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空色の弾丸-5-

「あ、あれは何?」


 大通りをエルフの少女を連れて歩く。

 年相応、と言うべきか、エルフの王女ディアネイラは通りに出ている出店やらに興味津々のようだ。

 そんな彼女を、奏が手を引いてエスコートしている。

 中々に微笑ましい光景だ。

 年の離れた顔の似ていない上に種族の違う姉妹のようだ。

 全然違うじゃねぇか。


「んー……ああ、クレープかな」

「クレープ?」

「こっちの世界だとなんて言うのかな。まあ食べてみれば分かるか」


 そう言うなり、奏は露天の店主に何かを話し掛け、小銭を渡す。

 そして、購入したクレープの一つをディアネイラに渡す。


「はい、これ」

「なぁに?」

「食べてみて」


 手渡されたクレープを、恐る恐るという風に食べるディアネイラ。

 一口齧った後、紫水色の瞳を真ん丸に見開いて驚愕する。


「……美味しい。果物が入ってるの?」

「みたいね。出来ればホイップクリームとかあれば言う事なしなんだけど」


 それはまた今度ね、と奏は付け加える。


「こっちの世界にもデザートなんかあるんだな」

「そりゃあるでしょうね。クレープなんて、わりと昔からあるお菓子じゃないかしら。

 大昔はそば粉から作ってたって話だし、小麦があれば作れるでしょうね」

「そんなもんか」

「はい、これはバシュトラの分ね」


 受け取った後、バシュトラももしゃらもしゃらと食べ始める。

 相変わらず小動物じみた感じだ。

 そういや、年齢的にバシュトラとディアネイラは同じくらいか。

 エルフは見た目通りの年齢じゃないって話だから、あてにならないが。

 しかし……美味そうだな。

 何となく、小腹も空いてきた。


「俺たちの分はないのか?」

「欲しかったら自分で買ってくればいいじゃない」

「いや、なんかこう自分で買いに行くのは負けというか……」


 第一、野郎が揃ってクレープを買いに行くというのも、それはそれで絵にならない。

 じっとディアネイラの食べているクレープを眺めていると、少女がさっと背中に隠す。

 まるで俺が取ると言わんばかりの形相で威嚇してくる。


「あげないんだから!」

「取らねぇよ」

「どうだか。ニンゲンなんて信用出来ないんだから」


 その割には奏には懐いているようだが。


「人徳の差ってやつですかね、やっぱり……」


 アムダが小声で俺に言ってくる。

 もしかしてこの間、爆破した事をまだ根に持っているのか。


「まあいいか。とりあえず、現場に向かうとするか」


 そうだ。俺たちは別に祭りを堪能しようとしている訳じゃない。

 エルフの女王が襲撃された場所へと向かっているだけだ。

 本当ならディアネイラに場所だけを聞けばいいのだが、当の本人が自分も連れて行けと頑なに言うもんだから、仕方なく一緒に行く事になった。

 しかし仮にも一国の王女な訳で、一人で出歩いていいもんかね。


「別に大丈夫よ。私、こう見えても強いんだから」

「へー。そりゃすごい」


 棒読みで応えると、再びぎろりと睨まれた。やれやれ。


「でも、本当にいいの? 女王陛下とか心配されているんじゃないかしら」

「いいの。お母様を狙った犯人を見つけるんだから」


 そう言うと、ずんずんと前を歩き始める。

 どうやら頑としてこちらの言葉は聞き入れないらしい。

 仕方ない。とりあえず一緒に行く事にしよう。

 俺たちは、小さなエルフの後ろについて歩き出した。






「ここよ」


 ここか。

 しばらく歩き進んだ後、ディアネイラが立ち止って、下を指差した。

 石畳の道のど真ん中で襲撃を受けたらしい。

 周囲は大通りに比べると、立派な家々が並んでいる。どうやら高級住宅地といった感じのエリアのようだ。


「馬車に乗ってたの。そうしたらいきなり何かが飛んできて……」

「例のライフル弾か」

「時間は確か夜よね。何か音とかはしなかった?」


 奏の問いかけに、ディアネイラは少し考えてから答える。


「ううん。何も。

 大通りの方から賑やかな音が聞こえてきたけど、この辺はほとんど音がしてなかったわ。

 私も少し眠かったから、うとうとしてたもの」

「音がしない、か」


 銃声が聞こえないほど、遠くから狙撃されたか。

 あるいは、消音の対策を施していたか。

 はたまた、そもそも銃では無かったか。

 いくつか考え付いたが、推論の域は出ない。


「馬車はどちらを向いてたの?」

「ええと……多分あっち」


 彼女が示したのは俺たちが今、歩いて来た道の方だ。

 恐らく、エルフの滞在地である屋敷へと向かっていたのだろう。その道中、襲われたのか。


「どっちから弾は飛んできたか分かるか?」

「んー、あっち、かな」


 自信無さげではあったが、向こうの方角を指し示す。


「よく分かるな」

「だって馬車の右側に穴が空いてたもの。間違いないわ」

「なるほどね」


 進行方向から考えると、確かに向こう側から飛来したと考えるのが妥当か。


「この辺の地図があればいいんだが……」

「地図ならありますよ」


 アムダがさっと取り出したのは、この街の簡易な地図であった。

 さすがに精巧な、とは程遠いものの、少なくとも街の位置関係は把握出来る。


「よく持ってたな」

「さっき皆さんを探す時にもらいましてね」


 地図を広げ、現在の場所を確認。

 今いる場所は、城塞都市の中で言うと東の方にあたる。

 この城塞都市は中央に王城があり、その周囲に居住区が広がっている形となっている。

 さらに居住区の周囲には巨大な壁が立ち並び、まさに城塞都市の名に相応しい作りとなっている。


「ちなみに、馬車のどの辺に弾丸は当たったんだ?」

「上の方かな。私の頭よりも高い位置だったもの」


 ディアネイラが手で、この辺、と示す。

 となると、馬車の大きさを考えるとそれなりに高い位置に着弾した事になる。

 弾の状態を考えると、ライフリングが刻まれていない以上、弾は回転せず、そのまま射出された事になる。旋条を持たない滑腔砲から放たれたはずだ。

 銃にライフリングを刻むのは、弾丸に回転を与える事でジャイロ効果による安定力を得る為だ。

 逆に、回転していない弾丸は、それこそどこに飛ぶかすら分からない。

 回転のせいでエネルギーロスが生じる為、近代の戦車砲などは、破壊力を重視する為に滑空砲を選択する場合も多い。砲弾自体に羽などをつけ、安定性を与えている訳だ。

 しかしライフルのような機構では、それも適わないだろう。

 つまり、女王を狙った凶手は、この真っ直ぐ飛ばない弾丸を、少なくとも当てられる距離から放った、と考えられる。


「滑空弾の有効距離を考えると、300m程度の範囲にしぼってもいいだろう」

「半マイルくらいの狙撃は考える必要はない?」

「さすがに1km弱から滑空銃身で当てられたらお手上げだな」


 それもそうね、と奏も同意する。


「そうなると今度はそれだけの距離で銃声が聞こえていない、というのがおかしくなる」

「300mなら銃声は聞こえるかしらね」

「少なくとも、火薬を使ってなくても、衝撃音は聞こえるはずだ」


 一般的に銃声とされているものの多くは、弾丸が音速を突破した時に生じる衝撃波だ。

 火薬の炸裂音自体は離れていれば聞こえないが、この衝撃波に関しては、比較的大きな音がする為、これくらいの距離で深夜ならば十分聞こえるだろう。


「それが聞こえないとなると、弾丸は音速を突破しなかったという事になる」

「火縄銃程度でも音速は超えていたらしいけれどね」

「という事は、だ。射手はライフルの雷管も黒色火薬なども使わない方法でライフル弾を撃った事になる。

 まあ火薬を使ってれば弾にその痕跡が残るだろうし、その線は棄てていいだろう」

「つまり……?」

「魔法だな」


 そうとしか考えられない。

 ご丁寧に俺が使っているものと同じライフル弾を用意し、俺の仕業と思えるような工作をして。


「あたしもそう思うわ。魔術式の銃ってのも実はあたしの世界にあるのよ。

 ただ……あまり魔術とは相性の良い兵器ではないのよね、銃って」

「そうなのか?」

「わざわざ弾を魔術で撃ち出すなら、そもそも魔術を撃ち出した方が効率がいいもの。

 また魔力ってのは人によって違うものだから、銃に魔力を込めると、威力にばらつきが出ちゃうのよ。

 で、人によっては暴発とかさせちゃって危ないから、誰が使っても一定的な方が便利って訳ね」

「へぇ、そういう考え方は面白いな」


 ともあれ、魔術による銃撃ってのが可能であるという事か。


「ただ魔術で弾丸を放った場合、少なからず魔術痕が残るのよ。残留魔力が残るからね。

 あの弾丸にはそれが無かったのであれば、それこそ近距離から微量な魔力を使ったのかもしれない」


 やはり近場で考えるべきだな、そうなると。

 範囲を絞って、一つずつ当たっていくか。

 そう考えていた時だった。


「ディアネイラ様!」


 女性の声が聞こえたので振り返ると、そこには息を切らせたエルフの騎士、クロフェルが立っていた。

 彼女は険しい表情でこちらを見ている。その背後にはさらにエルフたちが数人いる。


「クロフェル、どうしたの?」

「ディアネイラ様、お下がりください。その者らは陛下の暗殺を企てた可能性があります」

「それはさっき説明したでじゃない」

「どうだかな。ディアネイラ様、こちらへ」


 クロフェルの言葉に、しかし王女は気まずそうに奏の顔を見やる。

 どうやら短い時間ではあったが、少なくとも奏に対しては心を開いたようだ。

 その心の機微に気付いたのか、奏はディアネイラに微笑みかける。


「行きなさい」

「でも……」

「大丈夫よ。真犯人を見つけたら、また一緒に遊びましょう」

「……うん」


 ディアネイラがとことことクロフェルの下へと歩み寄る。


「……ディアネイラ様を保護していただいた事は礼を言おう」

「構わないわよ、別に」

「……行くぞ」


 ディアネイラを連れ、エルフの騎士たちは、自分たちの居留地へと戻っていく。

 帰る途中、ちらりとディアネイラがこちらを振り返った。

 俺たちは、彼女たちの姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くした。


「……犯人、捕まえるのか?」

「約束しちゃったからね」

「じゃあ、とっとと探すとしますか」


 エルフの王女様のためにもな。

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