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曇天前夜

 エルフ族への暗殺を未然に防いだその翌日の事。

 いつも通り宿で暇を潰していると、奏が部屋の中に入ってきた。

 俺たちの姿を見るなり、奏が怪訝な表情を見せる。


「男三人揃って部屋で何してるのよ」

「ババ抜きだよ」

「トランプなんてどこにあったの?」

「作った。適当に木片を集めてそれに絵を描いてやってるんだ。おかげで形や木目を覚えてババが丸分かりだったりするのが難点だが」

「何が面白いのよそれ……」


 呆れたように奏が俺たちを見てきた。

 まあそろそろ俺もこれって面白くないんじゃないかな、と思い始めてきた頃だった。


「で、何か用か?」

「今日の夜、城で舞踏会があるらしいわよ」

「へぇ。景気の良い話だな」

「舞踏会は社交の華ですし、各国の代表が集まっているならそうなるでしょう」

「アムダはそういうの、得意そうだよな」


 こいつ無駄にイケメンだしな。

 一応貴族だったはずだ。一応。


「それで、あたしたちも出なきゃいけないみたいよ」

「ふーん……あ、俺上がりね」

「ふむ。では私も上がりだ」


 俺とおっさんがほぼ同時に手札を捨てる。

 最下位はアムダだ。

 何しろババが丸分かりなのだ。最初にババを引いてしまえば、他の連中はそれを引かなきゃ負けはない。クソゲーである。


「――んで、出るって何に出るんだ?」


 木片を片付けながら奏に聞き返す。

 折角作ったのだからまた再利用しよう。


「舞踏会によ」

「お前が?」

「あたしたちが。全員出るのよ」


 あなたもね、と念を押すように付け加える。

 マジかよ。

 舞踏会なんて洒落たもん、出た事も見た事もねぇぞ。


「嫌だよ面倒臭い。不参加に丸つけて返信したらいいんだろ?」

「結婚式の招待状じゃないんだから無理に決まってるでしょ。

 それに話の中心はあなたなんだから」

「中心? どういう事だよ」

「多分、エルフの話とか、勇者の話とか、そういう事よ。

 少なくとも、悪い扱いではないと思うし、出といた方がいいわよ」

「はぁ……」

「諦めて参加する事ね。全員参加は強制よ」


 相変わらず委員長みたいな事を言うやつだった。


 エルフ暗殺の件は、結局おおっぴらにはならなかったらしい。

 教会の関係者がエルフの女王を殺そうとし、王女に手を掛けたのだ。

 それなりに大きな事件ではあっただろうが、彼らはそれを闇に葬るつもりのようだ。

 もちろん、エルフ側はそれを交渉材料に、教会側に対して交渉していくのだろう。

 グラシエルは、少なくともこの件で教皇派が身動き出来なくなったと言っていたし、教会内にも教皇派の姿勢を疑問視する者も増えてきたようだ。

 俺たちが何かをなせたかは分からないが、少なくとも、風向きは変わりつつあるようだ。


「しかしまあ、世界が滅びるってのに人種問題でうだうだやるってのは、結局どの世界でも変わらんのかもしれないな」

「人というのは本質的に、他者を排除しようとするのでしょうね。

 分からないから恐れる。ならば最初から異質な物は取り除いてしまえばいい」

「単純ではあるが、それが人の本能なのかもしれんな」

「違いない」


 同じ人間ですら殺し合う世の中だ。見た目が違うのであれば、その憎しみはより深いものになるのかもしれない。


「まあ今はそんな事考えていても仕方ないわね。とりあえず夜になったら迎えが来るみたいだし、一旦待機ね」

「じゃあ、時間が来るまでトランプでもすっか。ババ抜きでもどうだ?」

「お断り、よ」


 そう言うと、奏はドアをバタンと閉めて出て行ってしまった。


「……ババ抜きっていう表現が悪いんじゃないですかね、僕が思うに」

「ジジ抜きもあるぜ」

「じゃあそれやりましょうか」


 まあ内容は一緒だけどな。






 結局日が暮れるまで俺たちは手製トランプで遊ぶという、無駄な時間の使い方をした。

 後半はもう、意地でプレイしていた部分もあるので、何をやっていたか覚えていない。


「迎えが来たみたいですね」

「しゃぁねぇな。行くとするか」


 気が乗らないが、行かないと後で奏やらがうるさいだろうし。

 連れ立って宿を出ると、目の前に馬車が止まっていた。

 普段目にする乗合馬車に比べると高そうな装飾が施されていた。


「あれ、奏たちは?」

「既に王城に参られています」


 迎えの兵士の一人が答えた。

 どうやら奏とバシュトラは先に城に向かってるらしい。

 待ってくれててもいいもんだが、世知辛いもんだ。


「じゃあ行くとするか」

「シライさんと一緒に乗ると、大抵変な事が起きるんですよね」


 アムダのやつに、変な恐怖症が芽生えていた。もちろん俺の責任ではないのは言うまでもない。

 野郎三人で馬車に乗り込むと、城へと向かって走り出す。

 馬車の窓から見える街中の景色は、今日も賑わっているようだ。


「世の中が大変だってのに、楽しそうなもんだ」

「逆じゃないですかね。大変だからこそ、毎日を楽しく生きるんだと思いますよ」

「そういうもんかね」

「日々を全力で生きているからこそ、こうして祭りを楽しむ余力も生まれるのだろう」


 おっさんが言うと含蓄があるな。

 確かに俺のいた世界のように、無気力に生きている人間は、毎日を漫然と過ごしていただけかもしれない。

 厳しい現実があるからこそ、楽しむ時は楽しむ、という行為にも繋がるのかもな。


「俺たちも今日を楽しむとするか」

「ですね」


 俺たちを乗せた馬車は、城の奥へと入っていく。

 馬車を降り、控室のようなところに案内される。


「こちらをお召ください」


 部屋の中にいたメイドさんに渡されたのは、それこそ漫画で見るようなきらびやかな衣装だった。

 ってマジかよ。こんなん着なきゃいけないのか。


「この服じゃ駄目……だろうなやっぱり」


 俺が今着てる服は動きやすさを重視したこちらの世界の服であった。

 恐らくドレスコード的にはアウトなんだろう。

 渋々と服を着替えていく。


「アムダはともかく、おっさんに合う服はあるのか?」


 身の丈2メートルを越える大男だ。

 どう考えてもこの辺の服は入りそうにない。

 服を持ってきたメイドさんたちも、想定外だったようで困惑している。


「問題ない」


 そう言うなりおっさんは衣装を無理やり着始めた。

 無理だろ。

 そう思う俺たちを他所に、おっさんはその巨大な肉体を衣装の中に文字通り詰め込んでいく。

 ものの数分で、なぜかぴったりと服を着こなすおっさんの姿があった。


「あれだろ。この服、ゴムかなんかで出来てるんだろ。そうじゃなきゃ説明つかないもんな」

「ブリガンテさん補正、というやつでしょうかね」

「うむ、ぴったりだな」


 突っ込んではいけない事も世の中にはあるのだと、俺たちは改めて気付いた。






 舞踏会の会場は、ただ華やかの一言に尽きた。

 映画か小説の中でしか見た事のないような、異世界の雰囲気。

 華麗な衣服に身を包んだ男女が、楽しそうに談笑している。

 そんな中、違和感ありありの男三人が放り出されたのだから、たまったもんじゃない。


「……完全に場違いだな」

「結構似合ってますよ」


 そう言うアムダは、さすがに場馴れした感じに振る舞っている。

 先ほどから周囲のご婦人方がチラチラとこちらを見ているのは、九割方アムダ目当てだろう。

 残り一割は一際目立つおっさんのせいでもあるが。


「お前慣れてるんだからどうすりゃいいか教えてくれよ」

「僕もそれほど経験がある訳ではないんですが……。

 騎士になった後はあまりこういう社交場には出ていなかったので」

「でも俺たちの中では一番経験者だろ」

「まあ、そう言われるとそうなりますけど……」


 少なくとも、何も知らない俺よりは頼りになるはずだ。

 そんな事をうだうだやっていると、人垣の中から、一団が現れた。

 その一団は、ゆっくりとこちらへと向かってきた。

 特徴的な金色の髪に、豊満な肉体を見せつけるようなドレスを身に付けている。

 エルフの女王トトリエルさんだった。


「シライ様、この度はありがとうございました」

「へ……?」


 女王は俺の顔を見るなりいきなり礼を述べた。


「先日の騒動の事です。私の命はおろか、娘ディアネイラの命も救っていただきました。

 エルフの王として……一人の母として、感謝を」

「い、いや、そんな……」


 王様に礼を言われるなんて思ってもみなかった小市民な俺は、思わず挙動不審になってしまう。


「それに、皆様のおかげで、明日の列王会議にも出席する事が出来ます」

「出席する事にしたんですね」

「ええ。先日の一件で、教会側に対してアドバンテージを得る事が出来ました。

 また、いくつかの国や種族も、我々の後押しをしていただけると約束してくれています」


 それは良かった。

 俺たちが役に立ったのであれば、何よりと言ったところだ。

 そう思っていると、女王の背後に誰かがいるのに気付いた。

 他のエルフたちに比べると小さな背丈の少女――ディアネイラ王女だった。

 彼女は女王に隠れるようにして、ちらりとこちらを覗いた。


「あらあら、あなた。折角シライ様たちに会えるとさっきまではしゃいでたじゃない」

「はしゃいでなんかいないわ!」


 顔だけ出して、ディアネイラが抗議の声を上げる。

 彼女も母親のドレスに似たデザインの服を着ていた。

 もっとも、トトリエル女王ほど、肌のラインが見える服ではなく、少女らしい、という枕詞がついてくるが。


「娘もあなた方に直接礼を述べたいと付いて来たのです」

「違うもん。ただ人間の舞踏会ってのが見たかっただけだもん」


 白磁のような肌を桜色に染めて、少女が母親の言葉に抗議する。

 そんな姿が微笑ましく、思わず笑ってしまった。


「いや、無事でよかった。怪我は無かったのか?」

「……うん」


 ディアネイラは少し俯いた後、顔を上げる。


「その……ありがとう」

「……ま、いいさ。お転婆もほどほどにな」


 俺は少女の頭に手を乗せ、ぽんぽんと叩いた。

 少し不服そうな顔をしたものの、ディアネイラはそれを受け入れた。

 それでチャラだ。

 助けただの何だの、そんなのは俺たちには関係のない話だ。


「ねえ、奏はいないの?」

「そういや、あいつらがいないな」

「そうなんだ……」

「奏に何か用か?」

「そうじゃないけど……まだこれのお礼、言ってなかったから」


 彼女の手の中には、以前奏があげたストラップが握られていた。


「まあ、その辺にいるんじゃないか。俺から伝えておこうか?」

「……ううん、自分で言うわ」

「そうだな。それがいいと思うぜ」


 俺がそう言うと、ディアネイラは笑みを見せる。

 年相応の少女らしい笑顔だった。


「明日の会議では、皆様の話も出ると聞いています」


 トトリエル女王が、俺たちに向かって話す。


「みたいですね。どうも教会が俺たちを偽物の英雄だとか言ってるみたいで」

「我々エルフは、あなた方を支持いたします。

 協力していただける他の国の方にも、そう伝えるつもりです」

「それは……ありがとうございます」

「いいえ。大恩のあるあなた方にこの程度で報いたとは思えません。

 必ず、あなた方のお力になると約束いたしましょう」


 女王のその言葉に、希望が見えてきた。

 俺たちのやってきた事は、決して無駄ではなかった。

 そう思える言葉だった。


「それでは我々はこれで。明日の会議にて、お会いいたしましょう」


 最後にもう一度謝辞を述べると、エルフの一団は再び歩き出す。

 ディアネイラは一度だけこちらを振り返り、軽く手を振ってきたので、俺も振り返した。


「これで明日の会議も、味方が増えましたね」

「だな。情けは人の為ならず、とはよく言ったものだ」

「どういう意味ですそれ?」

「辞書でも引くこった」


 そんな事を話していると、横に気配を感じた。

 ふと横を見ると、これまた小さな少女がそこに立っていた。

 白いドレスを着ていて、可憐、という言葉が良く似合う。

 しかしそんな儚げな姿とは対照的に、手には骨付き肉が握られていた。


「……もしかしなくても、バシュトラか?」

「……ん」


 肉を頬張りながら、彼女は頷いた。

 普段の姿からは想像もつかない格好なので、一瞬誰かは分からなかった。

 しかしまあ、女は化けると言うが……凄いもんだな。


「その服はどうしたんだ?」

「……着ろって言われた」

「なるほど」


 俺たちと同じようなもんか。

 まあ流石にこんな場所で、甲冑姿で歩き回るのは出来ないだろうしな。


「こんなところでも食い気優先なのか」

「……このお肉、美味しいよ?」

「どうせトロル肉だろ。そろそろ俺も学習したんだ」

「美味しいのに」


 そう言うと、ぱくりと平らげてしまう。

 相変わらず良い食べっぷりだ。


「……アムダたちはいないの?」

「ん? そういや、いつの間にかどっか行ってるな」


 先ほどまでは一緒にいたのだが、アムダもおっさんも、いつの間にか姿を消している。

 まあ子供じゃないんだし、適当にやってるだろう。


「そっちこそ、奏と一緒じゃなかったのか?」

「奏は……偉い人と話してた」

「偉い人?」

「…………」


 こくり、と少女が頷く。

 貴族とか王様とか、そういう人だろうか。

 まあバシュトラに聞いても、人の名前を中々覚えない以上、分からないだろうが。


「それで一人寂しく飯を食ってる訳か。ぼっち飯だな」

「……ぼっち飯?」

「一人で食う飯の事だ」

「……シライもぼっち?」

「……痛いとこ突いてくるね」


 まあ今現在は一人だけどな。

 そう思っていると、バシュトラは手に持っていた皿から、骨付き肉を手に取ると、こちらに差し出す。


「……これ上げる」

「良いのか? お前の分なんだろ」

「大丈夫。まだあるから」

「じゃあ……遠慮なくもらっておこう」


 俺は彼女から肉を受け取る。

 それを見て、バシュトラが笑みを見せる。


「……これでぼっちじゃないね」

「……そうだな」


 彼女なりに気を使ってくれたらしい。

 いつの間にか、そういう優しさを見せてくれるようになったのが嬉しくて、俺は彼女からもらった肉に食いついた。

 そして――


「やっぱりトロル肉じゃねぇか!」


 思わず叫んでいた。

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