ハート・ノッカー
城塞都市を離れて半日が過ぎた。
既に街道を離れ、舗装されていない大地を走っていた。
「そろそろ休憩しましょうか」
夜も更けてきて、周りには灯りも無く、大地は闇に覆われていた。
周囲にある光源は、空にある星明りだけ。しかしそれでも十分明るかった。
先頭を走っていたグラシエルが馬の足を止めて俺たちに告げた。
「やっと休憩か。疲れたぜ」
「確かに、しばらく走り通しだったからきついわね」
俺と奏は馬に乗り慣れてなく、遠馬は身体に堪える。
他の連中は涼しい顔をしている。これが環境の差というやつか。
馬を降り、アムダたちが手慣れた手つきで野営の準備を始める。
どこからか小枝を集めてきて、火を点けて焚火を用意する。こういう時、魔法が使えると便利だな。
竜に姿を変えていたララモラたちも、いつの間にか人間の姿に戻っている。
そういえば、結構な大所帯になっているな。
俺たち五人に竜娘の二人。それから教会のグラシエルとその騎士カルラ、合計九人のパーティだ。
「飯の用意だけでも結構な労力になりそうだな」
「着の身着のまま飛び出したから用意はあんまりないのよね。それこそ干し肉くらいじゃないかしら」
「トロル肉か……」
まあ無いよりはマシだ。文句は言うまい。
「奏先生の魔法で料理とかは出せないのか?」
「出せない事もないけど、あんまりオススメはしないわよ」
「何でだ?」
「……虚数魔術と料理って相性が悪いのよ。味付けとか調味料とかで味変わっちゃうでしょ?」
「そうだな」
「だから術者自身がある程度の理解をしてないと、極端な味に偏りやすいのよ。
あくまで出来上がりの形が同じなだけで、味に関しての情報は無視されるから」
「……つまり奏先生は料理が出来ない、と」
「うっさいわね。料理なんて作れなくてもいいのよ別に」
そう言ってそっぽを向く奏は少し頬が赤かった。
「あなたこそ、キャンプとか得意なんじゃないの。サバイバルゲームとかやってそうだし」
「やってねえよ。サバゲーまでやるゲーマーは少ないんだよ」
電動ガン持って野山を走り回るなんてのは、俺には出来ない。
そんな事を説明していると、奏がじっと俺の肩を見ていた。なんか付いてるのか?
「そういえば、敵に撃たれてたわよね。傷、大丈夫なの? 手当てとかしないと……」
「傷? ああそういえば……」
街を出る時、矢で射られた傷の事だろう。
俺は奏に見せるように、後ろを向いた。
「……あれ、傷無いわね。結構出血してたと思ったけど……」
「ああ。治った」
「は?」
「俺も実はさっき気付いたんだがな。俺の能力がまたパワーアップしてるらしい」
正直なところ、自分自身でも信じられなかったが。
奏に振り返り、事情を説明する。
「最近のFPSに多いんだが、ダメージを受けても時間が経つと勝手に治るタイプのやつがあってな。
どうもその類の能力が身についているみたいなんだ、これが……」
「つまり、怪我しても放っておいたら勝手に治るって事?」
「おそらく……」
「なんかもう、完全に人間辞めてるわね」
言うな。俺だって薄々感じてるんだから。
こうなってくると、死んでもリスタート出来るんじゃないかと思わないでもない。まあさすがにそれは試せないが。
「なんかあたしたちの中で一番人間離れしてるのって、シライさんかもね」
「……言い返せないな」
「まあこれで怪我しても大丈夫って分かったし、心置きなく突っ込めるわね」
鬼軍曹か。
「さて、それでは今後の事について話しておきましょう」
食事の後、グラシエルが切り出した。
車座になって座っている俺たちを、彼女は見渡した。
ちなみに、バシュトラたちは食事の後、周囲の哨戒と称して飛び出した。まあ話を聞くのが面倒だから逃げ出したんだろう。
「私たちが目指す先は、南の亜人領にあるコボルト族の領地です」
「コボルト……?」
聞いた事あるようなないような、そんな単語が飛び出した。
「犬のような頭部を持つ亜人たちです。彼らは誇り高く、優秀な戦士ですね」
「犬人間か。基本的に、獣頭のやつにはあまり良い思い出がないんだが」
ここに飛ばされたのも猫頭のせいだし。
「列王会議の時にいたかしらね、そんな人たち」
「いえ、彼らは列王会議には参加していません。その……あまり人間とは友好的ではないので」
「じゃあ駄目じゃん」
そういうのは大体、こんにちは死ね、という感じになるんだ。間違いない。
しかしグラシエルは大丈夫です、とあまり豊満ではない胸を叩き、自信満々に告げる。
「リアーネ様は何度もコボルト族と交流を行い、良好な関係を気付いています。
なので、きっと、彼らも私たちの力になってくれるはずです……多分」
「…………」
「あ、いえ、絶対です絶対。リアーネ様のお言葉に間違いはありません」
今一つ信用しきれないが、今は他に頼るのが無いのも事実だ。
とりあえず当面の目標はそのコボルト族の領地に向かうという事になった。
「どれくらいかかるんですか、ここから?」
アムダの問いに、グラシエルの後ろに控えていたカルラが答える。
「そうだな……十日間、といったところか」
「馬で十日ですか。まあさほど遠くはないわけですね」
「飛行船とか無いのか?」
さすがに馬に乗って十日は俺の体力的にも厳し過ぎる。
しかしグラシエルは渋い顔をした。
「うーん、難しいですね。元々飛行船というのは人間領でのみ使われている移動手段ですので。
今の私たちに使える飛行船が無いというのも一つですが、航路自体が存在していないと思いますよ」
「楽は出来ないって事ね」
「マジかよ、きっついな」
「それよりももっと切実な問題があるわよ」
奏が切り出して、俺たちの顔を見渡す。わりと真剣な表情なので、俺たちも釣られて真面目な顔になる。
「お金が、無いのよ」
「……は?」
「路銀が無いから、十日間も旅を続けるのは難しいって事よ」
しょうがないじゃない、という感じで伝える奏。
ってそれはそれでやばいじゃねえか。
「ってか金の管理は奏がやってたんじゃなかったのか? 結構もらってたはずだけど……」
「お金持ってくる余裕なんてなかったわよ。全部宿に置いてきちゃったわ」
「絶望じゃねぇか……」
「それは、厳しいですね」
「い、いや待て。ここにいるグラシエルは偉い坊さんだったはずだ。きっと金はたんまり持ってるはずだ」
昔から坊主と言えば金持ちと相場が決まっている。
年端もいかない少女を坊主呼ばわりするのは気が引けるが、仕方ない。
俺たちの視線が一斉にグラシエルに向くと、彼女は少し気恥ずかしそうに俯いた。
「その……私もまさかこんな事になるとは思ってもいなかったので、持ち合わせがあまり……」
「……まあ、その通りよね」
「平時なら教会の支部に行けば融通してもらえたでしょうが、今はバティスト教皇の報せが行っている可能性があります。助けにはなってもらえないでしょう」
「逆に捕まっちゃいますね」
「待てよ。それならそれで、宿と飯の確保は出来るんじゃないか?」
「逆転の発想ですね、それ」
「三食昼寝付きってやつだな」
「嫌よ牢屋でご飯食べるなんて。あなたたちだけでやってよ」
奏たち女性陣には不評な案だったらしい。
野宿するよりはそっちの方がいいと思うのだが、やはり精神的な部分だろうか。
「閃いた。虚数魔術で金を作り出すってのはどうだ?」
俺の悪魔的な発想は、しかし彼女の冷徹な視線を受ける。
「それこそ、本当の犯罪者じゃない」
「背に腹は代えられないとも言うぜ。もしかして、無理なのか?」
「無理じゃないけど……さすがに犯罪を犯すのは本末転倒じゃないかしら」
「良い案だと思ったんだがな……」
しかし彼女の気持ちも理解出来るので、さすがにこの案は没だ。
こういうのはどうでしょう、とアムダが代案を出す。
「行商人のように、物を売り歩いてはどうでしょうか」
「お、アムダもたまには良い事を言うじゃないか。で、何を売るんだ?」
「そうですね。色々と考えたんですが、やはり価値の高い代物を売るのが一番だと思うんですよ」
「ほうほう」
「で、価値が高いと言えば、やはり宝石とか貴重品ですよね。それらを売ってお金を稼ぎましょう」
「素晴らしいアイディアだ。それで、肝心の宝石とやらはどうするんだ?」
「それはもちろん、奏さんの魔法で」
「結局犯罪じゃない!」
とまあバカみたいな会話をしつつ、夜が更けていった。
結局のところ、路銀問題は解決していないが、何とかなるだろう、というおっさんの鶴の一声で一旦は収まった。
何一つ解決していない気もするが、まあそこはそれだ。なるようになるさ。
翌日の事。
亜人領を目指して道中を進んでいると、進行方向に何かが立ち止っていた。
なんだろうか。よく見ると馬車が数台、止まっているようだ。
「何だろうなあれ」
「追い剥ぎ……ではなさそうね」
追い剥ぎなら逆にありがたい。
この面子ならそれこそ返り討ちにするだろう。
近づいてみると、どうやら行商人の一団のようだ。キャラバンというやつだろうか。
商人たちが困った顔で話し込んでいた。
「何かあったのか?」
カルラが代表して商人に尋ねる。
こちらを見た商人は少し驚いた表情を見せる。まあドラゴンがいる一向は、さすがにビビるか。
「実はこの先に魔物が出たようなんだ」
「魔物?」
そういえばモンスターちっくな敵は見かけないな。
フィールドマップにはモンスターが出るというのが定番だと思ったがどうも違うらしい。
「魔物ってのは本来、人間の生活圏には入り込まないですからね」
「へぇ、そんなもんか」
アムダが言うには、魔物にもきちんと住処があって、基本的には人里にやってこないらしい。
しかし時折、エサを求めて街の近くに現れるそうだ。
まるで熊だな、と思ったが、こういう世界の人にとっては似たようなもんなのかもしれない。
「倒せばいいんじゃないか。見たところ、護衛の兵はいるようだが」
「それが……かなりの強敵でね。何とか逃げてきたところなんだ」
「それに数も多い。あれだけの魔物、この辺じゃ中々見かけないぜ」
「このままじゃ荷を運ぶ事も出来ん。迂回するしかないなと、今話していたところだ」
お手上げだ、という感じで肩を竦める商人たち。
なるほど、厄介な相手らしい。
しかし俺たちにとっても面倒な相手だ。何しろまさしくこれから行こうとしている方向にいるのだから。
「……もし良ければ、その魔物、あたしたちで退治しましょうか?」
奏が唐突に、商人たちに切り出した。
こういう時に厄介事に首を突っ込むタイプでは無かったはずだが。
彼女の提案に、商人たちは困惑しながらも答える。
「そりゃあ助かるが……止めといた方がいいぜ」
「大丈夫です。その代わりと言っては何ですが、退治出来たら報酬をいただきたいのですが」
そう言うと彼女は商人たちとひそひそと会話をする。
「――という感じでどうでしょう?」
「まあそれくらいなら構わないが」
「では、契約成立ですね」
どうやら商談がまとまったらしい。
なるほど。進路を確保しつつ、路銀を稼ぐつもりらしい。一石二鳥。
中々やり手である。
「で、いくらほどぼったくったんだ?」
「人聞きの悪いわね。きちんとした正当な報酬を要求しただけよ」
「報酬ねぇ。弱味につけこんでいるような気もするが……」
彼女はにやりと笑った。
「お金を偽造するよりは健全でしょ?」
違いない。




