空色の弾丸-4-
「それで、結局どうするのよ」
ファラさんと別れ、通りを歩いていると、奏が声を掛けてきた。
正直なところ、何をどうするかは決まっていないが。
でも、やらなければいけない事はあった。
「……エルフの襲撃犯を見つけ出す」
「……本気?」
振り返り、奏を見ると、表情を曇らせていた。
おっさんは腕組みをして、無言のままだ。
「ああ。どちらにせよ、濡れ衣を着せられたままじゃあな」
「でも、はっきり言って、今のままじゃ何の手がかりも無いじゃない」
「……教会が怪しいのではないか?」
おっさんの言葉に、俺も頷く。
恐らく犯人は教会の関係者だろう。
エルフと俺たち、同時にダメージを与えて喜ぶのは、連中くらいしか考えられない。
「だとしても、証拠がなきゃ無意味よ。
こちらの世界では中央教会ってのはそれなりに権威がある存在なんだから」
「じゃあどうすりゃいいんだよ」
「ファラさんの協力が得られない以上、あたしたちに出来るのはほとんど何もないわ。
それでも、やると言うなら、相応の覚悟が必要って事よ」
「…………」
そんな事言われても答えられない。
これは俺個人の問題でもある。
「やるなら俺一人でやるさ。奏たちには迷惑は――――」
「そういう考えは駄目よ」
奏は言葉を遮って述べる。
「何の因果か知らないけど、あたしたちはここに集められた。
この異世界で、あたしたちが信じられるものがあるとすれば、それは同じ境遇の仲間よ。
一蓮托生、運命共同体、何でもいいけどね。
仲間を信じて、孤立しちゃいけないのよ。でしょ?」
仲間か。
先ほど、ファラさんに裏切られたという思いがあったから、奏たちの事までないがしろにしてしまうところだった。
彼女の言葉に内省し、そして改めて言葉の意味を噛み締める。
「あ、いましたいました」
と、そこにのんびりとした声が混じる。
アムダの声だ。
見ると、通りの向こう側からアムダとバシュトラが歩いて来た。
「ようやく合流出来ましたね」
「どこに行ってたんだ?」
「いやぁ、バシュトラさんたちと街を見回った後、宿に戻ったら皆さんがいなくてですね。
で、ソフィーリスさんに聞くと、何やら厄介事に巻き込まれたとか。
これは一大事と思って探しに来たんですよ」
力強く宣言した後、アムダたちが俺の目を見詰めてくる。
なんだ?
「……シライが犯人って聞いた」
「とりあえず、罪を認めてしまえば、楽になれますよ、シライさん」
「……カツ丼食べる?」
「ありがたい仲間たちだぜ」
ありがたすぎて涙が出てくるほどだ。カツ丼なんてどこで知ったんだ。
とりあえず、二人の頭をはたいた後、事情を説明する。
エルフの女王が襲撃を受けた事。
犯人と目された人物が俺であるという事。
教会が関わっているのではないか、という推測と、ファラさんが何かを隠しているという話も。
話を聞いた後、アムダはふむ、と考え込む。
「色々とあったんですね。
それにファラさんが隠している事も気になります」
「……敵なの?」
「いや、それはまだ分からない。だが、我々に知られては困る事があるのは確かだろう」
「だな。今はそれについて考えても答えは出ないだろう。
今、何をするかで話し合っていたところだ」
五人揃ったんだ。俺たちが運命共同体と言うなら、ここで今後進むべき方向を話し合おう。
「そういや、ララモラたちは?」
「宿にいますよ。あまり大勢で動くのもどうかと思いましたので」
「呼べば来るよ」
呼ぶ? とバシュトラが目で聞いてきたので、俺は首を横に振る。
まああの二人の意見は、バシュトラとほとんど一緒だろうから、今はいいだろう。
というか呼べば来るってのも凄い話だな。犬笛でも持ってるのか。
「俺としては、犯人扱いされたんだ。何とか真犯人を見つけ出して疑いを晴らしたいと思っている。
ただこれは俺個人の考えだから、お前らの意見も聞かせてくれ」
「そうですねぇ。僕としては、正直なところ、反対です」
アムダが答える。
薄々、アムダは反対するだろうと思っていたがやはりか。
今までの付き合いで分かった事だが、アムダはあまり他人に興味を持たない。
さわやかな好青年然とした見た目からは判断しにくいが、基本人助けなどとは無用の人間だ。
勇者と呼ばれているのが不思議なほど、ドライな性格をしている。
「エルフの方々を助けたところで、こちらの世界ではあまり有効ではないかと」
「それは、彼女らが亜人だからか?」
「それもあります。亜人を助けるという事は、教会と明確に敵対をする、という事ですね」
「既に向こうから喧嘩を吹っ掛けてきていると思うが」
「だとしても、修復不可能な状態でない限りは、敵対する事は妥当とは言いかねますね」
なるほど。こちらの世界で過ごすのであれば、教会と敵対するのは得策ではないって事か。
心情的には納得しかねるが、理解は出来る話だ。
俺は視線をおっさんに移す。
「私はシライの意見に賛成だ。エルフたちを助ける道があるならば、それも為すべきだろう」
「それはどうしてですか?」
「理由は幾つかあるが、あえて答えるならば、それが私自身の存在理由だからだ」
「存在理由?」
「そうだ。私が大きな力を求めた理由の最もたるものが、人を救う為の力だ。
故に、助けられる者がいるのであれば、助けるのが道理であろう」
「それも、呪いの一つなんですか?」
「まあ、似たようなものだろう」
にやりとおっさんが笑う。
「あたしの意見はアムダと一緒で、波風を立てるべきじゃないって感じね。
列王会議の事もあるし、ここで変に目立ってしまうのもどうかと思うわ」
これで俺を含めると、襲撃犯を探すのに賛成なのが二人、反対なのが二人。
ちょうど半々に分かれる形となった。
残りは一人。
「バシュトラはどうだ?」
「……どっちでもいい」
だと思ったよ。
バシュトラはアムダとは違う意味で、物事に興味を持たない娘っ子だからな。
これで賛成二、反対二、どうでもいいが一か。
「……意見が割れたな」
「じゃあしょうがないわね」
奏はそう言うと、アムダを見る。
「それじゃ、シライさんの意見に従うって事でいいわね?」
「ええ、構いません」
「え、ちょっと待ってくれよ。何でいきなりそういう話になってるんだよ」
「だって半々だったら、リーダーの意見を優先するべきじゃない」
「リーダーって……誰が?」
おっさんか?
「あなたに決まってるじゃない」
「は? いつ決まったんだよ」
「いつって言うか自然に。ねぇ」
バシュトラに同意を求めると、こくりと頷く。
マジかよ。
知らない間にリーダーにされてたのか。
「それなら年長者のおっさんでいいじゃねぇか」
「別にいいじゃない。いざという時に頼れるのはブリガンテさんだけど、普段はあなたがリーダーでいいでしょ」
「それだったら奏の方が委員長っぽいし、リーダー風だろ」
「誰が委員長よ誰が。そんなもの、歴任した事一度も無いわよ」
「マジか。わたし委員長ですって顔してるぜ」
「してないわよ」
いや、どう見ても委員長顔だ。
などと言ってたところで、埒が明かないので、仕方なくリーダー認定を受ける事にした。
「でもいいのか? お前ら反対してたんじゃないのか?」
「別に、他のみんなに逆らってまで反対するつもりはないわよ。
あくまでもあたし個人の意見なんだし」
「ええ。正直なところ、僕はバシュトラさんと同じくどっちでもいい派だったりするんで」
あはは、と笑うアムダ。相変わらず掴みどころのないやつだ。
しかしまあ、これで一応、全員の賛成が得られた事になる。
「方向性が決まったんだが、さてどうするかな。
調べて回るにも、人手が足りないな」
「こんな時、ファラさんの援助を受けられれば楽なんですけどね」
「まあそれは今は期待しない方がいいわね。地道に人に聞くべきかしらね」
「とりあえず……現場を調べてみるか」
まずは現場の捜査が大事だと、サスペンスモノの刑事も言っている。
証拠は足で稼げというやつだ。
だが、肝心の現場がどこかすら分からない状態であった。
「聞き込んだら分かるのかしらね」
「手分けして聞きますか?」
「それはそれで、あまり効率が良いとは思えないな」
どうするか。
そう考えていた時だった。
「見つけたわよ! 天下の大悪党!」
大通りに声が響く。
まだ年若い少女特有の幼い声だ。
振り返ると、金色の長い髪の少女が、通りの真ん中に仁王立ちしていた。
まだ年齢は十二、三歳くらいか。
見た感じ、バシュトラよりも下だろう。
しかし整った容姿をしており、少し吊り上がった瞳も、もう少し彼女が大人になれば、きっと美しい瞳と男たちが噂するだろうと予測出来る。
そして何より特徴的なのは、金髪から覗く長く尖った耳。
エルフの少女のようだ。
「えっと……どちら様ですか?」
「とぼけても無駄よ。もう調べはついてるんだからね」
そう言うなり、彼女はびしりという擬音付きで俺に向かって人差し指を突き付けた。
え、俺?
「あなたがお母様を殺そうとしたって事は、ちゃんとね!」
「……はい?」
よく分からないが、何となく見えてきたものがあった。
お母様、という単語から推察するに……
「もしかして、君のお母さんっていうのは……」
「もちろん、エルフの女王よ。
そしてこの私が、エルフの王女にして魔女、ディアネイラ・カフサーシャよ」
そう言うなり、彼女は無い胸を張る。
背丈が小さいので、あまり威風というのを感じないが、確かにトトリエル女王によく似ている。
……まあ胸なんかはそのうち大きくなるのだろう。
「大人しくお縄につきなさい!」
妙に古風な言い回しの少女だ。
「ねえ、勘違いしているようだけど、この人が犯人じゃないわ。
見た目は軽犯罪を犯しそうな顔してるけど」
しれっと毒を吐く奏さん。どこの誰が軽犯罪顔なんですかね。
しかしディアネイラと名乗ったエルフの少女は、不服そうな顔を見せる。
「でも、クロフェルたちが言ってたわ。ニンゲンの愚か者がお母様を襲ったって」
「愚か者って……一応、さっきトトリエル女王とは話はついたんだけどな」
行き違いでもあったのか、彼女は俺を犯人だと思っているらしい。
しかしまあ、犯人と思っている相手に、たった一人で乗り込んでくるというのも凄い度胸だ。
どちらかと言うと、頭の悪い方だけどな。
「でもニンゲンなんて全員一緒だって習ったわ。だったらあなたが犯人でいいしょ」
「それはそれで偏った考え方だな」
エルフの教育は、ナショナリズムに溢れている。
どうしたもんか、と考えていると、奏がディアネイラに尋ねる。
「ねえ、あなたのお母様が襲われた場所って分かる?」
「もちろんよ。私もその場にいたもの」
「もし良かったら教えてくれないかしら。あたしたち、あなたのお母様を襲った真犯人を探してるのよ」
少女は少し考え込む。
奏が敵か味方か、推し測っているようだった。
「……でも、ニンゲンは信用するなって……」
「じゃあ信用ではなく、取引で教えてくれるかしら」
「取引?」
疑問に思うディアネイラに対し、奏は何かを取り出した。
それは、いつぞやの魔神討伐の戦利品として手に入れた、ケータイのストラップだ。
デフォルメされたクマのキャラクターが付いている。
「これ、あなたにあげるわ。その代わり、場所を教えてくれると助かるんだけど……」
「…………」
少女の目は、クマのストラップに釘付けだ。
まあこっちの世界には、こんな精巧なキャラクター商品は存在しないだろうしな。
恐る恐る手に取って確認した後、彼女は大事そうに握りしめる。
「……分かった。ニンゲンは信用しないけど、取引はする」
「ありがと。エルフの王女様」
「ただ……そっちのニンゲンを許した訳じゃないからね」
「それで構わないわ。軽犯罪顔だしね」
もしかして、さっき委員長顔と言った事を根に持っているのだろうか。
こちらに筒抜けの内緒話を聞きながら、ふとそんな事を思ったのだった。




