空色の弾丸-6-
「あれ、か……?」
捜索を開始してわずか二十分ほどの事。
俺たちは一つの建物を発見した。
エルフ女王襲撃に適した建物というのは、意外に多くない。
というより、条件に当てはまる建物なんて、それこそ一つ二つしか存在しなかった。
「これは、何の建物なんでしょうかね」
「……分からない」
遠目に見た感じ、それなりの大きさの建物だった。
しかし単なる屋敷にも見えず、何らかの施設といった風体だ。
俺たちが考えていると、後ろから奏が声を掛けてきた。
「あれ、多分教会よ」
「教会?」
「ええ。中央教会の支部じゃないかしらね」
なるほどね。
少し出来すぎな気もするが、あるいはそれもまた、神様のお導きってやつだろう。
まあ、神は神でも、魔神っぽいがな。
「どうするんだ? 踏み込むのか?」
おっさんの言葉に、少し考えて、首を横に振る。
今はさすがにまずい。
「いや、まだ状況証拠しかない。さすがにまだ難しいな」
「実際に彼らが襲撃犯という可能性は高いんですか?」
「ああ。襲撃犯が教会の人間かどうかは分からないが、狙撃場所がこの建物だというのは、ほぼ間違いないだろう。
ほら、あれが見えるか」
俺が示した場所には、教会の建物の屋上部分。
地上からでは屋上の手すり部分しか見えないが、そこに何かが括り付けてあるのが見える。
「何ですかあれ。布っぽいですけど……」
「恐らく風見だろう」
「風見?」
「ああ。風を読む為に誰かが設置したんだろう」
狙撃に置いて、風読みというのは重要だ。
最近だとデジタル式になっているが、一昔前であれは、こうした方法で風を読んでいたそうだ。
よく見ると、近くの建物にもさりげなく布が巻きつけてある。
「この地方の風習だったりして」
「かもな」
だが、狙撃地点に使われた可能性は高い。
「それでどうしますか? 教会の人に直接聞いてみますか?」
「さすがにそれは直球よね」
「……いや、ありかもしれない」
少なくとも、現状の打破には一定の効果はありそうだ。
そう思った俺は、教会へと向かった。
「すいませーん」
教会の扉を開けて中に入ると、内部は礼拝堂のようになっていた。
厳かな雰囲気、というのが入っただけで感じられるほど。
その奥に、数人の人影が見える。
一人は僧衣を着た初老の男性で、恐らくの教会の関係者だろう。
残り二人は女性のようで、こちらも一人は僧衣を着ている。
……というか、どこかで見た事あるような。
「……あら?」
一同が入ってきた俺たちに気付き、こちらを振り返る。
「まあ、お久しぶりです、異邦の方々」
「ええと……グラシエル、だっけ」
「ええ。覚えていただき光栄です」
そこにいたのは、以前俺たちに面会を申し込んできた中央教会の高僧グラシエルだ。
その隣には、いつぞやと同じく、仏頂面の聖典騎士カルラもいる。
こちらの姿を見るなり、女騎士が怪訝な表情を見せる。
「なぜお前たちがここにいる?」
「俺たちは、その……」
まさか知り合いに会うと思っていなかったので、咄嗟に言葉が出ない。
グラシエルとカルラの他にもう一人いた男性は、俺たちを一瞥するとにこりと微笑んだ。
慈愛に満ちた笑みだった。
「この方はトリアンテの教会長を務められておられる、グレン殿です。
列王会議で私たちもトリアンテに来ていたので、ご挨拶に伺ったのです」
「はじめまして、グレンと申します」
丁寧に挨拶をする僧侶の姿に、毒気を抜かれる。
さてどうしたものか、と思っていると、グラシエルの方から助け船が出される。
「私たちはもう出ますが、もし良ければフジマ様たちもご一緒されませんか?
またお話も聞きたいと思っていました」
「え、いや……」
「行きましょ、その方がいいわ」
戸惑う俺に、奏が服を掴んで引っ張る。
軽く会釈をして、グレンさんに別れを告げて教会を出た。
少し歩いたところで、奏が切り出した。
「それで……話って何ですか?」
「やはり気付いていただけたみたいですね」
「気付くって、なにを?」
「あの場じゃ話せないって事よ」
なるほどな。
誰かに聞かれたらまずい事か。
もっとも、あの場にはそんな人物は一人しかいなかったようだが。
俺の思いが伝わったのか、グラシエルが薄い笑みを浮かべる。
「もう少し先に、私たちの滞在している宿があります。
そちらでお話いたしましょう」
「まずは、魔神の討伐、おめでとうございます」
彼女らの宿泊している宿の一室に入るなり、グラシエルはそう切り出した。
一室とはいえ、かなりの広さがある。
俺たち全員が入っても、十分な広さがあった。
そういえば中央教会の高僧って言ってたし、それなりの偉い人なんだろう。
「教会本部でも、あなた方の話は結構出ていますよ。
もっとも、教会においてはあなた方を異邦の勇者と見なすかどうかはまだ意見が分かれているようです」
「そういえば、教会側の英雄とやらはどうなったんだ?
魔神退治に全然参加している気配はないが……」
「私も詳しくは知らないのですが……この列王会議には数名参列されているようです」
「どこかで鉢合わせるかもしれんな」
「私たちが先ほど、教会にいたのはもちろん、挨拶もありましたが……
一番の理由は、昨日に起きたというエルフ女王に対する襲撃の一件です」
グラシエルは本題を切り出し、俺たちの顔を見渡した。
まだ年若い少女ではあったが、少なくとも俺たちなんかより場数を踏んでいるらしい。
「噂では、異世界からの来訪者が襲撃した、と……」
「そういう噂みたいだが、俺はやってない」
「もちろん、私もそう思っています」
あっさりとした物言いに、逆に不安になる。
「そんな簡単に信じてもいいのか?」
「別に盲信している訳ではありません。
少なくとも、あなた方にはそんな事をする理由も必要性もありません。
またトリアンテ国とて、同じように、この局面でこんな騒動を起こすメリットがない」
右手を頬に当てて、グラシエルが説明する。
「ここ場面で騒動を起こして得するのは一人だけです。
中央教会のバティスト猊下でしょう」
「グラシエル様……!」
「良いのです。彼らには知る必要のある事であり、リアーネ様もそれを望まれています」
「つまり、教会が女王暗殺しようとして、その罪を俺らに被せようとした、と言いたいんだな?」
「ええ。そしてあなた方もそれを突き止めたからこそ、あの場にいたのでしょう」
そうですよね、と挑むような視線で彼女が俺を見据える。
「そして、このトリアンテの教会長であるグレン殿は、バティスト猊下の息のかかった保守派。
言い換えれば、亜人排斥派の人間です。
彼が何かを知っているかと思って、挨拶に伺ったのですが……」
「何か分かりました?」
「いいえ、何も。ただ何らかの関わりがあるのは間違いないでしょう」
やはりか。
そうなってくると、今度は逆に気になる事がある。
「じゃああんたらにしてみれば、仲間の不祥事って事じゃないのか?
どうせ犯人を突き止めたとして、もみ消すんじゃないのか?」
俺の言葉に反応し、カルラの手が剣に伸びる。
怒りよりも早く、抜刀する事を決めたらしい。
しかしそれを、グラシエルは片手で止める。
「あなた方が我々教会に対し、不信感を抱くのは無理からぬ事でしょう。
ですが、これだけは信じてもらいたいのです。
信仰とは、本来人の情に触れるものであり、だからこそ、間違った道は正さねばならないのである、と」
真剣な眼差し。
少なくとも、彼女の覚悟は本物だろう。
「このままではエルフ族は列王会議に参列出来ないでしょう。
彼らが問題を持ち込めば、それを口実に戦端を開こうとする者も少なくはありません。
エルフはかつて、十氏族同盟を抜けたという負い目もあります。
現女王トトリエル様は和平論者でもありますので、いたずらに騒動を拡大する事を由としないでしょう」
「それは女王陛下も言ってました。自分たちは辞退すると」
「トトリエル様にお会いになられたのですね。
列王会議とは、本来、あらゆる種族に対し、平等性を表したものです。
そこには国の大小も、種族の違いも関係ありません。
しかし現在はその意義も薄れ、単なる政争の道具に過ぎないのです。
だからこそ、私は少なくとも会議に参加するという、志は失ってほしくないのです」
「だがそれは……貴方の独善ではないのか?」
おっさんの言葉に少女は、確かに、と小さく呟いた。
「その通りでしょう。これは私のわがままであり、独善と見透かされても仕方のない事です。
でも、たとえそれが浅い考えであったとしても、私は自らの意思を貫きたいのです」
凛として、彼女は告げる。
「何とか会議までにエルフ襲撃者を見つけるつもりです。
犯人が判明すれば、逆に亜人たちが主導権を握れるでしょう」
「それは……教会にとって不利なんじゃない?」
「かもしれませんね。ですが、それが本来の姿なのです。
旧来の体制を打破するのが、リアーネ様の狙いです。悪しき膿は出す必要があるでしょう」
つまり、犯人が教会の身内の人間であったとしても、それを断罪するという事か。
そして、それによって教会側が世界的に不利に陥ったとしても。
「分かった。教会は信用出来ないけど、あんたは信用出来そうだ」
「ありがとうございます。
もし良ければ、皆さまのお力を借りれないでしょうか?」
グラシエルの言葉に、俺たちは顔を見合わせた。
「何分、こちらでは頼れる者も少なく、真犯人に届くかどうか、難しいところなのです。
ですがあなた方のお力があれば、きっと……」
「もちろん、対価は支払おう。それに、貴君らにとっても悪い話ではないはずだ」
カルラが言葉を引き継いで話を続ける。
確かにまあ、悪い話ではないだろう。
元々、俺たち自身で犯人を捜していた訳だし、協力が得られるのなら願ったり叶ったりだが。
「どうする?」
他の面々に尋ねると、連中も同じく、まあいいんじゃないかな、という雰囲気だった。
バシュトラに至っては、長話に既に興味を失せてか、眠そうな目をしている。
やれやれ。
「分かった、協力させてもらおう」
「ありがとうございます。それでは、皆さまにお願いしたい事がございます」
それでは早速、と彼女は概要を話し始めたのだった。
話を終えて宿を出る。
既に日も沈みかけており、辺りは赤く染められていた。
大通りの喧騒が笛の音と共に聞こえてくる。
「結局、上手く利用された感じはするわね」
「……ですねぇ」
奏とアムダが話している。
まあ、確かに。
恐らくあの少女は、俺たちを最初から利用しようと呼んだのだろう。
「そもそも、教会の不祥事が発覚したとして、彼女には何の影響もないのよね。
彼女は革新派、つまり聖女派だから、教皇が失墜する事に対しては、むしろ好機なんでしょう」
「つまり、政敵を潰す為に俺たちを利用しようって事か?」
「まあ、その考えはあるでしょう。
自分たちではなく、第三者が見つけた事にした方がより効果的だもの」
「……食えない女だ」
「ま、あたしたちにとっても渡りに船な話だし、悪い事ではないわ。
世の中、聖人君子ばかりではないって事よね」
世知辛い世の中だぜ、まったく。
「とりあえず、帰って飯にでもするか」
「それがいいわね。ララモラたちもお腹空かせてそう」
「……ハチにも餌あげなきゃ」
なんて事を話しながら、俺たちは帰路についた。
ちなみに、帰り道に出店が出てたので、試しに買ったら、やはりトロル肉の串焼きだった。
もう店で売ってる肉は大体、トロル肉なんだな。
さすがにどうかと思ったが、試しにララモラにあげたところ、満足そうに食べた
「このお肉、人間の肉と似た味がするわね。もっとないの?」
「そういえば、ララモラは人間のお肉が好きだったわねぇ」
ガツガツと肉を食べている姿を見て、俺は感じた。
やっぱりドラゴンって凄い。俺はいろんな意味でそう思った。




