表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/102

エネミー・アット・ザ・ワールド

 城塞都市より遥か東。

 トリアンテが誇る要塞――タイニィゲートは今、喧噪に包まれていた。

 魔神が襲来する。

 その一報が入り、兵士たちがその準備に追われていたのだ。


「……来ました!」


 物見台から兵士の一人が叫ぶ。

 遠方に砂煙。

 あれが第五の魔神なのだろうか。

 まだ姿かたちははっきりとしないが、それは箱状に見えた。

 戦車、という言葉を知らぬ彼らからしてみれば、今一つ掴みどころのない存在でもあった。


「だがこのタイニィゲートの門前に来るとは良い度胸だ。

 魔導砲の準備はどうだ?」

「既に装填は完了しております」

「結構。そのまま砲撃態勢に移れ」

「はっ!」


 部下に指示を飛ばし、静かに目をつむる。

 少なくとも、第三の魔神には通じた攻撃だ。

 相手が魔神であろうと、タイニィゲートを通らせる訳にはいかない。


「魔導砲導力確保。いつでも撃てます」

「うむ……」


 魔神の姿が少しずつはっきりと浮かぶ。

 巨大な鉄の箱。

 不思議な存在ではあるが、倒せない相手ではないはずだ。

 部隊長が号令を発する。


「――――撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 魔力の光が放たれた。








 同時刻。

 巨大戦車の車内に、三人の軍人が座っている。

 戦車長、砲兵長、操縦長だ。

 砲兵長がモニタを確認しながら告げる。


「戦車長、敵要塞砲台に高エネルギー反応有り」

「ふむ、データスキャン急げ」

「スキャン結果確認。旧式の魔術兵装のようです」

「所詮は蛮族よな。このご時世に魔法などという不確かなものに頼るなどとは」


 戦車長はそう言うと、口元の髭を撫でる動作を行う。

 既に機械化によって髭は失われたが、かつての名残でもあった。


「対魔術防御を展開しろ。この大轟雷撃天号に魔術は無駄だと教えてやるがよい」

「ヤー、対魔術防御展開完了」


 前方カメラが要塞の魔導砲の姿を捉える。

 光が収束し、砲台から溢れている。

 それは、今まさに魔導の光が放たれる瞬間であった。


 そして、極限まで高められた魔力の光が、魔神の車体を襲う。







「魔導砲、着弾確認!」

「敵の確認を急げ」


 部下に指示を出し、部隊長は静かに前方を眺めた。

 放たれた魔導砲の砲弾は、大地を抉り、吹き飛ばしている。

 土煙が舞っており、状況は確認出来ない。

 たとえ相手が魔神であろうと、無事では済まないはずだ。

 だが、言い知れない不安が、彼の胸中にはあった。

 そして、そういう悪い予感というのは、往々にして当たるものである。


「ほ、報告! 魔神は健在! 健在です!」


 どよめきが辺りに伝播する。

 魔導砲は確実に直撃したはずだ。

 にも関わらず、魔神はその姿を保ったままだった。


「化け物めが……」


 忌々しげに奥歯を噛みしめる。

 さらにもう一撃、魔導砲を撃つべきか。

 しかし彼に与えられた権限は、一発のみ。

 もしこれ以上の使用は、部隊長の判断ではいかんともしがたい。

 そう考えていた、その時だった。


「魔神に動きあり!」








「モニタ回復、各部に損害無し」

「ふむ、実に素晴らしいではないか。なあ砲兵長」

「ヤー、仰る通りです」


 戦車内部にて、戦車長は喜色を浮かべていた。


「オイルーンとやらで作った増加装甲はそれなりに役に立っているようだな」

「流石は『魔術を殺す金属』と言われているだけはあります。

 もっとも、我々から見れば前時代の遺物でしかありませんが」

「くはは、魔術などが我らに通じると思うておる蛮族どもに聞かせてやりたいものだ。なあ操縦長よ」

「ヤー、その通りであります」


 部下たちの言葉に、戦車長は満足げに頷く。

 そして、次なる指示を出す。


「砲兵長、砲弾の装填用意だ。KM-9装填」

「ヤー、KM-9装填用意」


 砲弾の装填は自動的に行われる。

 砲弾を供給するシステム。それがこの巨大戦車の一番の特徴と言えよう。


「しかし便利なものだな、虚数魔術というものは。

 何しろ、数式を入力すれば、砲弾を無限に精製してくれるのだからな」


 そう、それこそがこの大轟雷撃天号の真髄。

 車体内部に取り付けられた大型虚数演算装置によって算出された魔術式により、ほぼ無限に砲弾を作り出す事が可能となっている。

 これにより、この巨大戦車はその活動限界を、無制限へと延ばす事に成功したのである。

 魔術嫌いの戦車長が、唯一認めた魔術でもあった。


「こいつがあれば、レニングラードも落とせたものだな」

「ヤー、まったくです」

「まあ、赤どもに目にものを見せてやるのはこの次だ。

 まずは古ぼけたファンタジー世界の連中に鉄槌を下してやろう」


 砲弾の装填が完了。

 虚数エンジンによって魔術式が展開。

 召喚されたKM-9砲弾が戦車砲筒に装填される。

 そして、戦車長が無慈悲な一撃を告げた。


「――――蛮族ども、これが科学の灯だ」


 撃音と砲火と共に、全てを吹き飛ばす砲弾が放たれた。







 そして、一発の砲弾が、タイニィゲートを見るも無残に粉砕し、炎上させた。









「くはは、実に圧倒的ではないか、なあ砲兵長」


 燃え盛り、崩れ落ちる要塞を、愉悦の笑みで眺める戦車長。


「ヤー、仰る通りです」

「大轟雷撃天号が量産されれば、赤どもも簡単に駆逐出来るなぁ」

「……お言葉ですが戦車長。その……戦車のコードネームはいかがなものかと」

「何だ砲兵長は不服かね?」

「そういう訳ではありませんが……その名前は少し」

「だそうだ。操縦長はどうだ?」

「は、自分でありますか」


 じっと二人に見つめられて、かかないはずの冷や汗がたらり。

 実は操縦長が一番若く、階級が下であった。

 だからこそ、いつも間に挟まれて厄介なトラブルに巻き込まれてしまう。


「ヤー……自分は戦車長の意見に賛成いたします」


 そして、臆病(チキン)であった。


「だそうだ。二対一であるな。げに素晴らしきは民主主義であるぞ」

「……ヤー。仰る通りです」


 はぁ、と見えないところで溜息をつく砲兵長と操縦長。

 機械の体なのに、胸が痛い。ついでに頭も痛い。


「では参ろうか諸君。赤どもを虐殺するよりも先に、蛮族どもの血で大地を染め抜こうぞ」

「ヤー」

「ヤヴォール!」


 無限軌道が動きだし、ド級戦車が再び進軍を始める。

 たった一輛の最強軍団(ワンマンアーミー)は、城塞都市を目指す。







 飛行船から見下ろす景色は見るも無残だった。


「……マジかよ」


 タイニィゲート。

 つい先日、魔神を倒す為に訪れた砦だった。

 それは今、ただの瓦礫の山となって、散らばっている。

 生存者は……いない。


「くそったれが」


 第三の魔神を倒す時に一緒に戦った仲間だ。

 一緒に騒いで、飲んで、歌ったりもした。

 でも、その姿はどこにも見られない。

 辺り一面、焼け野原になってしまった。


「魔神は真っ直ぐトリアンテへと向かっているらしい。

 進行途中の村や町も、同じように焼き払われているようだ」


 レヴァストラの野郎は、足止めでしかなかったのか。

 俺たちを自由都市に足止めし、本命の魔神が本丸を狙う。

 やり方がえげつない。

 それに、関係のない一般人まで襲うようになってきている。


「それで、魔神は今は?」

「報告では、後二時間もあればトリアンテに到達するようだ」


 時間がほとんどない。

 この飛行船は、補給は最低限にし、昼夜問わずぶっ飛ばしている。

 それでも、恐らく魔神と遭遇するのはギリギリのタイミングになるみたいだ。

 何も出来ないのが、今はとてつもなく歯がゆい。


「騎士団の面々が、足止めを行っているが、正直時間稼ぎにもならんだろう。

 相手は大きな鋼鉄の箱、という報告を受けている」

「……いや、恐らく戦車だな」


 俺の言葉に、アムダやブリガンテのおっさんたちが疑問符を浮かべている。

 それもそうか。アムダたちの世界には戦車なんて存在しないだろう。

 流石に奏は気付いているようだ。


「戦車、とはつまり騎馬車の事か?」


 古代ローマとかにあったチャリオットってやつか。

 それとは別もんだが。


「あの轍の跡……あれは戦車のキャタピラの跡だ」

「きゃたぴら?」

「無限軌道っつうのかな。まあ車輪みたいなもんだ。あの跡は戦車の走行の跡だ」


 ただ、あれが本当に戦車の無限軌道の跡ならば……その大きさは半端ない事になる。

 俺の知る戦車の倍……いや、それ以上の大きさはあるかもしれない。


「奏はどう思う?」

「あたしもほぼ同じ意見ね。キャタピラのサイズから見ても、車幅は15メートルくらいかしらね。

 一般的な主力戦車であるM1エイブラムスの車幅が4メートル弱だから、4倍以上はあるわね」

「化けもんだな」


 旧ドイツ軍が作っていたラーテ戦車という超巨大戦車があった。

 ラーテ戦車は全長30m超の、まさしく超重戦車と呼べる兵器だった。

 もっとも、その大きさのせいで取り回しが利かず、自重により橋を渡れないので渡河作戦にも使えないなど、欠陥性が高く、夢は夢のままで終わった兵器でもある。

 あれはあくまで試作レベルだったが、この魔神野郎は夢物語をそのまま実現させてやがるみたいだ。


「……とんでもない相手になりそうだな」


 俺たちがまだ見ぬ魔神について、考えを巡らせている時だった。

 着信音が鳴り響く。

 奏でのケータイだ。

 いつもの、あの猫野郎に違いない。


『……やあ、無事、のよう……ね』


 声が遠いな。前々から思ってたが、本当に電波でも使って話してるんじゃないだろうな。


「第五の魔神が現れたようだが、どうなってるんだ?」

『……僕も、そこまでは予測、出来なかっ……よ。

 レヴァストラは……僕が憎いと見える……』

「知り合いなのか、あの魔神と」

『さて……どうかな……。僕の話より、今は……第五の魔神が優先だよ』

「……そうだな。全部終わったら、きっちり話してもらうぜ」


 相変わらず信用の置けないやつだ。

 どうせ、こちらの質問もはぐらかして終わるつもりだろう。


『次の魔神は……君たちの言う通り、戦車型の魔神さ。

 ただし、ガチガチに改造したタンクのようだけどね』


 まさかのガチタンか。

 そういうのが一番厄介なんだよな。


「どうせ弱点とか聞いても教えてくれないんでしょうね」

『ははは、知っていれば教えてるよ……知っていれば』


 相変わらず役に立たない猫さんだな。


『でも、ここまで来た君たちなら……きっと勝てるさ。

 根拠は無いけど、僕は信じてるよ……』

「ありがとうよ、ありがたくて涙が出てくるよ」


 とりあえず、有用な話はほとんど無かった。

 まあいつも通りだ。こいつはいつもこういうやつなんだ。


「話はいいからとっとと新しい武器くれよ。どうせそれを伝えに来たんだろ」

『ははは……話が早くていいね。では、お待ちかね……ご褒美タイムといこうか……』


 ノイズ音が激しいな。妨害電波でも出てるのか?


『まず、アムダ君には、新しい神剣を』

「ありがとうございます」

『ははは、アムダ君くらいだよ……ちゃんとお礼を言ってくれるのは……』


 嫌味なら聞こえないとこで言え。


『次に、ブリガンテさんは、能力の上限の解放だね。これで……さらに強くなったよ』

「……うむ」


 見た目には変化は感じられないが、強くなったらしい。

 例の三つの呪いというやつだろう。


『……シライさんには、新しい武器の解放だよ』

「ん?」


 いつも使ってる携帯ゲーム機に反応がある。

 見ると、武器カテゴリに新たな項目が増えていた。

 これは……


「対物ライフル、か?」

『……今回は戦車が相手だから、ね。無いよりはマシかな……て』


 これは、ゲパードM3対物ライフルかか。

 ハンガリーの軍用ライフルのゲパードシリーズのうち、もっとも大口径なものだ。

 口径は14.5mmx114と、そんじょそこらのライフルとは群を抜いて大型化している。

 その反面、重量もものすごい事になっており、なんと銃本体で20kgもするほどだ。

 流石持てねえよ、と思ったが、意外にすんなり装備出来た。


「……ああ、なるほど。FPS的には銃の重さは省略される訳か」

「便利なもんね」


 まあゲーム内でみんなでかい銃持ったまま走り回ってるし、重さは関係ないんだろう。

 しかし、いくら対物ライフルとはいえ、相手が戦車だと正直なところ、どこまで歯が立つもんやら、というところだ。


『他にも、いくつか武器が解放されてるから……確認しといてね』

「……バールはまだなのか」


 早速近接武器を確認したが、バールはまだ解放されていなかった。

 無駄に解放ランク高いな、これ。


『お次は……奏くんに、これだよ』


 そう言うと、虚空から何かが飛び出してきた。

 慌てて受け取ると……ノートパソコン?

 薄いピンク色の、小型のノートパソコンだった。


「それ、あたしのサイコンじゃない」

「サイコン?」

「サイ・コンピューターの略。サイコン」

「という事は、奏の新しい武器か」

「やれやれ、ようやくね」


 今までストラップやら液晶保護フィルムやら、散々なアイテムだったからな。

 これで奏の能力も上がるんだろう。


『ははは、でも今までのも無駄じゃなかったよ。

 君のサイコンのように、大きく世界に影響の与える存在は、すぐには繋げれないんだよ……。

 だから少しずつ君の世界の物体を呼ぶ事で……こちらの世界との繋がりを強くしたんだよ』


 よく分からんが、必要な儀式だったらしい。

 納得したのかしてないのか、とりあえず奏は満足した表情を見せている。


「そういや、お前の魔術でパソコン呼び出せば良かったんじゃないのか?」

「それは無理よ。前にも言ったと思うけど、虚数魔術で呼び出せるのは、あくまで一般的な存在であって、特定の存在は虚数式では呼び出せないわ。

 それに、一般的なサイコンを呼び出せたとして、呪術アプリがプリインストールされてなきゃ使いもんにならないもの。

 虚数魔術はこういうプログラムされた物体を呼び出すのは苦手なのよね。

 OSも何も入ってないただの箱を呼び出しても、意味がないでしょ?」

「確かに」

「それに、あたしの魔力供給が途絶えたら消えちゃうもの。

 虚数魔術は便利なようで、それなりに制限が多い術式なのよね」


 そんなもんか。

 ともあれ、彼女の新しい武器が手に入ったのは喜ばしい事だな。


『……それじゃ最後にバシュトラくん。

 君の新しい仲間も、こちらに呼び出すのに、結構骨が折れたよ』


 仲間?

 聞き返す前に、突然、目の前の空間で何かが発光した。

 一瞬、大きく光ったと思ったら、そのまま光は消える。

 そして――後に残ったのは……


「あらあら、ここは……」


 妖艶な美女だった。

 緩くウェーブがかった長い黒髪と、やたらと強調された豊満な胸元。

 紺色のドレスを着た、妙齢の女性がそこにいた。


「……あら、トラ様じゃないですかぁ」

「……ソフィーリス?」

「ソフィーお姉さま!」


 バシュトラたちの顔見知りのようだ。

 ララモラが女性に駆け寄っていく。

 まさか……


「もしかして、また竜、なのか?」

「……ん」


 こくり、とバシュトラが頷いた。


「ソフィーリス。一緒に戦ってた」

「そうか、バシュトラの関係者か」


 なんとなくそうだと思っていたが、やはりそうか。

 しかし……バシュトラやララモラのちんちくりんさに比べると、なんという大人の色気。

 思わず見とれていると、ジト目で奏が睨んでいた。


「鼻、伸びてたわよ」

「ピノキオじゃねぇんだから」


 伸びるのは鼻の下だ。


『とりあえず……これで一旦僕からの支援は、終了だ……。

 もしかすると、しばらく連絡が取れなくなるかもしれない。

 後は……任せた、よ……』


 ぷつり、と通話が途切れる。

 いつも通り、一方的に言って終わりやがった。


「……なんだか、大変そうですねぇ」


 ソフィーリスが、のんびりと答えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ