エネミー・アット・ザ・ワールド-4-
真っ先に動いたのは奏だった。
「アンフィニ! 虚数領域広域展開! 虚数式5番解放!」
『展開したよ』
虚空に戦車砲が浮かび上がる。
奏が虚数魔術によって呼び出した戦車主砲だ。
相手が戦車ならこちらも戦車という事か。
120mm戦車砲の砲塔が、新たに出現した魔神戦車に睨みを利かせる。
『ほう、そちらにも戦車兵がいるのか』
『ヤー、報告によりますと、虚数魔術を使う魔女であるとか』
『なんと! くはは、ではこちらも相応の相手をせねばな。
砲兵長! KM-4用意!』
魔神もまた、こちらに向けて主砲を動かす。
奏の魔砲と、魔神の主砲が交錯する。
「吹き飛びなさい!」
『KM-4、撃て』
互いの砲弾が、放たれる。
しかし、それはまるで狙ったかのように。
いや、きっと狙ったんだろう。
魔神戦車から放たれた砲弾は、なんと奏の撃ち出した砲弾に直撃したのだった。
「マジかよ!」
爆風が吹き荒れる。
戦車砲で戦車の弾を狙撃するとか、ありえねぇぞ、おい。
しかし現実に相手はやってのけたのだ。
その事実を信じるしかない。
「くっ、アンフィニ、連続展開!」
『…………』
「アンフィニ?」
奏がスマホに話し掛けているが、どうも反応が無い。
もしかして、さっきの衝撃で壊れたのか。
『くはは、無駄よ無駄。KM-4が散布されたのだ。
もはやこの地で魔術の行使は不可能よ』
「なんだよ、それ」
ジャミングとかそういう系統か。
ちっ、厄介な相手だ。
後手後手に回っている感じだ。
「奏、下がれ!」
RPG-7を再び構え、戦車に狙いを付ける。
ここからなら前面しか狙えないが、無いよりはマシだろう。
狙いは主砲の砲塔。
引き金を引くと、バックブラストで衝撃を殺しながら、弾頭が射出される。
だが――
『効かんなぁ』
前面装甲に防がれ、RPG-7の浸徹効果が発揮出来ない。
くそったれ。やはり背部に回らないと駄目か。
『操縦長、踏み潰せ』
『ヤヴォール。突撃します』
戦車のキャタピラが駆動し、巨体が前身してきた。
俺たちはすぐさま横に飛び退くが、同軸機銃が俺たちを狙う。
「ソフィーリス!」
俺たちを守るように、鋼色のドラゴンが間に入る。
機銃の礫が、ドラゴンの竜鱗を削っていく。
その間に、俺たちはその場から退避し、岩陰へと潜り込んだ。
隣にはアムダがいた。
「いやぁ、参りましたね」
「反則だな、あれは」
「しかも僕、完全に無力ですよ、魔術が使えないんで、神剣も出せませんし」
「マジかよ」
お荷物であった。
相変わらずこの男は肝心な時に役に立たねぇ。
「バシュトラも厳しそうだな」
「ララモラさんは傷の影響で飛べないみたいですね。
頼りはあのソフィーリスさんですけど、彼女にも荷が重そうです」
確かにな。
いくら彼女がでかくて硬いとはいえ、質量が桁違いだ。
今の何とか戦車を食い止めているが、長続きするとは思えない。
俺たちで何とかしないと。
「しかしどうしたもんかな……」
「先ほどのように背後から狙いますか?」
「それが一つだが、あいつの言葉も気になる。
もしかすると、背面は既に強化されてるかもしれないな」
「となると打つ手なし、ですかね」
「……いや、まだ手はある」
背部を狙えないなら次の弱点を狙うまでだ。
上部装甲、背部装甲の次は……履帯だ。
「履帯とは、あの車輪の事ですね」
「対戦車地雷を使う」
「地雷、と言うと……」
「これだな」
俺がさっと取り出すのは、この間解除された新たなる武装の一つ、M15対戦車地雷だ。
直径30cmほどの円盤型の地雷だ。
流石は対戦車用だけあって、対人地雷に比べると、結構でかい。
「これをあいつに踏ませる。履帯を破壊して、走行不能に追い込む事が出来るはずだ」
「それは便利ですね」
「ただ……あのでかい戦車にどこまで効果があるか、という問題もあるが」
それが一番の問題だ。
現代の第三世代主力戦車くらいの通常戦車なら一撃で走行不能には持ち込めるはずだが……。
「とりあえず、俺は地雷設置に向かう。何とか時間を稼ぐよう、バシュトラに伝えてくれ」
「……結構厳しい仕事ですね、それ」
魔術の使えないアムダにとって、中々に骨の折れる仕事だろう。
しかし今の俺たちに、無駄飯食らいを雇っておく事は出来ないのだ、
立っている者は親でも使えという言葉通り、アムダにも役立ってもらうしかない。
「まあ……死なないよう頑張ります」
「怪我してるのに悪いな」
「いえいえ、痛みはありませんから」
にこりと男でも惚れそうな笑顔を見せる。
これでもう少し頼りがいがあるなら、俺も惚れていたところではある。残念イケメンだ。
魔神戦車から離れ、奴の進行上のラインに対戦車地雷を設置していく。
「……一発だと威力低そうだから、とりあえず重ねておくか」
三枚重ねにしておく。
実際、三枚重ねにして意味があるのかどうかは知らんが、FPS的には正しい。
三枚置くと威力も三倍になるという、この単純な計算式。
「普通に置いとくと、すぐバレそうだな」
土でもかけとくか。
軽く砂を掘り返し、地雷の上にかぶせる。
……見栄えが悪いが、まあ仕方ないだろう。
むしろ土の自重で爆発しないかどうか、気が気でない。
「いや、少なくとも戦車が乗らない限りは爆発しないか」
ゲーム的な感覚で言えば、恐らくそうなんだろう。
味方の戦車が乗っても爆発しないが、敵だと触れただけで爆発する、トンデモ地雷のはずだ。
しかし、あの戦車が素直に地雷を踏むか。
「もう一つ、何か策を考えるか」
戦いとは二手三手先を読むものだと言ったのは誰だったか。
ともあれ、次善策も考えておく必要はあるだろう。
そういや、今、ポイントはどれくらい溜まってるのか。
前回くらいからあまり使ってないから、それなりに溜まってる気もするが。
「……1858ポイントか」
携帯ゲーム機を取り出して今現在のポイントを確認する。
とりあえず、いくつかのアクションは使えるはずだ。
一撃の威力で考えれば、十二分にあの魔神戦車に対抗する手段にはなる。
同じアクションを連続して使えない事を考慮して、使いどころを考える必要はある。
「お、これは使えるかな」
一つ、使えそうなアクションを見つける。
これを使えば、あの戦車野郎にもダメージを与えられそうだ。
その他、いくつか目ぼしいアクションを見つけ、ポイントを計算。
よし、何とかいけそうだ。
「これで反撃といくか」
手持ちの装備はRPG-7に対物ライフルであるゲパードM3。
RPG-7の弾は残り2発。
奏の能力が封じられている以上、補充は見込めない。
ライフル弾は予備も含め10発。
もっとも、あの戦車装甲に対して、対物ライフル程度でどこまで効果が見込めるか。
第三の魔神の時に使用したスティンガーミサイルもあるにはあるのだが、あれは火力が低すぎて現代戦車の装甲すら撃ち抜けない。
運用目的自体が携行用の対空兵器だから仕方ないが。
つまり、手持ちの武装で現状使えるのは、RPG-7くらいな訳だ。
「シライさん!」
呼びかけられ、振り返るとアムダがこちらに走ってくる。
「バシュトラさんもそろそろ限界みたいで、突破されそうですね」
「こっちも一応準備が終わったところだ。後は引き付けるだけだが……」
「一番しんどそうな役目ですね」
戦車を誘導して、地雷の位置に連れていく。
文字にすると簡単だが、実際やるとなると自殺行為に近い。
そんな芸当が出来るのは……
「私がやろう」
「おわっ! おっさん、いたのかよ」
突然現れたおっさんに、俺は飛び退いて驚く。
おっさんは見ると、肩にでかい弓――というか弩を担いでいる。
「それは?」
「向こうに着陸した飛行船から外してきたものだ」
攻城用兵器だけあって、人が担げるレベルは軽く超えていたが、おっさんには関係ないらしい。
しかし、いくら大弓でも、戦車装甲を貫くのは無理じゃねぇのかな。
「安心しろ。私の呪いによって威力は底上げされる。
相手がいかに硬かろうが、『神話破壊』の影響下では関係無い」
「でも、魔力が今は使えないみたいだぜ」
「呪いは既に発動されている。私自身の魔力では無く、自動的だ」
「つまり、おっさんの呪いはこの状況でも使える訳か」
逆に言えば、おっさんの自由意志でオンオフは出来ないって事か。
確かにそれは魔法と呼ぶよりも呪いだな。
「ああ。そういう事だ。私が一番適役だろう」
おっさんはそう言うと、魔神戦車へと向かう。
「そうだ、おっさん。これを持って行ってくれよ」
俺は持っていたある物をおっさんに渡した。
それは、先ほど地面に設置したM15対戦車地雷の一つだった。
「これは?」
「お守りみたいなもんかな」
「よく分からんが、もらっておこう」
対戦車地雷を器用に小脇に抱えると、おっさんは魔神へと向かっていった。
俺たちは隠れるように、それを見守る形になった。
少し離れたところに奏がいるのが見えた。
「無事だったか」
「みたいですね」
「これでとりあえず全員が揃ったが、さてどうなるか……」
魔神戦車とバシュトラが後退しながら戦っていた。
バシュトラの槍ならばあの戦車にも損傷を与えられると思ったが、中々近付けないようだ。
ソフィーリスを盾代わりに、上手く距離を取っている。
『くはは、どうしたどうした! 後が無いぞ』
ソフィーリスが強酸を口から吐き出す。
酸を浴びた戦車は、その装甲を少し溶かしただけに終わる。
『既に酸対策は施されておる! 同じ轍は踏まんのである!』
『流石は戦車長です』
例の戦車長たちの声も聞こえてきた。相変わらず間延びした会話だ。
このままいけば、先ほどの地雷設置場所に到達するが、さて。
「下がれバシュトラ。私がやろう」
一歩前に出るのは、おっさんだった。
例のどでかい弩を構えて戦車を狙っている。
朗々と、おっさんが詩を歌う。
「――『神話破壊:聖塔』」
体内の呪いが活性化し、おっさんが手にしたバリスタが光り輝く。
魔術要素が殺されている空間でなお、おっさんの自己活性魔術は効果があるようだ。
いや、魔術と呼ぶよりも呪いと呼ぶべきその力。
「受け取れ」
呪いで強化された弩を放つ。
丸太ほどの大きな鉄矢が、凶悪な勢いで撃ち出された。
矢は、深々と戦車の前部装甲に突き刺さる。
『ほう! いかなる魔術だ。劣化ウラン装甲に穴を空けるなどとは!』
『魔術は確認出来ません』
『では、あの大弓が聖遺物であるのかね? 我らが女神の祝福を受けているのだとか』
『それも確認出来ません。スキャン結果によれば、単なる大弓である可能性が高いです。
恐らく、目標自身の固有特性に付随するものかと思われます』
『ふむ……それは厄介ではあるな。魔術士であれば我らの敵ではないが、魔術士でなければ、相応の相手をせねばなるまい』
『ヤー。主砲準備いたしますか?』
『……KM-9装填用意だ』
『ヤー。KM-9装填完了』
主砲が眼前のブリガンテのおっさんを睨みつける。
まずいな。
流石にあの距離だと回避出来ない。
何より、おっさんのやや後方に埋められている対戦車地雷が主砲で誘爆してしまい、破壊されてしまうだろう。
「ふむ……」
それを知ってか知らずか――いや、おっさんは自分の後ろに地雷が埋まっているなんて知らないだろう。
それでも、まるで何かを守るように、そこから動かない。
代わりに――彼は宣言する。
世界と決別する言葉を。
意思ある言葉を。
呪いの、一言を。
「『絶対不変』」
ただそれだけで、その肉体に変化が訪れる。
鍛え上げられた肉体は、鋼鉄へと変わっていく。
「おおおお!」
鋼の肉体を手にしたおっさんは、手にした大弓を番えながら、戦車へと向かっていく。
一見すれば自殺行為にしか思えぬ蛮行。
しかし、その気迫は相手を圧倒していた。
『KM-9、発射!』
戦車長の号令に呼応して、主砲が火を噴く。
同時に、圧倒的な破壊力を秘めた砲弾が、音の壁を超えて飛来する。
当たれば粉微塵になるとか、そういうレベルじゃない。
存在すらあったか分からぬほど、この世界から消滅する、必滅の砲弾だ。
にも関わらず、おっさんはそれを拳で迎え撃つ。
悪い夢だと、誰もが思ったに違いない。
光が炸裂した。
そして――衝撃波。
爆風が、物陰に隠れていた俺たちも一緒に吹き飛ばすほど吹き荒れる。
必死に、地面にしがみつき、飛ばされそうな体を押さえつける。
永遠に続きそうな一瞬の後、風が凪ぐ。
目を開けて、周囲を確認。
「おっさん、は?」
恐る恐る岩陰から顔を出し、おっさんの生死を確認する。
そこで、俺たちはあり得ない光景を目撃する。
先ほどの拳を突き出した姿のまま、大地にしっかりと佇むおっさんの姿を。
さらに言えば……
「無傷、かよ」
「まったく、本当に人間離れしてますね、あの人」
アムダもさすがに絶句していた。
それもそうだろう。
おっさんは軽く掌を握り、自分の体の調子を確かめている。
「……ふむ」
特に問題は無かったらしい。
マジかよ。
戦車砲の直撃だぜ?
150mmの戦車砲弾だ。あれだけの砲身長の威力で、無傷とかありえないだろ。
「……あれもきっと、呪いでしょうね」
「無敵じゃねぇか」
「だからこそ、『死を知らぬ』ブリガンテなのでしょう。
故に、呪いの代償も、きっと大きいのでしょうが」
先ほどおっさんが口にした『絶対不変』という呪い。
あれこそが、おっさんの不滅性の証左なのかもしれないな。
『実に素晴らしい! まったく、拍手でもくれてやりたいところであるな。砲兵長』
『ヤー、仰る通りです』
戦車の中から、緊迫感の無い声が聞こえてきた。
連中は、必殺の一撃が防がれてなお、余裕を見せている。
『機銃も主砲も効かぬとなると、さてどうしたもんだ、砲兵長?』
『目標の不死性が外的要因にのみ反応すると仮定すれば、いかようにも』
砲兵長の冷静な声が聞こえてくる。
外側からの攻撃が防がれるなら、内側から攻撃するって事か?
つまり――
『KM-5、装填用意』
『ヤー、KM-5、用意完了』
『くはは、神経ガスはお好みかな?』
まずい。神経毒を使うつもりかよ。
おっさんの例の呪いとやらが毒にも効果があるのかどうかは分からないが。
少なくとも、周囲にいる俺らが巻き添えになる事は間違いない。
「やらせるかよ!」
俺は右手を掲げ、魔神戦車へポイントアクションを使う事を決意する。
「お前の出番だ!」
――AH-1Z "Viper" arrival――
俺の言葉に、戦闘ヘリ、ヴァイパーが召喚される。
ローター音と共に、上空に現れた戦闘ヘリが、地上の巨大戦車を睨みつける。
「さぁて、反撃開始だ」




