空色の弾丸-3-
「あなた方は我々エルフについて、どこまでご存じですか?」
女王は俺の目を見詰めながら、質問してくる。
知っている事なんてそれこそファンタジー的な知識しかない。
長生きで美形で……人間嫌い。
「それは我々の種を的確に捉えた言葉でしょう。
人よりも長い時を過ごす故に、人とは違う価値観を得てしまった。
それはある意味で不幸な事なのかもしれません」
「不幸……?」
「ええ。どれだけ心が通おうとも、真の意味で我々は想いを共有出来ないのですから」
彼女の言葉は不思議な響きを持っていた。
俺にはよく分からないが、きっと何かあるのだろう。
「では、十氏族については何か?」
「聞いた事はあります。人間以外の種族で構成された連合だとか」
「その通りです。十の種族による代表から連なる十氏族同盟。
――今は既に、形骸化してしまいましたが」
「それはどういう?」
「現在、十氏族同盟に加盟しているのは七種族……いえ、今は六かもしれませんね」
既に半数近くの亜人が抜けているという事か。
「まず我々エルフは既に十氏族からは抜けています」
「どうしてですか?」
「……話せば長く、思えば短く、全ては百年前の戦争から始まり、そして終わったのです」
亜人と人間が争ったという名も無き聖戦。
そこで十氏族は結成され、そして崩壊したのだと彼女は告げる。
「十氏族同盟の発案者はドラゴニュートの王、ドレッドノート帝です」
「ドラゴニュート?」
聞いた事のない言葉だったが、文脈から察するに、種族名なのだろうか。
俺の背後にいた奏が耳打ちしてくる。
「多分、竜族とか竜人とか、そういう意味合いでしょうね」
「こっちの世界にも竜がいるのか」
「まあいるんじゃない、こういうファンタジックな世界観なら」
なるほど。同盟のリーダーは竜人だった訳か。
「ドラゴニュートは大陸には住んでおらず、北方の孤島に住んでいる種族です。
数こそ少ないですが高い能力と知性を有し、我々とは異なる技術を所有しています。
本来、彼らは人と亜人の戦いなどには興味を持たない種族ですが、百年前、我々十の種族を集めて共に戦うように呼びかけました」
彼女はそう述べた後、少し間を開ける。
「あの当時、私はまだ何も知らぬ子供でしたが、母であったマリスエストラが勇んでいた事は覚えています。
結果的に、あのような悲劇を引き起こしましたが……」
「悲劇、ですか?」
俺の問いに、彼女は目を伏せる。
「……戦力的に劣る我々は、大陸中央に一つの要塞を作り上げます。
それこそが、ヘルモンドゲート要塞。
我々の魔導技術やドワーフの鍛冶技術など、亜人の総力を結集して作られた最強の兵器」
「確か、タイニィゲートのオリジナル、でしたか」
話にだけは聞いた事がある。そのヘルモンドゲートを使い、十氏族同盟は人間と互角に戦う事が出来たのだと。
しかしその言葉に、エルフの女王はくすりと笑った。
「互角などとは。あらゆる犠牲の上に成り立った薄氷の停戦です。
あのまま続けていれば、遠からず崩壊していたでしょう。
現に、ドワーフの王が捕われ、ドワーフ族が十氏族を抜ける事になりました」
そしてドワーフたちに作らせたのが、タイニィゲートか。
「ドワーフ族が同盟から離れるのと前後し、我々エルフもまた、十氏族からは抜けています」
「え? じゃあエルフは十氏族じゃないんですか?」
「ええ。先ほど空席があると言ったのは、エルフとドワーフの事です」
「なぜ抜けたんですか?」
「……それは」
「トトリエル様、それ以上は」
女王の言葉を制し、親衛隊長のクロフェルが割って入る。
しかしトトリエル女王は構わずに続けた。
「我が母、マリスエステラが倒れ、私がエルフの玉座に就きました。
その時、亜人の中で考えが割れたのです。
徹底的に抗戦すべきか、折を見て和平を申し出るべきか。
私はこれ以上は両陣営とも犠牲を増やすだけだと思い、和平路線へ切り替えるべきだと進言しました。
しかし他の十氏族たちはまだ年若い私の言葉を聞き入れなかったのです」
「それでどうなったんですか?」
「……我々は袂を分かちました。エルフの聖地である東の大森林に撤退し、以降は人間とも他の亜人とも交流を少なくし、過ごしてきたのです。
仲間を見捨てて逃げたのですよ、我々は」
「陛下! それは違います! あの時はあれが最善の判断でした」
クロフェルが女王を庇うように声を上げる。
それが、彼女らの汚辱なのだろう。
同盟の仲間を見捨てて戦乱から逃げたのだという汚名。
百年にも及ぶ、決して拭い去れぬ過去なのだ。
「ドワーフとエルフ、そしてドリアードの三種族が抜けました。
ドリアードたちは元々、戦う技術は持っていなかった為、我々と呼応するように。
ヘルモンドゲートの整備はドワーフとエルフ、ドラゴニュートで行っていた為、要塞の維持が難しくなってきたのです。
加えて、リザードマン族の政変やオーク族の領地問題など、細かい事情が多く噴出し、最終的には停戦という形に持っていく事になったのです」
だから現在、十氏族のうち、三種族は欠席なんです、と彼女は付け加える。
「加えて先の魔神により、ゴブリン族の十氏族、ココノエ・ノルニルが倒れました。
それゆえに、現在はゴブリン族も空位のはずです」
「あー……」
俺たちと関係ある話が出てきたので、何とも言えない。
「十氏族ってのは、自動的に継承するんじゃないんですか?」
「その種族のうち、代表が一人選ばれますが、他の十氏族の承認も必要になります。
ゴブリン族は今回の一件で、人と亜人の争いの火種を作った事になり、慎重な判断が下されるでしょう。
最悪、ゴブリン族を十氏族から外す事で、十氏族全体の益を取るかもしれません」
「でも、あれは魔神に操られていただけで、ゴブリンには……」
「罪は無い、のかもしれません。ですが、罪に罰を与えるのではないのです。
与えるのは、結果に対する処遇。ゴブリンが人間の領地を襲い、人を殺害したという事実に対する償いが必要なのです」
それが敗者の義務なのです、と彼女は言った。
被害からすれば、きっと俺たちと戦ったゴブリン族の方が大きいはずだ。
魔神に操られ仲間を駒のように扱われ、そして代表まで失った。
しかし――ゴブリンたちはその代償を支払わねばならないという、ふざけた現実もある。
「それじゃ報われないな……」
「戦とは、そういうものですよ。今回の列王会議では、そのあたりの話もあるでしょう……
ですが、このままいけば、再び会議も荒れるでしょうね」
「それは……」
聞かずとも分かる。エルフの王が襲撃されたのだから。
そして犯人と目されてるのは、人間側に所属する俺。
「エルフは列王会議に参加しないでしょう。現時点では、それが最善です」
「命を狙われたから、ですか?」
「それもありますが、我々の立場は先ほども伝えた通り、十氏族でもない、複雑な立場なのです。
事を荒立てれば、教会側はそれを逆手にとって、亜人排斥を進めるでしょう。
それだけは避けなければいけない」
「ではこのまま泣き寝入りするんですか?」
「抗議文は勿論送ります。それ以上は外交上の問題でしょうね」
つまり実質的な泣き寝入りだろう。
弱い立場である彼女らには仕方のない事なのだろうか。
「本来であれば、あなた方に接触するにしても、もっと手順を踏むべきでした。
エルフの代表として、非礼をお詫びいたします」
「しかし陛下、それでは……」
「良いのですクロフェル。あなた方の忠信は痛いほどに分かりました。
ですが、これ以上は私の責任において、事をなす必要があります」
「……申し訳ございません」
なるほど。
俺たちを捕らえにきたのは、あの隊長の独断だった訳だ。
道理であんなに強引だったのか。
「一つだけ聞かせてください」
奏が後ろから女王に尋ねる。
「トトリエル陛下は、犯人がどこの誰なのか、ご存じなのですか?」
彼女の真っ直ぐな物言いに、エルフたちが目を見開く。
女王だけは、相変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。
「……はい、と答える事は出来ませんね」
「それで結構です。ありがとうございました」
それは明確な肯定。
つまり、人間側の仕業であり、彼女らを良く思わない人間の犯行だ。
さらに、俺たちに対しても何らかの恨みを持った組織――
「……教会か」
「でしょうね。まったく、面倒な真似してくれるわよ」
「ですが、彼らは強大です。その権勢はいまだに人間社会では大きな影響力を持ちますので」
トトリエル女王はそう言った後、何かを部下に言付ける。
「それでは皆様。ご足労いただきまして、ありがとうございました。
あなた方と知遇を得られた事は、嬉しく思います。
どうかお気をつけて……」
会談は終わり、という事らしい。
エルフの騎士が俺たちに退室を促す。
歩き出そうとして、ふと思いついた一言があった。
「……もし、襲撃犯が見つかったら、どうなりますか?」
「……そうなれば、証拠として逆に彼らを言及する事が出来るでしょう。
私たちも、会議に参加出来、亜人全体にとっても益となるやもしれません」
「じゃあ――」
「ですがそれは叶わぬ事です、フジマ様」
俺の言葉を先取りし、彼女は応えた。
それ以上は言ってはいけないと。
「……なぜそれほど教会を恐れるのですか?
今、この世界は魔神の脅威に曝されているというのに」
それは単純な疑問だ。
こちらの世界の人は、まるで魔神を他人事のように考えている。
しかし俺の言葉に対し、女王は意外な反応を見せた。
「なるほど。異界の方からすれば、我々は奇妙に思えるのでしょうね。
ですが、我々は、魔神などというものを、さほど恐ろしいとは思えないのです」
「それはどうして?」
「我々は――――神殺しの末裔なのです」
ぞくりとするような、落ち着いた音色。
「神、殺し……?」
「ええ。かつてこの世界を掌握していた女神を斬滅し、人の世界を作り上げたのですよ。
故に私たちは女神の匣を――――」
「そこまででよろしいでしょう、トトリエル陛下」
女王の話を遮り、ファラさんが前に出る。
それは、俺たちのよく知る女騎士の顔では無かった。
「これにてお暇させていただきます」
「……分かりました。それでは皆様、またお会いしましょう」
一方的に会話が打ち切られると、ファラさんは部屋を出る。
訳も分からず、俺たちはその後を追うしか出来なかった。
「さっきの話、どういう事ですか?」
エルフの屋敷を出たところで、俺はファラさんに話しかける。
今、エルフの女王は確かに言ったんだ。
女神の匣、と。
「魔神は女神の匣を狙っていると言っていた。
あなたは何か知っているんじゃないんですか」
「……以前にも言ったはずだ。私は何も知らないと」
「でも!」
「それで終わりだ。これ以上、話す必要はない」
完全な拒絶。
そこには、何も無かった。
「今まで一緒に魔神と戦ってきた仲間だと……そう思っていたのは俺たちだけだったのか?」
「……私はこの国の騎士だ。私が守るのは国であり、規律である」
つまり、公務だから付き合ってたに過ぎないって事か。
彼女の顔には何の感情も見えない。喜びも哀しも。
「……分かりました」
そう告げると、俺は彼女に背を向けて歩き出す。
決別の言葉はいらない。
今はただ、自分の出来る事をやるだけだ。
彼女にも言えぬ事情があるのだろうし、出来ぬ立場があるのだろう。
だからこそ――悲しかった。




