エネミー・アット・ザ・ワールド-6-
C-4。
コンポジション4と呼ばれる、軍用のプラスティック爆弾である。
スパイ映画や戦争映画などでも度々活躍する、成形自由な粘土型の爆弾。
FPS界隈においては、どんな場所にも貼り付ける事が可能で、さらにどれだけ距離が離れていようがスイッチ一つで爆発するという、トンデモ爆弾として扱われている。
しかし戦車をも破壊する火力は持っているが、近付かないと取り付けれないという弱点がある。
4輪バギー。
タイヤが四つ付いているだけのバギー。
悪路でも走る事が出来、広いマップを縦横無尽に駆け回る事が可能となる。
反面、固定武装が無い為、攻撃能力に乏しく、さほど重要視されないという一面も持っている。
最初に考えたのは誰かは知らないが。
どこかの誰かがこの二つをくっ付けてしまったのだ。
C-4バギーの誕生である。
一撃必殺の火力はあるが接近しないと使えないC-4爆弾と。
火力は持たないが機動力だけはある四輪バギー。
これほど素晴らしい組み合わせは他にあっただろうか。いやない。
かくして生み出されたC-4バギーはネタと共に、今日もどこかで戦車を破壊すべく、大量の爆弾を抱えて特攻している事だろう。
まさか異世界でC-4バギー特攻をやる事になるとは、さすがの俺も予想だにしなかったぜ。
「……しかしまあ綺麗に当たるもんだな」
爆発炎上する敵戦車を見ながら、俺は小さく呟く。
向こうもまさか神風特攻してくるとは思っていなかったのだろう。
たかがバギーなどと侮るからこうなる。
世の中には、戦闘機にC-4をくっ付けて突っ込んでくる馬鹿だっているのだ。常在是戦場という訳だ。
「さて、アムダは……」
爆炎の中から誰かが飛び出してきた。
勿論アムダだった。
手には神剣を携えており、燃え盛る魔神戦車のキャタピラ目掛け、斬撃を放つ。
見事、履帯を斬ったアムダは、一仕事を終えてそのままこちらへと帰ってくる。
「……シライさん?」
「流石はアムダだ、何ともないぜ!」
明らかに怒っている。
顔は笑顔だが、目が笑ってない、というまさしくそんな状況だった。
俺の軽口にも反応を見せず、ただ笑みを浮かべているだけだ。
「いやー、無事で良かったよ」
「良かったよ……じゃないですよ! 死ぬかと思いましたよ、こっちは!」
「死んでないから大丈夫だ」
「死んでたらそれこそ化けて出ますよ」
それは嫌だな。
美少女に呪われるならまだしも、イケメンに取り憑かれるのは絵にならない。
「でもな、一応安全性は確保してたんだぜ?」
「どこが安全なんですか……」
「C-4も地雷も、フレンドリーファイアは設定されてないからな。
いくらこれでお前を殺そうと思っても、システムがそれを許さないらしい」
「フレンドリー……何ですかそれ」
いわゆる友軍誤射というやつで、転じて味方に対する攻撃という意味合いで使われている。
FPSではそれ以上に大きな意味を持ち、味方同士の攻撃は基本的に、ダメージにならないのである。
「以前、奏に少し説明したんだがな。味方に向けて銃の引き金が引けない、という点から、爆発物は味方には効果無いんじゃないか、という結論に達した訳だ」
「はぁ……」
よく分かっていないらしいアムダ。
これは結構凄い事なんだぜ。
つまり、俺の攻撃は基本的に敵にしか通じない。
「だからどれだけ無茶な攻撃をしたところで、味方に誤射する危険性は無いって事だ」
「……だからさっきの爆発も、僕に危害は無い、と……」
「まあ、そういう訳だな、うん」
「この辺、ちょびっと燃えましたけど」
アムダの毛先が焦げていた。
「ああ、それは多分、車輛の爆風ダメージだな。爆弾の爆風は味方には効果無いけど、それが原因で車が爆発した場合、味方にも被害があるみたいだな」
この辺の仕様が地味に厄介だ。
爆弾自体が味方にはダメージが無い、というのは今までの経験から分かったが、車輛ダメージまではこちらの世界で実験する事が出来なかった。
仕方なくぶっつけ本番になってしまったが、どうやら車輛の爆風ダメージは味方には入るらしい。
「いやぁ、アムダで良かった。奏で試してたら、それこそ化けて出てくるところだったぜ」
「……逃げましたよね、シライさんだけ」
「いやいや、これには海より深い事情があってだな。
味方へのフレンドリーファイアは設定されてないが、これが自分へのセルフキルの場合、関係無いんだよ」
一番厄介な事に、自分への攻撃は何故か食らってしまうのだ。
つまり爆弾をポイポイ投げても味方にはダメージは無いが、もし自分の足元に投げてしまえばお陀仏である。
だからこそ、C-4バギーでの特攻は、片道切符と呼ばれるのだ。
「今回は上手く役割が分担出来たしな。次からも頼む」
「二度とやりませんから!」
「ははは」
笑いごとじゃないですよ、とふてくされるアムダ。
そんなアムダを無視しつつ、魔神に視線を移す。
履帯を斬られた戦車は既に走行不能に陥っている。
オリハルコン装甲とやらも、C-4特攻で破壊済みだ。
その隙を逃すバシュトラでは無かった。
まるで野を駆ける狐のような俊敏さで、一気に近付く。
「今度こそ――!」
バシュトラの槍が光り輝く。
一閃。
全長30m超の巨大戦車を、そのまま横に薙ぎ払う。
斬撃が、光となって駆け抜けた。
「……今度は斬れたね」
満足げに、バシュトラが呟く。
どうやら先ほど斬れなかった事が許せなかったらしい。
見かけによらず、負けず嫌いなお嬢さんである。
『くはは! やるではないか、小童どもが』
再び爆炎の中から声が響く。
声の主は勿論、戦車長だ。
『だが無駄よ。何度やったところで同じ事だ』
破壊された戦車の中から現れた戦車長は片手を上げる。
それに反応するように、新たなる戦車が生成されていく。
だが――
「おっさん、今だ!」
俺の合図に、おっさんが飛び込む。
放たれた矢のような速度で、戦車を作り出そうとしている魔神の下へと突進する。
だが、おっさんの拳が届くよりも、戦車が生成される方が早い。
『遅いなぁ!』
「いいや、それで十分だ」
おっさんが、何かを取り出し、まるでフリスビーのように投げつける。
勢いよく投げられたそれは、戦車長たちのところへと到達。
それと同時に、再び巨大戦車が姿を現した。
投げられた円盤状のそれは、戦車長たちと一緒に戦車の中へと格納されてしまった。
「熱々のピザだぜ。ゆっくり味わいな」
ただし―――対戦車地雷だけどな。
轟音。
新たに作成された戦車が、いきなり弾け飛ぶ。
それは外部からの攻撃によるものではない。
内部から吹き飛ばされたのだった。
連鎖的に爆発が続いていく。
「今、何投げたの、ブリガンテさんは」
奏が俺のところに寄って来て訪ねてくる。
「あれは対戦車地雷だよ」
「地雷って……別に踏んでないでしょ?」
「そりゃ現実の地雷だろ。FPSでは、触れるだけで爆発するんだよ。
たとえそれが、戦車内部だろうが何だろうが、敵の戦車が触れればドカン、だ」
そう、敵戦車であれば問答無用で爆発するのがこの対戦車地雷なのである。
場所や位置などは関係ない。
もしも、戦車が生成された瞬間、それが戦車内部にあれば、木端微塵だ。
どれだけ厚い装甲があろうが、内部まで覆う事は出来ないからな。
一発の対戦車地雷で十分だった。
「――という事だ」
爆発炎上する戦車を見ながら、俺は奏に説明した。
なるほどね、と彼女も納得したらしい。
さて、爆心地にいた連中はどうなったか。
少なくとも、無事ではいないはずだ。
再度戦車を作り出される前に、ケリをつけないといけない。
「……貴様らをただの弱兵と侮った私の負けか」
怨嗟に満ちた声。
戦車長の声だった。
ゆっくりと、焔の中から現れる。
先の爆発は、戦車長の体を大きく傷付けており、体中から血が流れている。
いや、あれは潤滑油か?
「砲兵長も操縦長も逝ったか……」
「後はお前だけだな」
「そうだ、な。既に機能の大半は失われておる。
いずれ私もあやつらの後を追う事になるだろう。
だが……ただでは逝かん。貴様らにも付き合ってもらうぞ」
にやり、と笑みを浮かべる。
俺が銃を抜くよりも。
アムダが斬撃を放つよりも。
バシュトラの槍が振るわれるよりも。
戦車長は、一瞬でその姿を変える。
爆炎の中から鋼鉄の巨体が現れる。
それはまさに鋼の虎と呼ぶべき威容。
威風堂々たる、破壊の化身だった。
『これが最後だ、異邦人――いや、英雄ども。
魔神ティストゴーンの最後をその目に焼き付けるが良い』
それは、戦車と呼ぶよりも列車。
いや、俺はその姿を良く知っている。
歴史に葬られた戦術兵器。
長大な80cmの砲台を、列車に取り付け、マジノ要塞攻略の為にドイツ軍が作り出した列車砲。
80cmドーラ列車砲、そのものであった。
実用化された史上最大の大砲を乗せた、まさに化け物列車だ。
「でも列車砲は欠陥武器よ。架線が無ければ行動出来ないし、何より砲台が動かないから直進先しか狙えないわ」
『その通りだ。それに操縦長も砲兵長も既にいない故、もはやこの列車砲は直進しか出来ぬし、砲を撃つ事も出来ぬ。
だが―――この先には何があるかな?』
この先にあるもの、それは……
「城塞都市、トリアンテ……」
『ヤヴォール! くくく、くはは!
ヴァルハラへ続く死出の旅だ。そこで見ているがいい!
この身を一発の砲弾として、いざ征かん!』
列車砲がゆっくりと動き出す。
本来は線路が無ければ動けないはずの長大な砲が、地響きと共に進む。
バシュトラが列車砲の前に立ちはだかり、槍を構えている。
「――!」
気合いと共に槍を振るう。
穂先は列車砲の装甲をいとも容易く斬り裂く。だがそれだけだ。
列車は止まらない。
ぐんぐんと加速していく。
「止まれぇ!」
RPG-7を取り出し、列車の車輪部分目掛けて射出。
放たれたロケット砲弾が着弾、爆裂。だがそれだけだ。
列車は止まらない。
さらに加速を続ける。
「虚数式15番展開!」
『展開したよ』
奏が魔術によって戦車砲を呼び出し、列車砲を攻撃する。
列車の車体が大きく歪む。
所々から発火、炎上が広がっていく。
だが―――止まらない。
いつの間にか、列車の速度はこちらの足では追いつけぬほど加速していた。
『くはは! もはや誰にも止められんさ!
突撃吶喊! 女神の匣と共に、吹き飛ぶがよいわ!』
あの野郎、街に突っ込むつもりか。
たとえ砲が使えなくても、あれだけの巨体が突っ込めば、どれだけの犠牲が出るか分かったもんじゃない。
何より、女神の匣とやらがあいつら魔神の目的の物ならば、渡す訳にはいかない。
「あの野郎を追うぞ」
「どうやって?」
奏の疑問に答えるように、俺は片手を上げる。
――All Terrain Vehicle arriva――
先ほど呼び出した四輪バギーをもう一度召喚する。
上空から呼び出されたバギーが現れ、地面に落ちてきた。
すぐさま俺は運転席に飛び乗る。
「これ、二人乗り用よね?」
「詰めればもう一人くらいいける。奏とおっさん……は難しそうだからアムダだな」
「え!?」
指名を受けたアムダが変な声をあげる。
「い、いえ、僕は遠慮しときます」
「何でだよ」
「どうせまた爆発するんでしょう!」
「しないって」
多分な。
乗るだの乗らないだので言い合ってると、奏が冷ややかな視線と共に告げる。
「黙って乗りなさい」
「……はい」
おずおずと乗り込むアムダ。
よし、これで追撃といくか。
あいつが街に到達する前に、何としてでも止める。
その為には、とりあえずバギーをデコっとくか。
「言っとくけど――」
いそいそとC-4をバギーに取り付けようとした俺に、奏は絶対零度の声で脅す。
「もし、プラスティック爆弾なんかを、あたしが乗る車に付けてみなさい。
潰すから」
……何をですか?




