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FPSゲーマーは眠らない-4-


 阿鼻叫喚、という言葉が似合っている。

 騎馬隊に近づくと、死屍累々で思わず顔を背けたくなる光景だ。

 マジかよ。

 こんなもん、俺一人で何とか出来るのかよ。

 そう思ってると、声をかけられる。


「おいお前、何をやってる!」


 振り返ると、金髪の女性が立っていた。

 モデルさんみたいに整った容姿だったけど、今は泥や血で汚れている。

 女騎士、という言葉がよく似合う恰好だ。


「あの、俺は……」

「怪しい奴だな。所属はどこだ」

「所属っつっても……」


 あるとしたら所属大学くらい。

 あと、ゲームのクランか。

 そんな答えでどうにかなるとも思えない。


「……よもや魔神の手の者か?」


 ピンチすぎるだろ。

 上手い返答を探していると、こちらに走ってくる兵士がいた。


「アルダス隊長! 魔神の足が止まりました!」

「そうか! よくやったぞ」

「ですが、戦っているのは我々ではありません」

「うん? どういう事だ。第三隊が突撃中のはずだろう」

「それが、数人の男女が魔神と交戦中でして。

 我々に離れるよう、告げてきました」

「何だと? 何者だ?」

「分かりませんが……その、神が我々に与えた奇跡かと」

「世迷言を……国を守るのは我々の使命だ」


 二人の言い合いを聞きながら、俺は巨人を見る。

 あいつらが、戦っているんだ。

 やっぱり、俺とは違う、本物の英雄だったんだな。

 なら俺は、俺のやるべき事をするまでだ。


「おいお前ら、早く逃げろ」


 女騎士が俺を睨む。

 こえぇ。

 けど、巨人に比べりゃ、屁でもねぇな。


「ここにいたってあの巨人に潰されるだけだろ」

「我々には国を守る使命がある」

「じゃあもっとやりようがあるだろ。無鉄砲に突っ込むだけじゃ、死ににいくようなもんじゃねぇか!」

「死など恐れない」

「お前が良くても、嫌なヤツだっているだろ!」

「我が銀凛騎士団に、そのような軟弱者はいない」

「ったく、なんでそうなるんだよ! 無駄に死んで、どうなるんだよ!」


 言い争っている最中だった。

 巨人が――吼えた。






「虚数世界起動確認。基底現実から代数世界へ」


 巨人の前に立ち、あたしは携帯端末を取り出す。

 端末のタッチパネルに触れると、自動的に呪式アプリが立ち上がる。

 巨人までの距離はざっと100mほど。

 それでも、その巨大さが窺い知れる。


「虚数領域展開確認。神話は0から9999を代数処理」


 音声認識があたしの声を拾い上げ、アプリが魔術の扉を開く。

 本来であれば、魔術を基底現実で展開するには、もっと大きな演算装置が必要だ。

 でもあたしの手元には今、携帯端末しかない以上、これでやるしかない。


『代数処理完了。いつでもいけるよ』


 携帯端末から、あたしの人工精霊が答える。

 これで、この世界の理が、あたしの支配下に置かれる。

 ワルプルギスの夜が始まるのだ。


「こっちは行けるわよ」


 声をかけると、アムダが静かに立っている。

 いや、精神を集中させているんだ。


「剣よ。我が剣よ。

 其は紅蓮の宝剣にして煌めきの綺羅鋼なり。

 なれば我が問いに答えよ。

 曰く、汝に断てぬもの、ありやなしや。

 鏡の赤面――カシュミオン・レンド!」


 アムダの右手から炎が弾ける。

 炎は形を為し、一振りの剣に姿を変える。

 彼が持つには巨大過ぎる剣。

 でも彼は涼しい顔でその大剣を扱っている。


「それが神剣ってやつ?」

「ええ。紅蓮の宝剣カシュミオン・レンド。

 火の神を捉え、剣に封じ込めた神剣です」


 これならいける。

 あたしはそう確信した。

 バシュトラはいつの間にか、背負っていた槍を構えている。

 小さな姿には似合わないけど、それが自然なものにも思える。


「準備は出来たか?」

「ええ、ばっちり」


 そうか、とブリガンテさんが言う。

 彼は何も持たない。

 本来の武器は斧なんだとか。でも今は無い。

 まあ武器が無いのはみんな一緒。

 あたしも処理速度の低い携帯端末しかなく、バシュトラは相棒であるドラゴンがいない。

 アムダも何かしら足りてないらしいけど。


「まずは私から行こう」


 ブリガンテさんは落ちている石を拾う。

 バスケットボールくらいの大きさ。石というより岩だ。

 それを――思いっきり巨人に投げつけた。


――ぐおん


 ただの岩でしかないそれは、彼の手から放たれたと同時に、凶悪な弾道を見せつける。

 大気の壁を裂き、流星のように巨人の頭に直撃した。

 ぐらり、と巨人がよろめく。

 おし、効いてる。


「もう一回投げてください。

 次はあたしの魔術で岩を強化します」

「分かった」


 再び地面の岩を拾う。

 その岩のステータスを、あたしは虚数魔術によって書き換える。

 これで、さっきよりも更に攻撃力が上がったはず。

 再び投げつけると、今度は巨人は大きくよろめいた。

 まっすぐ進んでいた足を止め、ゆっくりとこちらの方を見てくる。

 兜に覆われ、巨人の顔は分からない。


「ようやくこっちを向いたわね」

「じゃあ、僕らも行こうか」

「……ん」


 アムダとバシュトラがそれぞれの武器を構え、巨人に向かって走り出す。

 途中、バシュトラは大きく跳躍。

 一気に巨人の顔面付近まで飛び、手にした槍を振るう。

 あの小柄な体のどこにそれだけの力があったのか。

 彼女は豪槍を振るい、巨人を攻撃する。


 対してアムダは巨人の足元に近づき、刃を叩き付ける。

 刹那、炎が生まれる。

 巨人の足が燃え、炎が敵を蹂躙する。


「アンフィニ、魔術式の2番から7番展開」

『展開したよ』

「固着させて」

『固着したよ』


 アプリが魔術式を完成させると同時に、世界が変わる。

 魔術とは、世界の理を歪め、作り変えるもの。

 だから――こうやって目の前に戦車の砲塔を呼び出す事なんて、訳はない。


「吹っ飛べぇぇぇぇぇえ!」


 轟音と共に、120mm滑空砲が放たれる。

 さらにあたしの展開した魔術式は合計6。

 6門の砲塔から放たれる火線が、巨人を吹き飛ばす。


「やった!?」


 もちろんやってない。

 煙幕が消え、巨人はピンピンしてる。

 でも少なからず効いてはいるみたいで、手にした槍を横薙ぎに振るう。

 地面が裂かれ、あたしが今までいた場所が吹き飛ぶ。

 すんでのところで、ブリガンテさんがあたしを抱えて逃げてくれた。


「ありがとうございます、助かりました」

「うむ」

「それにしても、タフなヤツ。もっと火力が必要か」

「魔術師の娘よ、私が魔神の注意を逸らす。その隙に奴の顔を狙うがいい」

「分かりました。でも、気を付けてください」


 あたしの言葉に、ブリガンテさんは軽く笑う。


「私は『死を知らぬ』ブリガンテだ。問題ない」


 そう言うと、落ちていた槍を拾う。騎馬隊が持ってた槍だろう。

 それを片手ずつ二本。


「我が身は呪われている。

 故に祝福を知らず。

 我が魂は穢れている。

 故に敗北を知らず。

 我が生に一点の曇りは無い。

 故に――死を知らず。

 我が肉体は、不滅なり」


 朗々と詩を歌う。

 あれは、自己暗示魔術による肉体強化だ。

 鍛えられた肉体が、鋼のごとく作り変えられる。

 歌い終わるや否や、ブリガンテさんは巨人に向かっていく。

 途中、手にした一本の槍を巨人に向かって投げつける。

 まるでレーザービームのように放たれたそれは、巨人の右肩辺りに刺さる。

 巨人全体の大きさからすれば、棘が刺さったようなものかもしれないけど。


「おおお!」


 雄叫びを上げ、ブリガンテさんが飛ぶ。

 もう一本の槍を大きく振りかぶり、今度は巨人の胸元に槍を突き刺す。

 巨人の体は鋼鉄の鎧に覆われている。

 しかし、ブリガンテさんの渾身の突きは、鎧を突き破り、その肉体に深々と槍を打ち込んだ。


――ゴオオオオオ!


 巨人が嘶く。

 ブリガンテさんに呼応するように、アムダやバシュトラも左右に分かれて巨人を翻弄する。

 流石に巨人も振り払おうと必死なようだ。

 しかし、三人の動きは即席ながらも連携が取れており、巨人の大きさを利用して上手く死角を作り上げている。

 なるほど、確かに歴戦の勇士なようだ。

 あたしとは違って、実戦経験豊富な三人だ。

 きっと体が自動的に反応しているんだろう。


「アンフィニ、魔術式の60番展開」

「…………展開したよ」


 やはり携帯端末だと読み込みが遅い。

 ま、贅沢は言えないか。

 展開した魔術式を、こちらの世界へと固着させる。

 三人が戦っている隙に、あたしの最大火力を以って、あの巨人をブッ飛ばす。


『自動展開による領域確保したよ』

「おっけー。来なさい――ミカサ!」


 あたしの頭上に、虚数式が開き、世界が作り変えられる。

 巨大な砲身が、ゆっくりと姿を現す。

 呼び出すのは、40口径30cm単装砲。

 戦艦の主砲クラスの砲塔だ。

 砲身長12m、砲弾の重量は400kgを超える。

 さらに魔術による構成強化も施されたその破壊力は、山ひとつを吹き飛ばす。

 受けられるものなら――受けてみろ!


「吹っ飛べぇえええええええええええ!」


 炎が放たれる。

 瞬間、この世界から音が消える。

 砲塔の真下にいるあたしは、本来なら衝撃波で吹き飛んでいるだろう。

 しかし魔術式によって防御されている為、威力はそのまま巨人にだけ向かう。


 爆発。

 巨人の顔面に寸分違わず、砲弾は命中を確認。

 やった。

 やったはず。

 やったに違いない。

 もし、これで倒せていなければ……

 現時点のあたしの最高火力だ。これ以上は、この携帯端末では処理し切れない。

 そう思っていた矢先だった。


 巨人が――吼えた。

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