エネミー・アット・ザ・ワールド-3-
「バシュトラ!」
俺の叫びに呼応して、バシュトラが乗っている竜……というか恐竜が吼える。
大気を震わせる轟きが、辺りに響き渡った。
まるでティラノサウルスを彷彿させるような巨大なドラゴンが、じっと魔神を見据える。
鋼色の肉体に、巨大な顎牙。
まさしく暴君竜とでも呼ぶべき威容を見せている。
その首の辺りに、バシュトラが跨って座っている。
「……もしかして、その竜って」
「うん、ソフィーリス……」
あのおっぱいの大きなのほほん姉ちゃんが、こんなバカでかいドラゴンに変身するのかよ。
いや、元々ドラゴンが本体だから、人間姿に変身してたのか。
よく分からんが、ドラゴンとなったソフィーリスと、巨大戦車が対峙している。
『ほう、まさか恐竜と戦う事になるとは露にも思わなかったな。
砲兵長、あれは何だ?』
『ヤー、恐らく、恐竜ではなく、ドラゴンかと思われます』
『ふむ、ドラゴン。なぁに、所詮はでかいトカゲであろう』
『お言葉ですが戦車長。でかいトカゲはそれだけで十分戦力になるかと思われます』
『確かに! その通りであるな、砲兵長。でかいトカゲは、十分な戦闘力を有する。
操縦長よ、書き留めておけ! トカゲは強い、とな』
『ヤヴォール。記録しました』
何だか気の抜けた会話をしている魔神の一団。
それを殺気立った眼光で、トカゲ――ではなくドラゴンが見ている。
「……行くよ、ソフィーリス」
バシュトラの掛け声に、ソフィーリスが咆哮で応える。
そして、再び戦車へと突進していく。
巨体に似合わない速度で、戦車の装甲に噛み付いた。
『ええい、ちょこざいな! 操縦長、下がれ下がれ』
『撤退でありますか?』
『馬鹿者! 誇り高き軍人に撤退の文字は無い! 戦術的後退である』
『ヤー、戦術的に後退いたします』
履帯が音を上げて稼働し、距離を取る。
噛み付いていたソフィーリスが離れ、再び距離が開く。
距離を取るとまた例の主砲が飛んでくるな。
「逃がしません!」
と、横から颯爽とアムダが登場する。
その手には神剣が二本、既に握られていた。
側面から現れたアムダは、そのまま戦車へと近づくと、履帯目掛けて斬撃を放った。
「はぁっ!」
一閃。
キャタピラを斬り裂いたかに見えたその斬撃は、しかし甲高い音だけを残しただけに終わった。
アムダの剣が、効いてない?
『くはは! 無駄よ無駄。魔術を帯びた武器ではこの大轟雷撃天号は倒せぬぞ!』
『戦車長、それはよろしいので?』
『む……確かに! 今のは無しだ、歩兵ども』
何だよこいつら。
まるで緊張感が感じられないが、それでも凶悪な殺意を撒き散らしている。
純粋な破壊の象徴。
「魔術が利かないみたいですねぇ」
アムダが俺の隣にやってきた。
「マジで? マジックバリア的な感じか?」
「というより、あの――戦車でしたっけ? あれの素材が魔術封じの金属を使われているみたいです」
「そんなもん、ありなのかよ」
「本来、魔術耐性の高い金属というのは、物理攻撃に弱いという相場があるんですが……
どうもあの装甲は、物理的にも高い能力を有しているみたいです」
そういや、RPG-7の砲撃も、おっさんの全力パンチも防いでたしな。
魔術にも物理にも強い戦車か。無茶苦茶だな、それは。
「そういやおっさんは?」
「多分、どこかで様子を見ているんでしょうね」
「正面からおっさんをぶつけて戦わせている方がよほど勝機がありそうだ」
「ははは、確かに」
岩陰に隠れながら、軽口を交わすと、視線を魔神に向ける。
バシュトラと戦車が牽制しながら交戦している。
流石に至近距離だと主砲を使えないのか機銃だけで戦う戦車と、機銃の攻撃は効かないが中々攻撃の機先を取れないバシュトラたち。
一種の膠着状態に陥っているな。
「戦車は背面からの攻撃に弱いというデータもある。エンジンが背部に付いているはずだからな」
「それが弱点ですか?」
「まあ、あの化け物戦車が普通のディーゼルエンジンで動いているとも思えないが。
機械である以上、何かしらの動力はあるはずだ。そこを狙おう」
作戦とも言えない作戦会議を終えた俺たちは、再び二手に分かれる。
バシュトラを囮に、戦車の背後に回って攻撃する、というシンプルな作戦だ。
だが、シンプルなだけにそれなりに効果を見込めるはずだった。
「問題は弾が無いんだよな」
RPG-7の残弾は先ほどので終わりだ。
「アパーム! アパーム奏はいるか!」
「人を変な名前で呼ばないでよ」
「おわ! いたのかよ」
いつの間にか奏が隣にいた。
ビビらせるなよ。
「で、何よ」
「弾が無くなった。補給を頼む」
「はぁ、あたしは別に給弾係じゃないのよ」
そう言いながらも、スマホを操作し、RPG-7の弾を作ってくれる奏は良いやつである。
「そっちのノートは使わないのか? 折角解除してもらったんだし」
「今、ちょっと大きめの虚数式走らせてるのよ。動作処理中だから使えないの」
「なるほど」
よく分からんが、奏は奏で色々と頑張ってるらしい。
そうこう言ってるうちに、RPG-7の弾の作成が終了する。
「とりあえずこれで十分だ。ありがとよ」
「あたしは少し離れてるから、任せたわよ」
RPG-7の弾頭を装備し、岩陰に隠れながら機会を窺う。
魔神戦車まで、およそ100mほど。
バシュトラたちが戦っているのが見えた。
しかしあの竜、機銃の攻撃が効かないって凄いな。どんな堅い皮膚なんだよ。あんなにやわらかそうな体だったのに。
そんな馬鹿な事を考えつつ、戦車の背後に回り込むように動く。
あまり近付きすぎると、例の全周囲スキャンで位置がバレてしまうだろう。
これくらいの距離なら大丈夫……と思う。
「ソフィーリア!」
バシュトラの掛け声に反応して、ソフィーリアが何かを吐き出した。
炎か! と思ったら、液体のようだ。
液体が掛かった大地が、ジュウと音を立てる。
もしかして、酸か?
『くはは! その程度の酸、効かんわ!』
『いえ、効いています。装甲値6%ダウン』
『む、むむむ! トカゲもどきめ、やるではないか。
砲兵長、自己修復機能を使え』
『ヤー、自己修復開始します』
何か無茶苦茶な単語が聞こえたぞ。
見ると、先ほど酸が掛かって融けていた戦車の表面が、少しずつ修復されている。
ちょっと待て。それは反則だろう。
戦車が勝手に回復するとか……ゲームじゃあるまいし。
「もしかして、さっきの攻撃も一応のダメージは入っていたのか?」
だが、すぐに修復されてしまっていたのか。
そうだとするならば、厄介ではあるが、策が無い事も無い。
少なくとも、無敵の戦車という訳では無いはずだ。
ゆっくりと背後に回り込み、相手の出方を探る。
この距離なら十分やれる。
「よし!」
岩陰から飛び出し、戦車に向かって走る。
砲塔はバシュトラの方――つまり正面を向いているから、こちらには攻撃出来ない。
もらった!
『馬鹿め! 背部にも機銃はあるぞ!』
背部にこれ見よがしに取り付けてあった後部機銃が俺の方を向く。
だが――
「それは知ってるんだよ! アムダ!」
「大地よ! 堅牢なる鎧と化せ」
アムダが魔術で俺の目の前に岩の盾を作る。
機関銃は岩の盾によって防がれた。
よし、作戦通りだ。
「受け取れ!」
RPG-7を戦車の背部装甲目掛けて撃つ。
ジェット噴射と共に弾頭がまっすぐ目標へと飛んでいく。
そして――直撃。
『くはは! 一発ではなぁ!』
「なら――――もう一発ならどうだ?」
俺は打ち終えたRPG-7の発射台を放り投げる。
そして、再びRPG-7を取り出す。
こちらは既に弾頭を装備し終えている。
弾頭を装填し直すより、あらかじめ用意していたRPG-7を取り出した方が、余程早い。
この間、アムダが同じ神剣を二本、取り出していた事から編み出した俺なりの二刀流。
取り出せる武器は一種類につき一つ、という訳では無い。
「今度こそ吹っ飛べ!」
RPG-7の引き金を引く。
ロケット弾は、先ほど直撃した箇所と寸分も違わずヒットする。
爆炎が巻き起こる。
巨大な爆発。
それはRPG-7の爆発では無い。
戦車の動力部の爆発であった。
「よっしゃ!」
ガッツポーズ。
爆発炎上する戦車を見ながら、俺は片手を振り上げる。
ちょろいもんだ。
「やったわね」
いつの間にか、奏たちが近くに集まって来ていた。
バシュトラ、アムダ。
おっさんはいないな。どこに行ったのか。
「今回は楽勝だったわね」
「まあ、戦車なんて所詮、FPSでは動く棺桶でしかないしな」
「言うじゃない。流石は《虚無の弾丸》ね」
「古い話を持ち出すな」
そうやって――
魔神を倒して浮かれていた時だった。
「くはは、やりおるではないか、なあ砲兵長」
「ヤー。ただ、蛮族にしては、という注釈が必要ですが」
「うむ、その通りであるな」
声が聞こえた。
それは、爆発が続く戦車の爆炎の中からだった。
三人の人影が、炎の中から現れる。
「マジ……かよ」
軍服を着た三人組。
炎の中だというのに、その制服に乱れは無い。
そして異様なのはその肌。
彼らの顔は、機械そのものであった。
目に生気は無く、ただのカメラアイでしかない。
真ん中の――恐らく戦車長が俺たちを見て、述べる。
「名を聞こう、若い対戦車歩兵よ」
「…………」
「ん? 名乗れぬか。くはは、まあ良い。私は寛容であるからな」
「流石は戦車長です」
「うむ、しかし他の連中が負けたのも頷ける。ノルドノルドの卑怯者では、まず勝ち目は無かったであろう」
「ですがノルドノルド閣下も、音に聞こえた戦士であったとか」
「くはは、奴の法螺話よ。あのような臆病者が、戦士などとは片腹痛い。
なあ操縦長。そう思わんか?」
「ヤー。その通りです」
「うむ、うむ。さて――そんな怖い顔をするな、若者よ」
俺はいつでも銃を抜く準備をしていた。
アムダたちも同じく、いつでも臨戦態勢に移れるだろう。
だが、指が動かない。
目の前に、馬鹿げた会話を繰り広げる三人組に、俺たちは圧倒されていた。
「お前たちが……魔神なんだな?」
「ふむ、いかにも。いかにもであるが、あえて名乗ろう。
我ら単独にして最高戦力を有する独立戦車小隊」
戦車長はそう言うと、口元を撫でる動作を見せた。
まるで、髭でも撫でるかのように。
「またの名を――魔神ティストゴーン。ティストゴーン小隊である」
くそったれ。
魔神はあの戦車ではなく、この三人組なのかよ。
だが――
「生憎、ご自慢の戦車はぶっ壊れちまったぜ。どうするつもりだ?」
俺の言葉に、戦車長は後ろを振り返り、燃え盛る残骸を見る。
隙だらけの動作のはずなのに、一歩も動けない。
脇に控える砲兵長と操縦長が、言葉少なく、こちらを見据えているからだろうか。
「うむ、確かに。よく燃えているな。キャンプファイアーでもこれだけ燃えぬというのに、くはは」
「ヤー、やはり背部装甲はもう少し改良が必要でした」
「ヤヴォール。メルカバ戦車のように、虚数エンジンをフロントに持ってくるのはいかがでしょう?」
「しかしメルカバはあくまで空間装甲の役割としてのフロントエンジンであるぞ。
我らがわざわざ生存性を考える必要もあるまい。なあ砲兵長」
「ヤー。APFSDS弾に対してはそれなりの効果を見込めると思いますが」
「くはは、やはりエンジンは背部に置いてこそ、だ。排気が臭くて敵わんしな。
そう思うだろう、そこの対戦車歩兵くんもな」
いきなり話しかけられ、俺は何も答えられない。
「……まあいい。先ほどの問いに答えてやろうか。
――――誰が戦車は一輌だと言ったのかね?」
ニヤリ、と戦車長が笑った。
それを引き金に、俺は小銃を取り出す。
AK-74。
世界的にも有名なAK-47系列のアサルトライフルだ。
装着し、すぐさま腰撃ちの姿勢で戦車長たちを狙う。
トリガーを引き、殺意を弾丸に乗せ、ばら撒く。
「遅い」
弾丸は、見えない壁に阻まれた。
いや、見えない壁じゃない。
壁が少しずつ顕在化していく。
そして――それはゆっくりと姿を見せる。
三人の姿が、その中に納まっていく。
声が響いた。
『我々の能力はつまり―――戦車を創り出す事だよ、若き歩兵くん』
新たなる戦車が俺たちの目の前に現れた。
先ほどと同じく――いや、先ほどよりも禍々しい巨大戦車が。
『では参ろうか。大真電嶽天号である』
『ヤー』
『ヤヴォール』
『さぁ――――遊びは終わりだ』




