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神を殺すのに必要な弾丸の数は  作者: ハマヤ
-腐れの猛毒-
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ハート・ノッカー-4-

 森の中に、コボルト族の戦士が二人、立っていた。

 日の差さぬ森に、戦士たちはゆったりとした様子で並んでいる。

 決して気を抜いている訳ではない。

 優れた戦士である彼らは、森に侵入する者があればすぐさま察知し、侵入者を排除する為に行動する。


 だから、彼らが気付く事なく、目の前に女が現れた事は、由々しき事態でもあった。


「……ここはコボルト族の領地だ。人間の女よ、立ち去れ」


 いつの間にそこにいたのか、戦士たちにも分からない。

 木々の合間に、一人の女が立っていた。

 髪の長い女。目元は見えないが、口元は赤く紅が塗られている。


「……あは、あはは」


 女の異様な雰囲気に、コボルトたちは身構える。

 こいつは敵だ。何かは分からぬが、倒さなければいけない相手なのだ。

 戦士である彼らはすぐさま行動を開始する。

 だが――動く事は出来なかった。


「かはっ……」

「なっ!」


 コボルトの一人が膝をつき、口から血を吐く。

 もう一人の戦士が駆け寄ろうとしたが、彼の体もまた異変に冒されていた。

 体に力が入らず、崩れ落ちるように倒れる。

 口の中に広がるのは血の味。視界も赤く染まる。目からも出血しているようだった。


「……あはは、あははは……あははははははははははははははははは!」


 女の哄笑が木霊する。

 コボルトたちは薄れゆく意識の中、女の姿を見た。

 女の体から紫色の霧が放出されている。

 毒だ。

 彼らがそれに気付いた時にはもう手遅れだった。


「食べても美味しくはなさそうだな、キミたちは。あはは、腐れ死になさい」

「……族長、に……」


 仲間に異変を伝えなければいけない。

 最期の力を振り絞り、コボルトは懐から笛を取り出す。

 これを吹き鳴らせば、仲間たちが異変に気付いてくれるだろう。

 しかし――


「ざーんねん、キミの冒険はここでおしまいです。あははははははは!」


 コボルトたちが見えていたのは、女の上半身だけだった。

 下半身がゆっくりと姿を現す。

 それは異様な光景だった。

 女の腰から下は、人間のそれではなく、巨大な蜘蛛の姿をしていた。

 蜘蛛の頭部の部分から、女の体が生えている、そんな異常な姿。


「お気の毒ですが――」


 蜘蛛の脚が振り上げられる。

 巨大な脚。突き刺されれば、どうなるか、想像に難しくない。

 にやりと女が笑う。赤い笑み。絶望的な笑み。


「冒険の書は消えてしまいました、あははははははは!」


 鋭利な刃物を思わせる蜘蛛の脚がコボルトに振り下ろされる。

 そして――物言わぬ死体だけがそこに残った。

 森の中には、ただ女の笑い声だけが残っていた。







「頭が……痛い」


 痛む頭を押さえて俺は起き上がる。

 二日酔い、というやつだ。

 昨日、コボルトの族長との決闘に勝利した後、そのまま俺たちを迎え入れる儀式に発展した。

 なんてことはない。ただの飲み会だ。

 決闘の舞台は急遽、飲み会場に早変わり。

 飲めや歌えのどんちゃん騒ぎと化した。

 先ほどまでは憎しみをこもった目で見ていたコボルトたちも、打って変ったようにフレンドリーな態度になっていた。

 昨日の敵は今日の友。殴り合ったら友達、みたいな考え方なのかもしれない。

 そんな訳で、俺も酒をたらふく飲まされ、気付いたら寝ていた訳だ。


「いって……水」


 外で寝ていた訳ではなく、どこかの屋内に放り込まれたようだった。

 隣には数人のコボルトたちが寝ている。もちろん男のコボルトであるのは言う間でもない。残念ながら色事には発展しそうもない。

 千鳥足で家屋を出る。

 太陽は天頂に輝いていた。もう昼か。

 強い光に思わず目が眩む。水はどこだ。


「死にそうな顔してるわね」

「あー」

「はいお水」


 呆けた顔をしていると、いつの間にかやってきた奏が木のコップに入った水を差し出してくる。

 ありがたい。受け取ってそのまま喉に流し込む。

 ふぅ、少しは収まってきたぜ。

 よくよく見ると、バシュトラもいた。不思議そうな顔で俺に尋ねてきた。


「……病気?」

「まあそうかもね。これはダメ人間特有の病気だから近寄っちゃだめよ」

「誰がダメ人間だ」

「泥酔して裸で踊り出す人の事よ」

「……マジ?」


 まったく記憶にないんですが、それは……

 しかし奏のごみ屑でも見るような凍てついた瞳は、如実にそれが真実だと物語っていた。

 ぽつり、とバシュトラが呟く。


「……昨日のシライ、かわいかった」


 すみません、ナニがかわいかったんですかね。いや、言わなくても結構です。

 久々の酒に、かなり悪酔いしてしまったらしい。


「アムダたちは? あいつらも結構飲んでたと思うが」

「アムダはわりと平気な顔してたわね。顔に出ないタイプかしらね」

「ブリガンテは……カーヴェイって人と一緒にいた」

「馬が合うのかしらね、ブリガンテさんと族長さん、似た感じだもの」


 あの二人がサシで酒を飲んでるシーンは何となく絵になるな。

 とりあえず、記憶を失うまで飲んでたのは俺だけらしい。わりと恥ずかしい。


「全員揃ったら族長さんから話があるみたい。準備が出来たら昨日の家まで行きましょ」

「そうだな。とりあえず酒を抜いてくるわ」


 裏手に川があったはずだ。ついでに体も洗いに行こう。

 その時、ふと視線を感じ、顔を上げると、そこには昨日のコボルトの少年が立っていた。

 相変わらず、敵意を感じる視線。

 年齢はいくつくらいだろうか。いまいち見た目から判断しにくいが、十歳くらいか。

 俺たちと視線が合うと、少年はそのまま森の奥へと消えて行った。


「まだ恨んでるのかな……」

「かもしれないわね。大人たちは戦いの結果として受け止められるのかもしれないけど、まだ子供だと、その辺の判別は難しいのかもしれない」

「…………」


 まあいつか分かってもらえる日が来ればいいんだが……






 準備を終え、カーヴェイさんの家へと向かう。

 今度は全員で家屋内に入る。さすがに九人だと広い室内とはいえ、結構狭く感じる。

 部屋の奥には昨日と同じようにカーヴェイさんが座っていた。

 昨日とは違い、物々しい雰囲気はない。しかし特有の張りつめた空気が感じられた。


「昨夜は楽しんでいただけただろうか」

「ええ、ちょっとはしゃぎ過ぎたみたいですけど」

「若さとはやり過ぎるくらいでちょうどいいものだ」


 よく分からん慰めを受ける。つまり昨日の俺はやり過ぎるくらいだった訳ですね。反省。


「我々とて久しぶりの客人を招いたのだ。楽しい宴であったぞ」

「その、あまり人間と交流をしていないとお伺いしましたが……」


 奏の質問に、カーヴェイさんは顎を撫でる。


「まるきり無い訳では無い。教会の権勢の強い都市とはしておらぬが、中央から離れたところとは、取引は行っているのでな」

「そうなんですか」

「我々は古くより人よりも優れた肉体を持ってきた。ゆえに傭兵業を営む同胞も多い。

 各地に散らばった同胞による通信網を使い、世界の情勢を知る事も出来るのでな。

 一番の交易は採掘した鉱石だが、これは人間ではなく、ゴブリンやエルフたちとの取引に使っておる」


 なるほど。意外にアクティブに活動しているんだな。

 人間の街でコボルト族を見た事がなかったから、この森から出ないイメージが強かったが。


「また最近は聖女リアーネ殿と積極的な交流を行っておる。

 あの方は人間と亜人の垣根を越えた世界を目指しておられるようだ」

「はい、リアーネ様の志は素晴らしいものです」


 グラシエルが熱く語る。さすがは信者だ。

 しかしカーヴェイさんは彼女の言葉を笑う。


「私から言わせれば甘い理想だ。女神が人とそれ以外に分けた時から、憎しみは決して消える事は無い」

「それは……」

「だが――その甘さもまた、変革には必要だ。時代を変えるのは私のような老兵ではなく、彼女らのような若い世代なのかもしれん。

 それはまた、そなたらにも当てはまる事だろう」


 そう言うと彼は部屋の隅に立っていたコボルト族の護衛に目配せする。

 それを受けたコボルトの戦士たちは、一礼した後、部屋を出て行った。

 これで室内には俺たちだけだ。


「さて、リアーネ殿から簡単に聞いておるが……何やら面倒な事になっているようだな」

「それが……」


 俺たちは簡単に今までの経緯を伝えた。

 列王会議の日、魔神の計略によって教会から偽の勇者と認定され、追われているという事。

 話を聞いていたカーヴェイさんは、静かに目を閉じた。何かを考えているようだ。


「その人間を操っているという魔神……オルティスタであったか。その者は白い髪の容姿ではなかったか?」

「ええ、白い髪に白い服を着た女ですが……知ってるんですか?」

「ああ、恐らくその者は、プリエストの女宰相だろう」

「プリエストって……確か、この大陸の最大の都市国家だっけ」

「帝国都市プリエスト。絶対王グレアデスが統治する都市だ。そして、その懐刀が確か、そのような名であったと記憶している」


 まさか魔神が人間の国に深く入り込んでるなんてな。さすがに想像していなかった。


「初めて聞きました。グレアデス王にそんな宰相がいたなんて……」


 グラシエルが驚愕の表情を見せる。

 こちらの世界に詳しい教会の人間でも知らない事実だったらしい。


「表にはほとんど出ていないはずだ。私も、同胞からの報告で知ったに過ぎん。

 しかし元々継承権の低かったグレアデスが王になれたのも、この宰相によるものだと言われていた」

「という事は、結構前からオルティスタはプリエストに潜り込んでるって事よね」

「事前に計画されていた事だったのでしょうか」


 しかし奴らの目的は女神の匣を手に入れる為だったはず。

 そこまで入り込んでいるんなら、わざわざ都市を襲うなんて面倒な真似は必要無かったはず。

 何が目的だったのか。


「……女神の匣について、聞いてもいいですか」

「…………」


 俺の言葉に、カーヴェイさんが目を細めた。


「エルフの女王も匣の事を知っていましたが、それを話してはくれませんでした。

 もし知っているのなら……教えてください」

「魔神の狙いが匣であるならば……話す必要があるだろうな」


 一息置くと、俺たちを見回す。


「かつて――人間と亜人にまだ明確な区別が無かった時代の物語。悪しき女神が世界を治めていたという」

「悪しき、女神……」

「女神に名は無い。いや、あったのかもしれないが、既に失われた名だろう。

 分かっているのは、女神は大地に住むすべての種を従え、暴虐の限りを尽くしたという事だ。

 女神の暴政は長く続き、やがて虐げられた者たちは一つの結論を導き出した」


 彼はそこで言葉を一度区切った。

 吐き出すように、言葉を紡ぐ。


「即ち――女神を殺す事。

 それだけが、自分たちが救われるただ一つの道であると、彼らは考えたのだ」

「女神を殺す……そんな事が可能なんでしょうか?」

「無論、不可能であろう。この大地に住まう者は皆、女神より生み出された存在だ。

 故にこの世界の剣も魔も、全ての理は女神に通じない」

「ではどうやって……」


 奏は呟き、そして何かに気付いたように目を見開いた。

 カーヴェイさんもそれを追従するように頷いた。


「そう――この世界の理が通じぬのならば、異世界の力を以て対抗すればいい。

 世界と世界を繋ぎ、異世界から女神を殺す力――勇者を召喚する。それが彼らの結論であった」


 異世界から勇者を呼び出す。

 それはまるで……俺たちと同じじゃないか。


「女神に気付かれぬよう、召喚は行われた。

 呼び出された勇者は十二人。いずれも類稀なる力を持った万夫不当の勇士であったと聞く」

「十二人? それって……」

「……勇者たちは女神を殺した。そしてその身を引き裂き、女神の肉体と魂を匣に封じた。

 それが女神の匣。我々が神殺しの末裔である証拠だ」


 話し終え、カーヴェイさんは傍らに置いてあった水を飲み干す。

 一息ついた後、再び口を開く。


「匣は一つではない。私の知る限り、匣は三つ存在するはずだ。

 女神の肉体を封じ、魂を封じ、そして力を封じた匣がある」

「その匣は今どこに?」

「……分からん。一つは人間たちが所有し、教会に渡ったと聞いた。それが今、トリアンテにある匣の事だろう。

 残り二つは亜人たちに引き渡されたはずだが……どこにあるかは分からぬ。

 恐らくエルフかドラゴニュート……彼らが持っていると思うが、定かではないだろう。

 匣の存在は秘匿され、神殺しの伝承さえ、知る者は少ない。我らは神殺しの罪を背負っているのだ。

 だからこそ、人間たちは教会などという、まやかしを作り、神を作り上げたのだ」


 以前奏が言っていた。教会に名前も無く、祀り上げる神もいないと。

 それはそういう事情があったからなのか。


「その、十二の勇者は神を殺した後、どうなったんですか? 元の世界に戻った……とか」

「それは伝承には伝わっていない。その後どうなったかは分からんな」


 異世界から呼び出された勇者たち。

 十二の魔神と十二の勇者。

 偶然にしては出来過ぎている。


 語り終えた後、沈黙が続いた。

 それを破ったのは奏だった。


「もし魔神がかつての勇者だとするなら……彼らが匣を狙う理由は分かりますか?」

「……すまぬが私には分からん。ただ匣を開くにはそれ相応の代償が必要であると聞いた事はある」

「代償、ですか」

「それが何を示すのか分からぬが、少なくとも、今まで匣が開かれた事は無いはずだ。

 だからこそ、それが開かれた時、何が起きるのか、見当もつかんな」


 そう言った後、カーヴェイさんは一言だけ付け加えた。

 低くよく通る声で。


「だが……ろくな事にならんのは、間違いないだろう」


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