エネミー・アット・ザ・ワールド-5-
俺の能力によって作り出された戦闘ヘリ、ヴァイパーのローター音が響く。
前々回の魔神戦では一切の見せ場なくやられてしまった彼ではあるが、今回は違うはずだ。
何せ戦闘ヘリは、いわば戦車にとっては天敵に当たる相手だ。
一方的に空中から蹂躙する兵器は、たとえ相手が魔神であっても、対処は難しいはずだ。
「ここで終わらせろ」
言葉に反応し、ヴァイパーの20mm機関砲が戦車を捉えた。
3バレルの機関砲が回転を始める。
そして、ガトリングがうねりを上げて、銃弾を吐き出す。
不協和音を奏でながら、鎮座していた戦車の上部装甲を攻撃する。
『ほう、ヴァイパーとな』
『対空機銃の破損を確認』
ガトリング弾が戦車の装甲を削っていく。
並の戦車の装甲であれば貫轍する弾丸は、しかし魔神戦車の対空機銃の破壊するだけにとどまった。
いや、それでいい。
戦車の構造上、これで上空には攻撃出来なくなるはず。
一方的な攻撃が可能になった以上、こちらの有利には変わらない。
『自己修復急げ』
『ヤヴォール』
戦車が謎な機能を使って、自己修復を始める。
戦車の中に工兵でも潜んでるのか?
戦車でも戦闘機でも修理してしまうトンデモリペアツールでも積んでるのか?
などとどうでもいい突っ込みを思いながら、俺は物陰より敵の挙動を見守る。
『空対地ヘルファイアミサイルが来ます』
『……ちっ、オリハルコン増加装甲を展開だ』
『ヤー、オリハルコン装甲を展開いたします』
魔神の言葉に、戦車の表面に何やら金色の膜が覆われる。
増加装甲か。
どういう技術か魔法か知らないが、戦闘中に新たなる装甲を付け加えたのだろう。
恐らく空間装甲。
装甲と装甲の間に空間を持たせる事で、HEAT弾のような浸轍力の高い攻撃に対し、防御能力を備える事が出来る。
やはりそれなりに、ヴァイパーを危険視しているのだろう。
現にヴァイパーの放った空対地対戦車ミサイルは、戦車の装甲に防がれ、大きなダメージを与えられない。
「オリハルコンって聞いた事あるな。何だっけ?」
隣にいたアムダに尋ねる。
「非常に軽く、それでいて硬いという合金ですね。
僕の世界では既に失われた技術と呼ばれ、一部の技術者だけが製法を知っていましたが」
「つまりトンデモ金属か」
相変わらず面倒な事だ、そういうファンタジックな世界観は。
あのミリオタ魔神が装甲に使っているという事は、劣化ウラン装甲に比肩する能力と見ていいだろう。
「――はっ!」
ミサイルの爆炎が収まったその隙に、バシュトラが大きく跳躍し、槍を構える。
狙う先は、魔神戦車。
バシュトラの槍ならば、たとえ相手がガチガチの戦車だとしても関係無いはずだ。
「UG-5――原子分解」
言葉に応えるように、刃が淡く発光し、魔神戦車の表面を抉り取る……事は無かった。
刃は戦車の展開した増加装甲に阻まれ、ダメージを与える事が出来なかった。
「……?」
『やはり報告にあった通りのようだな、竜騎士よ』
戦車内部から勝ち誇った声が聞こえてくる。
『貴様の単分子ブレードでは、エーテル物質であるオリハルコンプレートに傷は付けれぬぞ。
何しろ、貴様の知る原子単位とは、そも構成単位が違うのだからな』
「……うるさい」
斬撃をさらに繰り出す。
しかし甲高い金属音だけが響く、バシュトラの攻撃は届かない。
マジかよ。
戦車の機銃があざ笑うようにバシュトラを狙ってきたので、彼女は苦々しげに後ろに退避。
『魔術など蛮族の技術と馬鹿にしておったが、中々どうして侮れないものよな』
『ヤー、その通りであります』
結局振り出しに戻ったか。
その間に俺は物陰に引っ込み、戦いの場所から離れるべく行動する。
「今のうちに次の手に移るか。アムダ、車の運転は出来るか?」
「車、ですか? ええと、馬車という意味なら出来ますが……」
「……ここはペーパードライバーの俺が行くしかないな」
決意と同時に、再びポイントアクションを作動させる。
100ポイントを消費し、俺はある物を呼び寄せた。
――All Terrain Vehicle arrival――
言葉に反応し、上空5mほどの位置から四輪バギーが現れる。
おお、ヴィークル系はこういう風に出てくるのか。
四輪バギーはそのまま自由落下し、地面に着地する。
5mの高さから落とせばぶっ壊れる気もするが、軽く弾んだだけで、特に損傷は無かった。
ハヴォック神のお導きである。
「よし、乗れ」
早速運転席に乗り込み、隣の助手席にアムダが乗るように促す。
「……これ、何ですか?」
「四輪バギーだよ」
そう、俺が呼び出したのはATV――全地形対応車と呼ばれる四輪車だ。
日本語だと一般的にはバギーと呼ばれる、軍用の軽戦闘車でもある。
複座式になっており、操縦席と助手席に二人乗る事が可能である。
「これ、動くんですか? 車輪付いてますけど……」
「おうよ。言っとくが、馬よりも速いんだぜ」
恐る恐る、という感じでアムダが乗り込む。
よし、ついでにデコレーションも施しとくか。
「これ、その辺に貼っといてくれ」
そう言って俺はアムダに四角い"何か"を渡す。
アムダはそれが何なのか分からないらしく、軽く叩いたりしている。
「おいあまり弄り回すなよ。爆発するぞ」
「え?」
「ああいや、多分大丈夫だ。爆発はしない、うん」
「…………」
不審そうな目でアムダが見てくる。
いや大丈夫だって。スイッチ押さない限り、爆発しないはずだ。
まあそれが何であるか、わざわざ言う必要もない。
知らぬが仏という言葉もある。
「とりあえず適当にその辺にな。簡単にくっ付くはずだから」
「あ、ホントですね。粘土みたいな感じですか」
「まあ粘土爆弾とも呼ばれるくらいだしな」
「……ん?」
「ああ、こっちの話こっちの話」
俺も同じようにバギーの車体にくっ付けていく。
合計、10個ほどのC-4……もとい、粘土型の"何か"の設置が完了する。
うし、完璧だな。
「これ、何か意味あるんですか?」
「大有りだ。これしないとバギーに乗る資格は無い」
「妙な儀式なんですねぇ」
俺らのシマじゃ常識よ。
さて、魔神戦車に視線を戻すと、ヴァイパーと交戦中だった。
ヴァイパー、バシュトラ、おっさんの三者が上手く戦車を翻弄している。
両陣営とも、決め手が無く、膠着状態になっているようだ。
「……アムダ、魔術はまだ使えないか?」
「少しだけ使えるみたいです。神剣も一本くらいなら出せそうですね」
「やっぱりな」
魔神戦車の放ったKM-4という戦車砲弾が原因だろう。
そして、俺の予想通りならば、恐らく何かしら、魔術的な要素を阻害する物質が散布されたと思われる。
電波を攪乱するチャフという妨害手段があるが、あれはアルミ片などを空中に散布し、レーダー探知を妨害していて、考え方としては同じのはずだ。
砲弾の中に魔術を阻害する物質だか粒子だかが詰まっており、それが爆風によって広がったんだろう。
「――つまり、一定時間の経過やらその物質自体を吹き飛ばしてしまえば、魔術が使えるようになるはずだ」
「先ほど、敵の攻撃で爆風が吹いてましたね」
「ああ。まだ完全ではないが、あの影響も大きいだろう」
厄介なのは、再び散布されてしまう可能性だ。
だからこちらが気付いている事を相手にバレる前に、速攻でケリをつける必要がある。
時間との勝負になるだろう。
「あ!」
アムダの声に、視線を移すと、煙を噴き出しているヴァイパーの姿が見えた。
どうやら修復された対空機銃にやられたらしい。
うーむ、相変わらず弱い……。
「燃えてますね」
「弱体化パッチでも食らったかのような脆さだな」
そのままクルクルと回転し、爆発四散する。
ありがとうヴァイパー。次のヴァージョンでは強化されてるといいな。
『くはは、蚊トンボの如き弱さよ』
戦車長の歓声が聞こえてくる。
はっ、でかい口叩けるのも今のうちだぜ。
俺はバギーのエンジンを掛けると、ゆっくりとアクセルを踏む。
おお、動いた。
「……なんかゆっくりですね」
「仕方ない。こちとらまだ免許取り立てなんだから」
「……え?」
「ああ、こっちの話だ」
しかしまあ、実際の四輪バギー(乗った事はないが)に比べると、かなり簡略化されているようで、それこそアクセルを踏み込めば走るようになっている。この辺もある意味でゲームっぽい。
それこそペーパードライバーな俺でも十分操縦は出来そうだった。
アクセルを吹かすとディーゼルエンジンが唸りを上げた。
「よし、準備完了」
後は飛び出すタイミングだ。
さらに火力を上げる為に、手持ちの対戦車地雷を全部、アムダに持たせる。
「これ、何ですか?」
「お守りだ」
「……お守り?」
「ああ。大事に持っとけよ」
「はぁ……」
さて、おっさんたちの方はと言うと……
上手い事、俺が埋めた地雷の位置へ、戦車を誘導しつつある。
あと10mほど、という距離に差し掛かっていた。
よし、あとちょいだな。
そう思った時だった。
戦車のスピーカーから、例の戦車長の声が聞こえてきた。
『くはは、そのような子供騙しに引っかかると思っていたのかね?』
『周辺スキャン完了。前方に対戦車地雷が設置されているようです』
ちっ、やはりバレバレか。
まあ、バレる事は想定の内だ。
戦車が主砲を構える。
主砲の一撃で、俺の仕掛けた対戦車地雷ごと吹き飛ばすようだ。
『地雷を仕掛けるなら、もう少しバレぬように仕掛ける事だ』
まったくその通りだ、戦車兵さんよ。
バレちゃ、何でも意味がない。
「奇襲ってのは、バレないようにするもんだよな!」
戦車の号砲と、俺がバギーのアクセルを踏み込んだのは、ほぼ同じタイミングだった。
耳をつんざく轟音と共に、地面が抉られて地雷が誘爆する。
視界の端で、大地が吹き飛ぶのが見えた。
だが、今の俺には関係ない。
アクセルをベタ踏みし急加速。急激な加速度が体に掛かる。
「え! ちょっ!」
突然の加速に、アムダから非難の声が聞こえてくるが無視だ。
バギーは戦車の側面に回り込むように走っている。
今までの魔神戦車の行動パターンを見る限り、主砲の発射にはラグがある。
発射、冷却、再装填。
この間に最低でも一分。
つまり、一分間は主砲を撃てないのだ。
「それが弱点だよなぁ!」
岩陰から四輪バギーが現れる。
既に魔神も気付いていたようだ。主砲の砲塔がぐるりと回ってこちらを向いている。
だが、主砲は撃てない。
同軸機銃だけしか使えないだろう。
『バギーなどで何が出来るというのか!』
同軸機銃が銃弾を放つ。
しかし――
「砂よ、我が盾となり、この身を守れ!」
助手席にいたアムダが魔力を振り絞り、魔力の障壁を創り出す。
ナイス。さすがだぜ。
「後は任せたぜ、アムダ!」
「へ?」
俺はアムダのその時の顔を、生涯忘れないだろう。
運転席のドアを開け、時速80kmで走るバギーから決死のダイブを行う。
体が大地に叩きつけられるが、アムダの魔術障壁の影響か、痛みはほとんど無い。
「ええええ!」
取り残されたアムダが叫ぶ。
運転席に誰も乗っていないバギーは一直線に戦車へと向かっていく。
魔神も、まさか途中でドライバーが飛び降りるとは思っていなかったのか、俺とバギー、どちらを攻撃すべきか迷っている。
残念ながら――その迷いが命取りだ。
『何を考えているか知らんが、バギーの体当たりなどでこの大真電嶽天号に傷をつけられるなど――』
「じゃあな」
戦車兵の言葉を遮るように、俺はC-4――プラスティック爆弾の起爆装置を取り出した。
ぽちっとな。
スイッチを押す。
そして。
バギーが魔神戦車にぶつかる直前。
バギーに取り付けられたC-4が爆発。
さらにアムダに持たせた大量の対戦車地雷が誘爆を起こし――
大爆発が、魔神戦車を包み込んだのであった。




