黒面のグラディエーター-2-
自由都市ファーンの第一印象は、活気がある、という感じだ。
大通りには露天が立ち並び、客を呼び止める声が飛び交っている。
売っている物は飲食物や土産物に始まり、武器や防具、果てはよく分からない剥製まで。
歩いていると、変な男が話しかけてくる。
「兄ちゃん、いい薬あるよ。どうだい?」
「いや、俺、健康なんで」
「ひひひ……だったらもっと健康になれるぜ」
怪し過ぎる。
しかしそんな異質な雰囲気も、この街には似合っている。
それらをひっくるめて、この自由都市を形成しているのだろう。
「ここは国家では無いから、比較的緩い決まりで店を出せる。
販売品も都市国家群では禁制品とされる物も流通される。
まさしく自由都市という訳だな」
「そんなのでも大丈夫なんですか?」
「必要悪、という訳でもないが……黙認されている部分でもあるのさ」
難しい話だ、と彼女は言う。
どこの世界も、綺麗事だけではやっていけないらしい。
自由都市の大通りを歩いている。
これは自由都市の南北を貫いており、丁度都市の中央にある闘技場へと続いているようだ。
先ほど、昼過ぎに飛行船でこの街に到着した際、上空から闘技場を眺める事が出来たが、結構な規模の施設のようだ。
「ひとまず闘技場に向かいましょうか」
「そうね、まずは魔神の話を仕入れないと……」
という訳で、俺たちは闘技場へと向かう事にした。
数十分ほど歩き、中央にある闘技場へと辿り着く。
間近で見ると、かなりでかい建物だ。円形の形をしていて、ローマのコロッセオによく似ている。
建物の入り口は受付のようで、結構人が込み合っている。
「ちょい聞いてみるか」
受付に、例の魔神の事を聞いてみる事にした。
まあ、さすがに受付の人が知ってるとは思わないが……。
「ちょっと聞きたいんだけど、魔神が闘技場に出るって聞いたんだけど……」
「ああ。もうすぐ試合が始まるぜ」
「そうか、やっぱり知らない……ん?」
何か変な言葉が聞こえたような。試合……?
「試合って……闘技場の?」
「ああ。魔神さんの試合だろ」
「魔神さんが試合に出てるんすか?」
「だから言ってんじゃねぇか。どうするんだ。見るのか見ないのか。もうすぐ席も売り切れるぜ。
なんせ今や人気剣闘士様だからな」
「……どうする?」
俺は後ろの面々に尋ねた。
向こうもだいぶ戸惑っているようだ。
何はともあれ――
「……とりあえず、大人5枚、子供2枚で」
「大人も子供も料金一緒だよ」
ケチだな。
闘技場の奥へ進み、雛壇状になっている席に座る。
それなりによく見える席だった。
「収容人数は結構多そうね。二万人くらいはいけるんじゃないかしらね」
「後は売店の姉ちゃんがドリンクでも売りに来れば完璧だな」
「……お腹空いた」
「トラ様、先ほど露店で買った焼き鳥ですわ」
小さい鳥が一羽丸ごと串に刺さって焼かれていた。
俺の知ってる焼き鳥となんか違う。
しかしバシュトラは器用にその丸ごと焼き鳥を食べていく。
「ちなみに何の肉だそれ。ヒヨコか?」
「グコラ鳥の雛だそうです」
「……よく分からんが、ヒヨコという事にしておこう」
とりあえず美味いらしい。
そんな馬鹿な話で盛り上がっていると、そろそろ試合が開始する時刻に達する。
会場も少しずつ熱気を帯びていく。
そして――
「……来たわね」
一人の男が闘技場の中央の試合場へと上がる。
その男をどう表現すればいいだろうか。
一言で言えば、異質だった。
全身を黒い鎧で身を包み、顔もフルフェイスで覆っている為、判別が出来ない。
顔には獣に似せた黒い面を付けており、表情はおろか、瞳の動きすら見る事は出来なさそうだ。
少なくとも、ここから見る限り、その男が何者なのか、分からなかった。
観客の声援が、黒い剣士に向かって盛大に送られている。しかし男はただ佇むだけ。
「あいつか?」
「みたいね。観衆の反応を見る限りは」
「……強いですね、彼」
ぽつり、とアムダが呟いた。
その視線は、いつもの飄々とした男の顔では無く、一人の剣士の眼差しをしていた。
「分かるのか?」
「いやまあ、何となくですけどね」
まあ、確かに強そうな格好はしてるな。
あれで弱かったらさすがに拍子抜けだ。
そうこうしていると、対戦相手と思しき男が、試合場へと踏み入れる。
対戦相手の男はどちらかと言えば、筋骨隆々な戦士タイプだ。手にはでかいハンマーを持っている。
重騎士タイプにはハンマーが効果的なのはお約束だが、ある意味、噛ませっぽい武器でもある。
「どっちが勝つか、賭けようぜ」
「じゃああたし、黒い方ね」
「僕も」
「……私もだ」
「……それじゃ、賭けにならねぇよ」
もちろん、俺も黒い剣士の方である。
仕方ない、興味の無さそうなバシュトラが、噛ませハンマー戦士に賭けた事にしよう。
「バシュトラはあっちのハンマー野郎を応援するんだぞ」
「……なんで?」
「大人の事情だ」
少しばかり汚い大人たちであった。
剣士と戦士、二人の剣闘士が中央で対峙する。
一触即発、という雰囲気だが、まだ試合は始まらないんだろうか。
そんな事を思っていると、先に動いたのはハンマー戦士の方だった。
雄叫びを上げながら、黒い剣士へと向かっていく。
剣士は未だ剣を抜いていない。
「おらぁ!」
槌が振り下ろされる。
甲高い金属音が、コロシアムに響いた。
男の振り下ろした鉄槌は、剣士の兜に直撃した。
しかし――剣士は微動だにしなかった。
「すげぇな、あの鎧」
「……何かしらの魔力を感じますね」
「魔神っぽい感じか?」
「うーん、どうなんですかね。ただ者ではないとは思いますが」
アムダの推論をよそに、戦いは続いている。
槌の男は少し距離を保ち、様子を見ているようだ。
今度は剣士が動いた。
腰に差していた剣を抜く。
その剣もまた、刀身まで黒で染められた長剣であった。
黒く鈍く輝くそれは、断頭台の刃にも似ていた。
剣士が剣をゆっくりと横に掲げる。
会場がしんと静まり返る。
そして――剣閃。
目にも止まらぬ、とはまさにこの事だろう。
気付いた時には、剣士の刃は、戦士の体を穿っていた。
斬撃が、男の肉体を斬り裂き、血潮が闘技場を赤く濡らしていく。
まさに刹那の斬撃。
「一度の攻撃で、ほぼ同時に三回の剣撃を放っていましたね」
「そのようだな」
「そんな漫画みたいな攻撃してたのか」
俺には見えなかったが、達人ズには見えたらしい。
戦士がどさり、と倒れる。
「死んだ、のか?」
「いえ、出血量の割に傷は浅いでしょう。すぐ元気になりますよ」
それは良かった。名も知らぬハンマー野郎でも、目の前で死なれると寝覚めが悪い。
「勝者は――魔神レヴァストラァ!」
実況と思しき人物が闘技場に登板し、黒い剣士を称える。
やはりあいつが、魔神らしい。
しかしまあ、堂々と名乗っているんだな。
「とりあえず、直に話を聞いてみるか?」
「……それがいいわね。こうして遠くから眺めるよりも」
「では、闘技場の控室を通してもらえるよう、話をつけてこよう」
ファラさんが立ち上がり、俺たちもその後に続いた。
舞台の上には、いまだ剣を掲げる黒き剣士の姿があった。
それから数十分して、俺たちは黒い剣士と面会出来るようになった。
何でも、各国の貴族たちが彼に会いたがっているようで、中々面会の時間も取れないらしい。人気者なんだな。
闘技場の控室は、まあ男の部屋、という感じでかび臭い。
さほど広くもない部屋の奥に、黒い甲冑を装備した男が立っている。
こいつが、魔神、なのか?
「……少し聞きたい事があるんだが、いいか?」
「――構わん」
男の声は低く、しかしはっきりと響いた。
「あんたは、自分の事を魔神と名乗っているみたいだが……」
「いかにも」
「それ、どういう意味か分かっているのか」
俺の問いに、男は笑った――気がした。
獣面でその男の表情も何もかも分からないのだが。
「この我が魔神と名乗る事は――貴様らが勇者と名乗る事と、そう差はあるまい」
「……つまり俺たちの事も知っている、と」
「無論だ」
俺たちが異世界から来た異邦人であるのを知り、目の前の男は魔神と名乗っているのだ。
本物か偽物か。
それは分からないが、少なくとも、何かしらの関係者である事は間違いない。
「あんたが魔神だってんなら、なぜこの世界を壊そうとするんだ?」
「……くくく、はははははは!」
突然の哄笑に、さすがに驚く。
他の面々も、呆気に取られているようだ。
「何が可笑しいのよ」
「これを愉悦と呼ばずして、何と呼ぼうか!
貴様らは何一つ、理解していないのだからな」
「どういう事だ?」
しかし男はこちらの問いには答えない。
真っ黒な鎧がガチャリ、と揺れる。
「その問いに対する答えを、我は持ち合わせてはおらぬ。
もっとも――答えたところで、貴様らに理解出来るとも思わんがな」
「何の話だよそれは……」
「知りたくばこの身を打ち倒してみるがいい。そうすれば、分かるやもしれんぞ」
すぐさま全員が戦闘態勢へと移行しようとする。
しかし、それを魔神が片手で制する。
「まあ待て、慌てるな。かような地で勇者と魔神が出会ったのだ。
相応しい舞台というものがある」
「舞台……?」
「……明日、この闘技場で大会が開かれ、我もそれに出場するだろう。
であれば、そこで決着をつける方が自然であろう?」
「何でいちいちそんなもんに参加しなきゃいけないんだよ」
わざわざ面倒な真似をする必要も無い。
「我を滅ぼしたくば、決闘でなければならぬ。誇り高き戦士たちよ。
それが、この魔の理である以上、逆らう事は出来ぬよ」
訳の分からん事ばっか抜かしやがって。
だったら、無理にでもここで終わらしてやるよ。
俺は銃を取り出し、剣士の顔面に狙いを付ける。
取り出したのは、拳銃――ベレッタM92Fだ。
米軍の制式採用拳銃でもあり、非常に洗練された機能美を持つ銃の一つだ。
使用銃弾は9mmパラベラム弾で、威力はさほど高くはない。
しかし、この距離ならば十分――のはずだった。
「なっ!」
銃弾が、男に届く前に、掻き消える。まるで何かに阻まれたように。
また、前回みたいな魔術障壁ってやつか?
「そう慌てるな異邦人よ。話は最後まで聞くがよい」
「……どういう事だ?」
「言ったはずだ。我は決闘でなければ戦わぬ、と。
これぞ我が魔術の最奥! 決闘結界なり」
剣士はそう答えると、くくく、と喉を鳴らす。
「この身を滅ぼすには、決闘でなければならぬ。それが我が展開する魔術結界よ。
それ以外の手段では、いかなる方法とて、傷一つ与えられぬぞ。
そなたの得意な長距離狙撃であったとしても、な」
こいつ、俺の事も知ってやがるのか。
もはや疑う余地はない。
目の前の男こそ、俺たちが戦うべき相手――第四の魔神なのだ。
「今この場で決闘じゃ駄目なのか?」
「魔神と勇者が戦うのだ。観客がおらねば盛り上がりに欠けるであろう?」
「魔神にそんなサービス精神があったとはね」
呆れたように奏が言う。
会話が通じる事といい、今までの魔神とはなんか、タイプが違うな。
人間味に溢れているというか、言われなければ人間としか思えない。
「さて、これ以上の言葉は不要か。
明日、剣で語り合う事を楽しみに待とうぞ」
にやり、と魔神レヴァストラが笑う。
面越しではあったが、それははっきりと分かるほどの狂喜でもあった。
「そして――この下らぬ闘争に、幕を下ろせる事を、願っているぞ」




