表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神を殺すのに必要な弾丸の数は  作者: ハマヤ
-腐れの猛毒-
63/102

ハート・ノッカー-7-

 魔神が放った魔術の光が、俺たちに襲い掛かる。

 しかし、直前に黒い影が俺たちの前に立ちはだかった。


「ふっ!」


 気迫と共に、魔術を弾き飛ばす人影――ブリガンテのおっさんその人であった。

 おっさんと魔神が対峙する。


「あはは、キミは確か、ブリガンテ……だったかしらね。

 私、おじ様みたいなタイプ好きよ、なんてねーあはは!」

「悪いが私にも好みというものがあってな」


 おっさんが拳を構える。

 しかしおっさんの巨体よりもなお巨大な体躯を揺らし、魔神は見下ろす。


「ふん……悪いがキミ程度では相手にならんよ」


 言うなり、魔神は蜘蛛の脚でおっさんに襲い掛かる。

 しかしそれを腕で受け止め、そのまま流す。

 蜘蛛の脚が執拗に攻撃を続けるが、すべておっさんの鋼の肉体の前には届かない。


「どうした、その程度か?」

「あはははは! それはこちらのセリフかしら。さっきから受けてばかりみたいだけど」


 確かに、おっさんは反撃する事なく、ただ魔神の攻撃を受けているだけだ。

 その隙を、コボルトの戦士が攻撃しているが、魔神には届かない。

 おっさんの破壊力があれば、あの魔術障壁も打ち抜けるはずだが……


「まさか……呪いのせいなのか?」

「…………」

「あは、あははははは! ぜぇんぶ調べてるわよ、あなたたちの事はね。

 私は新しいダンジョンに入る前はきちんと宝箱の位置を調べるし、ボスと戦う前は攻略サイトをチェックするのよ。

 だからさぁ――アナタが呪いによって女に攻撃出来ない事も、知ってるのよ」


 まさかおっさんの呪いの隙を突いてくるのか。

 ていうか、あんな化け物みたいな相手でも、女と判定されるのかよ。

 無敵を誇るおっさんの攻撃力が封じられてしまう。


「だが、お前の攻撃もまた私には届かん」

「あはははは! 無駄無駄無駄よそれもね。これはどうかしら、ね!」


 そう言うと、魔神は口から何かを吐き出す。

 それは目に見えぬほどの小さな針のようだった。

 刺さったところで痛みすら感じないほどの針。 

 だが――

 おっさんはその針を拳で払う。


「あはは、必死じゃない。でも――弱点だもの、しょうがないわよねぇ」

「…………」


 おっさんは答えず、ただいつも通り冷静な目で相手を見据える。


「いかなる攻撃にも耐える呪い『絶対不変(ユグドラシル)』……だったかしら。

 でも、それはあくまで『攻撃に対して自動的に発動する』だけよね。

 つまり――アナタが攻撃と認識出来ないものに関しては、一切発動しない」


 それは、先ほどのように傷とすら認識しないような攻撃に対しては、何の効果もない、という事。

 相手はおっさんの能力を完全に調べ上げてきているらしい。

 それが魔術士としての能力なのかもしれない。


「さっきの針、避けて正解よ。怪我はしないけど、毒はたっぷりだもの。

 その不死の肉体、毒までは防げないのでしょう? 毒は見えないものね。

 たとえ直接受けなくても、私の周囲は常に毒が撒き散らされている。

 いつまで耐えられるかしらね、あはははははは!」


 これはおっさんとは相性が悪すぎる。

 しかしおっさんは臆する事なく立ち続ける。

 その姿に、笑い声を上げていた魔神は眉をひそめた。


「ふぅん、背中の傷は戦士の恥とかそういうつまんないプライド?」

「たとえいかなる箇所であったとしても、傷は戦士の誇りだ。

 だが――貴様のような誇りを持たぬ者に背を向ける訳にはいかん」

「ならそのちっぽけな誇りを抱いたまま腐れ死ね!」


 魔神の魔力が肥大していく。

 毒で一気にケリをつける気か。させるかよ。

 俺は物陰から飛び出して銃を取り出す。

 だが、取り出したのはいつものようにスナイパーライフルでもアサルトライフルでもない。

 ベネリM4スーペル90――つまりショットガンだ。


 散弾銃(ショットガン)は、他の銃器とは違い、大きな銃弾――装弾を使う。

 この実包の中には小さな弾丸が込められており、これを撃ち出す事で、広範囲に攻撃をする事が出来る。

 面に対しての制圧力は高く、シンプルな構造ゆえの耐久力も高く、室内での戦闘にも向いている。

 しかし反面、細かい狙撃は不可能で、また武器の特性上、射程もそれほど長くはない武器である。


 俺が取り出したベネリM4はイタリアのベネリ社が作ったセミオートマチック散弾銃だ。

 米海兵隊でも採用されており、次世代ショットガンの代名詞とも言える武器である。

 俺がこれを使うのは威力もさる事ながら、何よりその特性である。

 実はFPS世界におけるショットガンは、現実世界の実物に比べると、異様に射程を短く設定されている。

 極端な話、一定距離を散弾が進んだ後、空中で消えてしまうレベルだ。

 今回はそういう特性を生かし、流れ弾が周囲に当たらないという点を考慮して使用する事にした。


「食らえっ!」


 魔神の側面から近付き、ベネリM4を撃つ。

 今までの銃に比べると腹に響くような衝撃が俺の体に走る。

 放たれた12ゲージショットシェルが散弾を撒き散らす。

 距離は10mほど離れてはいるが、散弾は全発命中。

 魔術障壁は撃ち抜いたものの、威力が殺され、魔神に大きな痛手を与える事は出来なかった。

 ちっ、この距離でも威力減衰が大きい。もっと近付く必要がある。


「あはは! 面白い事やってるじゃない」


 魔神がぎろりとこちらを向く。一睨みで石にされそうなほど鋭い眼光。

 ショットガンの一番の弱点はこの射程の無さだ。

 俺は再び転がりながら逃げて物陰に飛び込んだ。

 逃げ込んだ先には奏が渋い顔でいた。


「ショットガンじゃない、そんな物も使えるのね」

「ああ、だが……」

「どうしたの?」

「FPSにおいてショットガンってのは二種類しかない。

 弱過ぎて糞の役にも立たないか、強過ぎて修正食らった後、結局役に立たなくなるか、そのどちらかだ」

「……ちなみに今使ってるのはどうなの?」


 俺は無言でショットガンを構え、遮蔽物から魔神に向かって射撃する。

 先ほどよりも距離が離れている分、散弾が魔神の障壁を撃ち抜く事は出来なかった。

 お返しとばかりにガガスグルーが魔術を放ち、俺は慌てて隠れる。


「……どうやら修正済みのようだ」

「全然駄目じゃない」


 仕方ないだろ、ショットガンてのは基本的に弱く設定されてるマイナー武器なんだから。


「そういう奏は何してるんだ? いつものドンパチはどうした?」

「こんな場所で出来る訳ないじゃないの」

「それはまあそうか」

「一応、今は魔神の毒を中和してるんだけど……完全には無理ね」

「そんな事出来るのか、相変わらずインチキくさい能力だな」

「相手の毒自体が魔術っぽいから何とかね。ただ向こうの方が力は上だから、長くは出来ないわよ。

 あたしとアムダで村に被害がいかないようにするわ」

「となると、こっちでどうにかするしかないって事か」


 再びショットガンを構えて様子を窺う。

 魔神の蜘蛛の脚が、意志を持ったように、おっさんとカーヴェイさんに襲い掛かっていた。

 カーヴェイさんはそれをかいくぐるように魔神に近付き、槍斧を振るう。

 蜘蛛の肉体に一撃が入った。


「あらら、女の子を傷つけるなんて、責任取ってもらおうかしら」

「ではこちらも本気で行かせてもらうとしようか」


 そう言うと、カーヴェイさんは手にしていた槍斧を地面に突き刺す。

 そして両の腕を胸の前で組むと目を閉じる。


「『天狼光臨』!」


 言葉と共に、カーヴェイさんの肉体が急激に肥大化していく。

 見る見るうちにその体は、魔神を超える大きさへと変化していく。

 まるで巨大な狼のようだった。

 銀色に輝く体毛が、美しく煌めいた。


「へぇ……先祖返りかしらね。たまに力の強い亜人はそういう能力を持ってるらしいけど。

 でも大きくなっただけじゃ、私には勝てないわよ、あははは!」


 巨狼となったカーヴェイさんは答えず、そのままガガスグルーに向かって突進する。

 速い。巨体に似合わない電光石火の突撃。

 それは魔神にとっても予想外だったのか、防御が間に合わない。

 丸太ほどもある爪で、魔神の肉体を抉る。

 魔神のどす黒い血が、大地を染めた。


「あは、あはははは! やるじゃないワンコちゃん。さっすがは族長さん!

 最高にハイって気分だわ! あはははははははは!」


 狂ったように高笑いを続けるガガスグルー。いや、既に狂っているのか。

 ひとしきり笑った後、彼女は表情を変える。


「さて……駄犬風情と戯れるのも終わりにするか。

 腐れ果てろ、黒術・ラトゥンアンブロシア!」


 その瞬間、周囲に霧が立ち込める。

 紫色の霧。今までとは様子が違う。

 しかし構わず疾走し、再び魔神に詰め寄るカーヴェイさん。

 だが――その巨体が急激に地面に臥す。


「あはは、三半規管が麻痺った? 脳がラリってる?

 オーバードーズってるわよ、キミ。

 薬は用法容量守って正しくお使いくださーい、あはははははは!」

「グググ……」


 起き上がろうとするが、力が入らないのか、カーヴェイさんの脚は空を蹴るばかり。

 その様子を、嘲るようにガガスグルーが笑う。


「じゃあ楽にしてあげるわ、さようなら」


 魔神が蜘蛛の脚を振り上げる。

 やばい、そう思ったその時だった。

 俺が銃を構えるよりも速く、毒霧の中を疾走する影があった。

 バシュトラだ。

 彼女は槍を正面に構え、真っ直ぐと魔神へと向かう。


「ふっ!」


 小さく息を吐くと、彼女は槍を振り、魔神の振り上げた脚を斬る。

 斬撃が音となって周囲に響いた。

 その後、ゴトリ、と魔神の脚が斬り落とされる。


「……はっ!」


 さらにバシュトラが速度を上げ、魔神の上半身――人間の部分に槍を突き出した。

 だが――魔神はそれを許さない。


「黒術・グリーンプール」


 魔術が発動し、魔神の周囲に緑色の物体が浮かび上がる。

 なんだ、と思う前に緑色の何かは意思を持ってバシュトラに襲い掛かった。

 すぐさま迎撃行動に出るバシュトラ。しかし魔術は数が多い。


「バシュトラ!」


 援護すべく俺は銃をスナイパーライフルに持ち替えて構える。

 続けざまに三発、M25を撃ち放つ。


「あなたはそこで見てなさい!」


 しかし放たれた弾丸は、魔神に防がれ、さらに魔術で反撃してきた。

 くそ、撃ち合いだとこっちが不利だ。

 俺は再び物陰に隠れる。だが、その間に魔神の魔の手がバシュトラへと伸びる。


「残念ねおチビちゃん」


 魔術で生み出された緑色の物体が、バシュトラの右足に絡みつく。

 その瞬間、縦横無尽に飛び回っていたバシュトラの動きが急激に鈍る。

 まるで重りでも付けられたように、バシュトラは片足を引きずる。


「あはは! 羽はもがせてもらったわよ。じゃあね」


 動けなくなったバシュトラに、ガガスグルーは凶悪な魔術を放った。

 回避は出来ない。迸る魔術が彼女に襲い掛かる。

 バシュトラの小さな肉体が宙を舞った。


「バシュトラ!」

「あはははは! まるでトンボ取りでもしているようね、あはは!」


 俺は物陰から飛び出し、バシュトラの所へと走る。

 魔神が攻撃してこようが知った事じゃない。

 だが、意外にも魔神からの攻撃は無い。

 なぜなら――俺たちを守るようにおっさんが立っていたからだ。


「あら、まだやるの? ずっと私の近くにいたんだもの、大分毒が回ってるんじゃない?」

「まだ、倒れる訳にはいかん」

「あっそう。そういうセンチメンタリズム、私嫌いなのよ。こう見えてもドライな女なの。だから、もう死ね」


 魔神の腕に再び魔力が集中していく。

 しかしおっさんは避けようとすらしない。

 いや、後ろには俺とバシュトラがいるから、避けられないのか。


「おっさん!」

「あはは、終わりよ! 黒術・カーズドペイン!」


 魔術で作られた毒の奔流が、おっさんの肉体を襲う。

 今まで決して倒れる事のなかったおっさんの肉体が、片膝をつく。


「ぐっ……」

「あははははははははははははは! 脆い、脆過ぎる!

 こんな雑魚っちい連中に、男どもは負けたワケ?

 これだから最近の男は弱くなったなんて言われるんじゃない、あはははは!」


 魔神の哄笑が響き渡る。

 だが、誰もそれを止める事が出来なかった。

 俺は倒れたバシュトラを抱き起す。

 意識を失っているようだったが、見た目の傷はさほど酷くはないようだ。

 一安心したのも束の間だった。


「さてと……じゃあ終わらせるとしましょうか」


 再び魔神は足を振り上げ、倒れて動けないカーヴェイさんに狙いを付ける。

 コボルト族の戦士のほとんどが、毒や魔術にやられ、地に臥している。

 動ける者は、いない。


「さようなら――」

「止めろ!」


 声が魔神の動きを止める。

 そして、小さな人影が、倒れたカーヴェイさんの前に立ち、両腕を広げて守り立つ。

 それは、カーヴェイさんの息子、ラルーズだった。

 小さなコボルトは、震える足で、魔神の前に立っていた。


「なにボク? 私とヤりたい訳? 悪いけど、ガキには興味ないのよごめんねぇ」

「父上は僕が守るんだ!」

「ふーん、そう…………なら、役に立ってもらいましょうか」


 そう言うと、魔神は蜘蛛の脚を器用に使い、コボルトの少年の体を捕まえる。

 何をするつもりだ一体。

 そう思った時、魔神がゆっくりとこちらに振り返り告げる。


「この坊やは預かっていくわ。そこの族長さんが起きたら伝えなさい。

 この子の命が惜しければ、素直に匣を渡す事ね。

 じゃあ、また会いましょう。あははははははははははははははははははは!」


 笑い声を残し、魔神の姿が霧の中に消える。

 後に残ったのは、倒れた戦士たちの姿だけだった。


「くそっ!」


 俺は自分の不甲斐なさに苛立ち、地面を殴りつける。

 何度も何度も。

 拳が赤く染まる頃、誰かが俺の肩を掴む。

 奏だった。


「…………」


 何も語らない彼女。しかしその瞳は雄弁に物語っていた。

 そうだ。


 俺たちは――負けたんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ