ハート・ノッカー-3-
コボルト族の集団に突如襲われた俺たちは、彼らに囲まれて森の奥へと向かっている。
鬱蒼と生い茂る森の中を、先頭を歩くコボルトは特に苦も無く歩いていた。
「しかし……ついて行っても大丈夫なのか?」
俺は小声で隣を歩くおっさんに尋ねる。
おっさんはちらりと横を一瞥した後、答えた。
「……周囲には数十人ほどの戦士がこちらを見張っているようだ」
「マジかよ。全然見えねえぞ」
「よく訓練されている」
じっと目を凝らしても、正直なところ、どこにいるかも分からない。まあおっさんがいると言うのならば、いるんだろうが。
ギリースーツでも着込んでるのかね。森を掻き分けると、そこにはフサフサの葉っぱを装備した大量のコボルトたちが! という展開はそれなりに萌える。
それこそ森の妖精だな。
「で、強いっぽい?」
「さて、そればっかりは戦ってみないと分からんが、な」
しかしおっさんの口元には笑みが浮かんでいた。自信はある、というところか。
いざとなればこちらもそこそこの人数がいるんだ。暴れて抜け出す事は出来るだろう。
だからこそ、こうして大人しくコボルトたちについて行っている訳だ。
そこからは口数も少なく、ただひたすら歩く。
遠くから鳥の鳴き声やら、あるいは何かよく分からない獣の鳴き声が聞こえてくる。恐らく魔物もいっぱいいそうだ。
数十分ほど歩き、木々を抜けると、目の前には集落が広がっていた。
森を抜けた、という訳ではなく、森の木を切り倒し、そこに集落を作ったようだ。周囲はやはり森だ。
「ここがコボルト領って訳か。結構広そうだな」
「こちらだ。族長がお前たちと会うそうだ」
「族長?」
「十氏族、カーヴェイ・バルトール様だ。粗相の無いようにな」
そう言ってコボルトの男(おそらく女性ではない)が歩き出す。
その後に続き、コボルト族の村へと入っていく。
集落はそれなりに世帯数があるようで、似たような木の建物が並んでいる。
ふと視線を感じて、そちらに向けると、コボルト族たちが居並び、じっとこちらを見ていた。
一人や二人ではない。何十人ものコボルトが、俺たちの方を見ている。
その視線には、明らかな敵意が含まれていた。
「……なんだ?」
「人間嫌いって聞いてたけど、予想以上ね」
「ふん、当たり前だ」
俺たちの会話に、前を歩くコボルトが答える。彼の口調からも、憎しみが感じられた。
「我々はゴブリン族と深い親交があったのだ。
十氏族、ココノエ様ともな」
「それって……」
「お前たちがココノエ様を殺し、ゴブリン族に痛手を与えた事は既に知っている。
村の連中の中には、お前たちを引き裂いて殺したいやつも大勢いるさ」
もちろん俺もだ、とコボルトの男は付け加えた。
まさかここであの時の話が出るとは思いもしなかった。
第二の魔神に操られていたとはいえ、ゴブリン族と戦ったのは確かに俺たちだ。
「カーヴェイ様はココノエ様と親友であられた。
我らの無念はカーヴェイ様が晴らしてくれるだろう」
くくく、とコボルトは喉の奥で笑う。
おいおい、穏やかじゃないな。完全にアウェイじゃねぇか。
このままいけば、そのカーヴェイという人のところで処刑される未来しか見えない。
そうこうしている内に目的地に着いたらしく、足を止める。
他の家屋に比べると、少しばかり大きい造りをした建物。コボルトが俺たちに中に入るように促す。
「さすがに九人で全員入るとあれだな」
「では僕は外で待機するとしましょう。何かあった時、外で動ける人がいた方がいいでしょう」
「じゃああたしも外で待っとくわ」
アムダと奏の二人が手を上げる。
こいつら逃げたな。この中にある厄介ごとの匂いを嗅ぎ取ったらしい
「それだったら俺も外で待っときたいぜ」
「駄目よ、シライさんはリーダーだし、交渉役ね」
「そうですよ、シライさんはやっぱり行かないと」
こういう時に限ってリーダーを押し付けてくる辺り、こいつらは中々えげつない。
仕方ない、俺とおっさん、バシュトラの三人に、教会組の二人で入る事にしよう。
「トラ様、私たちは外で待ってますね」
「……ん」
ドラゴン娘たちも待機してもらう事にしよう。
族長に合うメンバーを決め、家屋の中に入っていく。
屋内は外から見るよりも広く、俺たち五人が入っても狭さを感じなかった。
部屋のその奥に、誰かが座っているのが見える。
「族長、連れて来ました」
「…………」
族長と呼ばれたコボルトは、視線をこちらに向ける。
そのコボルトは、右目に刃傷があり、隻眼になっていた。
体躯は他のコボルトに比べると一回りほど大きく、離れた距離でも威圧感がある。
「カーヴェイ・バルトールだ。コボルト族の長を務めている。
……お前たちが異世界から来たという人間か。
隣にいるのは、教会の人間だな?」
「はい、グラシエルと申します。聖女リアーネ様から、この方々をこちらに案内する役目を仰せつかりました」
「リアーネ殿からは過日、文を受け取っておる。その方らの話も聞いている」
「では、我々を支援していただけるのですね」
グラシエルの表情が明るくなったが、コボルト族の長カーヴェイは鼻で笑う。
「さて、それは分からん」
「え?」
「リアーネ殿から文が来た翌日、中央教会の教皇からも同じく文が届いたのよ。
命が惜しければ偽物の勇者を差し出せと……まあそういう文面であったがな」
「そんな……」
なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。
ちらりと視線を部屋の隅に向けると、数人のコボルト族が立っている。
族長の護衛兼俺たちの監視だろう。
部屋の外に逃げようにも、背後も閉ざされており、まさしく籠の中の鳥と言ったところだ。
「教会の物言いは気に食わんが、しかしわざわざ喧嘩を吹っ掛けるつもりもない。
お前たちを突き出せば、少なくとも我らの平穏は保たれるのだからな」
「で、ですが……」
「それに――お前たちはゴブリン族の怨敵であり、我が友ココノエの仇でもある」
その言葉と同時に、途轍もない殺気を感じる。
口調は穏やかであったが、その視線はたとえ片目であったとしても、凄まじい殺意を放っていた。
「待ってくれ。確かに俺たちはゴブリン族と戦ったが、それは魔神に操られていたからで……」
「確かにそう聞いておる。だが、だからと言って、そうかと聞き届ける訳にもいくまい。
我らコボルト族は古くからゴブリン族とは親交があったのだ。
我々は優れた採掘技術があり、そしてゴブリン族には優れた加工技術、冶金術があった。
そうやって、深く結びついていたのだ。仇を討つ事を望んでも、なんらおかしくはあるまい?」
カーヴェイの瞳が俺たちを射抜く。
そして、俺たちを取り囲むコボルトたちの下卑た笑い声が聞こえてくる。
「加えて、十氏族であったココノエは我が生涯の友。我を忘れてお前たちを引き裂くやもしれん」
「…………」
笑いながらカーヴェイは言うが、しかし冗談にも聞こえない。
もし下手な真似をすれば、その言葉通りにするはずだ。
「まあそう身構えるな。引き渡すならばここに連れては来ていない。
会いたくなったのだ、我が友の仇にな」
男の声は静かだがはっきりと響く。
俺はちらりと横目でバシュトラを盗み見る。彼女の表情はいつも通りだ。
しかし俺の視線の動きに気付いたのか、カーヴェイがバシュトラを見る。
「よもや……その幼子かね? 私の望む相手は……」
「……バシュトラ」
「なるほど、礼儀は弁えているらしい」
カーヴェイはそう言うとゆっくりと立ち上がる。
座っていた時も思っていたがでかい。体長は2mを超えている。おっさんといい勝負だろう。
バシュトラと比べるならまさしく大人と赤子くらいの差に見える。
「では問おう。我が友の最期はどうであったか。戦士として雄々しく戦ったかどうか」
「…………」
詰問を受けて、バシュトラは目を閉じた。
何かを反芻するように、そして――
「分からない」
彼女の答えは、カーヴェイの予想していた答えではなかったようで、少し眉をひそめた。
「ほう……それはどういう意味だ?」
「あの人、魔神に操られていたから……あれが本気だったかどうかは私には分からない」
「……なるほどな」
「でも……あの人のおかげで魔神の正体が分かったから、多分、立派だったと思う」
そういや、あのゴブリンが魔神の正体を教えてくれたんだったな。
しかしそれによって命を失った。命を賭して魔神と戦ったんだ、立派でないはずがない。
カーヴェイはじっとバシュトラを見る。彼女もまた、その視線を真っ向から受け止めた。
「面白い。では、その言葉が真実か否か、試させてもらおう」
そう言うと、カーヴェイは傍らに置かれてあった巨大な槍斧を手に取り、切っ先をこちらに向ける。
にやりと笑ったその口元からは、獰猛な牙が覗いていた。
「十氏族が一人、『灰』のカーヴェイ――友が誇りを賭けて、バシュトラに決闘を申し込む」
「――で、釈明はある?」
集落の中央で決闘の舞台が作られていく。
それを脇で見ていると、奏が唐突に切り出した。顔を見なくても分かる。怒ってるな。
「……何の事かな?」
「なんで話し合いに行って、いつの間にか決闘する事になってるのよ」
「……成り行き、かな」
それ以外、言いようがなかった。
決闘を申し込んだカーヴェイは、こちらの言い分も聞かず、そのまま飛び出してしまった。
あれよあれよと言う間に話は進み、こうして決闘の場も整えられているところだ。
バシュトラは特に何も言わず、いつもの無表情。
「止めなさいよそこは」
「仕方ないだろ。あんな狼男みたいなんを止めれるのはおっさんくらいなもんだぜ」
「ブリガンテさんは何してたのよ」
「ふむ、決闘も悪くない、とか言ってたな」
「…………」
奏が額に手を当てて溜息をついた。
しゃーないだろ。なんせうちの前衛たちは脳筋部隊だからな。
基本的に肉体言語で語り合う種族だ。俺たち後衛組とは価値観が違う。
「それで、勝てるの? ていうか勝っていいの?」
「どうなんだろ。バシュトラが勝った瞬間、『勝てば許すと言ったな、あれは嘘だ』みたいな展開もありうるぞ」
「……どうすんのよそれ」
「そりゃこっちも、『勝てば許されると思ったがそんな事はなかったぜ』って応戦するしかないな」
「全然駄目じゃないそれじゃ」
奏の小言を聞き流しながら周囲に目を配ると、数多くのコボルトたちが決闘を眺めに来ているようだ。
戦士の一族、という触れ込み通り、男たちはみな、たくましく強そうだった。
女性のコボルトもいる。どうも外見的な差異はほとんどないらしく、服装で判断するしかない。心なしか目元が優しいのが女性のコボルト、という感じか。
そんな中、小さなコボルトの姿が目に移る。まだ子供のコボルトだ。
「あら可愛いわね、あれくらい小さいと」
「だけど、なんかこっちを睨んでるぞ」
子供のコボルトが、俺たちの方を敵意のある眼差しで睨み付けている。
何かやらかしたかな。記憶にない。
そうこうしている内に場の手配が出来たようだ。
中央にバシュトラとカーヴェイの二人が立ち並ぶ。
カーヴェイのすらりとした巨躯に、巨大な槍斧はよく映えている。
武器の長さで言えば、バシュトラの槍も同じくらい。体格は全然違うが。
「では始めるとしようか、異世界の戦士よ。簡単に死んでくれるなよ」
「……そっちもね」
「ふっ……言ってくれる!」
その言葉と同時に、カーヴェイが跳ねた。まるで弾丸のように一直線にバシュトラへと向かっていく。
観戦しているコボルトたちも一斉に吼えた。うるせえ。
「はッ!」
横薙ぎの斬撃を、バシュトラは槍の柄で受け止める。
しかし衝撃の全てを殺し切れず、大きく後ろに飛ぶ。
カーヴェイはそのまま追撃。
まるで獲物を追う狼の如き俊敏さだ。
「ふっ!」
力任せに振るう一撃を、バシュトラは華麗にかわし、受け流す。
斬撃が交差し、刃と刃が華散らす。
刃の触れ合う音が周囲に響き渡る。
「面白い。ならばこれはどうだ!」
カーヴェイが後ろに飛び、バシュトラと距離を空ける。
そして、槍斧を大きく大上段に振りかぶると、そのまま大地に振り落とした。
地面に叩きつけられた斬撃は、闘気と化し、真っ直ぐバシュトラへと向かう。
「…………」
しかし直線の攻撃などバシュトラには通じない。
大きく跳躍し、闘気の一撃を回避。だが――
「甘いッ!」
その言葉に反応するかのように、闘気の刃が軌道を変え、上空に逃げたバシュトラを追う。
さすがにそこまでは予想していなかったのか、バシュトラが目を大きく見開く。
咄嗟に槍で受け止めるが、大きく体勢を崩した。
その隙を逃すカーヴェイでは無い。
「はぁ!」
「……!」
いつの間にかバシュトラに迫っていたカーヴェイは、刃を振り落とし、バシュトラを地上に叩きつける。
流星のように地面に落ちたバシュトラは、しかしけろりとした表情を見せる。例の何とかアーマーで衝撃を緩和したらしい。
着地したカーヴェイがふんと鼻で笑う。
「どうした? その程度か、それでは我が友も浮かばれぬぞ」
「……分かった」
ゆっくりとバシュトラは槍の穂先をカーヴェイに向ける。
「……本気を出す。避けた方がいいよ」
「ほう、忠告か?」
「……ううん。ただの事実だから。UG-5――振動放射……」
言葉と共に、槍先から光が放たれる。まるで雷のような光。
光は地面に複雑な軌道を刻みながら、しかしカーヴェイへと向かっていく。
彼は避けず、それを真っ向から迎え撃つ。
槍斧を振るい、光を叩き落とそうとした。
しかし――刃が消し飛んだのは、カーヴェイの槍斧であった。
「ぬっ!?」
「…………ふっ!」
バシュトラがその隙に、神速の突きを放つ。
槍斧を失ったカーヴェイは、防ぐ事も出来ず、後ろに大きく吹っ飛び、そして倒れた。
周囲から叫び声が聞こえてくる。
これは……勝負あったか?
「……まだやる?」
「いや……ここまでにしておこう」
むくりとカーヴェイが起き上がる。ダメージはほとんど無さそうだ。
「ココノエが敗れたのも納得のいく強さだ。そなたとやり合えた事、戦士の誇りとしようぞ」
「……あのゴブリンの人も同じくらい強かった」
「ふっ、慰めとして取っておこう」
そう言うとカーヴェイは決闘を観戦していたコボルト族に向けて叫ぶ。
「聞け、我が同朋よ。ここにいる者らは雄々しく決闘に挑み、勝利した!
したがって、私は彼らを戦士として認め、迎え入れる。
コボルト族はこれより、彼らの力となる事を、ここに誓おう!」
わっと歓声が上がった。
今まで敵意の眼差しで俺たちを見ていたコボルトたちも、歓喜の声を上げる。
しかし、交渉するつもりが、結局拳と拳の会話だけで解決してしまった。
なんというか……みんな脳筋である。
「これでひとまずは安心……なのか?」
「まあ……とりあえず逃げ回る必要は無くなったのかもしれないわね」
「寝る場所がきちんとあるのは嬉しいな……ん?」
見ると、先ほど、俺たちに敵意を向けていた子供のコボルトがいた。
他のコボルトたちと違い、彼だけはずっと変わらぬ目つきをしている。
なんだ、と思ったら少年が吐き捨てた。
「僕はお前らを認めないからな! 父上が本気になったらお前らなんか!」
彼はそう言うと、そのまま走り去っていった。
一体なんだったんだ、と思っていると、カーヴェイさんがこちらにやってくる。
「すまんな、あれは私の息子ラルーズだ」
「お子さんっすか……よく似てますね」
もっとも、俺からすると、みんな同じ外見に見えるんだけどな。
カーヴェイさんは少し苦笑して答える。
「あれはよくココノエに懐いていてな。それで中々受け入れられないのだろう」
「その、カーヴェイさんはいいんですか? 決闘に勝ったとはいえ、俺たちはその……」
「仇という事か?」
「はい」
「正しく戦い、勝負はついた。これ以上は戦士としての誇りに関わる。
我々は戦士を敬い、仲間として迎え入れよう」
かなりさっぱりした種族らしい。
古い事に頓着しない分、人間よりよほど出来た種族なのかもしれないな。
そんな事を考えていると、ふと先ほどのラルーズの言葉を思い出す。
「……もしかして、さっきの戦い、本気じゃなかったんですか?」
俺の問いに、カーヴェイさんはにやりと笑っただけだった。
だから笑い方がこええよ。




