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エネミー・アット・ザ・ワールド-2-

「見えた!」


 もうすぐトリアンテに到達するという地点で、俺たちは目的の相手を発見する。

 魔神だ。

 上空からでもその巨大さが分かる車体。

 でかいな、確かに。

 戦車はまっすぐと、城塞都市を目指しているようだ。


「……城塞都市まであと20分といったところか」

「本当にギリギリね」


 何とか間に合ったが、その時間はあまりない。

 もしあんなバカでかい戦車が街中に突っ込んだら、どれだけの被害が出るか。

 ここで倒すしかない。


「……で、どうやって止めるんだ?」

「まあ、それが問題よね」

「……斬る」


 ぎゅっとやる気を見せるバシュトラ。

 いやいや、無理だろ。

 流石にあんな戦車をぶった切るには、斬鉄剣でもないと。


「いや、履帯を切ればいけるか?」


 戦車の履帯――つまりキャタピラは基本的には履板と呼ばれる金属板を接続して作られており、それをゴムかなんかで覆っている場合が多い。

 タイヤ式の装輪に比べると、悪路走行性は高くなるが、履帯が切れてしまうともうどうしようもない。タイヤなんかは一つ外れたくらいでも走れる。

 つまり、あの巨大戦車もキャタピラ式なのであれば、履帯を切ってしまえば機動力を奪う事が出来るはずだ。

 やってみる価値はある、か?


「よし、あのキャタピラを狙うんだ。いけるか?」

「……ん」


 こくりと頷くと、バシュトラはドラゴンに姿を変えたララモラに飛び乗り、飛行船から空へと飛び出した。


「気を付けてねぇ」


 手をひらひらとさせて、ソフィーリアが二人を送り出す。

 あれ、この人は行かないのか?


「……ソフィーリアさんは、行かないんですか?」

「ええ、私、飛べないんです」

「はあ」


 ドラゴンでも飛べないのもいるんだな。

 なんてどうでもいい事を考えていると、空に飛び出したバシュトラが一気に急降下し、巨大戦車へと向かっていく。

 戦車の弱点は言わずもがな、直上だ。

 前面装甲に比べると薄いという点もあるし、何より主砲が射角の問題で狙えないという部分もある。

 だからこそ、対戦車兵器の一つであるジャベリンミサイルは、真上に飛んだ後、戦車の上部を狙う武器となっている。

 トップアタックは戦車に対抗する一つの手段でもあるが。


「あれ、なんか出てますね」


 声に反応して俺は巨大戦車を見る。

 戦車の上部に、何かが突出していた。

 あれは……対空機関銃か!?


「やばい! バシュトラ!」


 叫ぶが聞こえていない。

 竜を駆るバシュトラは、そのまま急降下を続け、戦車へと肉薄する。

 しかし、戦車上部に取り付けられていた対空連装機銃が、一斉にバシュトラに狙いを定める。

 その数、実に10門にも及ぶ30mm連装機銃だ。


「避けろ!」


 機銃が火を噴いた。

 上空にいる俺たちにも聞こえるほど、耳をつんざく轟音が辺りを支配する。

 空を舞うバシュトラは、思わぬ反撃に目を丸くし、回避行動に移る。

 しかし機銃は追尾するように、バシュトラたちを狙っていた。

 弾丸が、ララモラの羽を掠めた。

 竜が悲痛に啼く。


「助けが必要だな」


 おっさんはそう言うと、飛行船の縁に足をかけた。

 ってもしかして……


「まさか、そこから飛び降りる、とか言わないよな?」

「……そのまさかだ」


 その言葉を残し、おっさんの巨体が空に消えた。

 おいおいおい。

 いくら低空を飛行しているとはいえ、民家の二階から飛び降りるのとは訳が違うんだぞ。

 おっさんの肉体が自由落下の速度を超えて、一直線に戦車へと向かっていく。

 戦車の対空機銃がバシュトラからおっさんへと狙いを変え、再び砲火を放つ。

 バシュトラたちとは違い、空中で軌道を変える事が出来ないおっさんの体は、機銃弾によって蜂の巣……にされる事は無かった。


「ふん!」


 裂帛の気合いにより、おっさんの体が黒く染まる。

 文字通り鋼のような肉体は、吐き出された30mm徹甲弾をもろともしない。

 マジかよ。あれなら通常の戦車でも引き裂く威力はあるんだぜ。

 そのまま落下し続けたおっさんは、戦車の上部に狙いを定めると、拳を振り上げる。


「はぁっ!」


 そして、着地というよりも墜落したおっさんは、戦車上部をぶん殴った。

 ありえないが、これが現実である。

 おっさんの渾身の一撃は、しかし戦車の上部に傷一つつける事は出来ない。

 ぎらり、と対空機銃がおっさんの方を向く。

 再び放たれる弾丸を、おっさんは転がるように避ける。

 戦車が急発進し、上に乗っていたおっさんを振り落とす。


「くっ!」


 地面に投げ出されるおっさん。とりあえず無事らしい。

 その間に、バシュトラたちの姿を探すと、少し離れたところに着陸していた。

 やはり傷を負っているようだ。


「俺たちも降りよう」

「ファラさん、着陸の準備を」


 流石に俺たちはおっさんみたいに飛び降りれない。

 と思っていたら、隣でアムダが今まさに飛び降りようとしていた。

 おいおいおい。


「ちょい待て! お前怪我人だろうが」

「大丈夫ですよ、これくらいの傷」


 にへらと笑っているが、そんな浅い傷でも無かったはずだ。

 怪我人は大人しくしとれ。

 そう思ったその時。


 飛行船が、大きく揺れる。


 何が起きた?

 慌てて状況を確認しようとすると、ファラさんたちが血相を変えている。


「魔神の攻撃で、船体に穴が空いたようだ」

「マジかよ」


 先ほどの対空機銃の流れ弾か何かが当たったらしい。

 飛行船がみるみる失速し、下降していっている。

 いや、これはもしかして……


「墜落してるんじゃね?」

「まあ……そういう事だな」


 冷静にファラさんが告げる。


「竜骨にも傷が入っている。これ以上の航行は出来ない。

 何とか不時着させるつもりだが、果たしてどうなるか」

「……あれだな。飛行船に乗ったら毎回墜ちるな」

「そういう星の下って事ね。はいこれ」


 そう言って奏が俺に何かを手渡した。

 リュックサックのような、何か。

 これ、以前にも一度、どこかで見た記憶があるぞ。


「ってパラシュートじゃねぇか!」

「前に結局使わなかったでしょ。リベンジよ」


 何のリベンジだ。

 そう突っ込もうと思ったが、既に船はいつ墜落してもおかしくない状況だ。

 ここで不時着するのを祈るよりは建設的かもしれない。


「あたしはギリギリまで他の人の分のパラシュートを出すから、先に逃げてて」

「……逃げ遅れるなよ」

「そんなB級映画の脇役みたいな事、しないってば」


 心配しないで、と答える奏。

 俺たちは彼女の言葉を信じ、パラシュートを背負った。


「アムダ、使い方は分かるか? とりあえず、その紐を引っ張るんだぞ」

「多分、分かりますよ」

「よし、先に行くぞ」


 そう言って空に飛び出そうとするが、流石に怖いな。

 思えばバンジージャンプすらやった事無いのに、いきなりパラシュート降下なんて。

 ええいままよ。


「うおりゃ!」


 気合いと共に、空へと飛び出す。

 急激に体に風圧が掛かる。

 不思議な浮遊感。

 浮いているのか落ちているのか、曖昧な感じだ。

 確か、500mくらいで引っ張れば良かったんだっけか。

 でも、あまり早く開きすぎると、ただの的になってしまう恐れもある。

 下でおっさんたちが戦っている様子が見て取れた。


「……よし」


 この辺で開くか。

 思いっきり、パラシュートの紐を引くと、傘が展開する。

 それと同時に、先ほどまであった浮遊感が消え、一気に衝撃が掛かった。


「結構痛ぇじゃねぇか、このファッキンタンクが」


 怒りの矛先を眼下の戦車へと向ける。

 こちらには気付いていないみたいだ。

 これ幸いと、俺は武器を取り出す。


「これでも食らってな」


 RPG-7。

 世界で最も有名な、対戦車用携帯兵器だ。

 無反動砲から対戦車ロケット弾を発射するこの兵器は、安価でありながら高い威力を誇る事から、様々な紛争で使われる事も多い。

 FPS界隈においては、狙って撃てばいいだけ、という非常に実直な武器でもある。

 降下兵よろしく、パラシュート展開しながら、上空から戦車に狙いを付ける。


「悪いが戦車なんか元の世界で何百台と破壊してるんだよ」


 ゲームの中の話だけどな。

 有効射程はおよそ500m。この距離なら十分な貫徹力が見込めるはずだ。

 トリガーに指を沿わせ、狙いを定める。

 空中なので狙いを付けにくいかと思ったが、意外にも落下速度は安定しており、狙いやすい。

 そして、トリガーを引いた。

 刹那、放たれた弾頭はジェット噴射しながら、戦車へと向かっていく。

 同時に、RPG-7の後方から強力なバックブラストが噴き出した。


 射出された弾頭は、少し狙いは逸れたものの、戦車の上部装甲に直撃した。

 弾頭が爆発したのが、上空からでも見て取れる。

 RPG-7の弾頭は成形炸薬弾。いわゆるHEAT弾と呼ばれる化学エネルギー弾だ。

 具体的な原理はよく知らんが、成形炸薬によって生まれた高圧により、戦車装甲を液状化させてぶち抜くらしい。

 まあ要は凄い武器だって事だな。


「命中はしたはずなんだがな」


 その証拠に、ポイントが50ptほど増えた。中々の倍率だ。

 しかし、ロケット砲弾が直撃したはずの魔神戦車は、特に破壊された様子は見えない。

 くそっ、硬いな。

 上部装甲でも駄目か。


 そうこうしている内に、俺の体は地面に到達。

 すぐさまパラシュートを切り離し、岩陰へと隠れる。


『ほお、まさかまさか。こんな異世界でよもや対戦車歩兵と出会うとはな。

 何たる僥倖! そう思わんか、砲兵長』

『ヤー、仰る通りです』


 戦車から声が響く。

 何だあの戦車。外部スピーカーでも付いてんのか?

 戦車ってのは、耐久力を上げる為に余計なもんは付けないって聞いてたが。

 それにあの戦車の中の乗員、こっちの事を知っているのかよ。


『RPG-7とは懐かしいものを使っておるな。

 並の戦車ならば、上部装甲を撃ち抜かれ、走行不能になってただろう。

 だが、この大轟雷撃天号は撃ち抜けぬぞ、くはははは!』

「何つう名前だよ、その戦車……」


 隠れながら、俺は他の連中を探す。

 バシュトラはいつの間にか逃げていたのか、姿は見えない。

 アムダも着陸したようだが、すぐに姿を隠したみたいだ。


『ふむ、お前たちが例の異邦人という訳か。

 くはは、女神の(はこ)を探してきてみれば、よもや本命と出会うとはな!

 操縦長、これも私の人徳のなせる業かね?』

『ヤー、そうだと思います』


 女神の……(はこ)

 一体何の事を言ってるんだ?

 それを、魔神の連中が狙っているって事なのか。


『戦車長。この会話は傍受されている恐れがあります。

 それ以上は、『奴』の概念偽装に取り込まれる恐れがあります』

『ふむ、難儀な事よな。まあいい。私は尊大であるからな。

 ではそこの歩兵よ。戦争の続きといこうではないか、なあ!』


 気になる事はたくさんあるが、今はこいつを倒す事が先だ。

 岩陰から俺は飛び出すと、戦車に向けてグレネードを投げる。

 しかしただのグレネードでは無い。スモークグレネードである。

 炸裂し、内部から白煙が発生する。

 一時的ではあるが、相手の視界を潰せるはずだ。


『くはは! 無意味だぞ、そんなものは。砲兵長、全周囲スキャンだ!』

『ヤヴォール。スキャン完了。データ投影します』


 ちっ、あの戦車、近接スキャンも持ってるのか。

 これじゃ目くらましの意味が無い。


『丸見えだぞ、歩兵よ』


 ヤバイ。

 ヤバイヤバイヤバイ。

 戦車の主砲が俺を狙っているのが分かる。

 いや、主砲じゃない。あれは、主砲の脇に取り付けられた同軸機銃だ。

 通常、戦車には対歩兵用兵装として、機銃が取り付けられている。

 主砲のすぐ横に取り付けられた同軸機銃は、主砲のスポッティングライフルの代わりも行う事が出来る。

 その兵器が、今まさに俺の方を狙っている。


「くそったれ!」


 慌てて横に飛ぶ。

 一瞬遅れて、機銃の銃声が聞こえ、俺が先ほどまでいた場所に弾丸の霰が降り注ぐ。

 少しでも遅れていれば、蜂の巣になっていた事だろう。

 しかしまだ逃げられた訳では無い。

 砲塔は、ゆっくりと回転し、俺の姿を追い続ける。

 マジかよ!


『逃げろ逃げろ!』

「うるせぇんだよ!」


 逃げながら、再びRPG-7を取り出し、弾頭を交換。

 銃声が断続的に聞こえ、俺の脇を掠めていく。危ねぇ。


「もういっちょ食らいやがれ!」


 身を捻り、瞬時にRPG-7の狙いを定める。

 この距離なら目をつぶってても当てられる。

 戦車の前面装甲を狙い、引き金を引く。

 ロケット弾が炎を吐き出して、放たれた。


「吹っ飛べ!」


 爆炎が巻き起こる。

 直撃したはずだが、流石にあの巨大戦車の前面装甲だとほとんど被害は与えられないだろう。

 俺の予測通り、爆炎が晴れた後には、ピンピンした戦車の姿があった。

 化け物戦車かよ。

 何とか側面か背面を取らねえと、ダメージが通らない。


『くはは、無駄と悟ったか? 無理と理解したか? 無謀を実感したかね?

 遊びは終わりだ、砲兵長! KM-6、装填用意!』

『ヤー、KM-6、装填完了です』

『よろしい。では消えたまえ。ヴァルハラが貴様を呼んでいるぞ』


 主砲がゆっくりと俺の方を向いた。

 今度は機銃では無い。戦車砲で確実に殺しに来るだろう。

 避ける? 意味は無い。

 あれだけ巨大な戦車砲だ。

 一帯ごと薙ぎ払われるだけだ。

 ここまで、なのか。


『私もこう言うべきかね。吹っ飛べ、と』


 砲弾が放たれる、まさにその瞬間だった。

 黒い影が猛スピードで現れ、戦車の側面に体当たりを仕掛ける。

 その大きさは、全長にして10m弱。

 巨大な影の突進を受け、魔神の車体が大きく揺らぎ、主砲の照準がずれた。

 そして、戦車の砲弾が大きくあさっての方向に狙いが逸れる。


「くっ……!」


 着弾、爆風、衝撃。

 大きく狙いが逸れたとはいえ、そのあまりに大きな衝撃が、俺の体を襲う。

 何とか耐えた後、俺は戦車に突進を仕掛けた相手を見る。


「――おい、それって……恐竜か?」


 それは、まるで恐竜と呼べるような、巨大な竜に跨るバシュトラの姿であった。

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