FPSゲーマーは眠らない-6-
「おい、大丈夫か」
俺が地面に横たわる女――姫宮 奏を見つけたのは、巨人から少し離れたところだった。
全身が土で汚れており、傷も多い。
「くっ……あたし、は」
しばらく気を失っていたようで、体を起こすと顔をしかめる。
相変わらず扇情的な恰好だったが、今はそんな事、言ってる場合じゃない。
「怪我は無いか?」
「無いわけないでしょ」
「そっか。そうだよな」
相手の言い返す言葉にも力はない。
彼女は自分の体の痛む箇所を探した後、立ち上がる。
「無茶すんなって」
「まだアムダたちが戦ってる。それに、バシュトラを助けに行かないと」
一歩踏み出したが、痛みで顔を歪める。
ほら、言わんこっちゃねぇ。
「魔法で傷とか治せないのか。
ケアルとかホイミとか、色々あるだろ」
「無理に決まってるでしょ。魔術は理を歪めるだけで、理に逆らうわけじゃないのよ」
「よく分からんが、さっきのでかい爆発もお前だろ?
あれをもっとバンバン撃ってたらいいんじゃねえの?」
俺の言葉に、彼女は一瞥しただけだった。
なんだよ、馬鹿にしやがって。
勝手にしろや。
「あんたはどうして戦わないのよ」
ぽつり、と奏が呟く。
「あんただって元の世界では凄腕だったんでしょ。
だったら――」
「俺は違うんだよ!」
言葉を遮る。
俺は、お前らとは違う。
「あの猫野郎が言ってた話は、俺のことじゃないんだ」
「どういう事よ……」
「あれは、ゲームの話なんだ。
俺が、元の世界でやってたゲームの」
俺の言葉に、奏は顔色を変える。
だが、それはほんの少しの驚きだった。
「そう、じゃあしょうがないわね」
とだけしか言わなかった。
もっと責められると思ってた俺は、逆に拍子抜けした。
なんだよそれ。
役立たずとか言わないのかよ。
「言うわけないじゃない。
出来る人間がそれをしないのは怠惰だけど、出来ない人間にそれを求めるのは傲慢だわ」
それは、きっと、俺に対してではなく。
自分に向けた言葉だったんだろう。
彼女は体の痛みを気合いで克服する。
「うし、今度は負けない。
アンフィニ、虚数領域再度構築して」
『構築完了したよ』
携帯電話から声がする。
スマホっぽいケータイに何かを話しかけた後、奏は立ち上がる。
「無理だって。勝てる訳ねえじゃん」
「かもね」
「あの猫野郎が言ってた事だって怪しい話だぜ。
魔神が世界を滅ぼすなんて、それこそ嘘くせえし」
「そうね」
「逆に本当ならどう足掻いても無駄だって。
相手は神なんだぜ? 無理に決まってるじゃん」
「そうかもね」
「……だったら、なんでお前は戦おうとしているんだよ!」
俺の叫びに、痛みを必死に堪え、歩き出そうとする奏が振り返る。
しかし、その顔に悲痛さはなかった。
なんなんだよ、一体。
「あいつらが戦ってる」
「あいつらって……」
「アムダもバシュトラもブリガンテさんも、今日初めて会っただけ。
でも、一緒に戦った以上、見捨てられない。仲間だし」
「なか、ま」
「うん仲間。あたし、元の世界にいた時からこんな性格で、友達なんかあんまいなかったしさ。
それに、自分以外を心のどこかで見下してたのよね。
なんでこんな簡単なことも出来ないんだろう、って」
それは傲慢だと、彼女は先ほど言っていた。
「でもそれは間違ってるって、あたしの友達――初めての友達が教えてくれた。
出来ない事を求めるのは傲慢。
出来るように頑張るのは、強さだって」
だからあたしは戦うのよ、と彼女は付け加えた。
意味が分かんねえよ、それ。
「多分、あの魔神が多元世界を滅ぼすってのは真実。
あのスミオンゲートの管理人が言うのなら、間違いなくね。
あたし自身はこんな世界、どうなっても構わないけどさ。
こんな世界でも、楽しいって言う人もいるなら、あたしが頑張らないとね」
「絶対に無理でもか?」
「あたしの絶対は、あたしが決める。あんたが決めるな」
強いな、こいつ。
ずっとゲームばっかしてた俺なんかとは、きっと違うんだろう。
前だけを見て、進んでいく。
「……俺だってなぁ!」
思わず叫んでいた。
「俺だって、何とか出来るなら、何とかしてえよ!」
「じゃあ、やればいいじゃない!
あなたにだって、出来ることはあるでしょ」
無茶を言うな。
俺みたいなただのゲームオタクに、何が出来るんだよ。
でももし――
「ゲームだったら、絶対に負けねえ!」
「はあ?」
「CODだったら絶対に負けねえ! BFでも負けねえ!
KZでもMOHでもCSでもSFでもだ!
M24でもM82でもSVDでもWA2000でも64式でも持って来いよ!
それがありゃあ、たとえ神様だろうが一発でドタマぶち抜いてやるよ!」
自分でも何を言っているのか分からない。
俺だってなあ!
「FPSなら神にだって絶対に負けねえよ!」
『じゃあその願い、聞き届けようか』
声は、俺でも奏でもなかった。
奏の持つ、スマホから声が響く。
「アンフィニ……じゃない?」
『あげるよ、力をさ。お決まりのように、さりげなくね』
「この声、あの猫野郎か」
『ご明察。さっきはごめんね、いきなり送り出しちゃってさ』
「てめえ……」
『悪い悪い。お詫びに力を上げるよ、へへへ。
君の言う――FPSってやつをさ』
「おい、待てよ!」
プツリ、と通話は切れる。
というか本当に通話だったのかも謎だ。
分かっているのはただ一つ。
俺の目の前に、銃が現れた事だった。
「これって……」
レミントンM700。
レミントンアームズ社の送り出した狙撃銃の傑作。
米軍や特殊部隊での採用も多く、単純かつ強固な造りは信頼性も高い。
派生モデルも数多く出ており、民間から法執行機関まで、様々な用途で使われている。
そして――俺のプレイするFPSにも登場する、狙撃銃だった。
「スナイパーライフル、よね」
「ああ、でも……」
「あんた、使えるの?」
俺が使ってるのはあくまでゲームの世界だ。
モデルガンなら持ってるけど、実際の銃なんて、触ったことすらない。
ライフルの銃床に触れる。
触れた瞬間、脳にデータがインストールされる。
銃の使い方も、狙い方も、そして撃ち方も。
全てが脳に、体にインプットされる。
要は――FPSと一緒って事だ。
「そうかよ、分かったぜ」
「何がよ」
「あいつのドタマをぶち抜く方法がな」