黒面のグラディエーター-3-
「え、参加出来ない?」
魔神レヴァストラとの対話を終え、俺たちは早速、大会の申込に行った。
しかし受付で待っていたのは、慈悲無き言葉であった。
即ち――
「ああ、受付は既に終了してるよ」
そりゃそうだ。だって大会は明日なんだから。
そんな飛び込み参加みたいな真似、出来るはずもない。
よく考えれば分かるだろ、魔神野郎め。
「そこを何とかならない? 何とか三人分くらい」
「三人って、そっちの男三人か?」
俺をメンバーに入れるな。
出るのはアムダ、おっさん、バシュトラの三人がベストだろう。
「あー、そっちのちっこい嬢ちゃんは駄目だぜ、たとえ枠が有ってもな」
「こう見えてもこいつ、結構強いんだぜ?」
「そりゃ俺だってそういう子が出てくれた方が盛り上がると思うんだけどな。
今回の大会はお偉いさんも来てるから、あんまり過激なのはご法度なんだ」
近頃はガキを働かせるのも面倒臭いんだ、と男はぶつくさ言っている。
しかし大会のメンバーが決まってるのか。どうしたもんかな。
「……そのメンバーが例えば、不参加になったらどうなるんです?」
横から、アムダが口を挟む。
受付の男はうーんと少し考えて、
「まあ、そん時は代役が必要だわな。仮に、不参加になったとして、だがな」
「分かりました。ちなみに、大会に参加する人の名前なんかを教えてもらう事は可能ですか?」
「名前くらいなら既に組み合わせも発表されてるし構わないぜ」
そう答えた後、男は不敵な笑みを浮かべる。
「それ以外の情報は、さすがに教える事は出来ないんだけどなぁ」
「……ファラさん」
アムダは背後に控えていたファラさんに二三何かを話し掛ける。
少し顔をしかめていたが、交渉がまとまったらしい。
「ではすみませんが、これを……」
アムダが袋に入った何かを男に手渡す。
ジャラジャラと音が鳴っているのから察するに、金のようだ。
袖の下、という訳か。
男は下卑た笑みを浮かべて、それを受け取ると、一枚の紙片をこちらに手渡す。
「そいつを捨てといてくれや」
「分かりました。では行きましょうか」
受け取ると、そのままアムダは受付を後にした。
闘技場を出たところで足を止める。
「さて、まずは参加者の方に交渉しましょうか」
「しかし、虫も殺さないような顔をしてる割りに、結構えげつない真似をするんだな」
賄賂なんて嫌いなタイプの人間かと思っていたが。
「ははは、臨機応変ってやつですね。僕は、あまりそういう事に頓着しない人間なんですよ」
「言っておくが、先ほどの金は私の懐から出てるんだからな」
さらりと言うアムダに、ファラさんが恨めしそうに告げる。
こういうのって経費とか出ないのかな。ブラックな職場だな、騎士団。
さて、アムダの機転でひとまずは参加者の名簿やらを入手する事が出来た。
「で、どいつから当たるんだ? 滞在場所は簡単に載ってるが……」
「誰か誰かも分かりませんし、適当に近いところから行きましょうか」
「そうだな。この二人は同じところに泊まってるらしいから、分かりやすいんじゃねぇかな」
「ですね。ではそこに向かいましょうか」
歩くとそれなりに遠そうなので、馬車を利用する。
バシュトラが竜で勝手に行きそうだったので全力で止める。さすがに街中にドラゴンが出たら混乱するだろう。
辿り着いた先は、それなりに大きな宿だった。
こちらの世界では一般的な形態として、一階が食事や酒を提供するタイプだ。いわゆるパブというやつだな。
扉を開けて中に入ると、まだ日も暮れていないというのに、店内は賑やかだった。
見た感じ、冒険者然とした男が多い。闘技場があるからだろうか、あるいは自由都市という環境か。
「……どいつだ?」
「ビークックは大柄で禿頭の男、グランツは細身で眼鏡を掛けた男、と書いてありますね」
「じゃああそこにいる二人組じゃない?」
奏が視線で示した先には、確かにスキンヘッドの大男と、眼鏡を掛けた男が座っていた。
どうやら顔見知りな二人のようだ。幸先の良い話である。
「しかし交渉ってどうするんだ?」
「まあ……僕が行ってみますよ」
そう言うや否や、アムダは二人の座るテーブルへと向かう。
パブの一番奥に陣取っており、他の席からは少し離れた位置にあった。
談笑していた二人は、突如歩み寄ってきたアムダに近寄ると、怪訝そうな顔をする。
「何だ? 俺のサインでも欲しいのか?」
「少しお話があるんですが、よろしいですか?」
いつも通り、にこやかな笑顔で話しかけるアムダ。
毒気を抜かれたのか、男たちは話し合いに応じる素振りを見せる。
とりあえず最初の関門は突破か。ここからどう話すつもりなのか。
そう思っていると、
「お二人の大会に参加する権利、僕らに譲ってもらえませんか?」
直球勝負だ。まさに剛速球のストレート。
さすがに男たちも意味が分からなかったのか、目を白黒させていた。
「……にいちゃん、今なんて言った?」
「ですから、僕らに権利を渡してくださいと、そう言いました」
「あまりふざけた事ばかり言うと、その綺麗な顔が、頭ごと消えるぜ」
眼鏡男がニヒルに答える。あまり頭の良さそうな答えではなかったけれど。
しかしツボに入ったらしいスキンヘッドが、ゲラゲラと笑っている。
「そりゃあいい。へへへ、おい、このグランツはこう見えてすぐキレるからな。
痛い目を見んうちに、とっとと消えな」
「……はぁ」
アムダは溜息をひとつつくと――唐突に右手から炎の神剣を取り出した。
あまりにも突然の事で、その場にいた俺たちも、店内の客も、そして男たちも、誰も反応出来なかった。
そして自然な動作で、目の前の机を、叩き割った。
「なっ!?」
テーブルが二つに割れ、机の上の皿やらグラスやらが飛び散る。
その騒ぎに、周囲も途端にざわめき始める。
おいおい、マジかよ。
相変わらず、アムダは笑顔を浮かべたままだ。神剣が焔となってそのまま消滅する。
「な、なんのつもりだ!」
「権利を貰えないのなら、参加出来ないようにしようかな、と。
安心してください。殺すつもりはありませんので」
「て、てめぇ!」
眼鏡男が立ち上がり、右手をアムダへと向ける。
周囲の光が男の右手に集まっていく。あれは魔術か?
「大いなる塔より汝の死を伝え聞くだろう、≪哀しみの道標≫!」
力ある言葉により、魔力が魔術となって、顕現する。
光は槍と化し、アムダへと一斉に襲い掛かる。
しかし――
「風よ、彼の者の憎しみを癒し、芳名を与えるがいい」
アムダの言葉に、周囲に風が吹く。
その風は、眼鏡男の放った魔術をも包み込み、消滅させてしまった。
「無駄です。これでも魔術士対策はばっちりなんですよ、僕」
「ふざけやがって!」
スキンヘッドが怒りの形相で、剣を引き抜く。
周囲が喧嘩かと騒ぎ立てる。おいおい、止めろよ。
「剣よ、我が剣よ。
其は海底にたゆたう怠惰の王にして、命の源流の水龍よ。
なれば我が問いに答えよ。
曰く、汝に乞わぬもの、ありやなしや。
全ては水底へ――ルーガ・フー」
水が形を作り、剣と化す。
透き通るような刀身の剣は、刀のように、緩やかに弧を描いている。
「出来れば手荒な真似はしたくありません。譲っていただけませんか?」
「こんな事しでかして、ただで済むと思ってんのか」
「もちろん、お金は支払いますよ」
「そういう意味じゃねぇ!」
激高した男がアムダに斬り掛かる。
だが――アムダには届かない。
水の刃は、男の持つ剣を根本から断ち切ったのだ。
これには周囲からもどよめきが漏れる。
そのまま、アムダは神剣を男の胸に突き付ける。
あと少しでも彼が前に踏み出せば、刃は男の胸を貫くだろう。
ごくり、と誰かが固唾を飲む音が聞こえた。あるいは俺の。
「これが最後です――譲ってくれませんか?」
水を打ったように静まり返る。
もし、あのスキンヘッドがこれでも拒否するなら、きっとアムダは躊躇なく男を殺すのかもしれない。
誰しもがそう思った、その時だった。
「――渡してやるんだな、そいつらに」
声が響く。
それは俺たちでも、スキンヘッドでもなく、第三者からの声。
声の主がぬっと、人垣の中から現れる。
年齢は30過ぎくらいだろうか。
黒い髪と顎鬚を生やした男だった。
特徴的なのはその目つき。まるで獣を思わせるぎらぎらとした視線を、こちらに投げかけていた。
「……《黒獅子》だ」
「あの、永世チャンピオンのカリオンか?」
「間違いない。あの黒髪、昔見た事あるぜ」
ざわめきが広がっていく。
どうやら突然割って入った男は、有名人らしい。
「あ、あんたにゃ関係無いだろう!」
スキンヘッドの男が震える声でカリオンと呼ばれた男に言い返す。
しかしカリオンは視線だけで男の声を封殺した。
「お前らの為を思って言ってやってるんだ。
それに、弱い奴には価値は無い。それ剣闘士のただ一つの掟だろう?」
「くっ……」
「それとも――俺が引導を渡してやっても、構わんのだぞ」
カリオンの手が、腰の剣へと伸びる。
「わ、分かったよ。あんたとやり合う気なんて、毛頭ないさ」
「……行くぞ」
スキンヘッドと眼鏡男は、武器を納めると、周囲に怒鳴り散らしながら、宿を出ていく。
やれやれ。何とかなった、のか。
しかしまあ、色々と無茶苦茶過ぎるぜ。
「ありがとうございます。あなたのお蔭で話がまとまりました」
アムダはカリオンに頭を下げて礼を言う。
いやいや、世間じゃこれをまとまったとは言わないからな。
男は小さく笑い、アムダを見詰める。
「なに……俺もあんな連中より、骨のある奴と戦いたいだけだ」
「と言う事は、あなたも明日の大会に?」
「ああ。俺の留守の間に、魔神なんて名乗る剣闘士が現れたらしいからな。
顔を見るついでに参加させてもらったが……。
お前と剣を交える日を、楽しみにしておこう」
カリオンはそう言うと、踵を返して、俺たちから離れていった。
喧嘩が終わって周囲の人混みも三々五々に散っていく。
再びただの喧しい酒場に戻るのに、そう時間は掛からなかった。
「ったく、いきなりすぎるんだよ」
終わった後、俺はアムダに文句を言う。
しかし当の本人は、いやぁ、なんて頭をかいて誤魔化している。
「見た目によらず、意外に喧嘩っ早いのね」
「元々はこういう性格でもなかったんですが……。
しばらく冒険者の方々とパーティーを組んで旅をしていたからですかね。
すっかりそれが身についてしまいましたよ」
笑いながら言うアムダ。
人は見かけによらないというが、こいつは怒らせない方が身の為だな。
そんな話で綺麗に終わらせようとした時、ポンと肩を誰かに叩かれた。
口ひげを生やし、にこやかな笑顔のおっさんだった。
誰だ?
身構えた俺に、おっさんは意外なセリフを口にしたのだった。
「……そこ、修理費払ってね」
店の親父だった。
もちろん、支払いがファラさんのポケットマネーなのは言うまでもない話だ。




