃(ペイバック)といこうか」






 まず俺はポイントを使って、UAVを呼び出した。今回のUAVには攻撃機能は備わっておらず、代わりにレーダー装備が充実している。

 その無人偵察機を森の上空へと飛ばした。

 こいつで周辺の地形データを調べる事から始めよう。

 UAVが観測したデータは、俺の携帯ゲーム機型のデバイスに送られてくる。

 そこからさらに、奏のパソコンに送り、周辺地形をマップ化する。


「基本的に周りは全部森ね」

「森の中は厄介だな。どう見ても蜘蛛野郎の方が有利だ」

「この窪地は何でしょうか?」


 3Dマップをアムダが指差す。

 確かにそこは窪んだ地形になっていて、森ではなさそうだ。


「多分……採掘場じゃないかしらね」

「そういや、コボルト族は採掘技術も高いって話だったな」

「ここなら広そうだし、戦いやすいんじゃないですかね」

「そうね。まあ森の中よりはマシかしらね」

「問題は、どうやってそこに敵をおびき出すかって事だな」

「見た感じ、割と警戒心の強そうな相手だったわね。見え見えの罠には引っかからないんじゃないかもね」

「つまり、罠と感じさせず、罠に嵌める必要があるな」


 難しいがやるしかないな。

 俺は携帯ゲーム機を起動し、自身の装備を確認する。


「クレイモアと対人地雷、C-4……後は各種グレネードくらいか」

「例のポイントで戦闘ヘリはどう?」

「森林でヘリコプターは墜落フラグが立ってると思うが……

 どちらにせよ、森に隠れられたら役立たずだな」

「ポイントを溜めて一気に吹き飛ばすってのはどうでしょう?

 最初の魔神に使ったあの爆発とかなら、隠れていても……ああ駄目ですね」


 アムダは自分で言った後、その作戦の欠点に気付いたらしい。

 正直、俺も最初にそれを思いついたんだが……


「人質がいるから、大規模攻撃は出来ない」

「そう、ですね。残念ながら止めておきましょう」


 少し含んだ物言いをするアムダ。おそらく、彼にしてみれば敵を倒す事を優先すべきと考えているのだろう。

 無論、アムダの言いたい事も分かるのだが……


「一旦それは置いておく。最悪の事態はそれを含めて検討する必要もあるだろうが。

 とりあえず、今は相手の事を調べるのが先決だ」

「あの魔神――ガガスグルーだったかしら、かなり厄介な魔術士よ」


 そういや戦闘中もそう言ってたな。


「戦って分かったと思うけど、広範囲かつ高威力の魔術をノータイムで連打出来るわ。

 それに魔術障壁も常に仕込んでいるみたいだし……」


 そう言うと、奏はパソコンを操作し、3Dマップとは別の画面を立ち上げる。

 何らかのグラフデータのようだ。


「よく分かんないと思うけど、あいつの残留魔術から計測したデータよ」

「残留魔術……またよく分からん単語が出てきたぞ」

「まあ分かりやすく言えば、魔術を使った時に残る痕跡よ。ある程度の規模の魔術なら絶対に残るの。

 それから察するに、相手は同時に三種類の魔術を使う事が出来るわね」

「同時に三種類、ですか。それは凄いですね」

「俺には凄さが理解出来んが、お前らがそう言うなら凄いんだろうな」

「おそらく魔術障壁、呪毒を常に行使し、残り一つのリソースで魔術攻撃してたようね」


 攻撃と防御を同時に行っていたのか、そりゃ厄介な訳だ。


「逆に言えば、攻撃にリソースを使わせれば、魔術障壁も毒も使えなくなるわ」

「その分、魔法が強くなるんだろ?」

「ま、そこは気合いで何とかするしかないわね」


 最後の最後に気合避けか。残機ゼロだしミスれないな。

 ふと思いついた事を俺は口に出す。


「という事は、だ。例の弱点属性も実は合ってたんじゃないか?」

「あの炎とか地面とかの事ですかぁ? 全然効いてなかったじゃないですか」

「それはお前、魔術障壁のせいだろ。上手くぶち当てれば効果は抜群だって。アムダが悪いよ」

「まあ、シライさんの頭が悪いのはいつもの事だけど、炎ってのは悪くない判断だと思うわよ」

「聞き捨てならない台詞があったが、とりあえず先を聞こう」


 彼女は再びパソコンを動かして画面を出す。

 そこには、何やら奇怪な絵が描かれていた。

 子供が頑張って描きました、という感じの……ぶっちゃけ下手糞な絵。

 隣を見るとアムダも形容しがたい顔をしていた。多分、同じ事を考えていたのだろう。


「この絵を見てもらいたいんだけど、魔神の観測データにね――」

「あ、ちょっと待ってもらえませんかね奏先生」

「なによ変な呼び方して……」

「いや……その絵なんだが、何なんだ?」

「何って……魔神に決まってるじゃない」


 どこ見てるのよ、と言われて俺はアムダと顔を見合わせた。


「……僕は分かってましたよ。この部分が蜘蛛の脚でしょう?」

「そこは手よ」

「……ですよね」


 美的センスが無さすぎる。

 仕方なく、パソコンを借りて俺がペイントソフトを使ってサササっと描き上げる。

 数分程で書いた簡単な落書きだが、少なくとも奏画伯の絵に比べれば、蜘蛛女の姿をしていた。


「なによ、大口叩いたわりに、あなたもそんなに上手くないじゃない」

「……そうっすね」

「僕は奏さんの絵も味があって好きですよ」


 そんなどうでもいいフォローを忘れないアムダは、イケメンの鑑である。

 さて、そんなしょうもない事は置いといて、蜘蛛魔神の絵に注目する。


「この画像データとさっきの残留魔術のデータを合わせるわね」

「おお、色が付いた」


 線だけで描かれた魔神の絵に、色が入る。

 と言っても着色された訳ではなく、魔神の周辺に赤やら緑やらの色が描かれた。


「これは魔神が魔術を使った状況を色で表示しているの。赤が魔術障壁で緑が毒ね」

「なるほど、常に赤と緑が発生してるな」

「でも、この時だけは緑の表示が消えて、赤の障壁だけになるわ」


 カチリと操作すると、彼女の言う通り、毒を表現した緑色が消えた。

 その代わり、赤色が色濃く表示されている。


「これはどのタイミングだ?」

「多分、二人が炎の攻撃をした時よ。他のデータと比べても、この時だけ魔術障壁が強いのよね」

「……つまり、炎を嫌ったって事でしょうか?」

「断言は出来ないけど、その可能性は高いわ」

「ほら見ろ。俺の推察が当たってたじゃねぇか」

「まあ生物って根源的に火が苦手だから、そんな鬼の首を獲ったように言われても……」


 俺がふんぞり返っていると、呆れたように言われる。

 いいだろうが別に。俺はこれにシライ論理と名付けるぞ。


「しかし相手の弱点が一応分かったのは朗報だな。炎で攻めればいいって事か」

「何か良い案はある?」

「ああ、何となく、だがな。ただ……やっぱり人手が足りないな」


 魔神を追い込む人員が足りない。

 俺と奏では正直、瞬殺されそうだから、アムダしか手は空いていないんだが。


「アムダにはやってもらう事があるしな」

「嫌な予感がしますが……」

「安心しろ。爆発は今回は無しだ」


 いっそアムダにC-4を巻き付けて突撃させるという鬼畜戦法もあったが、さすがに人道に(もと)るという事で却下された。

 ちなみに、奏はギリギリまで賛成派であったのを付け加えておく。


「囮役だからかなり重要な役回りだが……」

「ならばその役、私がやろう」


 重い声がして、俺たちは振り返る。

 立っていたのは、やはりと言うべきか、ブリガンテのおっさんだった。

 顔色はいつもより悪い気もするが、見た目からは毒に冒されていたような素振りは見えなかった。


「おっさん、大丈夫なのか?」

「平気だ、迷惑を掛けたな」

「かなりの毒だったはずです。もし無理をしているなら――」


 奏の言葉を、おっさんは片手で制した。

 そんな事はおっさんが百も承知なんだろう。

 それでも、戦う理由があるのだろう。


「どうしてそこまでして戦うんだ?」

「……約束の為だ」

「約束?」

「かつて、大切な人と交わした約束だ。私の拳は誰かを守る為のものだと。

 だから、頼む――」


 おっさんが俺に頭を下げる。

 俺にはその約束がどれほど大事なものなのかは分からない。

 どれだけ傷ついても、俺に頭を下げてでも、戦い続ける理由があるのだろうか。

 だが――


「おっさん、拳を突き出せ」

「……こうか」


 おっさんの出した俺の手の何倍もでかい。

 俺はおっさんの拳に、自分の手を思いきり打ち付けた。

 殴った俺の方が痛いくらいに、思いっきり。ガツンと。


「おっさんは一言こう言えばいいんだよ。黙って俺についてこいってな」

「……ふっ、そうだな」

「悪いが、おっさんにはかなり働いてもらう事になる。後で嫌とは言えないぜ」


 俺の言葉に、おっさんは不敵な笑みを浮かべた。


「望むところだ」

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