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神を殺すのに必要な弾丸の数は  作者: ハマヤ
-腐れの猛毒-
58/102

ハート・ノッカー-2-

 商人たちと契約し、俺たちは魔物を退治する事になった。

 と言っても、全体的に余裕ムードである。今更魔物程度に後れを取る俺たちではない。


「魔物って結局何なんだ?」

「商人たちの話によると、蜘蛛の群れだそうだ」

「蜘蛛? あの糸吐くやつ?」

「そうですね、たぶんそれです」


 蜘蛛が魔物ねぇ。何となくイメージ的にはグロテスクだな。

 そもそも魔物と虫や獣との違いってなんなんだ?


「獣と魔物の境はあまり明確ではないですね。

 僕の世界でも、基本的には人に害を為すものを、魔物と呼んで区別していました。

 ですが、魔物の中にも人に使役されているものもいますしね」

「つまり生物学的な区別じゃないって事か」


 確かにゲームでも、どう見ても化け物みたいな外見だったり、ペットとして飼えそうなモンスターが出てきたりするしな。


「アムダの世界はなんか、そういうモンスターが普通にうろついてそうだよな」

「まあ普通ってほどではないですが、結構いましたよ」

「やっぱり旅をしてると、こういう突発イベントが発生する訳だな」

「突発イベント?」

「どっかの村で、魔物に生贄として村娘を差し出すんだけど、そこで自分が退治すると言い出す訳だ」

「なるほど、叙事詩によくありますね」

「で、魔物の洞窟に入ると、村長に騙されて、代わりに生贄にされるんだ」

「酷い人ですね、村長」

「命からがら魔物を倒し、村長のところに戻ると……なんと、謝罪もせずただ日常会話をするだけの村長の姿が!」

「なんで謝罪もしてくれないんですか?」

「それはお前、フラグ管理の妙ってやつだな。ただ自己紹介だけを繰り返す仕様だ」


 倒した後はそのまま通常イベントに戻ってしまうから、専用会話を用意していないんだ。


「そんな感じのイベント、起きてたんじゃないのか?」

「まあ村長さんに騙された事はありませんが、魔物退治みたいな事はたまにありましたね」

「いいね、そういうファンタジーっぽい世界観。それで助けた村娘にお礼してもらう訳だろ?」


 このイケメンめ。爆発してしまえ。

 そんな野郎二人で馬鹿話に盛り上がっていると、先頭を進むカルラが片手を上げた。

 どうやら魔物の群れを見つけたらしい。


「あそこだ」

「……いるな」


 おっさんの横に立ち、俺も敵の群れに視線を向ける。

 少し開けた平原に、犬くらいのサイズの生き物が蠢いている。

 数は……二十匹程度といったところだろうか。

 たしかにあれは蜘蛛だが……明らかにサイズがおかしい。


「あれ、蜘蛛か? なんか俺の知ってるのよりでかいぞ」

「まあ異世界基準ってやつじゃないかしらね」


 小さくても恐ろしいのに、あれだけ大きいなら気色悪さもアップだ。あんなのに集団で襲われたら溜まったもんじゃない。

 なるほど、確かに魔物と呼ぶに相応しいな。

 さて、敵を確認した事だしどうするかな。

 そう思っていると、カルラがおもむろに剣を抜く。


「まずは私が敵を引き付ける。その隙を――」

「いや、別に必要ないですよ。あまり近寄りたくないですし」

「え?」


 奏がカルラに告げると、いつものようにスマホを取り出し、虚数式を入力する。

 人工精霊が魔術の扉を開く。


「アンフィニ、虚数式展開。さっさと片付けるわよ」

『虚数式展開したよ』

「おっけ、じゃあ一気に行くわ」


 奏が両腕を前方に突き出すと、それに合わせて虚空に魔術式が浮かび上がる。

 光の奔流が周囲に力となって吹き荒れる。

 まあ俺たちにはもう慣れたもんだが、初めて見るグラシエルたちはギョッとした表情を見せる。

 無理もないだろう。

 何しろ、いきなり何もない空間から、巨大な砲が現れたのだから。


「今回は何だ?」

「105mm榴弾砲よ。戦車砲弾でも良かったけど、この位置なら榴弾の方が当てやすいしね」

「榴弾ねぇ。結構遠いけど当たるのか?」

「平気よ。その気になれば数十キロ先でも届くんだから。

 今回は通常榴弾だけど、ベースブリード弾とか使えば、射程はもっと伸びるんだけどね。

 あの距離なら外す方が難しいくらいよ」


 恐ろしい事をさらっと言う。相変わらず奏さんは物騒だ。

 しかしこういう時には頼りになる。

 片手をかざして合図をすると、榴弾砲から榴弾が放たれる。合計三発。

 弧を描き、砲弾は蜘蛛たちが集まっている平原へと降り注ぐ。

 遠くで爆炎が広がるのが見て取れた。


「弾着確認。さすがだな」

「ま、ちょろいわね」

「と思ったら撃ち漏らしが一匹いるぞ」

「……そういう事もあるわね」


 しかし残りは一匹だ。

 俺はM40狙撃銃を取り出す。なんだかんだでこれが一番扱いやすい。

 さっとスタンディングのまま構え、蜘蛛に照準を合わせる。距離はおよそ1,300m程度。

 蜘蛛の魔物もこちらに気付いたのか、カサカサと向かってくる。まあその速度じゃ当分は無理だろうが。

 スコープ越しに見た蜘蛛の化け物はやはり気持ち悪い。生理的嫌悪感というやつだろうか。


「悪いな」


 呟き、引き金を引いた。

 弾丸は狙い通り、蜘蛛の頭部を撃ち抜いた。緑色の体液が周囲にぶちまけられる。

 少し痙攣した後、蜘蛛はそのまま動かなくなった。死に際までグロテスクだ。


「終わりだ。戻るとするか」

「……噂には聞いていましたが、凄いですね」


 グラシエルが呆けたように、俺たちを見ていた。


「やはり皆さんは伝説の勇者に違いありません!」

「まあ今はお尋ね者だけどな」

「それはいつか、分かってもらえる日が来るはずです」


 そう信じたいところだ。

 ともあれ、商人たちとの約束は果たした。これでいくらかの報酬がもらえるはずだ。

 戻ろうとした時、じっとバシュトラが蜘蛛たちがいた方向を見ている。

 なんだ、まだ生き残りでもいるのか?


「どうした?」

「……あれ、美味しそうだった」

「……マジで?」


 それはさすがに止めといた方がいいと思うぜ、俺は。






 商人たちのところに戻ると、彼らはひどく感謝していた。

 俺たちからすればあっさりと終わった相手だったが、彼らにはそうではなかったらしい。


「あの魔物は毒を持っていてね。厄介な相手なんだ」

「連中、本来ならもう少し南方にいるはずなんだが……

 この辺りで見かけるのは初めてだよ」


 毒蜘蛛だったのか。

 下手に突っ込んでたら苦戦していたのかもしれない。


「そういえば、彼らの親玉は見かけたか?」

「親玉?」

「あの魔物は親蜘蛛と子蜘蛛に分かれているんだが、親蜘蛛はもっと大きいはずだ。

 普通なら親と一緒に森の奥で生活してるんだが、何かあったのかね」


 あの蜘蛛もでかかったが、それよりも巨大な親蜘蛛なんているのか。

 見るだけで卒倒してしまいそうだな。

 同じことを考えていたのか、奏の顔が少し青くなる。


「……あの蜘蛛、美味しい?」


 バシュトラが商人に尋ねると、さすがに彼らも知らないのか、渋い顔になった。


「いや、食ったことないなぁ。毒があるから食えないんじゃないかね」

「……そう」


 まだ諦めてなかったらしい。

 最近、食に関してはあまり贅沢出来ていないから腹を空かせてるのかもしれない。

 ……なんか食わしてやらんと、本気で食いかねないな。


「これが約束の報酬だ。ありがとうな」

「いえ、こちらこそ」


 奏が商人から報酬を受け取る。いくら受け取ったのかは知らんが、まあ奏に任せておこう。

 はっきり言って、他の面々の金銭感覚は当てにならない。


「あんたらはどこに行くんだ? 見たところトリアンテの方から来たみたいだが……」

「えっと……亜人領ってところです」

「ほぉ、珍しいね。この先って事はゴブリン領かい?」

「いえ、コボルト領です」


 奏が答えると、商人が表情を変える。


「コボルト領に? 悪い事は言わんが、止めといた方がいいぜ」

「ああ。あの連中の人間嫌いは筋金入りだからな。話が分かる分、まだエルフの方がマシって話だ」

「そんなになんですか?」


 聞いてた話より厄介そうだ。

 ちらりとグラシエルを見ると、視線が泳いでいる。こいつ、知ってたな。


「連中、鉱山をいくつか持ってて、かなりの資源を持ってるらしくてな。

 何人も商人仲間が取引したくて交渉に行ったが、まったくさ。

 逆に弓を向けられて命からがら逃げてきたって話も珍しくないからな」

「他の亜人とは付き合いはあるみたいだが。そういや列王会議にも結局参加しないっていう話だぜ」

「だろうな。あの連中がわざわざ人間領まで足を運ぶとも思わん。

 そういやお嬢さんたちはトリアンテから来たんだろ? 列王会議はもう終わったか?」


 やばい話題になってきた。

 奏は素知らぬ顔で応える。


「いえ、あたしたちはその前に街を出たんでよく知らないです」

「そうか、まあこの取引が終わったら向こうに戻るかな」


 そう言うと、商人たちは荷をまとめ、馬車を率いて旅立った。

 彼らを見送った後、俺たちの視線は一斉にグラシエルの方へと向く。


「……なんか妙に危ないところみたいですけど?」

「だ、大丈夫です。リアーネ様に間違いはありません!」


 しかし俺は、グラシエルの額に冷や汗が浮かんでいるのを見逃さなかった。


「なんだか……すごく不安になってきましたね」


 アムダの言葉に、一同が深く頷いた。








 それから数日かけて南へと向かった。

 道中、いくつかの村や町に立ち寄って宿泊する。

 商人たちからもらった報酬のおかげで、とりあえず路銀に困る事はなくなった。

 しばらく進むと、森が見えてくる。

 森林、というよりはまるで樹海だ。遠くには険しい山々も見える。


「そろそろコボルト領です」

「という事はようやく到着か。長かったぜ」

「まあ、追手とかも特になかったし、それなりに快適な旅だったんじゃないの」

「……快適快適」


 竜に乗ったバシュトラが俺たちに並んで飛んでいる。

 路銀が手に入ったので、バシュトラもたらふく食事が出来て満足そうだ。

 ほっとくと勝手に飛んで行って狩りをしてるようなやつだからな。


「それで、コボルトの街はどこにあるんだ?」

「あの森の奥ですね」

「は?」

「ですので、コボルト族はあの森の奥で暮らしているそうです」


 マジかよ。どう見てもあれはピクニック気分で入るような森じゃない。

 レンジャーが完全装備で入る類の森だぞ。


「いや無理だろ」

「大丈夫です。リアーネ様の加護があります」


 どっからその自信が来るのか知らないが、グラシエルたちは行く気満々だ。


「仕方ないんじゃない、とりあえず行きましょ」

「うむ」


 やれやれ、覚悟を決めるか。

 グラシエルを先頭に、俺たちは森へと足を踏み入れる。

 しかし森の中を闇雲に進んで、果たして目的地に辿り着けるのだろうか。

 そんな事を疑問に思い、グラシエルに尋ねた。


「心配いりません。ある程度踏み込めば、彼らの方から迎えが来るはずです」

「迎え?」

「ええ。既に話はついているのでご安心ください」


 そう言って、相変わらず貧相な胸を張るグラシエル。

 まあそこまで言うなら彼女を信じるとするか。

 しかし道という道のない森を進むには、馬では中々厳しいものがあるな。


「降りた方が進みやすいかもな」


 バシュトラは既に竜から降りて徒歩だ。

 あまりに森が深いので、木々の合間から空も中々見えない。空を飛んでいると見失ってしまいそうになる。

 俺たちも降りるとするか。

 そう思って立ち止ると、急におっさんが片手を上げる。


「どうしたんだ?」

「……囲まれているな」

「え? 何に?」

「…………」


 おっさんは答えず、周囲に視線を配る。

 アムダとバシュトラも、それに反応し、武器を構える。


「……ふっ!」


 短く息を吐き、おっさんが拳を振るった。

 なんだ、と思った次の瞬間には、おっさんの手には矢が握られていた。

 飛んできた矢を掴んで止めたらしい。相変わらず人間離れしている。


「いきなり攻撃してきましたね」

「……来る!」


 再び矢が飛来。今度はバシュトラがそれを槍で落とす。

 しかし一発ではなく、何十発もの矢が降り注ぐ。

 スマホを取り出した奏が、何かを叫ぶ。


『虚数式展開したよ』


 魔術が発動し、俺たちの周囲にガラスの壁が現れる。

 襲い掛かる矢は、しかし奏が呼び出したガラス壁によって弾かれる。


「これ、防弾ガラスか」

「ええ。銃弾くらいなら簡単に防げるわよ」


 これで何とか矢の攻撃は防げたが、しかし状況は依然悪いままだ。

 飛んできた矢の位置から考えても、俺たちはおっさんの言う通り、既に囲まれている。

 しかしどこに敵がいるのか、皆目見当もつかなかった。

 周囲に意識を巡らせたまま、数分が経過する。


「……ニンゲンどもよ、ここで何をしている?」


 声が聞こえる。木々に反射し、どこからの声かは分からない。

 グラシエルが前に出て答える。


「私は中央教会の聖女リアーネの使いとして来ました。

 十氏族のカーヴェイ様にお取次ぎください!」


 彼女の言葉は木々の奥へと消えていく。

 しんと静まり返る森。

 そして……一人の人影が現れる。

 それは灰色の毛皮を纏った亜人――コボルトであった。

 人型の犬、という表現がしっくり来る姿。いや、むしろ狼と呼ぶべきか。

 獣の顔をした男は、憎しみのこもった瞳でこちらを見据える。


「……いいだろう、歓迎してやるぞ、ニンゲンよ」


 そう言って、にやりと笑った口元からは、鋭い牙が覗いていた。

 どう見ても、歓迎ムードでは無い。

 そんな中、バシュトラだけがいつもの調子で呟いた。


「……あったかそう」


 相変わらずマイペースだな。

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