エネミー・アット・ザ・ワールド-7-
アクセルを踏み込み、バギーが発車する。
おっさんは積載の都合上乗り込めないが、バシュトラは既に竜で追いかけている。
バシュトラが駆るのはララモラの方だ。
翼を機銃で傷つけられたが、気丈にもそんなものはおくびにも出さず、バシュトラを乗せて飛び立った。
「……さて、追いつけるかな」
「架線無しで走ってるから、速度はそれほど出てないはずよ」
確かに、列車砲というわりに、地面をそのまま走っている。
まあその辺は例のトンデモ技術が使われているんだろうが、そのせいか、列車の速度はそれほどでもない。バギーでも十分に追いつける速度だった。
加えて、先ほど俺の放ったRPG-7が車輪の一部を壊したのが、速度の低下につながっているようだ。
「追いついた後は、飛び乗るのか?」
「それはアムダの仕事ね」
「分かりましたよ……」
「車が爆発するわ列車に飛び乗るわ、完全にハリウッド映画みたいだな」
「爆発は味方のせいで食らいましたけど」
根に持っているアムダであった。
「そういやさっき、パソコンで何か魔法の計算をしているって言ってたが……」
「ええ、処理中よ」
「まだ終わらないのか?」
そんな大規模な魔術なら、あの列車砲ごと吹き飛ばせそうなもんだが。
しかし奏は首を横に振る。
「虚数式の演算処理はほぼ終わってるわ。
あとは魔術式を展開固着させるだけ。
でも、かなり大きな範囲を指定してるから、ちょっと発動に時間が必要なのよ」
「……つまり?」
「あいつの足を止めないと外す恐れがあるって事よ。
だからこそ、足止めさえ出来れば、叩き潰す事は出来るわよ」
「そりゃ頼もしい事で」
とにもかくにも、魔神の動きを止めないといけない訳だ。
やれやれ、いつもながら、慌ただしい戦いになるな。
「止められなきゃ、城塞都市が火の海になる、か」
「責任重大?」
「さあな。何しろこっちの世界にはあまり思い入れがないしな」
見ず知らず、という訳ではないが、積極的に関わってきた人たちでもない。
でも――
「悪い人たちばかりじゃない」
「……そうね」
戦うにはそれで十分。
引き金を引く理由は、それだけでいい。
一気にアクセルを踏み込み、バギーが加速する。
最高速度に到達し、列車の後を追う。
「……見えたぜ」
列車砲の一部が見えてくる。
砲身長を含めれば、全長100m近くもある巨大な列車砲。
本来であれば数百人単位で運用する必要がある重厚な砲台が、まっすぐと都市に向かって進んでいる。
外部から止めるのは難しそう、か。
「さすがにロケット砲弾程度では止まりそうにないか」
となるとやはり直接乗り込んで倒すしかない。
バギーの車体を横付けする。
併走していると、列車の巨大さが分かる。
こんなもんが突っ込んでくれば、それこそ大参事となる。
「何か出てますね」
アムダが指差した先、魔神の車体から何かがせり出している。
それは30mm連装機銃だった。
無数に突き出した機関銃が、一斉にこちらを睨む。
「ヤバイな……」
「ヤバイわね」
すぐさまハンドルを切り、バギーを魔神から離す。
一瞬遅れて、先ほどまで俺たちがいた場所を、鉛の弾が蹂躙した。
あぶねぇ、逃げ遅れてたらズタボロだったところだ。
「これじゃ近寄れないな。どうするか」
「遠距離から攻撃してみる?」
そう言うと、奏はスマホを取り出して何かを命じていく。
虚数魔術が展開され、虚空に4門の戦車砲が浮かび上がった。
彼女が右手を振ると、それに反応し、砲門から120mm徹甲弾が放たれる。
空中を切り裂くように撃ち出された砲弾は、しかし列車砲の装甲を傷付けただけだった。
魔神は何食わぬ顔で、走り続けている。
『くはは、無駄だ無駄! もはや誰にも止められぬ! そこで滅びゆく様を見届けるがいい!』
列車砲から魔神の声が聞こえてくる。
そもそも列車砲と言っているが、砲台自体に自走能力は無い。
走行しているのはあくまで前方に取り付けられた二両のディーゼル列車だ。それに牽引される形で列車砲は走っている。
つまり、魔神を止めるには前の列車を潰してしまえばいい訳だが……
「前の列車、ですか? それを止めればいいんですよね?」
落ち着いた口調でアムダが告げる。
「そうだが……出来るのか?」
「そうですねぇ。片方だけなら何とか……」
一両だけか。
魔神を牽引しているディーゼル列車は二両。
片方だけ潰せば、機動力は奪えるだろうが、それで止まるという保証はない。
二両とも、同時に止める必要がある。
「そうね……バシュトラ!」
奏が何かを思いついたように、空に向かってバシュトラを呼ぶ。
ドラゴンに乗って、空中から魔神を監視していたバシュトラが、声を聞きつけてこちらへとやってくる。
「呼んだ?」
「ええ。あなた、あの前の列車、止められる?」
バシュトラは少し考えた後、
「……多分出来る」
と答えた。
よし、と奏が頷き、バシュトラとアムダ、両者に告げる。
「二人で一両ずつ、計二両倒せばいいのよ」
「何つーか、分かりやすい作戦だな、それは」
逆にそんな大雑把な作戦で大丈夫なのだろうか。
俺の不安とは裏腹に、アムダたちは意外にやる気だ。
「やってみましょう」
「……ん」
マジか。
まあこの二人なら出来る、のか?
「そうと決まれば急ぎましょう。もう時間がないわ。
アムダはバシュトラと一緒に列車の前方に行って準備をして。
あたしたちはこのままバギーで追いかけるから」
ララモラの飛翔速度ならば、列車砲を追い抜いて、待ち構える事も出来るだろう。
アムダがララモラに飛び乗ると、少し不安げな表情を浮かべた。
「……竜は爆発しないですよね?」
「……多分な」
併走しながら攻撃を続けていく。
奏の魔術による攻撃は、少なからずの被害を与えてはいるが、行動不能にまでは追い込めない。
加えて、魔神には相変わらず自己修復機能があるらしく、傷がふさがれている。
一気にダメージを与えるしかないようだ。
「城塞都市が見えてきたぞ!」
既に街道に突入している。都市まであと少し。
巨大な列車砲はいまだ止まらず、だ。
「アムダたちは?」
「もう少し先のはずよ」
「ちっ……」
四輪バギーを操作しながら、舌打ちを一つ。
「もっと威力の高い魔術は使えないのか?」
「移動中だと空間に固着させるのに余分な魔力がいるのよ。
これが今のところ限界ね」
足を止めればもう少し威力のある砲撃は出来るのだろうが、そうなると今度は列車に置いて行かれる。
併走している以上、ここらが限界か。
俺も運転中だから、攻撃は出来ない。
厄介な相手だぜ。
「見えた! アムダたちよ」
魔神列車の進むその先に、アムダとバシュトラの二人が立っていた。
静かにたたずみ、手には刃を携えている。
まさか、真向から魔神とやりあうつもりかよ。
「大丈夫か?」
「あの二人なら、大丈夫よきっと」
根拠はないけれど、と付け加える。
そうだな。信じるしかねぇな。
「俺たちはどうすればいい?」
「とりあえず、アムダたちが成功する事を信じて、魔神が見える位置に移動して。
あいつの足が止まり次第、虚数魔術を解放するわ」
「了解」
ハンドルを切って、少し魔神の併走コースから外れる。
魔神はただまっすぐに城塞都市へと走り続けている。
その進路上にいるアムダたちが剣を構えた。
相手は圧倒的質量。
それだけで魔神は凶悪な破壊力を持つ。
いかにアムダたちが超人的でも、その差を覆す事は出来ない。
純然たる差が、そこにはある。
それでも――アムダたちは逃げず、迫り来る脅威を見据える。
「さて――――いきましょうか」
「……ん」
まず、アムダが走り出す。それに続いてバシュトラ。
生身で暴走列車と化した魔神に立ち向かう二人。
無理だ、そう思ったその時だった。
「《神剣解放》」
アムダの体が炎に包まれていく。
先の魔神戦で見せた、アムダの秘儀だ。
神剣の魔力をその肉体に取り込む事で、一時的に驚異の力を得る。
炎の力を纏ったアムダが剣を構える。
対してバシュトラの体はあくまで自然体だ。
槍を静かに構え、ゆっくりと魔神を見据える。
穂先が赤白く輝き始める。
「個体識別名バシュトラの名に於いて、今ここに契約は成就する。
黒竜の咢に怯え、万物悉我が前より退け」
槍が震え、触れたものを全て塵へと変える必殺の一撃と化す。
だが相手は巨大すぎる。バシュトラの矮躯でどこまで通用するか。
『くはは! もはや誰にも止められん!
そこで朽ち果てる様を見届けるがいい!』
魔神の声が聞こえるのと同時に、アムダの剣が迸る。
狙うのはただ一両のディーゼル列車。
それはバシュトラも同じ。
アムダが右の列車を狙うのであれば、バシュトラは左の列車に狙いを付ける。
腰を落とし、轟音響かせて突っ込んでくる魔神を迎え撃つ。
もう、列車は二人の眼前に迫っていた。
そして――
『突撃吶喊!』
「《神剣覚醒――天の階》!」
「UG-5――――原子分解!」
三人の声が激突した。
列車に轢かれる寸前、アムダとバシュトラは左右に分かれる。
そして、両者とも必殺の一撃を魔神にぶち込んだ。
風が吹き荒れる。
離れたところで待機していた俺たちの所にも、その衝撃が伝わってくる。
「はぁっ!」
アムダがそのまま走り抜ける。
まるで豆腐を斬るかのような滑らかさをもって、ディーゼル列車が両断される。
「――!」
バシュトラは、槍を突き出し、正面から列車と対峙する。
アムダと違い、斬るのではなく、文字通り消滅させていく。
その車体の半分以上が、彼女の槍の一撃によって原子分解され、塵と化す。
アムダとバシュトラ、二人の攻撃が混ざり合い、強力無比な一撃となる。
魔神の列車砲を牽引していたディーゼル列車が大破。
魔神はその足を止めた。
「よし、動きが止まったぞ」
奏に合図を出すと、既に彼女は動き出していた。
ノートPCを広げ、何かを入力していく。
同時に、スマホにも何かを告げ、同時に作業をしていた。
「アンフィニ、虚数領域広域展開。神話は100000からスタート」
『代数処理完了。展開位置は固定する?』
「位置固定。数式展開から固着まで一気にいくわよ」
『展開から固着まで確認したよ』
おっけーと彼女は呟くと、にやりと笑った。
悪い顔をしている。こういう時は何か、とんでもない事を行う時だ。
『何をするか知らんが、全て無駄よ。貴様の魔術が通じぬ事は既に明白。
戦艦の主砲を持ってきたところで、精霊銀と劣化ウランの複合装甲には通じぬぞ。
そこで指を咥えて見ているがいいわ』
「そう……」
魔神の言葉にも、奏は笑みを崩さない。
スマホを操作をし終えると、彼女は髪をかき上げ、朗々と告げた。
「残念だけど、空母なのよね」
『虚数式多重展開』
その瞬間、辺りに闇が訪れた。
いや、単に空一面が魔法陣で覆われただけだ。
それは、陽光すらも覆い隠すほど、巨大で多重な虚数式の数々。
見渡す限りの虚数魔術が、天空で展開していたのだった。
そして――それが現れた。
巨大な鉄の塊。
そうとしか表現出来ないほど巨大な船が空中に浮かんでいる。
あれは……空母か?
地上からでは、その全容は窺い知れないが、恐らくは原子力航空母艦――つまり空母だった。
それが、上空に展開した巨大な魔術式の中から、静かに現れたのだった。
「受け取りなさい。総重量10万トンの、現代の隕石落としってやつをね」
その言葉に、まるで糸が切れた凧のように、空母が落下を始めた。
その真下には……魔神がいる。
列車を破壊され、動けない魔神の列車砲があった。
っておい。おいおいおい。
あんな馬鹿でかいもんが落ちてきたら、こっちも無事じゃ済まないだろう。
「だ、大丈夫なのか?」
「……ま、何とかなるでしょ」
「ちょっ! 待てぇぇぇぇぇぇ!」
抗議の声は残念ながら、大地を震わす轟音に掻き消されて、どこにも届かなかった。
空母がまさしく墜落してきた。
その瞬間、凄まじい衝撃波によって、四輪バギーごと俺たちは吹っ飛ばされたのだった。
「……こういう無茶苦茶な事をやる時は、先に言ってくれると助かるんだがな」
横転したバギーから這い出た俺は、同じく這い出した奏に手を差し伸べる。
俺の手を取り、立ち上がった彼女は、顔中が埃だらけだった。
「お返しよ」
「何のだよ」
「最初の魔神の時、あなたいきなり爆弾落としたじゃない」
「……古い話を持ち出すな」
「女はね、一度受けた恩も仇も、ずっと忘れないのよ。
言ったでしょ。潰すって」
「潰すというよりも、ペシャンコにする、という方が正しいと思うが……。
アムダたちは大丈夫だったのか?」
いくらアムダたちが殺しても死なないような超人体質でも、さすがに10万トンの鉄塊に踏み潰されて、無事とは思えない。
……おっさんならしれっと起き上がりそうだが。
「大丈夫だと思うわ。やり終えたらすぐに逃げるように二人には伝えたし。
それに空母が落ちてくる瞬間、ドラゴンが飛び立つのが見えたから、多分、ララモラが二人を回収したと思うわ」
「何つーかアバウトだなぁ」
「信頼してる、と言ってほしいわね」
「俺の中では出たとこ勝負、と言うんだ、そういうのは」
「臨機応変なのは確かね」
「行き当たりばったりの間違いだな」
下らない応酬を繰り広げる俺たち。
ふと我に返り、魔神がどうなったのかどうか、確認する。
墜落地点には、巨大な空母が大地に深々と突き刺さっていた。
どう考えても、魔神が無事とは思えない。
空母を召喚して、それで踏み潰すなんて、正気の沙汰とも思えない。どう考えても使い方を間違っている。
「何で空母なんだ、そもそも。岩じゃいけないのか?」
「10万トンの岩ってイメージしにくいのよね。だって見たことないもの。
でも空母ならイメージしやすいでしょ、ニミッツ級なんていっぱいあるし」
「普通の女はニミッツ級の原子力空母なんてイメージ出来ねえよ……」
これだからミリオタは困る。
魔法使いが隕石を落とすのは昔から鉄板だが、最近の魔法少女は空母を落としてくるのかよ。
「あれ、いつ消えるんだ?」
「結構魔力注ぎ込んだから、三日後くらいかしら。まあ原子炉は抜けてるはずだから害はないわよ」
多分ね、と付け加える奏。
それならいいか、と一瞬納得しかけてしまった。俺もだいぶ毒されてきたらしい。
などと思っていた時だった。
「く、くはは! まさか! まさか文字通り空母で襲ってくるとは夢にも思わなかったぞ……」
聞き飽きた笑い声が辺りに響く。
声の出どころを探ると、それは意外に近くにいた。
まさに満身創痍といった出で立ちで、機械の兵士が立っている。
片腕は既に無く、足も無残に折れ曲がっている。
「ったく、しぶとすぎるだろ……」
「くはは、歩兵よ、そう言うな。もはや戦車を呼ぶ力すら残っておらぬ。
老兵の最後の戯言だ、付き合ってもらうぞ」
そう言うなり、魔神ティストゴーンはその場に座る。
「……やはり強いな、レヴァストラが負けたのも頷ける」
「他の魔神を知ってるのか?」
「無論だ。たとえ短き時の中であったとしても、戦友であった者たちだ。
誰一人、忘れる事は無い」
「あなたたちの目的は何なの? 女神の匣ってのは何?」
奏の問いに、魔神は笑う。
「やはり何も知らぬのだな、貴様らは。
この戦いの果てに何があるのかも。
我らが魔神となった理由も、何もかも……」
魔神に、なった?
こいつらは最初から魔神じゃなかったって言うのか?
「く、くはは……残念ながらそれを私が語る事は出来無い。概念偽装は完璧ゆえ、な」
「概念……偽装?」
「いずれ分かるだろう。我らの悲嘆も……我らの慟哭も。
その時まで……ヴァルハラで待たせてもらうぞ」
魔神はそう言うと、自然な動作で拳銃を取り出した。
洗練された動き。
一切の無駄のない速度で、拳銃を引き抜くと、こちらに狙いを定める。
狙いは――奏。
考えるよりも先に、俺の体が動いていた。
取り出したのは――ゲパードM3対物ライフル。
相手が引き金を引くよりも先に、俺は魔神の胸元に狙いを定め――トリガーを引いた。
刹那、衝撃が体中に走る。
今まで使っていた狙撃銃とは比べものにならないほどの反動。
そして、その反動に相応しい必殺の弾丸は、間違いなく魔神の胸を貫いた。
「――見事」
呟いて、魔神は倒れた。
今度こそ、絶命した。
魔神はそのまま、塵となって消滅していく。
「……終わった、か」
何となく、心の中のしこりが取れない終わり方だ。
魔神は俺たちに、何も知らない、と告げたから。
そうだ、確かに俺たちは何も知らないんだ。
戦いの理由も。
この戦いの行く末も。
何もかも、知らない事だらけだった。
でも……今はただ勝利を喜ぼう。
全てが終わって。
「そういえば、ブリガンテさん、置いてきたままよね?」
「……みんなで迎えに行くか」
「僕はもう、バギーというのには乗りませんからね。僕らはドラゴンで行きますから」
「……乗ってみたい」
「え!?」
「アムダ一人じゃ竜には乗れないな。徒歩で付いて来いよ」
「じゃ、じゃあ僕も乗ります……」
泣きそうな顔のアムダに、俺は笑顔でこう告げた。
「悪いな、これ、三人乗りなんだ」




